4 / 9
第4話 神殿の闇
しおりを挟む
襲撃の翌日、大神殿は何事もなかったかのように静まり返っていた。
地下牢に残された血の痕は、昨夜の出来事が現実だったことを物語っている。
ラウルは一晩中、牢の前で剣を握りしめたまま眠らなかった。
肩の傷はすでに塞がり、熱を帯びることもない。
セラフィエルの光がそれほどまでに強かった証拠だ。
(……堕ちた神子が、なぜまだ光を扱える?)
その矛盾が、ラウルの胸を苛んでいた。
***
「ラウル殿」
翌朝、牢に王直属の神官が訪れた。
昨夜の襲撃について、わざとらしい口調で言葉を並べる。
「ただの賊でしょう。あの少年を狙ったところで何の利益もありません」
「……ただの賊、だと?」
ラウルの声が低く響く。
王命に従う自分を軽んじたような口ぶりが気に障った。
神官は薄く笑みを浮かべる。
「いずれ処分される身。ラウル殿も、深入りせぬことです」
それだけ言い残し、立ち去っていった。
残されたのは、言いようのない違和感。
(……神殿の者が、調べもせず賊だと決めつけるなどあり得ない。まるで──真実を知っていて隠しているような)
疑念は、もはや拭えないほど濃くなっていた。
ラウルが茫然と立ち尽くしていると、牢の中から声が掛かった。
「……肩の傷はもう痛みませんか」
「あぁ。お前の……光のおかげだ」
セラフィエルはラウルの肩を見つめ、安堵の息を漏らした。
「セラフィエル、助かったよ」
その言葉に、少年はわずかに頬を赤らめた。
それは自分の力を誇るでもなく、ただ「役に立てた」と思うだけの素直な表情だった。
「……ラウル様のお役に立てて、嬉しいです」
ラウルは一瞬、言葉を失った。
セラフィエルは言葉を選びながら、ゆっくりと続けた。
「ラウル様、僕の見張りなんて役割をしていなければ、あんな危険な目に合うことはなかったでしょう……。それでも、貴方と巡り会えたことを僕は……喜んでしまいました。だから、少しでも貴方の為に何かできたらと思うのです」
「……馬鹿だな、お前は」
ラウルの言葉は乱暴だったが、口調は優しかった。
「……ありがとう、セラフィエル」
上手く言葉が出ないラウルがそう告げると、鎖の音が小さく揺れた。
セラフィエルが驚いたように目を見開き、それからゆっくりと俯いた。
耳まで赤く染めながら、小さな声を返す。
「……いいえ」
その夜、牢の隅で眠る少年の横顔を見つめながら、ラウルは深く息を吐いた。
(この子は……本当に裏切り者なのか?もし、神殿そのものが間違っているとしたら──)
闇の中で、ひとつの恐ろしい可能性が形を取り始める。
そして、ラウルは気づいてしまった。
例え何が真実であろうと、すでに自分の心は少年から目を逸らせなくなっていることに。
***
今朝の神官の言葉が気になり、この夜も地下牢で過ごすことにしたラウルは、昨夜の襲撃を思い返しながら剣を磨いていた。
肩の傷はセラフィエルの光で癒え、跡さえ残っていない。
(……堕ちたとされる神子が、どうして光を使えた。もし本当に裏切ったなら、神は力を取り上げるはず)
長年信じてきた教えと、目の前の事実。その矛盾が胸を締め付ける。
鉄格子の内側では、セラフィエルが膝を抱えて座り込んでいた。
祈るように閉じた瞳の睫毛はまだ幼く、少年の儚さを隠せない。
ラウルは堪えきれず、低く問いかけた。
「……なぜ、毎日祈り続けるんだ」
セラフィエルは静かに目を開けた。
その瞳はどこか遠くを見つめているようで、けれど澄んでいた。
「神は……何も答えてくれないのです。
でも、祈らなければ……人々は救われません」
「救われない?」
「王も、民も、みんな“神子”に希望を託していたでしょう。だから、僕は沈黙の代わりに声を届けていただけなのです」
ラウルは息を呑んだ。
つまり、神はすでに沈黙していた。
その空白を、少年の存在が埋めていたのだ。
人々の信仰をつなぎとめるために──。
(……利用された? 神殿に?)
目の前の少年は、裏切りなどしていない。
むしろ、人々のために“神のふり”を強いられてきたのだ。
ラウルの胸に重苦しい怒りと迷いが渦巻いた。
今まで忠義を尽くしてきた神殿こそが、人々を欺き、少年を罪人に仕立て上げたのか。
「……そんなのは、間違ってる」
思わず声に出ていた。
セラフィエルは驚いたようにラウルを見つめ、寂し気に微笑んだ。
「間違っていても……それでも祈るしかなかったのです。僕には、それしかないから」
その笑みはあまりに弱々しく見えた。
ラウルは胸に熱を覚える。
牢の前で剣を握り締めながら、ラウルは一人誓うように呟いた。
「……もし神殿が間違っているなら、俺は……」
言葉の続きを飲み込み、闇に沈める。
心の中ではすでに答えが出ていた。
守るべきは神ではなく──この少年だと。
この夜、彼の瞳はいつまでもセラフィエルから逸らせなかった。
地下牢に残された血の痕は、昨夜の出来事が現実だったことを物語っている。
ラウルは一晩中、牢の前で剣を握りしめたまま眠らなかった。
肩の傷はすでに塞がり、熱を帯びることもない。
セラフィエルの光がそれほどまでに強かった証拠だ。
(……堕ちた神子が、なぜまだ光を扱える?)
その矛盾が、ラウルの胸を苛んでいた。
***
「ラウル殿」
翌朝、牢に王直属の神官が訪れた。
昨夜の襲撃について、わざとらしい口調で言葉を並べる。
「ただの賊でしょう。あの少年を狙ったところで何の利益もありません」
「……ただの賊、だと?」
ラウルの声が低く響く。
王命に従う自分を軽んじたような口ぶりが気に障った。
神官は薄く笑みを浮かべる。
「いずれ処分される身。ラウル殿も、深入りせぬことです」
それだけ言い残し、立ち去っていった。
残されたのは、言いようのない違和感。
(……神殿の者が、調べもせず賊だと決めつけるなどあり得ない。まるで──真実を知っていて隠しているような)
疑念は、もはや拭えないほど濃くなっていた。
ラウルが茫然と立ち尽くしていると、牢の中から声が掛かった。
「……肩の傷はもう痛みませんか」
「あぁ。お前の……光のおかげだ」
セラフィエルはラウルの肩を見つめ、安堵の息を漏らした。
「セラフィエル、助かったよ」
その言葉に、少年はわずかに頬を赤らめた。
それは自分の力を誇るでもなく、ただ「役に立てた」と思うだけの素直な表情だった。
「……ラウル様のお役に立てて、嬉しいです」
ラウルは一瞬、言葉を失った。
セラフィエルは言葉を選びながら、ゆっくりと続けた。
「ラウル様、僕の見張りなんて役割をしていなければ、あんな危険な目に合うことはなかったでしょう……。それでも、貴方と巡り会えたことを僕は……喜んでしまいました。だから、少しでも貴方の為に何かできたらと思うのです」
「……馬鹿だな、お前は」
ラウルの言葉は乱暴だったが、口調は優しかった。
「……ありがとう、セラフィエル」
上手く言葉が出ないラウルがそう告げると、鎖の音が小さく揺れた。
セラフィエルが驚いたように目を見開き、それからゆっくりと俯いた。
耳まで赤く染めながら、小さな声を返す。
「……いいえ」
その夜、牢の隅で眠る少年の横顔を見つめながら、ラウルは深く息を吐いた。
(この子は……本当に裏切り者なのか?もし、神殿そのものが間違っているとしたら──)
闇の中で、ひとつの恐ろしい可能性が形を取り始める。
そして、ラウルは気づいてしまった。
例え何が真実であろうと、すでに自分の心は少年から目を逸らせなくなっていることに。
***
今朝の神官の言葉が気になり、この夜も地下牢で過ごすことにしたラウルは、昨夜の襲撃を思い返しながら剣を磨いていた。
肩の傷はセラフィエルの光で癒え、跡さえ残っていない。
(……堕ちたとされる神子が、どうして光を使えた。もし本当に裏切ったなら、神は力を取り上げるはず)
長年信じてきた教えと、目の前の事実。その矛盾が胸を締め付ける。
鉄格子の内側では、セラフィエルが膝を抱えて座り込んでいた。
祈るように閉じた瞳の睫毛はまだ幼く、少年の儚さを隠せない。
ラウルは堪えきれず、低く問いかけた。
「……なぜ、毎日祈り続けるんだ」
セラフィエルは静かに目を開けた。
その瞳はどこか遠くを見つめているようで、けれど澄んでいた。
「神は……何も答えてくれないのです。
でも、祈らなければ……人々は救われません」
「救われない?」
「王も、民も、みんな“神子”に希望を託していたでしょう。だから、僕は沈黙の代わりに声を届けていただけなのです」
ラウルは息を呑んだ。
つまり、神はすでに沈黙していた。
その空白を、少年の存在が埋めていたのだ。
人々の信仰をつなぎとめるために──。
(……利用された? 神殿に?)
目の前の少年は、裏切りなどしていない。
むしろ、人々のために“神のふり”を強いられてきたのだ。
ラウルの胸に重苦しい怒りと迷いが渦巻いた。
今まで忠義を尽くしてきた神殿こそが、人々を欺き、少年を罪人に仕立て上げたのか。
「……そんなのは、間違ってる」
思わず声に出ていた。
セラフィエルは驚いたようにラウルを見つめ、寂し気に微笑んだ。
「間違っていても……それでも祈るしかなかったのです。僕には、それしかないから」
その笑みはあまりに弱々しく見えた。
ラウルは胸に熱を覚える。
牢の前で剣を握り締めながら、ラウルは一人誓うように呟いた。
「……もし神殿が間違っているなら、俺は……」
言葉の続きを飲み込み、闇に沈める。
心の中ではすでに答えが出ていた。
守るべきは神ではなく──この少年だと。
この夜、彼の瞳はいつまでもセラフィエルから逸らせなかった。
16
あなたにおすすめの小説
身代わりの出来損ない令息ですが冷酷無比な次期公爵閣下に「離さない」と極上の愛で溶かされています~今更戻ってこいと言われてももう遅いです〜
たら昆布
BL
冷酷無比な死神公爵 × 虐げられた身代わり令息
記憶喪失のフリをしたあざといスパイですが、全部お見通しの皇帝陛下に「嘘の婚約者」として閉じ込められています
たら昆布
BL
処刑寸前のスパイが事故にあった後、記憶喪失のフリをして皇帝の婚約者だと偽る話
紳士オークの保護的な溺愛
flour7g
BL
■ 世界と舞台の概要
ここはオークの国「トールキン」。
魔法、冒険者、ギルド、ダンジョン、獣人やドラゴンが存在する、いわゆる“典型的な異世界”だが、この国の特徴はオークが長命で、理知的な文明社会を築いていることにある。
トールキンのオークたちは、
灰色がかった緑や青の肌
鋭く澄んだ眼差し
鍛え上げられた筋骨隆々の体躯
を持ち、外見こそ威圧的だが、礼節と合理性を重んじる国民性をしている。
異世界から来る存在は非常に珍しい。
しかしオークは千年を生きる種族ゆえ、**長い歴史の中で「時折起こる出来事」**として、記録にも記憶にも残されてきた。
⸻
■ ガスパールというオーク
ガスパールは、この国でも名の知れた貴族家系の三男として生まれた。
薄く灰を帯びた緑の肌、
赤い虹彩に金色の瞳孔という、どこか神話的な目。
分厚い肩と胸板、鍛え抜かれた腹筋は鎧に覆われずとも堅牢で、
銀色に輝く胸当てと腰当てには、代々受け継がれてきた宝石が嵌め込まれている。
ざらついた低音の声だが、語調は穏やかで、
貴族らしい品と、年齢を重ねた余裕がにじむ話し方をする。
● 彼の性格
• 極めて面倒見がよく、観察力が高い
• 感情を声高に表に出さないが、内側は情に厚い
• 責任を引き受けることを当然のように思っている
• 自分が誰かに寄りかかることだけは、少し苦手
どこか「自分は脇役でいい」と思っている節があり、それが彼の誠実さと同時に、不器用さでもあった。
⸻
■ 過去と喪失 ――愛したオーク
ガスパールはかつて、平民出身のオーク男性と結ばれていた。
家柄も立場も違う相手だったが、
彼はその伴侶の、
不器用な優しさ
朝食を焦がしてしまうところ
眠る前に必ず手を探してくる癖
を、何よりも大切にしていた。
しかし、その伴侶はすでにこの世を去っている。
現在ガスパールが暮らしているのは、
貴族街から少し離れた、二階建ての小さな屋敷。
華美ではないが、掃除が行き届き、静かな温もりのある家だ。
彼は今も毎日のように墓参りを欠かさない。
それは悲嘆というより、対話に近い行為だった。
⸻
■ 現在の生活
ガスパールは現在、
街の流通を取り仕切る代表的な役職に就いている。
多忙な職務の合間にも、
洗濯、掃除、料理
帳簿の整理
屋敷の修繕
をすべて自分でこなす。
仕事、家事、墓参り。
規則正しく、静かな日々。
――あなたが現れるまでは。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
追放された『呪物鑑定』持ちの公爵令息、魔王の呪いを解いたら執着溺愛ルートに入りました
水凪しおん
BL
「お前のそのスキルは不吉だ」
身に覚えのない罪を着せられ、聖女リリアンナによって国を追放された公爵令息カイル。
死を覚悟して彷徨い込んだ魔の森で、彼は呪いに蝕まれ孤独に生きる魔王レイルと出会う。
カイルの持つ『呪物鑑定』スキル――それは、魔王を救う唯一の鍵だった。
「カイル、お前は我の光だ。もう二度と離さない」
献身的に尽くすカイルに、冷徹だった魔王の心は溶かされ、やがて執着にも似た溺愛へと変わっていく。
これは、全てを奪われた青年が魔王を救い、世界一幸せになる逆転と愛の物語。
転生エルフの天才エンジニア、静かに暮らしたいのに騎士団長に捕まる〜俺の鉄壁理論は彼の溺愛パッチでバグだらけです〜
たら昆布
BL
転生したらエルフだった社畜エンジニアがのんびり森で暮らす話
騎士団長とのじれったい不器用BL
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる