呪いで猫にされた騎士は屈強な傭兵に拾われる

結衣可

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第1話 知らない男の寝床

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 ――暖かい。

それが、最初の意識だった。

薄い毛布を押し返すように、胸元へぬるい空気が流れてくる。
枕は硬く、布の匂いは乾いた草と薪の残り香。
アッシュ・クローヴィスは、ゆっくり瞼を開いた。

まず視界に入ったのは、木の梁。横に並んだ梁の間から、朝の光が細い線となって差し込んでいる。
脇腹が鈍く痛む。
その痛みで、昨夜の記憶が一気に蘇った――雪、森、血、そして大きな腕に抱き上げられた瞬間の熱。

(……頼んでないのに、あんなふうに抱いて……)

眉間を寄せかけて、そこで気づく。

自分は、なぜ“人間の姿”で寝ている?

慌てて上体を起こそうとすると、布団がするりと胸元から落ちた。
肩を覆っていた外套もずり落ち、脇腹が露出する。淡い赤の縫合跡が目に入り、アッシュは目を丸くした。

(……縫って、ある)

誰が? どうやって?
アッシュが困惑していると、視界の端に“何か大きなもの”が動く気配がした。

がば、と振り返る。
そこには――

「……起きたのか」

寝台のすぐそばの椅子。
大柄な男が、長い脚を組み、片肘をついてこちらを見ていた。
琥珀の瞳が朝の光を受けて静かに揺れている。
髪は無造作で、肩にかかる長さ。
筋肉質の胸板が薄いシャツ越しに目に入って――

アッシュは息を呑んだ。

(……こいつだ。俺を拾ったのは)

男――ロウガン・ベックフォードは、深い声で言った。

「昨夜は猫だったろ。お前、人間だったのか……」

「……っ」

言われた瞬間、アッシュは顔が熱くなる。

思い出した。
雪の森で倒れて、拾われて、外套で包まれて、胸元に顔を押し付けて――
喉まで鳴らしてしまって――

(ああああああッ……! なんで、なんであんなこと、俺はッ……!)

羞恥で布団に潜り込みたくなる。
なのに、その羞恥に反比例するように、体の奥底から“猫の本能”がむくりと頭をもたげた。

 ――この男の匂いを覚えてる。
 ――温かい。もっと触れたい。

(やめろやめろやめろ!!)

頭の中で叫ぶのに、体はほんの少しだけ前のめりになるのをなんとか堪えた。
毛布の端を握りしめながら、アッシュは顔を逸らした。

「……昨夜のは、事故だ。忘れてくれ」

「いや、忘れられるわけねぇだろ――あんな可愛く、すり寄って来られたら」

「言うな!!……っつ……」

叫んだ瞬間、脇腹が痛み、息が詰まる。

「おい、動くな。傷が開く」

ロウガンは椅子を立ち、ゆっくりと近づいてくる。
その距離が近づくだけで、胸がざわつく。
猫のときの感覚が、体のどこかに残っている。
寄りたくなる。触れたくなる。
そんな自分自身が信じられない。

寝台の縁に腰を下ろしたロウガンは、アッシュの肩にそっと手を添えた。

「落ち着け。傷の具合を見る」

「触るな……!」

言いながら、逃げるように上半身を後ろへ引いた――つもりだった。
それよりも先に、ロウガンの指が脇腹の包帯に触れた。

 ビクッ。

(……っ!?)

アッシュの体が震え、ぎゅっと自分の手を握り締める。
ロウガンはその反応に気づき、目だけを細めた。

「……怖がってんのか?」

「怖がってないッ!」

「じゃあ、なんでそんなに力が入っているんだ」

「これは、その……」

言葉が続かない。

(気を抜くと、”あんたにすり寄りたくなるから”、なんて言えるかよ)

あまりにも居心地が悪い沈黙が落ちた。
しかしロウガンは、そんなアッシュの混乱を追及することもなく、淡々と包帯を確認すると、深く息をつき、

「よし、傷は悪くなってねぇな」

そして、ごく自然な調子でこう言った。

「俺はこの辺境で傭兵をしているロウガンだ。お前、当分ここにいろ。怪我が治るまでは無理に動くな」

「は……?」

アッシュは一瞬、言葉が理解できなかった。
ロウガンは続ける。

「その傷を負って貧血の状態で森を歩いていたんだろう?暫く寝ていなければ、回復しない。食事は作ってやるし、ここには薬もある。……猫になってる間も、俺が面倒を見る」

「……っ、ま……待てって!」

(猫になってる間も? なんでそんなこと言えるんだ!?)

「な、なんで、あんたが……そこまで……!」

「拾ったのは俺だ」

あまりにも当たり前のように言われ、アッシュは言葉を失う。
深い沈黙が流れた後、ロウガンはアッシュの表情をじっと見つめ、

「それに……放っとけるかよ。あんな状態のお前を」

その声は、あまりにも優しかった。
胸がざわざわと波立ち、落ち着かない。
人間の姿に戻っても、猫の本能がまだ残っているのが分かる。
近づきたくなる。
触れたくなる。
この匂いを覚えている。

(……だめだ、だめだ、だめだ……ッ)

「……っ」

そう思うのに、体が勝手に動く。
気づけば……ひどく自然な動作で、アッシュはロウガンの肩のあたりに頬をスリッと寄せていた。

「…………」

「…………あっ……」

(お、俺、何して……)

自分で自分の行動が信じられず、顔を真っ赤にしてロウガンの肩を押した。

「ち、違う! 今のは! 本能が……っ!」

「本能?」

ロウガンは本気で困惑していたが、真っ赤な顔のアッシュをつい可愛いと思ってしまった。

「笑うな!!」

「笑ってねぇだろ。ただ……猫のときと同じで、懐かれてるのかと思っただけだ」

「懐いてないッ!!」

「そうか?」

「そうだッ!」

アッシュが真っ赤になって叫ぶたび、ロウガンの口元が緩んでいくのが分かる。

(……あぁぁぁ、くそっ……!なんで、そんな顔すんだよ)

ロウガンは混乱しているアッシュの頭を一撫でして、立ち上がり、暖炉のそばへ歩いていく。
鍋に温め直したスープを皿に注ぎ、寝台へ戻ってきた。
再び、寝台に座ると、ロウガンは木匙をすくい、アッシュの口元へ運ぶ。

「ほら、食え。体力落ちてんだろ」

「……自分で食べられる」

「そう言うな。ほら」

(……やめ……)

否定したいのに、ロウガンに甘えたい自分の中の猫の部分が勝手に口を開けてしまう。
匙が唇に触れ、アッシュはつい目を閉じる。

(どうしよ……ほんとに恥ずかしい……!)

ロウガンは優しく口元を拭ってやりながら、

「”いい子”だ。ゆっくり食え」

「そういうこと、言うなって!!」

その言葉を聞いたアッシュはまた布団を頭まで被った。
ロウガンは苦笑しながら、布団の上からぽん、と優しく肩を叩く。

「大丈夫だ。何も心配するな」

低く落ち着いた声。
その声音が、昨夜と同じ“あの声”と重なる。

 ──俺が守る。

 心臓が、跳ねた。

「……っ、勝手に守るとか言うなよ……」

「聞こえていたのか」

「!!」

ビクッと震えたアッシュにロウガンは楽しそうに笑いながら、布団をそっと捲る。

「とにかく怪我が治るまで、ここでゆっくりしてろ。猫になっても、人間でも、どっちでも世話してやるから」

「……やめろって……そういうこと言うの」

アッシュは耳まで真っ赤にしながら、震える声で呟いた。

「……こんな見知らぬ俺に……なんで」

ロウガンは、優しい目でその震えを見つめる。

「俺が勝手にやるだけだ。お前は気にしなくていい」

その言葉に、また心臓が跳ねた。
毛布の中で、アッシュの指が小さく震える。

「そういえば、お前、名前は?」

「……アッシュだ。アッシュ・クローヴィス。王国騎士団の騎士をしている」

「そうか。……騎士団の方へは連絡したのか?」

「……してない」

「まぁ、とりあえず、怪我を治すのが先だな」

 ――こうして、二人の奇妙で甘い二重生活が始まった。
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