溺愛王子様の3つの恋物語~第2王子編~

結衣可

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第4話 動揺

夕暮れの下町。
西の空が朱に染まり、石畳の路地に細い影を落としていた。

露店の灯りがひとつ、またひとつと灯り始め、人々のざわめきが夜へと溶けていく。
その雑踏の中を、ひとりの青年が軽やかに歩いていた。

フードを目深にかぶり、粗末な外套で身を包んだ姿。
だが、隠しきれぬ整った顔立ちと、淡い金髪の輝きが、暮れゆく光に溶けていた。

ライナルト・フォン・グランツ――王国の第2王子。

「ふふ、やっぱり護衛を撒くのは簡単だね」

楽しげに呟き、足取りは自由そのもの。
飄々とした笑みは、宮廷の窮屈さを抜け出した子どものようでもあった。

だが――。

狭い路地の出口で、彼の歩みが止まる。
石壁に背を預けて立つ長身の影。冷たい瞳が、夕闇の中から鋭く光を放っていた。

「……宰相さん」

カール・ヴァイスベルク。
王国を支える切れ者の宰相は、逃げ道を塞ぐように立ちはだかっていた。

「殿下。……護衛を撒くとは、大胆ですね」

「へぇ、わざわざ宰相さん自ら?貴方が来るなんて思わなかった」

ライナは肩を竦め、飄々とした笑みを浮かべ、動揺を隠そうとしたが、心臓が不意に早鐘を打ち始める。

その瞬間。

カールは長い脚で路地を進み、狭い石壁と自分の身体で出口を塞いだ。
大人びた威圧感と鋭い声が、空気を震わせる。

「逃げるな」

低く抑えた声音。
その迫力に、ライナの笑みがわずかに揺らぐ。

「お、俺は別に……逃げてるわけじゃ――」

「殿下」

カールの声が重なる。
冷静に、けれど感情を隠しきれない響きで。
ライナの頬をカールの指が撫でる。

「あなたはこの国を照らす光だ。……その光を失わせることは、この国にとって致命的となります」

「……」

真正面から向けられた言葉に、ライナは息を呑む。
普段とは違う、まっすぐな視線。
胸の奥がきゅっと熱を帯びた。

(……こんな真剣な目で言われたら……)

「……心配してくれてるの?」

震える声で問いかける。
カールはわずかに眉を寄せ、深く息を吐いた。

「当然です。貴方を守るは私の務め」

まるで、騎士の誓いのような言葉に、ライナの頬が、一気に赤く染まった。

「…っ……」

視線を逸らし、耳まで熱を帯びてしまう。
いつも飄々と軽口でかわすはずの自分が、なぜか逃げ場を失っていた。

その赤面した横顔を見つめる宰相の胸に、熱が走る。

(……この方を、これ以上放っておくわけにはいかない)

夕闇に沈む路地裏。
王子と宰相の距離は、確実に縮まっていた。

***

その夜、ライナの私室では机の上には整然と並んだ報告書が積まれ、灯りの下で白い紙がきらめいていた。

「……ふぅ。やっと終わった」

ペンを置き、背もたれに体を預ける。
窓から入る夜風がカーテンを揺らし、冷えた空気が頬を撫でた。
彼はそのままベッドに倒れ込み、白い天蓋を見上げる。

(宰相さん……)

数時間前の光景が、鮮やかに蘇る。
「逃げるな」と言った低い声。
頬に触れた手の感触。
「当然だ」と答えた真剣な声音。

胸の奥がじんと締め付けられる。

(……嫌じゃない、むしろ……)

唇を噛み、枕に顔を埋める。

(でも、それは俺が“王子”だからだよね。宰相にとっては“国の柱の一人”だから。大事にされて当然なんだ。……俺個人がどうこうじゃ、ない)

自分にそう言い聞かせても、ざわめきは収まらなかった。
むしろ苦しくなるばかりだ。

「……また、触ってくれないかな」

思わず漏れた呟きに、はっとして口を押さえる。

「な、何言ってるの、俺……」

誰もいない部屋で、耳まで真っ赤になる。
――自覚したくない気持ちが、静かに芽生え始めていた。
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