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107話 予感
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大地が激しく揺れ動く。ぐらぐらと前後左右にかき回されて、立っていられないほどだ。すべてがひっくり返ってしまうのではないかと思うほどに。
いったい何だ! 何事だ!?
その疑問の答えはすぐに与えられた。都市の内部から黒い火柱が立ち登り、まるでガラスにヒビを入れたように空に大きく亀裂が入っている。空間のずれが一瞬の間に都市結解を破壊しつくし、大地を揺らしているのだ。
ぞっとするほどの悪寒がした。
空の亀裂の隙間からは夜よりも色濃い闇が這いずり出る。瘴気をまき散らし強烈な腐臭がした。身の毛もよだつ邪悪な気配が膨れ上がっていた。まるでこの世の悪意というものが形となって現れたような。
あまりのスケールの大きさに手をこまねいて一瞬だけ足を止める。だがすぐに剣を抜き放って回転した。ガキィッン! と紅い火花が飛び散った。
「さすがは残虐王。隙をつくのは容易くはない」
──刺客だ。
敵は攻撃が失敗すると弾かれるように俺から距離を開けて正対する。黒いローブで闇夜に紛れ、仮面で顔を覆った男だった。手には黒塗りの刃を握っていた。
「あれはお前の仕業か」
「その通り」
酷い火傷あとが首筋から見える。声も潰れていた。何か事故にでもあったのだろうか。
「あれだけのものをいったいどうやって。どこに術式が」
俺たちに気づかれずにこの地で大規模な術式を築いたとはにわかに信じられないことだった。
「陣ならもう既にあった。罪人の中に。やつらに陣の断片が埋め込んであった、ひとつひとつは欠片で、それだけでは何の意味もなさないものがな。だがひとたび私が術を紡げば姿を現す」
罪人たちなど初めから捨て駒にすぎなかったのだ。暗殺が成功するとは思っていなかったに違いない。
「血と肉を捧げる。さあ我が求めに応じて目覚めよ。死の神よ」
男の包帯で覆われた掌が空に向かって差し出されると、空間が軋む耳障りな音が強く響いた。空に立ち上る炎の数は都市内にいる罪人の数と一緒だ。これはおそらく生贄を消費して発動する呪術だ。大人しく発動を待つわけにはいかない。
ならば術者を殺すまでだ。一足飛びで間合いを詰めて、剣を男の肩口から袈裟に切り下す。肉を断つ重い手応えがあった。捉えた、これは即死だ。
しかしすぐに違和感を感じた。男の気配は弱まっていないと。危険察知のギフトが痛いほど警告する。目の前で男の手が揺らめいた。身体を捻り、顔すれすれで腕を交わすと、さらにもう一撃、刃は今度は首筋を抉った。男の首から噴水のように血しぶきがまき散らされた。完全に致命傷だ。だが。
「く。ぐ、ふははは。無駄だ」
時計を巻き戻したように肉体が再生していく。これはまさか。
「不死身」
「何人も私を倒すことはできない」
これか、残虐王の言っていたことは。
もしこの男が不死鳥の力を宿しているのならば龍人の力を使うしかない。今の俺にあの邪法は使えないし正確なコントロールは難しい。アステールを呼ばなければ。
この場は少しでも時間を稼ぐ。
「賢人会議の手先か、目的はなんだ」
「賢人会議は関係ない。これは復讐だ」
辺りをつけて鎌をかけたのだが、やはりそんな組織があると考えても良さそうだ。本来ならば一笑に付されるはずだった。あの悪党の最後の言葉だ、やはり嘘ではなかった。
「何の恨みだか」
「忘れたのか!」
男は激昂して声を荒げた。
この反応、まさか知り合いだったのか。変に疑われてはいないないだろうかと危ぶむ。
「忘れたとは言わせない」
男は仮面に手をかけた。包帯の隙間からはやはり火傷のあとが見えた。わずかに面をずらして晒した顔も火傷のせいで皮膚が黒ずんでいる。だがふと気が付いた。どこかで見たことがある顔だと。本来俺とは何の因縁もないはずなのに。
「私の師は賢人会議の先代騎士だった。この世界でいくども貴様と争った。そして最後の勝負の時に貴様は」
ぎりりと音が立つほど歯噛みする。
「無関係の人間を狙った。その隙をついて我が師を殺した」
「そうか。お前はあの時の」
昔に俺がまだ幼かった頃に見た、ロイスの父が連れていた眉目秀麗な青年だ、弟子だったのだ。師の仇討が目的か。
「覚えておけ。私はいつでもお前を見ている。すべてを壊してやるぞ」
それだけを言い残して男は暗闇の中へと消え去った。
撤退した理由は今にも現れようとしている存在の攻撃に巻き込まれないためだろう。空間を割って何者かが出てこようとしていた。空がひび割れたようにめくれ上がり、そこから突き破って出てきた腕だけでかなりの巨体であることが分かる。以前自由都市を襲った蝕害よりも遥かに。
バキバキと破砕音を響かせながら巨体が出てこようとしていた。だが広がり続ける空間の裂け目はあるところで止まった。それ以上は出てこれないのだ。
空間の隙間からは巨体の顔の部分が見えた。瞳の代わりに地獄の業火のような鬼火がともる。表情は分からなかったが、忌々しそうに俺たちを見下ろしているような気がした。
どうやらあの男の術式は完璧ではなかった。空間の道が歪んでいる。陣が崩れているせいだ、罪人の数が足りないからだ。本来ならばいるはずの人間がいなかった。自らの命を顧みずにこの地から離れたものが。
今ならばまだ閉じられるはずだ。
即座に強く踏み込んで飛んだ、全力だ。衝撃が城壁の一部を砕くほどだった。大きく距離を稼ぐと屋根を蹴りつないで、すぐさま都市の中心へと降り立った。
近づけば怪物の姿は一層大きく感じる。頭上を見上げると、天空まで壁のようにそり立っていた。
都市内部では人々の混乱が巻き起こりつつあった。祈るように崩れ落ちるもの、事態をまだ呑み込めていないもの、とにかく逃げようとするもの、そして戦いを考えるものが思い思いに動いていた。
「マスター!」
「ルシャ。いいところに」
息を切らせてルシャたちが走って現れた。
この怪物はどこか蝕害にも似ているようだ。ルシャの力ならばもしかしたら効果的かもしれない。
「あんなのどうすれば」
「大丈夫だ。落ち着け」
ラナが怯えを滲ませて呟く。
「ルシャ。攻撃できるか」
「はい。やってみます」
ルシャは翼を広げて宙に飛んだ。巨体にあまり近づきすぎないようにしながら掌を向ける。
「てい!」
掛け声とともに炎が迸り、小さかった炎は大きく燃え上がり巨大な腕が炎に包まれる。倒せるか、そう期待をこめて眺める。だが駄目だ。体表がボロボロとはがれるように崩れていくが、その存在を消し去るまでには至らない。
「ルシャちゃん!」
ラナが大きく叫んだ。巨腕が持ちあがり、虫を追い払うように振り下ろされたのだ。すかさずレイチェルが指を振る。大地から伸びた無数の影が腕に絡みつき、空から降ってくるような腕をほんのわずかに減速させたように見えたが、すぐ断ち切られてしまった。
その隙に風を操りなんとか攻撃の範囲外に逃げたルシャに、腕がまとっている漆黒のオーラが襲い掛かった。
「セイントシールド」
ラナが唱える、それは聖属性と光属性をあわせた強固な防壁だ。黒いオーラからルシャの身を守る。
振り下ろされた腕は地上に遅れて突風を巻き起こし、魔術に集中していたラナは態勢を崩した。俺は剣を大地に突き刺して基点にして風を受けて、たたらを踏んだラナの腰を支る。
「あ、ありがとうございます」
豪風に乗りこそなってルシャも急降下してきた。助けにいくかと思案する。だがくるくると回転しながら態勢を整えて、なんとか着地した。
「大丈夫か」
「うぅ。酷い目にあいました」
髪の毛はぐしゃぐしゃで、瘴気に触れてしまったのかルシャの腕は黒く汚れていた。
「むう」
ルシャは唸ると、ブンブン手を振った。びちゃ、と黒ずんだ液体が地面に叩きつけられた。液体のように見えるが、もぞもぞと動いている。
「あれ触らないほうがいいです。呪いをもらいます」
「全身が呪いでできているようなものか」
相手の力は底知れない。10数人分の命とマナを消費した呪術の召喚だ。やはりまともには戦うには危険すぎた。
だったら召喚術の根っ子にある時空間の操作に干渉する。この化け物を倒しきる必要などないのだ。どこから来たか知らないが送り返してしまえばいい。
空間を修復するべく魔術を紡ぐ。敵もそれを打ち破らんと押してくる。あまりに異質な怪物だ、激しく抵抗した。ギギギと空が軋む音と、電気のような光が弾けた。いくら力を込めても大地の鳴動が強まるばかりだった。
──駄目か!?
力が抜けていく。あまりにも抵抗が激しい。このままでは俺のほうが先に力尽きる。
どうするべきかと攻めあぐねる俺の頭上を魔術が乱流となって飛んだ。セイレーンの氷、サラマンダーの炎、ドワーフの土、獅子族の気功、様々な力が。だがそれは黒い瘴気に触れて弾けて消えていく。
なんたる異様な力だ。
人々の間でさらなる動揺が広がった時のことだ、歌声が聞こえた。静かだが凛として力強い。目を向ける、歌っているのはセレーネだった。
それは儀礼、集団で魔術を行使する儀式だ。エルフは自然に流れる力を操る特殊な力がある。目もくらまんばかりの光が弓の形をなし、一直線に放たれた。光の柱は腕の本体がひそむ空間の向こう側へと飛んでいき、眩い閃光を発しながら怪物の胸のあたりにつき立った。
「たああああああああああああ!」
さらに追撃だ。ルシャも眩い火が宿るシミターを放り投げた。他のものたちも同時に魔術の一斉攻撃を始める。エルフとルシャの攻撃で瘴気が晴れている。魔術の波は巨体の動きを止めた。
相手の勢いが削がれた今が千載一遇の好機だった。
「エル!」
待ち望んだ声が聞こえた。アステールが駆けてくる。
「アステール!」
彼女に向かって手を伸ばす。アステールもその意図を察したようだ。俺の伸ばした手を掴んだ。手を伝ってアステールのマナが受け渡される。かつて彼女に助けてもらった時と同じだ。
すべて惜しみなく術式につぎ込んだ。
閉じろ閉じろと目一杯力を込めた。腕がぎしぎしと軋みを上げる。ぴしゃりと血が飛び散って点々と地面を濡らす。血管が弾けて血が噴き出るほどの力が駆け巡っていた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオ』
地獄の底から響いてくるような唸り声がとどろいた。時を巻き戻すようにして空のヒビが消えていく、それに押し戻されるように巨大なの腕も向こう側へと戻っていった。
空間は閉じ切り、静けさが訪れていた。恐ろしいまでの存在感はもうどこにも感じられなかった。ぼたぼたと腕から血が流れ、軽い眩暈がした。血と力を使い過ぎたのだ。
「やりましたね、さすがマスターです!」
「ああ。なんとか、閉じれたな」
「酷い傷だ。エル。早く治療しないと」
「まだだ。町の人間たちが心配している。混乱を静めなければ」
パニックによる二次災害が起こる可能性があった。それを収める必要がある。
「被害はどうだ」
「すぐさま避難させたため、ありません」
亜人や人間たちがどんどん俺のもとに訪れ、報告をあげていく。そこで判明したのは人的被害は幸いにもないということだ。
「都市内にアナウンスする。準備を頼む」
「はい」
事態の説明をして危険はないと伝える必要がある。効果があるかは不透明だがやらないよりはましだ。放送室がある場所へと急ぎ足で向かう。
「エル。治療してからにしてくれ!」
アステールに連れられてルシャが追ってきたが、今は時間がおしい。それを聞き流して先を急いだ。
「大丈夫ですか?」
ルシャに問いかけられて少し指先に力を入れる、どうやら問題はなかった。
「助かる」
「お役に立てて嬉しいです」
ルシャの治療地中、アステールもずっと俺に付き添っていて、ラナは貧血によく聞くという薬を持ってくるそうだ。このぐらいの怪我では過剰なぐらいだ。
「無理はしないでと言っているのに」
アステールはぶつぶつと小言をぼやいた。心配かけてしまったかと苦笑して上着を着ていると、大きく扉が開かれて全員の視線が注がれる。
「主様。ご報告したいことが」
レイチェルが息を切らして立っていた。その肩には蝙蝠が。
「どうした」
「東で異常が。主戦派が動くかもしれません」
「何があったんだ」
「詳しくはまだ」
分からないと首を振る。
「見に行くべきだな」
これも監獄都市側の動きによるものなのか。何か大きな流れが生まれつつあるような、そんな予感がした。
いったい何だ! 何事だ!?
その疑問の答えはすぐに与えられた。都市の内部から黒い火柱が立ち登り、まるでガラスにヒビを入れたように空に大きく亀裂が入っている。空間のずれが一瞬の間に都市結解を破壊しつくし、大地を揺らしているのだ。
ぞっとするほどの悪寒がした。
空の亀裂の隙間からは夜よりも色濃い闇が這いずり出る。瘴気をまき散らし強烈な腐臭がした。身の毛もよだつ邪悪な気配が膨れ上がっていた。まるでこの世の悪意というものが形となって現れたような。
あまりのスケールの大きさに手をこまねいて一瞬だけ足を止める。だがすぐに剣を抜き放って回転した。ガキィッン! と紅い火花が飛び散った。
「さすがは残虐王。隙をつくのは容易くはない」
──刺客だ。
敵は攻撃が失敗すると弾かれるように俺から距離を開けて正対する。黒いローブで闇夜に紛れ、仮面で顔を覆った男だった。手には黒塗りの刃を握っていた。
「あれはお前の仕業か」
「その通り」
酷い火傷あとが首筋から見える。声も潰れていた。何か事故にでもあったのだろうか。
「あれだけのものをいったいどうやって。どこに術式が」
俺たちに気づかれずにこの地で大規模な術式を築いたとはにわかに信じられないことだった。
「陣ならもう既にあった。罪人の中に。やつらに陣の断片が埋め込んであった、ひとつひとつは欠片で、それだけでは何の意味もなさないものがな。だがひとたび私が術を紡げば姿を現す」
罪人たちなど初めから捨て駒にすぎなかったのだ。暗殺が成功するとは思っていなかったに違いない。
「血と肉を捧げる。さあ我が求めに応じて目覚めよ。死の神よ」
男の包帯で覆われた掌が空に向かって差し出されると、空間が軋む耳障りな音が強く響いた。空に立ち上る炎の数は都市内にいる罪人の数と一緒だ。これはおそらく生贄を消費して発動する呪術だ。大人しく発動を待つわけにはいかない。
ならば術者を殺すまでだ。一足飛びで間合いを詰めて、剣を男の肩口から袈裟に切り下す。肉を断つ重い手応えがあった。捉えた、これは即死だ。
しかしすぐに違和感を感じた。男の気配は弱まっていないと。危険察知のギフトが痛いほど警告する。目の前で男の手が揺らめいた。身体を捻り、顔すれすれで腕を交わすと、さらにもう一撃、刃は今度は首筋を抉った。男の首から噴水のように血しぶきがまき散らされた。完全に致命傷だ。だが。
「く。ぐ、ふははは。無駄だ」
時計を巻き戻したように肉体が再生していく。これはまさか。
「不死身」
「何人も私を倒すことはできない」
これか、残虐王の言っていたことは。
もしこの男が不死鳥の力を宿しているのならば龍人の力を使うしかない。今の俺にあの邪法は使えないし正確なコントロールは難しい。アステールを呼ばなければ。
この場は少しでも時間を稼ぐ。
「賢人会議の手先か、目的はなんだ」
「賢人会議は関係ない。これは復讐だ」
辺りをつけて鎌をかけたのだが、やはりそんな組織があると考えても良さそうだ。本来ならば一笑に付されるはずだった。あの悪党の最後の言葉だ、やはり嘘ではなかった。
「何の恨みだか」
「忘れたのか!」
男は激昂して声を荒げた。
この反応、まさか知り合いだったのか。変に疑われてはいないないだろうかと危ぶむ。
「忘れたとは言わせない」
男は仮面に手をかけた。包帯の隙間からはやはり火傷のあとが見えた。わずかに面をずらして晒した顔も火傷のせいで皮膚が黒ずんでいる。だがふと気が付いた。どこかで見たことがある顔だと。本来俺とは何の因縁もないはずなのに。
「私の師は賢人会議の先代騎士だった。この世界でいくども貴様と争った。そして最後の勝負の時に貴様は」
ぎりりと音が立つほど歯噛みする。
「無関係の人間を狙った。その隙をついて我が師を殺した」
「そうか。お前はあの時の」
昔に俺がまだ幼かった頃に見た、ロイスの父が連れていた眉目秀麗な青年だ、弟子だったのだ。師の仇討が目的か。
「覚えておけ。私はいつでもお前を見ている。すべてを壊してやるぞ」
それだけを言い残して男は暗闇の中へと消え去った。
撤退した理由は今にも現れようとしている存在の攻撃に巻き込まれないためだろう。空間を割って何者かが出てこようとしていた。空がひび割れたようにめくれ上がり、そこから突き破って出てきた腕だけでかなりの巨体であることが分かる。以前自由都市を襲った蝕害よりも遥かに。
バキバキと破砕音を響かせながら巨体が出てこようとしていた。だが広がり続ける空間の裂け目はあるところで止まった。それ以上は出てこれないのだ。
空間の隙間からは巨体の顔の部分が見えた。瞳の代わりに地獄の業火のような鬼火がともる。表情は分からなかったが、忌々しそうに俺たちを見下ろしているような気がした。
どうやらあの男の術式は完璧ではなかった。空間の道が歪んでいる。陣が崩れているせいだ、罪人の数が足りないからだ。本来ならばいるはずの人間がいなかった。自らの命を顧みずにこの地から離れたものが。
今ならばまだ閉じられるはずだ。
即座に強く踏み込んで飛んだ、全力だ。衝撃が城壁の一部を砕くほどだった。大きく距離を稼ぐと屋根を蹴りつないで、すぐさま都市の中心へと降り立った。
近づけば怪物の姿は一層大きく感じる。頭上を見上げると、天空まで壁のようにそり立っていた。
都市内部では人々の混乱が巻き起こりつつあった。祈るように崩れ落ちるもの、事態をまだ呑み込めていないもの、とにかく逃げようとするもの、そして戦いを考えるものが思い思いに動いていた。
「マスター!」
「ルシャ。いいところに」
息を切らせてルシャたちが走って現れた。
この怪物はどこか蝕害にも似ているようだ。ルシャの力ならばもしかしたら効果的かもしれない。
「あんなのどうすれば」
「大丈夫だ。落ち着け」
ラナが怯えを滲ませて呟く。
「ルシャ。攻撃できるか」
「はい。やってみます」
ルシャは翼を広げて宙に飛んだ。巨体にあまり近づきすぎないようにしながら掌を向ける。
「てい!」
掛け声とともに炎が迸り、小さかった炎は大きく燃え上がり巨大な腕が炎に包まれる。倒せるか、そう期待をこめて眺める。だが駄目だ。体表がボロボロとはがれるように崩れていくが、その存在を消し去るまでには至らない。
「ルシャちゃん!」
ラナが大きく叫んだ。巨腕が持ちあがり、虫を追い払うように振り下ろされたのだ。すかさずレイチェルが指を振る。大地から伸びた無数の影が腕に絡みつき、空から降ってくるような腕をほんのわずかに減速させたように見えたが、すぐ断ち切られてしまった。
その隙に風を操りなんとか攻撃の範囲外に逃げたルシャに、腕がまとっている漆黒のオーラが襲い掛かった。
「セイントシールド」
ラナが唱える、それは聖属性と光属性をあわせた強固な防壁だ。黒いオーラからルシャの身を守る。
振り下ろされた腕は地上に遅れて突風を巻き起こし、魔術に集中していたラナは態勢を崩した。俺は剣を大地に突き刺して基点にして風を受けて、たたらを踏んだラナの腰を支る。
「あ、ありがとうございます」
豪風に乗りこそなってルシャも急降下してきた。助けにいくかと思案する。だがくるくると回転しながら態勢を整えて、なんとか着地した。
「大丈夫か」
「うぅ。酷い目にあいました」
髪の毛はぐしゃぐしゃで、瘴気に触れてしまったのかルシャの腕は黒く汚れていた。
「むう」
ルシャは唸ると、ブンブン手を振った。びちゃ、と黒ずんだ液体が地面に叩きつけられた。液体のように見えるが、もぞもぞと動いている。
「あれ触らないほうがいいです。呪いをもらいます」
「全身が呪いでできているようなものか」
相手の力は底知れない。10数人分の命とマナを消費した呪術の召喚だ。やはりまともには戦うには危険すぎた。
だったら召喚術の根っ子にある時空間の操作に干渉する。この化け物を倒しきる必要などないのだ。どこから来たか知らないが送り返してしまえばいい。
空間を修復するべく魔術を紡ぐ。敵もそれを打ち破らんと押してくる。あまりに異質な怪物だ、激しく抵抗した。ギギギと空が軋む音と、電気のような光が弾けた。いくら力を込めても大地の鳴動が強まるばかりだった。
──駄目か!?
力が抜けていく。あまりにも抵抗が激しい。このままでは俺のほうが先に力尽きる。
どうするべきかと攻めあぐねる俺の頭上を魔術が乱流となって飛んだ。セイレーンの氷、サラマンダーの炎、ドワーフの土、獅子族の気功、様々な力が。だがそれは黒い瘴気に触れて弾けて消えていく。
なんたる異様な力だ。
人々の間でさらなる動揺が広がった時のことだ、歌声が聞こえた。静かだが凛として力強い。目を向ける、歌っているのはセレーネだった。
それは儀礼、集団で魔術を行使する儀式だ。エルフは自然に流れる力を操る特殊な力がある。目もくらまんばかりの光が弓の形をなし、一直線に放たれた。光の柱は腕の本体がひそむ空間の向こう側へと飛んでいき、眩い閃光を発しながら怪物の胸のあたりにつき立った。
「たああああああああああああ!」
さらに追撃だ。ルシャも眩い火が宿るシミターを放り投げた。他のものたちも同時に魔術の一斉攻撃を始める。エルフとルシャの攻撃で瘴気が晴れている。魔術の波は巨体の動きを止めた。
相手の勢いが削がれた今が千載一遇の好機だった。
「エル!」
待ち望んだ声が聞こえた。アステールが駆けてくる。
「アステール!」
彼女に向かって手を伸ばす。アステールもその意図を察したようだ。俺の伸ばした手を掴んだ。手を伝ってアステールのマナが受け渡される。かつて彼女に助けてもらった時と同じだ。
すべて惜しみなく術式につぎ込んだ。
閉じろ閉じろと目一杯力を込めた。腕がぎしぎしと軋みを上げる。ぴしゃりと血が飛び散って点々と地面を濡らす。血管が弾けて血が噴き出るほどの力が駆け巡っていた。
『オオオオオオオオオオオオオオオオ』
地獄の底から響いてくるような唸り声がとどろいた。時を巻き戻すようにして空のヒビが消えていく、それに押し戻されるように巨大なの腕も向こう側へと戻っていった。
空間は閉じ切り、静けさが訪れていた。恐ろしいまでの存在感はもうどこにも感じられなかった。ぼたぼたと腕から血が流れ、軽い眩暈がした。血と力を使い過ぎたのだ。
「やりましたね、さすがマスターです!」
「ああ。なんとか、閉じれたな」
「酷い傷だ。エル。早く治療しないと」
「まだだ。町の人間たちが心配している。混乱を静めなければ」
パニックによる二次災害が起こる可能性があった。それを収める必要がある。
「被害はどうだ」
「すぐさま避難させたため、ありません」
亜人や人間たちがどんどん俺のもとに訪れ、報告をあげていく。そこで判明したのは人的被害は幸いにもないということだ。
「都市内にアナウンスする。準備を頼む」
「はい」
事態の説明をして危険はないと伝える必要がある。効果があるかは不透明だがやらないよりはましだ。放送室がある場所へと急ぎ足で向かう。
「エル。治療してからにしてくれ!」
アステールに連れられてルシャが追ってきたが、今は時間がおしい。それを聞き流して先を急いだ。
「大丈夫ですか?」
ルシャに問いかけられて少し指先に力を入れる、どうやら問題はなかった。
「助かる」
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「無理はしないでと言っているのに」
アステールはぶつぶつと小言をぼやいた。心配かけてしまったかと苦笑して上着を着ていると、大きく扉が開かれて全員の視線が注がれる。
「主様。ご報告したいことが」
レイチェルが息を切らして立っていた。その肩には蝙蝠が。
「どうした」
「東で異常が。主戦派が動くかもしれません」
「何があったんだ」
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といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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