要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人

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第五章 刀と竜

かつての言葉

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「大分参っていたわね、あの人」

「そうですね、主様は分かりやすいですから」

「ヤナ様は、もう少し弱い所を見せれば楽になると思うのですが」

 三人は自分達の部屋で、ヤナの話をしていた。

 お互い殆ど寝ておらず、身体も心も疲れていたが、それでも自分達を救おうとしてくれるヤナを想うと、ただ黙って寝られる筈もなかった。

「ねぇ、私達って全員が同じ『女神様の巫女』で……仲間でいいの?」

 エディスは、少し声に緊張を含む声で二人に尋ねる。

「勿論です」

 アシェリは即答で一切の迷いの無い返事を返した。

「はい、私達は同じ使命を持つ仲間であり、そして、同じ人を想う仲間です」

 そして、セアラもまた力強く、そして優しい微笑みをエディス向けながら答えた。

「ありがとう……本当に、ありがとう……」

 エディスは同じ巫女である事に、何かの共感を覚えたのか、これまでの自分を二人に語った。エルフである事。冒険者になり、仲間を失っていること。そして、悪神の聖痕を隠す為に、口調や外見を偽っていた事。

 静かにエディスの話を聞いていた二人は、震えるエディスの手をそれぞれ優しく握った。

 そして、全てを語った後、アシェリが口を開いた。

の事も聞いてもらえますか?」

 自分達が獣人の中でも巫女を探し、守る一族である事。魔族に襲われ、一族の残りも自分を残し全滅している事。そして、悪神の聖痕の力を抑える為に、自分の刻を巻き戻した事。

「『輝夜の刻プリンセスタイム』……これが、本来の私の姿です」

 目の前に現れた自分達とさほど変わらない年齢に見える女性に、二人は絶句している。

「えっと……あとは、こんな事も『完全獣化フルビースト』『月狼フェンリル』……グルルル」

「「……」」

 完全に固まっている二人に、月狼フェンリルとなったアシェリはゆっくりと身体をすり寄せた。

「すごい……部分的な獣化は、獣人の冒険者や獣人の奴隷でも見た事はあるけど……完全な獣化なんて、見た事も聞いた事もない……」

 エディスが優しく月狼フェンリルの毛並みを撫でながら、呟く。

「そうですね……遥か古代の時代には、特別な獣人は全身を獣化させたと古い文献で見た事はありますが、あくまで言い伝えの範疇でしたから……」

 ひとしきり二人に体をもふもふされたアシェリが、完全獣化フルビーストを解除し、人の姿に戻り、二人の前で『月への帰還リターン』で、いつもの子供の姿へと戻った。

完全獣化フルビーストは、獣人の巫女のみが使えるスキルなんです。子供の状態でも使用可能なのですが、月狼フェンリルになれるのは『輝夜の刻プリンセスタイム』で、元の成長した姿じゃないと力が足りなくて……」

 アシェリは悔しそうに、そう説明した。同じく輝夜の刻プリンセスタイムは、非常に多くの魔力を消費する為、長時間は維持できない事も伝えた。

「そう……この事は、あの人は知っているの?」

「主様は戦闘中に一度、わたしが『輝夜大人』と月狼フェンリルになり魔族と話をしている様子を通話チャットで聞いていますが、気付いていないかと……」

 それを聞いて、セアラとエディスは苦笑した。

「ヤナ様は、変なとこで鈍感ですからね」

「ふふふ、アシェリはそれを承知で黙ってて、子供としてあの人に甘えていたわけね」

「うっ……お恥ずかしい……主様が子供は甘えるものだと言われて……つい、言いそびれ……」

 アシェリは顔を赤くしながら、小声でもじもじと喋っていたが、セアラは優しく微笑んだ。

「いいんじゃないですか? いつか、その時・・・に驚かせて、驚いている隙に押し倒してしまえばいいのですよ」

 セアラが嗤いながら、そんな事を言うので、若干二人が引いていると最後にセアラが、自分の事を話し始めた。

「私が、ヤナ様達をこの世界に連れてきた張本人なのです」

 自分がこの国の第一王女である事。幼い頃に聖痕が浮かび上がり、その際に妹の母親と自分の母親が犠牲になった事。それ以来、城の離れの塔で感情を殺して過ごしてきた事。召喚されたヤナに、自分の従者が戦う術を鍛錬した事。そして、ヤナが城を出立する日に魔族に見つかり、それをヤナに助けられ、ヤナは悪神を滅ぼすと魔族を通じて宣言した事。

「そして、私もヤナ様に聖痕を清めて貰い、その際に一緒に旅をする約束をしました。連れて行ってもらう条件は、ただ一つ『強くなる』事でした」

 そのあと、必死に鍛錬を重ね、現在に至ったのだと。そこまで聞いて、エディスとアシェリは呟いた。

「王女に、どんな教育をしたら、こんな残念な感じに……」

「その中心的に鍛錬をしていたエイダ様という人が、主様の話と合わせると怪しいかと……」

 二人は、王女がとても残念な感じになってしまっている事を、本気で憂いていたが本人セアラは自覚がない。良い意味でも、悪い意味でも、生粋の王女は素直だったのだ。

「ですので、私の本当の名はセアラと申します。周りに知られると旅を続けられなくなるのではと思い、ヤナ様に偽名を付けて呼んでもらっています」

「セアラ様の偽名がセラって……頭は本当に弱いのねやっぱり……」

「主様……もうちょっと考えましょ?」

 二人がヤナの頭を心配していると、セアラが二人に申し出る。

「私達は、種族も立場も全く異なりますが、同じ『女神様の巫女』であり、これから命を預け合う仲間。お互い遠慮をするのをやめませんか? 奴隷も冒険者も王女も、ヤナ様といる限り私達はヤナ様を支え、『悪神』と戦う『女神様の巫女』なのですから」

 その言葉に、エディスとアシェリは一瞬顔を見合わせたが、同時に笑顔へと変わり頷く。

「ええ、よろしくね」
「はい、こちらこそよろしくです」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 そして、お互いの呼び名を全員呼び捨てに呼び合い、セアラだけは普段はセラで呼ぶ事を気をつける事を確認した。

「ところで、アシェリ?」

「はい?」

「子供だからって言って、一人でヤナ様の部屋に抜け駆けは……フフフ、ダメよ?」

「ひぃ!? 抜け駆けなんてしませんよ!……それに、抜け駆けするにしても、ナニすればいいかわかんないですし……」

 アシェリが顔を真っ赤にしながら、ごにょごにょ言っていると、エディスがさらに聞いてくる。

「別にその時・・・の間だけ、輝夜・・に成ればデキるんでしょ?」

「いや、だから……どうすれば・・・いいのか、知らなくて……エディス、教えてもらえます?」

 アシェリが、エディスに尋ねる。

「え!? いや……その……えっと……あたしも……知らない・・・の……」

 思わず素の口調になる程にエディスは顔を真っ赤にさせ、狼狽えていた。普段は本当の自分を偽るために、いかにも知っている・・・・・かのように、見せていただけだった。

「ふふふ、お二人とも任せてください」

「「え!? 王女が知ってるの!? まさかもう、主様あの人と!?」」

 驚愕の表情を見せる二人に、セアラはそれを否定する。

「いえ、残念ながらまだ実戦はしてません……しかしです、私の先生であるエイダが『男と女』についても、城を出る前にしっかり教えてくれたのです!」

「「おぉお!」」

 そして、おもむろにメイド服のポケットを幾つか取り出した。

 そして、それを二人に手渡した。

「ひゃ!? これは……」
「きゃん!? 凄い……」

「お二人ともご安心下さい。知識は、それはもうしっかり鍛錬してきました。あとは、実戦あるのみなのです。お二人も、まずは私がしっかりと教えて差し上げますので、鍛錬したら共に実戦に向かいましょう!」

 二人はセアラの力強い言葉に、目を輝かせながらセアラの手をしっかり掴む。

「「セアラ先生! お願いします!」」

「任せなさい!」

 こうして、三人は固い握手を交わし、ヤナより大分遅くまで勉強・・した後に眠りにつくのだった。

 ヤナはそんな乙女達の固い決意と友情が深まっていくのを、全く知らないまま朝まで心地よい眠りにつくのであった。



「おーい、走りに行くぞぉ」

 翌朝になり、いつも通りに朝のランニングに向かう為、三人部屋の部屋に向かったのだがノックをしても反応がない。

「まぁ、昨日まで大変だったしな。今日ぐらいはいいか」

 無用心にも鍵が特にかかっていなかったが、女性三人の寝ている部屋を開けるなんて勇気は俺にはない。

 仕方がないので、今日は一人で朝靄の中でランニングを始めた。

 街の至る所が壊されていたが、全壊している家はそこまで多くなく、少しホッとしながら走って街の門の方へ向かった。

 南の門へと走ってきたところで、見覚えのある後ろ姿が見えてきた。

「よう、おはようシラユキ」

「ヤナ君! おはよう、もう起きてきたの? もう少し寝てればいいのに」

 シラユキが、丁度今の時間の見張り番だったらしい。勇者達は、別に夜の見張りをしなくて良いと言われたらしいが、ここへ来る途中で魔族の襲撃にあった事もあり、念のため志願したそうだ。

「はは、習慣付いたものは中々な。あれ? シラユキ、剣変えたのか?」

「あぁ……これね、城を出る時に貰った剣がここに来る途中、魔族と戦った時に矢鱈と固い奴がいて、そいつを倒すのに結構無茶しちゃって」

 シラユキは以前に城にいる時から、使用していた一本物といった剣ではなく、如何にも汎用品という感じの剣を腰に下げていた。

「俺と同じか。俺も少し・・ばかり、派手に暴れた所為で二本共に刀身にヒビが入っちまってな」

「……少しじゃないでしょ……知ってるわよ、北の迷宮の魔物の大氾濫スタンピードを一人で防いだって」

「まぁ、洞窟の出口でモグラ叩きみたいもんだよ。出てきたら斬る。それを繰り返しただけだ。結構疲れたけどな、ハハハ」

 そんな俺の言葉をじっと聞いていたシラユキは、絞り出すように言葉を出す。

「ガストフ支部長から、その事を聞いて、私達がどう思ったか分かる?……一人で背負い過ぎだよ……ヒーローだって、無敵じゃないんだよ……」

「あぁ、他にも言われたよ。俺は背負いすぎらしい。だけどさ、男は女の荷物を、持ってやるもんだろ?」

 俺は、笑いながらそう答えた。

「このバカ脳筋……そのつもりなら、どんなに背中が重くなっても倒れないでよ?」

「あぁ、どんなに重くたって倒れないさ。なんなら今から、シラユキを背負ってやろうか? ほら」

 俺がそんな事を言いながら、シラユキに向かって冗談のつもりでしゃがむと不意に背中に重みを感じた。

 どうやらシラユキが俺の背中に、本当に・・・身体を預けている様だった。

「えっと……シラユキ?」

「……倒れたら、許さないんだから……」

 震える声で、背中で呟くシラユキに俺は答える。

ヒーローは絶対に倒れない。わるもんなんかに、倒れてなんかやるもんかよ」

 俺は、出来るだけ力を込めて答える。少しでも、シラユキが安心出来るように。

「え?……それって……」

 それを聞いて、シラユキが何か言おうとした瞬間に、遠くに何やら必死の形相でこっちに走ってくる三人の巫女達が見えた。

「お、やっと起きたか。それじゃあ、ランニングの続きしてくるわ。またな」

「あ……うん、またね」

 そして、俺は三人の所へ走っていき合流した後は、いつも通りランニング鬼ごっこを続けた。

「ヒロ……君……?」

 その小さな呟きは、ヤナの耳には届かなかった。



 俺と三人は、宿に戻り朝食をとろうとしたが、その前に三人にガシッと捕まれた。

「え? なに? 何かした?」

 俺が困惑しているとセアラが、不安気に聞いてくる。

「ヤナ様、朝いつも通りに起きてこない私達を、部屋に起こしに来ました?」

「ん? あぁ、起こしに行ったぞ?寝てるようだったから、一人で走り出したけど」

 すると今度はエディスが、珍しく狼狽した様子で、更に聞いてくる。

「昨日鍵を閉め忘れたみたいなの……知ってた?」

「あぁ、ノックしても反応がなかったから、一応確かめたら鍵が開いていたから、ドアを開け……」

「開けたんですか!?」

 アシェリが急にでかい声を出すので、驚いたが普通に答える。

「開けようと思ったんだが、よく考えたら態々扉を開けなくても死神の危険/気配慟哭自動感知で気配を探れば良いだけだと気付いてな。それで、三人とも中に気配があったから、寝てるんだなとおもって、そのまま出かけたが?」

「「「よかったぁああ……」」」

「仲良いなお前ら……そんなに、見られちゃ不味い程散らかしたのか?」

 そんな俺の言葉を無視して、三人は何やらコソコソと三人だけで話している。

「いいえ? 何もありませんよ。あなたは何も・・気にしないで下さい」

「全く問題など起きておりません。主様は何も気にしないで下さい」

「ヤナ様、乙女の部屋に無断で入らないですよね?……フフフ」

 何やら「危なかった」とか「まさか、あのまま寝ちゃうなんて」とか色々聞こえて来るが、聞こえないふりをするのが、きっとマナーなのだろう。

 そして朝食を食べた後、全員で防具屋へ向かった。



「こりゃ無理だ。諦めろ」

 そして、無慈悲な言葉をかけられる事になったのだ。
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