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第二章 遺恨編

遺恨Ⅸ 弟子入りテスト

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 精霊樹の裏手から伸びる道の先にポツリと建つ小屋。ガステイルが言うにはここが剣翁の住む道場とのことだが、道場というにはあまりにボロ小屋である。アルエットがノックした数分後、エルフの青年が小屋から出てきた。

「あの、どちら様でしょうか?」

 アルエットは青年に一礼し、口上を述べる。

「突然の訪問失礼します。人族の王都フォーゲルシュタットから参ったアルエット・フォーゲルと申します。剣翁ゼーレン様はこちらに?」

 青年は少し考えるような素振りをし、答えた。

「剣翁様なら奥にいらっしゃいます。このままお待たせするのもしのびないゆえ、皆様どうぞお上がりください。」

 アルエットは青年をしばし見つめる。

「では、そうさせていただきましょうか。」

 そう言って、小屋の中に入っていく。口元は少し微笑みを浮かべている。アルエットに続くようにルーグとアムリスも小屋に入った。

「ガステイルさんは……?」
「俺はいいよ、基本的に普通の武器は使わないし。それに……」

 ガステイルは少し言い淀む。

「それに?」
「俺はネタバレ、知ってますから。まあ、あの様子だと殿下もすぐ気付いたみたいですが…」

 ルーグとアムリスは、きょとんとした目でガステイルを見つめる。

「ネタバレ……って、どういうことですか?」
「剣翁の弟子入りテストはもう始まってるってことです。あの方は気に入ったらエルフでも人間でも魔族でも構わず弟子にするけど、そうじゃない人達には冷たいですから。」

 ルーグとアムリスはガステイルの言葉に息を呑む。

「えっ、靴とかちゃんと揃えた方が良いかな……?」
「いえ、他にもなにかルールがあるかもしれません。慎重にいきましょう、アムリスさん。」

 ガチガチに緊張しながら恐る恐る靴を脱ぎ、上がり框に足を踏み入れた二人を見て、ガステイルは思わず

「ぶはっ」

 と吹き出してしまう。何かと問いただそうとする二人だったが、

「二人とも!早くこっちに来てちょうだい!」

 奥から響くアルエットの声に止められ、そちらへと進んで行った。

 玄関から廊下を少し進むと、広間の扉のようなところに辿り着いた。その扉の前でアルエットは二人を待っていたようだった。

「遅いよ、一体何をしていたのよ。」

 アルエットはそう言って扉を開ける。扉の先には大きな広間であり、アルエットはそこに入る。

「だって、ガステイルさんに脅されて……」

 ルーグとアムリスもアルエットに続いて中に入っていく。

「まあいいわ。二人とも、早く剣翁様に挨拶してきなさい。私はもう済ませて来たから。」

 そう言われて、ルーグとアムリスは広間を見回す。そこには5人のエルフが佇んでいた。全員見た目は老人のように見えるが、独特の殺気がその身を包み込んでいる。帯剣していることもあり、簡単には近づけない雰囲気だ。

「いや、挨拶っつっても……」
「アルエット様、誰が剣翁様なんでしょうか?」
「そうですよ!全員剣を持ったおじいさんですし、族長さんの弟って情報だけじゃ流石に分からないです。」

 二人がそう言っても、アルエットは黙って微笑んだまま何も答えない。

「はぁ……分かりましたよ。アムリスさん、アルエット様はこうなったら動かないんで、俺たちでなんとかしましょう。」

 壁にもたれ廊下に目線を送るアルエットをよそに、ルーグとアムリスは5人のエルフの方に近づいていく。

「あの、剣翁様ってどちら様でしょうか?」

 と声をかけたルーグ。すると5人は一斉に振り向き、ルーグとアムリスに襲いかかってきた。

「なっ!」「えっ!?」

 不意を打たれ体勢を崩しつつもなんとか剣戟を避けきりながら剣と斧を構える二人。

「アムリスさん、大丈夫ですか!」
「ええ、なんとか。でも、なんだかこの人たち、一人一人はそこまで剣の扱いがいいとは思えないです。」
「そうだね……剣翁と呼ばれるくらいだし、あの不意打ちで俺たちを討ちもらすとは思えない。」

 ジリジリと間合いを詰めてくる5人のエルフに対し、ルーグとアムリスは固まって間合いを維持する。

「ええ……なので、この中に剣翁様はいないと思います。問題はこの人たちを怪我させずに無力化できるかどうか……」
「ああ、やっぱ怪我させるのはまずいよなぁ。」

 ルーグはちらりとアルエットの方を見るが、増援は見込めそうにない。それどころか、最初に小屋から出てきた小間使いのエルフの青年と談笑している。

(くそっ、人が必死こいてるってのに……。これもテストの一環ってことなんだろうな。アルエット様もおそらくグル……いや待てよ)

 その瞬間、エルフの一人が二人に向かって斬りかかる。

「くっ!」
「ルーグさん!私が何とかします!」

 エルフの剣をルーグが自身の剣で受け止め、その隙にアルエットが大斧の柄で薙ぎ払う。なんとか引き離した二人であったが、そのわずかな間に5人のエルフは彼らを完全に包囲していた。ルーグとアムリスは互いに背中合わせになり、お互いに後方を警戒する。

「アムリスさん、俺の作戦に乗りませんか?」

 ルーグは警戒を解かないまま、アムリスに目配せしながら言った。

「……何をすればいいかだけ、教えて。」
単純明快シンプルですよ。俺が合図をしたら聖剣を抜いて、あいつらを殺すつもりでぶった斬ってください。」
「ええ!?怪我させないようにって話だったじゃない!」
「大丈夫です。俺の予想通りなら、アムリスさんの手が汚れることはありません。」
(まあ、剣翁の実力だけは分からないからそこだけは不安だけど)

 アムリスは少し考え込み、深呼吸をして答える。

「……分かったわ。信じてみる。」

 そう言って、大斧を背中に収める。
 暫し、静寂が訪れる。その時、瞬きほどの刹那だったが、一人のエルフが少しだけよろめいた。

「今です!!」

 静寂を破るルーグの合図。言い終わらぬうちに弾かれたように突っ込むアムリス。そのエルフが気付いた頃には既に、聖剣が振り下ろされ斬られる直前であった。しかし、

「なっ!!」

 聖剣は止められた……小間使いの、エルフの青年によって。

(嘘!本当に斬るつもりで振ったのに……素手で止められた!?)
「う~~ん!噂に違わぬいい剣だわぁ!それに、持ち主とも深い深ぁ~いBIGなLOVEで結ばれているみ・た・い。」

 青年はそういうと、5人のエルフ達に下がれと促し、ルーグ達に居直った。

「そっちのおっきい子にはちゃんとバレてたみたいだしぃ、二人ともアタシの弟子にしてあげるわ!」
「「え?」」

 ルーグとアムリスは現状を受け入れられず、硬直している。そこへ入り口からアルエットが駆けてくる。

「よかったじゃない二人とも!テストは合格よ!」
「え……てことは、この人が」
「本当に……剣翁ゼーレン様?」
「そうよぉ!でも剣翁もゼーレンも可愛くないから、レンちゃんって呼んで欲しいわぁん。」

 ルーグとアムリスは、顔を真っ青にしてへたりとその場に座り込んだ。
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