要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人

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第五章 刀と竜

黒き野獣に挑みし五人の戦乙女

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「なんか、呆気なく終わっちゃったね。なんかこう、もっとシラユキちゃんを取り合う男の争いが、見れると思ったのに」

「ルイは何を期待してるんだ、何を。まぁ、現実は案外呆気ないもんさ」

 俺が神殺しの刀『天』『地』を用いて、二振り同時の全力の居合抜き『刻飛ばし』を放った事で、正に斬る過程を飛ばしたかのように、斬った結果死骸だけが、いきなり現れたように見えただろう。

 斬った魔族は灰のように崩れ、瘴気纏いアダマンタイトゴーレムも同じように灰の様に崩れていった。ゴーレムが素材も何も残さずに崩れ去った事から、あの魔族が何かしら細工をしていたのかもしれない。

「でも、ナルシーさんがもし先に斬れてたらどうしたの? 斬った方が勝ちの勝負だったのに、先手をナルシーさんに譲ってたけど」

 アリスが不思議そうに聞いてくるので、理由を答える。

「だって、『先に・・斬った方が勝ち』だなんて、言ってなかっただろ? もし、先にナルシーが斬ってたら、その後改めてナルシーと勝負をするだけだが?」

 何を言っているだと言わんばかりに、そう答えるとアシェリ達が、後ろで呟く。

「少しは、頭が鍛えられたのかしら?」
「あれだけ、契約関連を経験して成長してなかったらもう、アレですけどね」
「ヤナ様は、自分以外の事は少しだけ頭が働くんですね」

 俺が、後ろの呟きを全力でスルー無視していると、我に返ったナルシーが俺に声を掛けてきた。

「ヤナ殿、数々の非礼誠に申し訳ない。貴殿の実力を、私は計り知ることができなかったばかりか、見た目から判断してしまった。全く、情けない限りだ。今回のシラユキ殿を賭けた『契約』勝負は、私の完敗だ」

「……なんて、男前なんだ、この人……」

「潔い所とか、マスターも見習うべきですね」

「……取り敢えず、驚異が去った事を、伯爵や村民に伝えないとな」

「その辺が、ヘタレなんですよ、マスター……」

 そして、事態が解決した事を伝える為に、ディアナは一足先に村へと駆けていった。他のメンバーは割とゆっくり歩いていたが、ナルシーも大会運営に用があると言う事で、走って戻っていった。

 俺とアシェリ、セアラ、エディスと勇者一行、カヤミとタケミ爺さんは一緒に歩きながら帰っていた。

 するとシラユキが歩きながら近づいて来て、話しかけてきた。

「ヤナ君……ありがとね。『契約』の事……」

「ん? あぁ、別に気にすることじゃない。元はと言えば、俺が革鎧レザーアーマーを着ているのが悪いんだろうしさ」

 俺は事あるごとに絡まれる革鎧レザーアーマーを指差し、苦笑した。

「それでも、ありがとう」

「どういたしまして。それで、どうするんだ?」

「何が?」

「何がって『伴侶の契約』だろ? 勝った方とするんじゃなかったのか? くくく」

 俺はシラユキを揶揄う様に、笑いながら契約の事を口にした。

「……別にしてもいいよ? 『伴侶の契約』。そう言う約束だったし……」

「は?」

「「「ほほう」」」

 アシェリ達三人が、その言葉に反応し「また増えますか? 契約者」等と呟きが聞こえるが、俺は予想外の返しに動揺していた。

「ふふ、やっとヤナ君に、やり返せたかな?」

 シラユキは、俺を見ながら笑顔でそう告げた。

「お、おう……予想外の返しに、してやられたって感じだ」

「そっか!……でも、本当に『契約』しても……」

「ん? なんだって?」

「ううん、何でもない。こう言うのは、勝負で決めるとかじゃないものね」

 シラユキは、笑顔で俺にそう述べた。

「……まぁ、そうだな。しっかり考えて、『契約』はしないとな」

 また、後ろから「あなたが言うと、説得力が違うわね」とか聞こえてくるがスルー無視だ。



 そして、村へと戻ると勇者たちとはそこで別れた。勇者達は、一度城へと戻りシラユキの剣の報告をしに行った後、西都を通り迷宮都市国家デキスへと向かうらしい。

「俺も、迷宮都市には行こうと思っているから、また会うだろ。またな」

 そして、勇者達は大会の終わりを見る事なく、城へと自分たちの馬車に乗り込み旅立っていった。

 何故、大会を最後まで見届けずに勇者達は城へと出発していったかというと、それには理由があった。



「は? 大会は終わり?」

 村に戻ると、先に戻っていったディアナは俺たちに、今年の闘剣大会が終了したと伝えに来ていた。

「あぁ、しかもヤナの優勝で終わりということだ。おめでとう」

「いやいやいや、ナルシーと他の決勝に進んだ。二人はどうしたよ?」

「棄権したそうだ」

「はい?」

「ナルシー殿の本気の剣戟で斬れなかった瘴気纏いアダマンタイトゴーレムを、ヤナが斬っただろう。まぁ、実際斬るところは見えなかったが、そのゴーレムが斬られて行く様は、村からでもよく見えたそうだ」

 瘴気纏いアダマンタイトゴーレムは、瘴気纏いキングクラーケンと同じくらいの大きさだった為、村から少し外れた所で斬ったのだが、分割されていく様は村からでもよく見えたらしい。

「それを村から見た決勝に残った二人が、村に戻ってきたナルシー殿に話を聞き、三人とも鍛錬が足りんと言って、棄権したそうだ」

「なんだか締まらない感じだが、見にきていたロイド伯爵は、それを認めたのか? 怒らなかったのか? わざわざ来たのに、試合がないんじゃ」

 ディアナは俺がそう言うと、少し残念そうな顔をしながら口を開いた。

「確かにロイド伯爵も、それについては残念に思っていたが、こればっかりは相手がいないんじゃ、どうしようもないからな」

 俺は、そう聞くと少し考えて嗤った。

「なぁ?……勇者達は、この後は暇なんだろ?」

 俺が嗤いながらそう聞くと、勇者達はまず自分たちで相談し始めた。

「絶対、ろくな事じゃないよね? あのヤナの嗤い方」
「えぇ、あのヤナの嗤い方は、間違いなく碌な事じゃないわね」
「ヤナ君の考えそうな事だから、なんとなくもうわかるけど……」
「ヤナ君、単純脳筋だからね!」

 そして、一斉に返答された。

「「「「暇じゃない!」」」」

「ちっ、まぁいいか。アシェリ達とカヤミとディアナがいれば」

「「「……」」」

「え? なに? 私も?」
「何だ? 寒気がしてきたが……」

 三人は何かを察知し、目から光が失われていく。

 カヤミとディアナは困惑しながらも、若干後ずさりしていく。

「ほら、あれだ。優勝者が本当に強いかどうかわからないと、観客が納得しないだろ? そうなんだよ、俺が観客なら納得しない。それじゃ、後で今年の優勝者は、『実は、強くないんじゃ?』とか言われそうだろ? そう、絶対言われると思うんだ。思うだろ?」

「「「「「………」」」」」

 沈黙は肯定と判断し、俺は続ける。

「ロイド伯爵も、やっぱり見たいわけだろ? 血湧き肉躍る戦いって奴をさ。俺は、その期待に応えたい訳よ?」

「マスター、本当本音は?」

さっきのじゃ魔族とゴーレム、物足りない!」

「「「「「変態脳筋……」」」」」

 そして、勇者達を見送り、再度闘技場へとやってきた。何故か勇者達は、五人に哀れみの目を向けていた気がするが、きっと気のせいだろう。

「流石マスター、都合の悪い事は流すんですね」

 ヤナビの言葉も、当然スルー・・・だ。



「闘剣大会を楽しみにしてきた者たちよ。今年は、魔族の乱入があり、無事に撃退したものの、今度は闘剣大会本戦出場者が一人を残して、棄権するという事態となった。その為、今回の優勝者は、ただ一人本戦出場を棄権しなかった冒険者のヤナ殿である」

 ロイド伯爵が、特別観覧席から拡声器魔道具を使い観客に向かって、今回の闘剣大会の結果について、説明している。

「ヤナ殿は、ナルシー殿でも斬ることの出来なかった瘴気纏いアダマンタイトゴーレムを見事に斬り伏せた。他の三人はその見事な腕前に感服し、ヤナ殿と戦う前に己の腕の未熟さを痛感し、大会事態を棄権したのだ。だが、これではヤナ殿の実力を目の当たりにしていない者達は、納得しないだろう」

 観客は、静かに頷いていた。当然、観客の中には、予選は見ずに本戦から見るつもりの人も大勢居ただろう。それに、そもそも予選に関しては、俺は威圧で叩きつぶした為、漆黒の騎士ヤナビとの茶番しか戦っていない。それでは、優勝者としては、納得しにくいだろう。

「そこで、ヤナ殿からある提案があった。それは優勝者として、模擬戦エキシビションを行うと言うものだ。ただ、誰がヤナ殿の相手を勤めるかという問題がある。ましてや、ヤナ殿は本戦出場選手でさせも棄権した相手だ」

 そこで、ロイド伯爵は一度タメを作った。この人、エンターテイメントが分かってらっしゃる。気が合いそうだ。

「だが! ここで、勇敢なる戦士が自ら・・名乗りを上げた・・・!」

 何処かで、「上げてない!」等と聞こえる気がするが、俺もロイド伯爵も全く気付かない。そう、全く気付かない。

「まずは、我が護衛騎士団より、ディアナ! つい先日の事、長年の念願だった霊峰の氷雪竜を、見事討伐した我が自慢の騎士だ! そして、同じくディアナと共に氷雪竜を討伐し、更には最奥で採取した神鉄でヤナ殿のもつ『神殺し』の刀を打った現『刀工』カヤミ! しかも二人は、霊峰の内部にも関わらず、自ら・・厳しい鍛錬を重ね偉業を成し遂げたのだ!」

 闘技上内にいる二人に、観客から惜しみない歓声があがる。二人から「無理やりだ!」と聞こえたような気がしたが、歓声で掻き消された。

「そして、優勝者のヤナ殿の仲間達も、今回の模擬戦話を聞きつけるや否や、ヤナ殿に日頃の鍛錬の成果を、本気で見せたいと嘆願したそうだ!」

 何て、向上心あふれる少女達なんだと、観客は感心しながらも声援を送る。歓声に混じりながら「嘘よぉ!」が聞こえるが、ヤジは無視するのに限る。

「まずは、最近冒険者へと復帰したAランク冒険者『予想外イレギュラー』エディス! そして、小さな身体を十全に扱い大物を仕留める姿は正に『ジャイアント狂わせキリング』アシェリ! 最後は、その可憐で何処か儚げな表情の侍女の姿に、皆が騙される。そんな彼女の闘う周囲は、常に雨が降る! 『血のブラッディレイン』セラ!」

 ロイド伯爵の淀みない口上により、観客のテンションは上がり続ける。何故、ここまで、ロイド伯爵が全員の紹介をできるかと言うと、模擬試合を提案しに行った際に、ロイド伯爵と話が盛り上がり口上を二人で考えたからだ。うむ、完璧だ。

「ここに集まる可憐な少女、麗しい女達は全員が正に屈強なる戦士だ!……だが、その全員の相手を務めるは一人の男! 『冒険者』ヤナだぁああ!」

 俺は、拳を作った片腕を天を突くように掲げた。そして、ここからは俺の紹介だ。格好良く決まるように考えたから、非常に観客の反応が楽しみだ。

「この男、正に鬼畜也! そして、ある意味では男の夢を実現した男! ここにいる五人の女達は全て、この男の『契約者』なのだ!」

「は?……ロイド伯爵、文言が違っ…」

 俺がロイド伯爵と共に考えた、最高に格好いい紹介文が、何故か差し替えられている。そして、観客からは俺にどんどんブーイングとヘイトが集まりだす。

「この男、女子供だろう容赦無く自分の・・・自慢の剣・・・・で毎日のように、この可憐な少女達や聡明なる女達を、鍛錬と称してまさに足腰が立たなくなるまで、自分の相手をさせているのだ!」

「ちょ! おい! 言い方ぁあ! そんな言い方したら……」

 観客達からの野次やブーイングは正に、怒号のように俺へと向けられている。

「まぁ、全く間違ってないわね」
「そうですね、間違ってないですね」
「訂正する箇所は、ないです」

「その通りね」
「あぁ、異論はない」

 五人が何かを呟いていたが、俺はそれどころではなかった。ロイド伯爵の口上はまだ、続いていたのだ。

「更にだ! この男は、数々のを持つが、それを聞けばどんな男か、皆の者は理解出来るだろう……」

 そこで、ロイド伯爵は俺を見て嗤ったのだ。そう、嗤ったのだ。

「数々の……名?……まさか! やめろぉおおおおお!」

 そして、ロイド伯爵は此処一番の真剣な声で言い放った。



 曰く、その男は『黒炎のブラック狂犬マッドドッグ』である

 曰く、その男は『深淵のアビス暴力狂いバーサーカー』である

 曰く、その男は『暗闇ダーク紳士ジェントルマン』である

 曰く、その男は『全てを破壊する者デストロイヤー』である



 曰く、その男は『漆黒の騎士ジェットブラック』である



 ロイド伯爵は、俺が漆黒の騎士ジェットブラックであることも、予選を見ていない観客にまで態々暴露してくやがった。俺は、数々の名と一緒にバラされ、テンションがだだ下がりだったが、観客達は俺を悪役ヒールとして五人を応援する声で大盛り上がりだった。

「この男の極め付けは、魔物の大氾濫スタンピードを一人で退けたと言われるほどの……」

 ここで、タメを作ったロイド伯爵に嫌な予感を覚え、止めようと駆け出した時には遅かった。

「『変態の中の変態キングオブ脳筋』とは、このヤナのことだぁあああ!」

「はぁあああ!? 何故ロイド伯爵が、その名を! まだここまで広まって無い筈……」

 そこで、俺はある可能性に至った。

「ヤナビ! お前か!?」

「マスター、やっと気付きましたか。やはり美少女、美女の相手は『悪役わるもん』でないと手落ちですよ? しかも、相手は『五人』なのですから」

 俺は、そのヤナビの言い分を聞き、雷に打たれたような衝撃を受けた。

「た……確かに、その通りだ……俺は、まだ甘かったのか……」

 俺は、自分の最初のプランでは紹介を全員してからは、単に戦えば良いと思っていた。しかし、悪役わるもんに挑む美少女と美女の五人と言ったら、正にお約束テンプレじゃないか!

「俺は、立派な悪役わるもんになってみせる!」

「流石、チョロター」

「あの人、何か納得したみたいよ?」
「完全に、ヤナビ様に遊ばれてますよね?」
これ模擬戦が終わった後のこと、きっと考えてないでしょうね」

「やっぱり、頭は弱いのね」
「私より、頭がアレ脳筋そうな人を初めてみたぞ」

 何やら言われてる気がしたが、俺は悪役わるもんになるために集中していた。

「さぁ、この非道なる男に、五人の可憐な少女と麗しき女達は勝てるのか! さぁ!闘剣大会模擬戦エキシビジョン『黒き野獣に挑みし五人の戦乙女』の始まりだぁああ!」

「誰が黒い野獣だぁああ!」



 俺は一言叫んでから、改めて五人を見た。

「さて、俺は今回の真の親玉なろうと思う。実は、仲間の中に悪の親玉がいたっていう設定パターンだ」

 俺がそう言うと、五人が身体を硬直させた。

「おいおい、そんなに緊張するなよ。流石に腕輪と指輪は、外したりはしないからさ」

 その言葉を聞いて、五人は若干安心したような、顔を見せる。

「でもな、丁度いい感じの相手になってくれそうだから。ちょいと試したいことはあるんだけどな」

 俺はそう呟くなり、戦闘準備を始める。

「『明鏡止水精神統一』『神殺し限界超越』『三重トリプル』『天下身体能力/魔力無双増幅増強』」

 三倍掛けで天下身体能力/魔力無双増幅増強を使って見ると、流石に腕輪と指輪を外した時までは、行かないまでもかなりの強化を行えた感じだ。

「うむ、良い感じだなっと!」

「「「「「は?」」」」」

 俺が『天』『地』を抜いて、素振りをすると地面が軽く割れた。騒いでいた観客も、それを見て静まり返った。

「うん、腕輪と指輪があっても、まぁまぁだな。あとは、『悪役わるもん』らしくっと…『獄炎のヘルフレイム絶壁ウォール』『形状変化デフォルマシオン』『黒炎ヘルフレイム全身鎧プレートアーマー』」

 当然、手抜きをせずに『神出鬼没隠蔽/隠密/偽装』の『ボイス変換チェンジャー』で、声もそれらしくする。

「フハハハハハハ! さぁ、本気でくるがいい! それに、ディアナよ」

「なんでしょう? 漆黒の騎士ジェットブラック様」

「我輩に一撃を、加えたいのであろう?」

 それを言うとディアナは、目を見開いた。

「ならば、本気でくるのだな」

 そして、俺は両手を広げ、更に魔法を唱える。

「『明鏡止水精神統一』『三重トリプル』『十指テンフィンガー』『獄炎ヘルフレイム極球フルムーン』『形状変化デフォルマシオン』『黒炎のヘルフレイム大剣グレートソード』『自動操縦オートパイロット』『対象ターゲット:戦乙女五人組』」

 そして、俺は『神殺しの刀』である『天』『地』に獄炎を形状変化デフォルマシオンで表面処理《コーティング》して、二刀を構える。

「さぁ、全員・・油断するなよ? 死ぬぞ?」

「「「当然!」」」

「今更ね」
「勿論!」


 黒き野獣と五人の戦乙女が、激突した。
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