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第三章 箱庭編

箱庭ⅩⅠ 真相の欠片

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「着いたわね。」

 アルエット達三人は小高い丘を上り、ドニオの家に到着した。家を取り囲む木々は町の入り口から見たとき以上に言い知れぬ威圧感を帯びており、また家の正面の壁面には棚替わりの木の板が置かれており、その上には大量の人形が飾られている。そのどれもが可愛らしく小綺麗に手入れをされた少女の人形であることが、逆に不気味さを演出している。

「これ、本当に来てよかったんでしょうか……?」

 アムリスが真っ青になりながらアルエットに尋ね、陰に隠れるようにして怯えている。

「まあ、なるようになりますよ。早く行きますよ!」

 アムリスとは対照的にニコニコとした笑顔でずんずんと進んでいくガステイル。彼がそう口にして数歩、家に近付いたその瞬間であった。

「ひいいい!!!」

 飾られていた人形が一斉に三人の方へ向く。アムリスは悲鳴をあげアルエットに抱き着く。下から抱きついたことによりアルエットの首元に手がかかる。

「ちょ、アムリス……それマズイって……」

 脇の下から襷掛けされるように腕をかけられ、火事場の馬鹿力でアムリスに締められるアルエットがそう懇願するも、アムリスは聞き耳を持たず、

「うえええん、おかあさぁぁん!」

 とパニックになりより腕に力を込める。

「うぐっ……もう無理……」

 アルエットが意識を手放す寸前、家の扉が勢いよく開く。

「ひっ!」

 アムリスは扉の勢いに驚き、家の入り口に恐る恐る目を向けると、そこには首と腕が取れかかった少年の人形が立っていた。少年の人形はカチカチと歯を鳴らし、笑うように頭を振りながらアムリスに近寄る。

「あ……ああっ……」

 アムリスはそこで許容量をオーバーし、アルエットを解放してドサリと意識を失った。アルエットは首元を軽く押さえながら大きく深呼吸をし、酸素を十分に確保して呟く。

「……私じゃなくて貴女が気を失うのね。」
「ぶふっ」

 ガステイルがこの一連のやり取りに遂に耐えきれず吹き出す。アルエットはガステイルを睨め付けながらアムリスを抱きかかえると、

「そういえば、貴方がこの事態を引き起こしたんだったわね……」

 そう言いながらガステイルに近付き、アムリスを差し出す。

(うおお……妖羽化ヴァンデルン寸前のブチギレ……)

 魔力が漏出するほどの威圧感にガステイルは従うしかなかった。ガステイルはアムリスを背負い、家の中から出てきた人形を見つめる。人形はゆっくりとガステイルの方を向き、ケタケタと頭を揺らした後、こっちへ来いとばかりに家の中へ戻っていく。

「殿下、これって……」
「ええ、自由に動いているわね。つまりドニオが自律型人形を作れないのは嘘……。」

 家の入り口の前で警戒心を高め、奥にある人形を見つめる。

「魔力を温存して正解でしたね。」
「そうね。とりあえず進んでみようか。」

 アルエットとガステイルは、ゆっくりと家の中へ入っていった。


 玄関を上がり廊下を進んでいく人形に着いていくアルエット達。人形は廊下の突き当たりに差し掛かると、右側の居間に入って行く。すると、中から男の声がした。

「どうしたのじゃ?こんなところに客人かいな……」

 そう言って居間を出たドニオ。アルエットと目が合うと

「貴女は!」

 すかさず臨戦態勢の構えをとった。アルエットは両手を上げて弁明する。

「武器を下ろしてください。決して貴方と戦いに来たわけではありませんので。」

 ガステイルもアルエットに倣い、両手を上げドニオを見つめる。少しの間睨み合いが続いたが、ドニオはゆっくりと構えを解き言った。

「……お茶を出しましょう。無論、毒などは盛りませぬゆえ。」
「ええ。まあ、エルフと妖精種ニンフェリムに効く毒などそうそうあるとは思いませんが。」

 ドニオはアルエットの返答に心底驚いたという顔をする。そして、昨日の会話の節々を思い出し一人納得したように、

「そうか、貴方が姫様だとはのう……知らぬとは言え、とんだご無礼を。」
「全くです。」
「まぁ、狭い家じゃが……ゆっくりしていってくりゃれ。」

 ドニオはそう言って、促すように居間に入っていく。アルエット達もそれに続いて居間に入り、椅子に座る。ドニオは台所に向かい、お茶を用意する。その時

「ん……」

 ガステイルの隣りに座らされていたアムリスが目を覚ます。

「あ、大丈夫ですか?アムリスさん。」
「ここ、どこですか?」
「人形師の家。着いた途端コイツのせいで気絶したでしょ、貴女。」

 アルエットがガステイルを肘でつつきながら言う。アムリスは真っ青になりながらガステイルに訴える。

「そうでした……あれ、なんだったんですか!?」
「ただの客人応対用の人形じゃ。ほれ、お茶。」

 ドニオがお茶を持ってアルエット達に配り、三人に向かい合うようにして座る。アムリスはドニオのことを怪訝な眼差しでじっと見つめる。

「お嬢ちゃんも目が覚めたようじゃの。なに、毒は入っとらんよ……それにしても、王女にエルフに聖剣の乙女とは、変な組み合わせじゃのう。」
「まあ、成り行きですよ。ん、このお茶美味しいですね。」
「ホッホッホ、エルフの方に褒められるとは思ってもなかったのう。」

 ドニオは髭をさすりながらニコニコと嬉しそうに頷く。

「さて、無駄話もそこそこに。殿下は何用でここまでいらっしゃったのかのう?」

 アルエットはお茶に少しだけ口をつけ、ゆっくりと湯呑みを下ろし、神妙な面持ちでドニオに視線を投げ口を開く。

「シャガラという少年が、五年前のガニオの民にしたことを教えて欲しい。貴方が普段以上にガニオの民に暴力を振るわれた……というところまで聞き、そこで彼の記憶が途切れているらしいのだ。」

 ドニオはアルエットの言葉に大きく目を見開き、そしてため息を一つついて質問に答える。

「そうですか……やはりあの子と会っていたのですね。」
「……」
「分かりました、語りましょう。私の罪と……彼の秘密を。」

 ガステイルとアムリスはごくりと息を呑んだ。

「五年前に遡る前に、まずはシャガラの話をせねばならん。シャガラはワシの娘の子……つまり、シャガラから見ると私は母親方の祖父ということになる。シャガラの母親は親のワシが言うのもなんじゃが、優しくて面倒見が良く、男によく好かれる娘じゃった。」

 ドニオは少し口を噤み、少量のお茶を口に含んでゆっくりと飲む。そして再び語りを続けた。

「ある日のことじゃった。彼女はとある男をここに連れてきて挨拶をさせたのじゃ。数ヶ月前にお互い一目惚れし交際を始めたこと、結婚してガニオに移り住みたいこと、そして……お腹には子供がいることを聞かされた。衝撃じゃったよ……怒る気も起こらんくらいのう。まあ、そんな衝撃も連れてきた男の正体に比べたら可愛いもんじゃがな。」
「正体って……まさか!」
(まさか、ルーグの推測が正しいなら……)
「魔族……ですか?」

 アルエット達が各々反応を見せるが、ドニオはゆっくりと首を振る。

「竜じゃ。シャガラは人間と竜族のハーフなんじゃよ。」
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