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最終話 恋人たちの朝
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夜が明ける前、ルーヴェンの空は白く滲んでいた。
春の夜明けは、冬の名残を溶かすように静かだ。
鳥のさえずりが遠くで聞こえ、暖炉の火はまだかすかに灯っている。
レイヴィスは、リアンの腕の中で目を覚ました。
胸に触れる体温が、心地よい。
まるで長い夢の続きにいるようだった。
窓の外から柔らかな光が差し込み、
白金の髪がその光を受けて、淡く輝いた。
「……起きられましたか」
リアンの低い声が、耳もとで囁く。
レイヴィスはゆっくりと顔を上げようとすると、全身に痛みが走った。
「うっ」
「レイヴィス様?」
「リアン、身体を動かせないんだが……」
「まぁ、予想通り……かと思います。一応、確認はしましたよね?」
「いや、確かに聞かれた気がするが……、ここまで動けないとは思わないだろう!」
「今まで蓄積した分です。むしろ、足りないくらいです」
レイヴィスの背中をすうっと撫でながら、口角をあげてリアンが言う。
「んんっ……」
「レイヴィス様、誘われてます?」
「も、無理……」
「残念です。レイヴィス様、少し体力が落ちたのでは?」
「現役の騎士と一緒にするな!」
「体力を付けていただければ、もっとたくさんあなたに触れるのに」
「勘弁してくれ。仕事が滞る」
「本日の執務は俺が。レイヴィス様はお休みください」
そう言って、レイヴィスの額に口づけをすると、支度を始めた。
レイヴィスはなんとなく恥ずかしなって、目を反らした。
――あの身体に抱かれたのか。
昨日の熱がまたじわじわと身体に広がりそうになって、枕に顔をうずめた。
「レイヴィス様?何を?」
呼ばれて、顔を上げると、リアンが意地悪な顔をした。
「そんな顔をされると、手を出したくなるのですが……」
「もう行けって!」
リアンはクスクス笑うと、「行ってきますね」とレイヴィスの頬に口づけをして、部屋を出た。
その後ろ姿を見送ると、再び、枕に顔をうずめた。
「あぁ、も~~~、二人にバレバレじゃないか!」
***
「……領主様、まだお部屋から出てこられませんね」
ユリスが書類を抱えたまま、困ったように眉を寄せる。
隣でガルドが耳をぴくりと動かした。
「あぁ、いつもなら俺たちより早く、机に向かってるはずだが……」
二人は顔を見合わせ、そっと視線を領主の机の方へ向けた。
そこには、何故かリアンが静かに机に向かって書類を整理していた。
ユリスは恐る恐る尋ねた。
「あの……リアン様、領主様はお休みですか?」
「あぁ、今日はお休みに」
「具合でも……?」
ガルドが口を開きかけたが、リアンは手を止め、淡々と告げた。
「しばらく、起き上がれないだろうな……」
「え?」
ユリスの目がまん丸になる。
「領主様、そんなにお悪いんですか!?」
「いや、そういうわけでは――」
リアンは少し考えたあと、言葉を選ぶように言った。
「……長い片思いだった分、俺の我慢ができなかった結果です」
「はい?」
ユリスの思考が固まる。
「が、我慢? なにを……え? ええっ!?」
隣のガルドは、すでに察していたらしい。
「……ああ、そういうことか」
「ガルド!? そういうことってどういうこと!?」
ガルドは無言でリアンを見る。
リアンは軽く咳払いして、どこか申し訳なさそうに視線を落とした。
「すまない、二人に心配をかけるようなことをしてしまって。ただ……ようやく想いが通じたので。つい」
「つい!?!?」
ユリスは顔を真っ赤にしてバタバタと手を振る。
「で、でも、領主様、あんなに穏やかで真面目な方が……」
「穏やかでも、恋は別だからな」
ガルドがぼそっと呟く。
「まぁ、気持ちはわかる」
「ガ、ガルドまで何を……!?」
「お前、やっと結ばれたんだ、イチャつきたくもなるだろ」
「いや、それはそうですけど!」
リアンは苦笑を浮かべ、机の書類を丁寧に揃えた。
「心配は要りませんよ。少し休めば……たぶん、起きられるかと」
「“たぶん”!?」
「お前は……意外と体力あるからな。次の日もけろっとしてるが、領主様は繊細そうだし……」
「ひ、ひええっ!!ガ、ガルドさん、何言って!?」
「体力の話だが?」
「羨ましいですね、やはりレイヴィス様にも少し鍛えていただく必要が……」
真っ赤になったユリスの悲鳴が、朝の館に響き渡った。
そのとき、ちょうど扉のほうから控えめな声が聞こえた。
「……ユリス、少し静かに。……というか、君たちは朝から何の話をしているの?」
全員が振り返る。
寝癖のついた髪、ゆるく着崩したシャツ姿のレイヴィスが、ゆっくりと執務室に入ってきた。
「あわわわ、領主様っ!?色気が全開なんですけど!?」
「レイヴィス様、さすがにその状態で部屋を出ては……」
「?」
「はぁ~、レイヴィス様、部屋までお送りします」
「いや、仕事が……」
「その状態で仕事されては、皆が気が散って仕事どころではありません」
「は?」
「そうですよ、今日は休んでください!僕たちで頑張りますから!」
「……うん、そうか。わかった」
リアンは静かに立ち上がり、レイヴィスの隣に歩み寄った。
「……支えますから、部屋へ戻りましょう」
「ん、あぁ……」
リアンの手が腰に回されて、身体が震える。
レイヴィスの顔が赤く染まり、俯く。
「レイヴィス様……そういう反応されますと、いじめたくなるのですが……」
「っ……!」
昨日を思い出させるようなリアンの囁きにレイヴィスはさらに顔を赤らめ、リアンを睨むように見上げた。
リアンは無言でレイヴィスをお姫様抱っこし、執務室を出た。
その様子を見て、ユリスとガルドは顔を見合わせる。
「……ねぇ、ガルドさん」
「なんだ?」
「今日は二人ともお休みかな?」
「そうかもな」
「……ふふ、領主様、幸せそうでよかったです」
ユリスの言葉にガルドが優しく微笑む。
「……ガルドさん、僕……キスしたくなっちゃいました」
「夜まで我慢だな」
「ですよね~」
「冗談だ」
いつのまにかすぐそばに来ていたガルドに引き寄せられる。
軽い、キス。
ユリスがガルドを見つめ、そっと目を閉じると、もう一度キスをした。
「ガルドさん、大好きです」
「あぁ、俺もだ」
朝の光が差し込み、春の風がカーテンを揺らす。
恋も、笑いも、少しだけ騒がしい――それが、ルーヴェンの平和な朝だった。
春の夜明けは、冬の名残を溶かすように静かだ。
鳥のさえずりが遠くで聞こえ、暖炉の火はまだかすかに灯っている。
レイヴィスは、リアンの腕の中で目を覚ました。
胸に触れる体温が、心地よい。
まるで長い夢の続きにいるようだった。
窓の外から柔らかな光が差し込み、
白金の髪がその光を受けて、淡く輝いた。
「……起きられましたか」
リアンの低い声が、耳もとで囁く。
レイヴィスはゆっくりと顔を上げようとすると、全身に痛みが走った。
「うっ」
「レイヴィス様?」
「リアン、身体を動かせないんだが……」
「まぁ、予想通り……かと思います。一応、確認はしましたよね?」
「いや、確かに聞かれた気がするが……、ここまで動けないとは思わないだろう!」
「今まで蓄積した分です。むしろ、足りないくらいです」
レイヴィスの背中をすうっと撫でながら、口角をあげてリアンが言う。
「んんっ……」
「レイヴィス様、誘われてます?」
「も、無理……」
「残念です。レイヴィス様、少し体力が落ちたのでは?」
「現役の騎士と一緒にするな!」
「体力を付けていただければ、もっとたくさんあなたに触れるのに」
「勘弁してくれ。仕事が滞る」
「本日の執務は俺が。レイヴィス様はお休みください」
そう言って、レイヴィスの額に口づけをすると、支度を始めた。
レイヴィスはなんとなく恥ずかしなって、目を反らした。
――あの身体に抱かれたのか。
昨日の熱がまたじわじわと身体に広がりそうになって、枕に顔をうずめた。
「レイヴィス様?何を?」
呼ばれて、顔を上げると、リアンが意地悪な顔をした。
「そんな顔をされると、手を出したくなるのですが……」
「もう行けって!」
リアンはクスクス笑うと、「行ってきますね」とレイヴィスの頬に口づけをして、部屋を出た。
その後ろ姿を見送ると、再び、枕に顔をうずめた。
「あぁ、も~~~、二人にバレバレじゃないか!」
***
「……領主様、まだお部屋から出てこられませんね」
ユリスが書類を抱えたまま、困ったように眉を寄せる。
隣でガルドが耳をぴくりと動かした。
「あぁ、いつもなら俺たちより早く、机に向かってるはずだが……」
二人は顔を見合わせ、そっと視線を領主の机の方へ向けた。
そこには、何故かリアンが静かに机に向かって書類を整理していた。
ユリスは恐る恐る尋ねた。
「あの……リアン様、領主様はお休みですか?」
「あぁ、今日はお休みに」
「具合でも……?」
ガルドが口を開きかけたが、リアンは手を止め、淡々と告げた。
「しばらく、起き上がれないだろうな……」
「え?」
ユリスの目がまん丸になる。
「領主様、そんなにお悪いんですか!?」
「いや、そういうわけでは――」
リアンは少し考えたあと、言葉を選ぶように言った。
「……長い片思いだった分、俺の我慢ができなかった結果です」
「はい?」
ユリスの思考が固まる。
「が、我慢? なにを……え? ええっ!?」
隣のガルドは、すでに察していたらしい。
「……ああ、そういうことか」
「ガルド!? そういうことってどういうこと!?」
ガルドは無言でリアンを見る。
リアンは軽く咳払いして、どこか申し訳なさそうに視線を落とした。
「すまない、二人に心配をかけるようなことをしてしまって。ただ……ようやく想いが通じたので。つい」
「つい!?!?」
ユリスは顔を真っ赤にしてバタバタと手を振る。
「で、でも、領主様、あんなに穏やかで真面目な方が……」
「穏やかでも、恋は別だからな」
ガルドがぼそっと呟く。
「まぁ、気持ちはわかる」
「ガ、ガルドまで何を……!?」
「お前、やっと結ばれたんだ、イチャつきたくもなるだろ」
「いや、それはそうですけど!」
リアンは苦笑を浮かべ、机の書類を丁寧に揃えた。
「心配は要りませんよ。少し休めば……たぶん、起きられるかと」
「“たぶん”!?」
「お前は……意外と体力あるからな。次の日もけろっとしてるが、領主様は繊細そうだし……」
「ひ、ひええっ!!ガ、ガルドさん、何言って!?」
「体力の話だが?」
「羨ましいですね、やはりレイヴィス様にも少し鍛えていただく必要が……」
真っ赤になったユリスの悲鳴が、朝の館に響き渡った。
そのとき、ちょうど扉のほうから控えめな声が聞こえた。
「……ユリス、少し静かに。……というか、君たちは朝から何の話をしているの?」
全員が振り返る。
寝癖のついた髪、ゆるく着崩したシャツ姿のレイヴィスが、ゆっくりと執務室に入ってきた。
「あわわわ、領主様っ!?色気が全開なんですけど!?」
「レイヴィス様、さすがにその状態で部屋を出ては……」
「?」
「はぁ~、レイヴィス様、部屋までお送りします」
「いや、仕事が……」
「その状態で仕事されては、皆が気が散って仕事どころではありません」
「は?」
「そうですよ、今日は休んでください!僕たちで頑張りますから!」
「……うん、そうか。わかった」
リアンは静かに立ち上がり、レイヴィスの隣に歩み寄った。
「……支えますから、部屋へ戻りましょう」
「ん、あぁ……」
リアンの手が腰に回されて、身体が震える。
レイヴィスの顔が赤く染まり、俯く。
「レイヴィス様……そういう反応されますと、いじめたくなるのですが……」
「っ……!」
昨日を思い出させるようなリアンの囁きにレイヴィスはさらに顔を赤らめ、リアンを睨むように見上げた。
リアンは無言でレイヴィスをお姫様抱っこし、執務室を出た。
その様子を見て、ユリスとガルドは顔を見合わせる。
「……ねぇ、ガルドさん」
「なんだ?」
「今日は二人ともお休みかな?」
「そうかもな」
「……ふふ、領主様、幸せそうでよかったです」
ユリスの言葉にガルドが優しく微笑む。
「……ガルドさん、僕……キスしたくなっちゃいました」
「夜まで我慢だな」
「ですよね~」
「冗談だ」
いつのまにかすぐそばに来ていたガルドに引き寄せられる。
軽い、キス。
ユリスがガルドを見つめ、そっと目を閉じると、もう一度キスをした。
「ガルドさん、大好きです」
「あぁ、俺もだ」
朝の光が差し込み、春の風がカーテンを揺らす。
恋も、笑いも、少しだけ騒がしい――それが、ルーヴェンの平和な朝だった。
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