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第三章 箱庭編
箱庭ⅩⅩ 孤児院長クリステラ
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教会の隠蔽体質のおかげで、彼女の件は表に出ることなく内々で処理されることになりました。同期の修道士の何人かはわたくしのことを少し疑っていたようですが、物的証拠もない以上確信が持てないようでした。その中の1人でも戒律を破り夜更かしをするような人間がいたら、また話は違っていたでしょうが。
わたくしを疑った同期には、わたくしの次に成績がいい男がいました。彼――デミス・ラクシアは遺体が見つかった日に、わたくしを呼び出して言いました。
「本当のことを教えて欲しい。」
「何の話?わたくしも今出回っている噂程度しか知らないわよ。」
「……」
顎を引き無言でわたくしを見つめるデミス。しかしそこに憎悪や弾劾の意思はなく、むしろわたくしへの憐憫を覗かせている。これだからこの優男は嫌いなんだ、わたくしのどこが憐れだというのか。
「決して、君を疑っているわけではないんだ。君への彼女の態度も見てきたし、逆に彼女が君へ追いつこうと日々努力を重ねてきたことも知っている。」
「何が言いたいんですか?」
「俺は、君もアイツも信じたいんだ。だから、どうしても湧いてくるこの直感を……君が彼女の失踪と死に関わっているんじゃないかという戯言を、君自身で反証して欲しいんだ。」
「……なにか根拠があるんですの?」
「数日前、行方不明中の彼女の部屋の近くを通りがかったとき、君が部屋から出てくるのを見たんだよ。」
「ッ!!」
「あれはなんだったんだ?教えてくれないか……クリステラ。」
見られていたとは……誤算だった。瞳孔が開き、汗を流し呼吸が荒くなる。無垢な男から向けられる疑心がこんなに気持ちいいなんて。わたくしは口角が上がりかけるのをなんとか堪え、一計を案じ実行する。
「どうした?なにかやましいことでもあるのか?」
「……うぅっ、グスッ」
「クリステラ!?いや、そんな責めるつもりはなかったんだ!すまない。」
「いえ……、話しますわ。じ、実はあの日、わたくしの部屋に彼女が訪ねて来たのです。部屋から持ってきて欲しいものがある、と。」
「随分と急だな……今までどこにいたのか聞いたりはしなかったのか!?」
「もちろん、聞きましたわ。でも彼女は何も答えず、急いでちょうだいの一点張りで……わたくしは彼女の部屋に向かい、指定された物を持って行きました。彼女はそれを受け取り、去り際に『このことは誰にも言わないで欲しいの。言えば次の標的になるのは貴女になるから……。今までごめんなさいね。』と告げ去って行きましたわ。」
「次の標的……って、それ、言って大丈夫だったのか?」
「だって、言わないと貴方が納得しないじゃないのよ……。」
デミスは辺りを見回し、人が居ないことを確認する。そしてわたくしを強く抱き締める。
「疑って悪かった。君のような聖人を信じきれないなんて、神に仕える者として恥ずかしいよ。」
「ううん、良いのよ。こんな状況で混乱せずにいられる方が難しいもの。」
「もし、なにか危険を感じたら俺に言ってくれ。絶対に守ってみせるから。」
「うふふ、模擬戦でもわたくしに勝てたことがないのに……本当に守れるの?」
「男はな、守るべきものができると強くなるのさ。だから、守れるよ。」
「そう。それなら、楽しみにしとくわ。」
我ながら苦しい言い分だと思ったが……助かった。わたくしはデミスの胸の中でほくそ笑んだ。
それから暫く時が経ち、わたくしも18歳を迎え二人の兄と同様に教会に残る選択をしました。相変わらずバートリー家の教会での評価は高いのでわたくしは早速、教会が運営する孤児院の院長を任されることになりました。お兄様達やデミスがいち兵卒からスタートしたことを考えると、わたくしの院長任命はあまりに異例の事態でございました。
「クリステラ、すごいじゃないか!いきなり孤児院の院長だなんて。」
「ありがとうデミス。貴方も早くわたくしを守れるように出世してちょうだい。」
「ああ。もちろんだ!君も、教会の仲間も、世界中の人間を守れるようになってくるよ!」
「ふふ、大袈裟。期待しないで待ってるわ。」
デミスが騎士団の詰所に行きがてらにわたくしを孤児院へと送ってくださると言うので、わたくしは彼とそのような他愛ない会話をして盛り上がりながら孤児院へ向かいました。孤児院に到着しデミスと御者にお礼を述べ、門の前に立ち孤児院を見上げました。わたくしも一人前として仕事を任されるようになったという実感が、この時初めて湧いて来ました。そしてここで起きる明るい未来に胸を踊らせ、幼い頃のように目を輝かせて一歩、孤児院の庭に入りました。その時
「キャッ!」
「いててて……」
足元にドンという衝撃が走る。見ると小さな男の子がぶつかってきて、その場で尻もちをついている。短く切られた青い髪、強気そうな眉とつり目が印象的な少年に、わたくしは手を差し伸べながら尋ねる。
「大丈夫?」
「あ、はい。ごめんなさい、お姉さん。」
「わたくしの方こそ、ごめんなさいね。お姉さん、ここに来たばかりで分からないことが多くて……良かったら教えてくれないかな?」
「お姉さん……もしかして新しい先生?」
「え?ああ、そうね……」
「おいみんな!集まれ!!新しい先生が来たぞー!!!」
少年が号令をかけると、庭で遊んでいた15人くらいの子供たちが一斉にわたくしの元へ駆け出してくる。善意100%による人波の濁流が、わたくしを飲み込み押し倒す。
「随分と、威勢のいい子供たちね……」
悪意の全くない攻撃に顔を少し歪めながら、わたくしはようやくとんでもない地獄に来てしまったのではないかと気付いた。
わたくしを疑った同期には、わたくしの次に成績がいい男がいました。彼――デミス・ラクシアは遺体が見つかった日に、わたくしを呼び出して言いました。
「本当のことを教えて欲しい。」
「何の話?わたくしも今出回っている噂程度しか知らないわよ。」
「……」
顎を引き無言でわたくしを見つめるデミス。しかしそこに憎悪や弾劾の意思はなく、むしろわたくしへの憐憫を覗かせている。これだからこの優男は嫌いなんだ、わたくしのどこが憐れだというのか。
「決して、君を疑っているわけではないんだ。君への彼女の態度も見てきたし、逆に彼女が君へ追いつこうと日々努力を重ねてきたことも知っている。」
「何が言いたいんですか?」
「俺は、君もアイツも信じたいんだ。だから、どうしても湧いてくるこの直感を……君が彼女の失踪と死に関わっているんじゃないかという戯言を、君自身で反証して欲しいんだ。」
「……なにか根拠があるんですの?」
「数日前、行方不明中の彼女の部屋の近くを通りがかったとき、君が部屋から出てくるのを見たんだよ。」
「ッ!!」
「あれはなんだったんだ?教えてくれないか……クリステラ。」
見られていたとは……誤算だった。瞳孔が開き、汗を流し呼吸が荒くなる。無垢な男から向けられる疑心がこんなに気持ちいいなんて。わたくしは口角が上がりかけるのをなんとか堪え、一計を案じ実行する。
「どうした?なにかやましいことでもあるのか?」
「……うぅっ、グスッ」
「クリステラ!?いや、そんな責めるつもりはなかったんだ!すまない。」
「いえ……、話しますわ。じ、実はあの日、わたくしの部屋に彼女が訪ねて来たのです。部屋から持ってきて欲しいものがある、と。」
「随分と急だな……今までどこにいたのか聞いたりはしなかったのか!?」
「もちろん、聞きましたわ。でも彼女は何も答えず、急いでちょうだいの一点張りで……わたくしは彼女の部屋に向かい、指定された物を持って行きました。彼女はそれを受け取り、去り際に『このことは誰にも言わないで欲しいの。言えば次の標的になるのは貴女になるから……。今までごめんなさいね。』と告げ去って行きましたわ。」
「次の標的……って、それ、言って大丈夫だったのか?」
「だって、言わないと貴方が納得しないじゃないのよ……。」
デミスは辺りを見回し、人が居ないことを確認する。そしてわたくしを強く抱き締める。
「疑って悪かった。君のような聖人を信じきれないなんて、神に仕える者として恥ずかしいよ。」
「ううん、良いのよ。こんな状況で混乱せずにいられる方が難しいもの。」
「もし、なにか危険を感じたら俺に言ってくれ。絶対に守ってみせるから。」
「うふふ、模擬戦でもわたくしに勝てたことがないのに……本当に守れるの?」
「男はな、守るべきものができると強くなるのさ。だから、守れるよ。」
「そう。それなら、楽しみにしとくわ。」
我ながら苦しい言い分だと思ったが……助かった。わたくしはデミスの胸の中でほくそ笑んだ。
それから暫く時が経ち、わたくしも18歳を迎え二人の兄と同様に教会に残る選択をしました。相変わらずバートリー家の教会での評価は高いのでわたくしは早速、教会が運営する孤児院の院長を任されることになりました。お兄様達やデミスがいち兵卒からスタートしたことを考えると、わたくしの院長任命はあまりに異例の事態でございました。
「クリステラ、すごいじゃないか!いきなり孤児院の院長だなんて。」
「ありがとうデミス。貴方も早くわたくしを守れるように出世してちょうだい。」
「ああ。もちろんだ!君も、教会の仲間も、世界中の人間を守れるようになってくるよ!」
「ふふ、大袈裟。期待しないで待ってるわ。」
デミスが騎士団の詰所に行きがてらにわたくしを孤児院へと送ってくださると言うので、わたくしは彼とそのような他愛ない会話をして盛り上がりながら孤児院へ向かいました。孤児院に到着しデミスと御者にお礼を述べ、門の前に立ち孤児院を見上げました。わたくしも一人前として仕事を任されるようになったという実感が、この時初めて湧いて来ました。そしてここで起きる明るい未来に胸を踊らせ、幼い頃のように目を輝かせて一歩、孤児院の庭に入りました。その時
「キャッ!」
「いててて……」
足元にドンという衝撃が走る。見ると小さな男の子がぶつかってきて、その場で尻もちをついている。短く切られた青い髪、強気そうな眉とつり目が印象的な少年に、わたくしは手を差し伸べながら尋ねる。
「大丈夫?」
「あ、はい。ごめんなさい、お姉さん。」
「わたくしの方こそ、ごめんなさいね。お姉さん、ここに来たばかりで分からないことが多くて……良かったら教えてくれないかな?」
「お姉さん……もしかして新しい先生?」
「え?ああ、そうね……」
「おいみんな!集まれ!!新しい先生が来たぞー!!!」
少年が号令をかけると、庭で遊んでいた15人くらいの子供たちが一斉にわたくしの元へ駆け出してくる。善意100%による人波の濁流が、わたくしを飲み込み押し倒す。
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