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第1話 年下の男の子(1)
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「浅見君」
「浅見」
「奏汰」
「奏汰くん」
「「「「ってやさしいね」」」」
違う。
違う。
俺は全然優しくなんかない。
梅雨の気配がする六月上旬の日曜日は蒸していた。セックスをした後、すぐにシャワーに行かなかったせいで汗でべたべたする肌が時々触れ合う。けれど好きな男だったら肌も汗も不快ではないと奏汰は思う。
セミダブルのベッドで所せましと横たわる二人のうち、一人は大柄でやたら筋肉質な男で、もう一人の男も長身で引き締まった体をしていた。だが、どこか柔和な雰囲気がする男だった。大きめなラウンドの眼鏡に、ふんわりとパーマをかけている茶色い髪がさらに柔らかい印象を与えていた。
「いい奴いた?」
眼鏡の男…名を浅見奏汰というが、彼がスマホを眺めていると、大柄な方の男は背後から抱き枕のように抱きしめてきて、スマホを覗き見してきた。映し出されているのは出会い系のアプリだ。
「カイ君が付き合ってくれるのが一番いいんだけど」
奏汰はいかがわしい画面を見られても特に慌てた様子もなく、皮肉っぽい口調で言葉を返した。
「何回目?特定の奴と付き合うの無理だって」
「知ってるよ」
カイと呼ばれた大柄な男はベッドから抜け出して風呂場へ行ってしまった。
奏汰はぽつんとベッドに取り残される。奏汰が彼氏を作ろうと思い始めたのは、なし崩しにセフレのようになっているこの『カイ君』との関係を断とうと思っているからだった。カイは奏汰が恋人を探していても寂しがる様子も嫉妬する気配もなく、ややつまらない気持ちになった。
まあ、いつものことだ。と気持ちを切り替えて先ほどマッチした男のプロフィールを見る。
(黒髪…そして影があるかんじ…うーん、クールなタイプかな…)
マスクをしているのと横顔だったので顔の全貌は分からないが、雰囲気としてはまずチャラいかんじはしなかった。遊び人や浮気性の奴は問題外だった。プロフィールを見ている限り、あまりこういうアプリに慣れている感じもしない。
偏見や先入観といってしまえばそれまでだが、奏汰は自分の直感の良さに自信があった。大体会ってすぐにどういう人間か分かる。会わなくても文章や写真の雰囲気からも分かる。
奏汰はどちらかといえば自分を引っ張ってくれるような、言ってしまえば全て身を任せてしまえるような人が理想だ。自分が普段そういう立場に置かれがちなので、プライベートでは何も考えないでいられる相手がいい。
プロフ通りなら二つ年下だし、あまり頼れるような印象もない。しかし真面目そうではある。そして何よりもどことなく漂う寂寥感のようなものが気になってしまった。奏汰はテンションが高く、よく言えば純粋、悪く言えば無神経な人間が苦手なのだ。マッチした彼からはそういう雰囲気はない。
「…………」
奏汰はしばらくスマホと睨めっこをしていたが、こういうものは考えるより会ってみるのが一番早い。とりあえず会ってみるか。と思い奏汰はメッセージ画面を開いた。
誰も自分を気にしない東京の人混みが好きだった。東京の23区を外れた自然豊かな西の方で育った奏汰は、田舎特有の他人に干渉し合う空気がとても苦手だ。都心は最高だ。助けを求めても助けてはくれないが、誰も自分に注目をしない。こんなふうに明らかに友人知人ではない男と男が待ち合わせをしていても。
「コウ君ですか?」
と呼びかけると不安そうな顔がバッとこちらを向いた。プロフに書かれている年齢を鵜呑みにはしないが、十八歳というのは本当らしい。写真で見るより雰囲気が幼い。一度も染めたことのないような黒い髪はサラッとしたショートで、やや長めの前髪がわずかに目元にかかっている。白いシャツに薄いグレーのカーディガンを羽織っていて全体的にモノトーンだった。見た目だけじゃなくて、存在自体がモノトーンのような雰囲気だった。
コウは駅の雑踏の中で自分の存在を消すようにひっそりと所在なげに佇んでいて、遠くから見ているだけで庇護欲が湧いてしまうタイプだった。声をかけたら警戒心を丸出しにした。
「こんにちは。カナタです」
奏汰はにこやかに目を合わしたが、フッと目を逸らされてしまう。
「あ、こんにちは…」
(目が合わないな。警戒?緊張?人見知りか俺が好みじゃなかったか?)
奏汰もあまり個性が出ないような、それでいて清潔感があり警戒心を与えないようなゆるっとしたベージュのロングカーディガンを羽織っていたが、コウは不安気な表情のままだ。
まあ、いいやと思い直して奏汰は笑顔を崩さずに優しい声音で尋ねる。
「コウ君は、学生さん?だっけ?念のため聞くけど高校生じゃないよね?」
「あ、いえ、違います。高校は今年卒業してます。今は大学に通ってます…」
下を向いて焦るように話すこの少年に奏汰は好感を持った。しかし残念ながら現時点では彼氏にしたいタイプではないなと思う。この好感は弟や後輩を可愛がりたい気持ちに近かった。
「ちょっとお茶でもしようか」
「え、あ、はい」
そう言うとコウはやっと表情を緩めた。
「浅見」
「奏汰」
「奏汰くん」
「「「「ってやさしいね」」」」
違う。
違う。
俺は全然優しくなんかない。
梅雨の気配がする六月上旬の日曜日は蒸していた。セックスをした後、すぐにシャワーに行かなかったせいで汗でべたべたする肌が時々触れ合う。けれど好きな男だったら肌も汗も不快ではないと奏汰は思う。
セミダブルのベッドで所せましと横たわる二人のうち、一人は大柄でやたら筋肉質な男で、もう一人の男も長身で引き締まった体をしていた。だが、どこか柔和な雰囲気がする男だった。大きめなラウンドの眼鏡に、ふんわりとパーマをかけている茶色い髪がさらに柔らかい印象を与えていた。
「いい奴いた?」
眼鏡の男…名を浅見奏汰というが、彼がスマホを眺めていると、大柄な方の男は背後から抱き枕のように抱きしめてきて、スマホを覗き見してきた。映し出されているのは出会い系のアプリだ。
「カイ君が付き合ってくれるのが一番いいんだけど」
奏汰はいかがわしい画面を見られても特に慌てた様子もなく、皮肉っぽい口調で言葉を返した。
「何回目?特定の奴と付き合うの無理だって」
「知ってるよ」
カイと呼ばれた大柄な男はベッドから抜け出して風呂場へ行ってしまった。
奏汰はぽつんとベッドに取り残される。奏汰が彼氏を作ろうと思い始めたのは、なし崩しにセフレのようになっているこの『カイ君』との関係を断とうと思っているからだった。カイは奏汰が恋人を探していても寂しがる様子も嫉妬する気配もなく、ややつまらない気持ちになった。
まあ、いつものことだ。と気持ちを切り替えて先ほどマッチした男のプロフィールを見る。
(黒髪…そして影があるかんじ…うーん、クールなタイプかな…)
マスクをしているのと横顔だったので顔の全貌は分からないが、雰囲気としてはまずチャラいかんじはしなかった。遊び人や浮気性の奴は問題外だった。プロフィールを見ている限り、あまりこういうアプリに慣れている感じもしない。
偏見や先入観といってしまえばそれまでだが、奏汰は自分の直感の良さに自信があった。大体会ってすぐにどういう人間か分かる。会わなくても文章や写真の雰囲気からも分かる。
奏汰はどちらかといえば自分を引っ張ってくれるような、言ってしまえば全て身を任せてしまえるような人が理想だ。自分が普段そういう立場に置かれがちなので、プライベートでは何も考えないでいられる相手がいい。
プロフ通りなら二つ年下だし、あまり頼れるような印象もない。しかし真面目そうではある。そして何よりもどことなく漂う寂寥感のようなものが気になってしまった。奏汰はテンションが高く、よく言えば純粋、悪く言えば無神経な人間が苦手なのだ。マッチした彼からはそういう雰囲気はない。
「…………」
奏汰はしばらくスマホと睨めっこをしていたが、こういうものは考えるより会ってみるのが一番早い。とりあえず会ってみるか。と思い奏汰はメッセージ画面を開いた。
誰も自分を気にしない東京の人混みが好きだった。東京の23区を外れた自然豊かな西の方で育った奏汰は、田舎特有の他人に干渉し合う空気がとても苦手だ。都心は最高だ。助けを求めても助けてはくれないが、誰も自分に注目をしない。こんなふうに明らかに友人知人ではない男と男が待ち合わせをしていても。
「コウ君ですか?」
と呼びかけると不安そうな顔がバッとこちらを向いた。プロフに書かれている年齢を鵜呑みにはしないが、十八歳というのは本当らしい。写真で見るより雰囲気が幼い。一度も染めたことのないような黒い髪はサラッとしたショートで、やや長めの前髪がわずかに目元にかかっている。白いシャツに薄いグレーのカーディガンを羽織っていて全体的にモノトーンだった。見た目だけじゃなくて、存在自体がモノトーンのような雰囲気だった。
コウは駅の雑踏の中で自分の存在を消すようにひっそりと所在なげに佇んでいて、遠くから見ているだけで庇護欲が湧いてしまうタイプだった。声をかけたら警戒心を丸出しにした。
「こんにちは。カナタです」
奏汰はにこやかに目を合わしたが、フッと目を逸らされてしまう。
「あ、こんにちは…」
(目が合わないな。警戒?緊張?人見知りか俺が好みじゃなかったか?)
奏汰もあまり個性が出ないような、それでいて清潔感があり警戒心を与えないようなゆるっとしたベージュのロングカーディガンを羽織っていたが、コウは不安気な表情のままだ。
まあ、いいやと思い直して奏汰は笑顔を崩さずに優しい声音で尋ねる。
「コウ君は、学生さん?だっけ?念のため聞くけど高校生じゃないよね?」
「あ、いえ、違います。高校は今年卒業してます。今は大学に通ってます…」
下を向いて焦るように話すこの少年に奏汰は好感を持った。しかし残念ながら現時点では彼氏にしたいタイプではないなと思う。この好感は弟や後輩を可愛がりたい気持ちに近かった。
「ちょっとお茶でもしようか」
「え、あ、はい」
そう言うとコウはやっと表情を緩めた。
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