要石の巫女と不屈と呼ばれた凡人

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第七章 悠久

邪法

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「シェンラ! 右だ! ぐあ!」
「ヤナ! 左なのじゃ! ぎゃふ!」

「大層なのは、見た目だけか!」

 俺とシェンラは開口一番の激突以外、キリュウの操る・・瘴気狂煉獄竜に触れる事さえ出来ずにいた。瘴気狂煉獄竜の飛翔速度はさることながら、何より相手と大きく違うのは、竜と竜騎士の連携だった。

「ぐっ……今のは右に避けたほうが、次に繋ぎやすかったぞ」

「ぐぅ……何を言っておるのじゃ、左から回り込めば裏をかけたのじゃ」

 全くお互いの意思が統一されて居らず、動きが噛み合わなかったのだ。そして、更にはシェンラの状態が、激しい空中戦により更に悪化していた。

「ハッハッハ! さっさとくたばり、その古代エンシェントドラゴンを置いて逝ったらどうだ? 瘴気狂いにした古代エンシェントドラゴンなぞ、ゾクゾクするではないか! それに、お前には手に余る様だしな、クックック」

 キリュウの笑い声に合わせる様に、瘴気狂煉獄竜も俺たちを嘲笑うかの様な咆哮をあげていた。

「おい、ありゃ相当馬鹿にされてるような吼え方だったな」

「ふん! お主こそ、コケにされておるのじゃぞ? 怒りもせず、何を考えておるのじゃ」

「実際、彼奴らに比べてこっちの連携は悪すぎるからな。それに……あんな狂気に満ちた正気もないような竜をどうやって、操っているんだ?」

 瘴気狂煉獄竜は、完全に正気を保っている様には見えなかったのにも関わらず、キリュウの指示する声すらない中でも、完全に主の思い通りに動いている様子だった。

「文字通り『操っている』のじゃろ。瘴気自体が奴らの力の源であり、魔族とは簒奪神・・・から生み出される忌むべき瘴気の塊にようなモノじゃからな。瘴気により狂っている者を、操る術などいくらでもあるのじゃろう」

「流石、古代エインシェントドラゴンだな。他にも色々知っていそうだが、落ち着いてから聞くとして、何か怪しいと思わないか?」

「ヤナも感じておったのじゃな?」

「あぁ、何かを待っている様な気配がプンプンするな」

 キリュウは、随時俺たちを煽る様な言動をしており、まだ力を温存しているかのような戦い方をしてきていた。今の俺たちよりも早く飛翔出来るにも関わらず、此方を攻撃する為に近づいてくる回数が、明らかに少なかった。

「何を狙ってると聞いても、教えてくれないわな」

「当たり前じゃろ……」

「冗談だって……そんなに、呆れるような声をだすなよ」

「何をブツブツ言っておるのだ!」

「おい! 何を狙ってるんだ!」

「聞いておるではないか!?」

「フフフ、それはな……と、言うわけないであろう!」

 キリュウは、そう言うなり手に持つ魔槍に瘴気を込めて、投擲してきた。

「うぉ! ケチ!」

「……アホなのじゃ……」

 キリュウは、俺が躱した魔槍を操り、再度手元に戻していた。

「ククク、だがそろそろ準備も揃う頃合いだ。教えてやろう、今から…」

 キリュウが動きを止め、おそらく魔族のドヤ顔をしながら話をしようとしたので、シェンラに向かって叫ぶ。

「今だ! 行け!」

「のじゃ!?」

 シェンラは、何故か・・・困惑した声を出したが、指示通りにドヤ顔をして動きを止めていたキリュウに向かって接近した。そして、俺は急接近した瞬間に斬撃を放った。

「グゥアァア! き……貴様ぁああ!」

キリュウは、俺が黙って話を聞くと思ったらしく、戦いの中だというのに気を一瞬抜いた。俺がその隙を、見逃す筈がなかった。

「アホか、戦いの最中に黙って話を聞くわけがないだろ」

「……うわぁ……言い分は至極真っ当なのじゃがな……実践されると、何とも言えんのじゃ……」

 キリュウは、傷口を押さえながら下を見下ろすと、突然大声で笑い出した。

「ハッハッハ! 今のが最後の足掻きだったな! 準備は整った! 滅びの業火に焼かれるがいい!」

「何を言って……」

 俺が、キリュウの突然の叫びに警戒していると、キリュウは静かに言葉を吐き出した。

「『欺きの邪法』」

 次の瞬間、街を覆っていた障壁が消滅していった。

「おいおいおい! どうなってんだ!」

「ヤナ! マズイのじゃ!」

 シェンラが、俺の名を焦った声で呼んでいた。俺がキリュウを見ると、瘴気狂煉獄竜が空に向かって、溶岩流のようなブレスを吐いており、上空でブレスが球体に塊だした。

 その巨大な燃える溶岩の塊は、先ほど街に降ってきた燃える岩石の比ではない大きさだった。炎の勢いは正に業火と呼ぶに相応しく、さらに瘴気を纏っているせいで、一層禍々しく燃え盛っていた。

「フハハハハ! 『破邪』も瘴気を認識出来なければ、成す術があるまい! さぁ、迷宮もろとも燃え滅びよ! 『煉獄瘴気巨巌塊』!」

 瘴気を纏いし巨大な隕石の如き溶岩の塊が、速度を増しながら街へと落下していった。

「クソッタレがぁああ!」



 ヤナが『煉獄瘴気巨巌塊』に向かって吼える数分前、大聖堂では『ギルドマスター』キョウシロウ、『迷宮管理局』コイス局長とそのパートナーである『秘書』リンダに加えて、アシェリ達が防衛戦を繰り広げていた。

「ったく、何匹いやがるんだ。キリがねぇ、それに大聖堂が障壁の要と知って攻めてくるのは分かるが、何故避難区域にまで瘴気纏い共を向かわせたんだ。戦力を分散させて何がしたい?」

 キョウシロウは、アシェリ達同様にヤナビから呼出コールを受けており、街の避難区域と大聖堂の二箇所に敵が集まりだしたと情報を得ていた。

「何が狙いだ……」

 キョウシロウは、向かってくる瘴気纏い火竜を斬り捨て、死骸から立ち上る瘴気を見ながら、嫌な予感を拭い去る事が出来なかった。



「コウヤ! そっち、後ろに行かせないで!」

「任せて! 任せて! シラユキも、あんまり無理して引きつけ過ぎないで!」

 勇者達は、ヤナビの案内で迷宮をから地上へと脱出し、すぐに避難区へと向かった。既にアヤメが応戦していたが、上級冒険者や探索者は迷宮内にいるため、いくらSランク冒険者のアヤメと言えど、全ての敵に対応する事は出来なかった。大聖堂と避難区に集中した為、瘴気纏い火竜達に数が一気に雪崩れ込んで来たのだ。

「アリスちゃん! 空から、あっちの避難塔を狙ってる瘴気纏いがいるよ!」

「わかったわ! ルイ! あそこの怪我した住人と、冒険者を回復して!」

 アリスは、空から避難塔に向かって体当たりをしようとしていた瘴気纏い火竜に対して、魔法を放ち撃退しながら、ルイに指示を出していた。

「おかしい……明らかに、こっちはもっと被害が出てもおかしくない筈……」

 ヤナビは、頑丈な避難塔に避難していると言えども、数で押されている今の現状に対して、被害が出てなさすぎる事を訝しんでいた。

「それに、瘴気纏いの死骸から、瘴気が立ち上る量が、どんどん増えている……これは……」

 ヤナビは、死骸から立ち上る瘴気が障壁に吸い込まれる様を見ながら、不穏な気配を感じるのであった。



「みんな! 何かおかしいです! 瘴気が障壁に吸われてます!」

 アシェリが、倒した瘴気纏いから立ち上る瘴気が、徐々に時間が経つに連れ、障壁に勢いよく吸われ出したのに気づいて、四人に声をかけた。

「おらぁ! 邪魔だぁ! あぁ? 本当だな。なんだありゃ?」

 エディスも瘴気纏いを殴り飛ばした後に見上げると、特に大聖堂の上から渦巻く様に瘴気が上昇している様を確認した。

「あれは……ライちゃん! ユーフュリア様の様子を見てきて下さい!」

 セアラは、大聖堂出入り口に防衛障壁を重ね掛けしながら、ライにユーフュリアの様子を見る様に指示を出した。

「うん! わかったよ!」

 ライは、セアラに言われた通り礼拝堂へと向かい、勢いよく扉を開けた。礼拝堂は、変わった様子はなく、祭壇で変わらずユーフュリアが祈りを捧げていた。

「さっきと一緒……じゃない?」

 ライが祭壇に近づいて行くと、ユーフュリアが額に大粒の汗を流しながら、険しい顔をしていた。ライは、天へと伸びる光の円柱中に入り、ユーフュリアへと念話で話しかけようとした。

「『何が起きているの? おかしい……瘴気が消えていってる?……』」

「『ユーちゃん? どうしたの?』」

「『ユーちゃん!? なんて親愛を感じる呼び方なのでしょう! 是非、今度お茶でも……じゃなかった……瘴気がどんどん感じなくなっているのですが、外では大分討伐が進んだという事ですか?』」

「『うぅん、どうかな? さっきからずっと、今も変わらず瘴気纏いは襲ってきてるよ。それに瘴気がね、ユーちゃんの光の壁に沢山吸い込まれてるから、わたしが大丈夫かなって見に来たの』」

 ライは、まだ少しヤナ以外の人との念話に慣れていない為、少し戸惑いながらも、外の状況をユーフュリアに伝えた。

「『瘴気が障壁へと吸い込まれている? おかしい……全くそんな事を感じない……瘴気纏いが障壁を抜けてきたのと関係が? それに、迷宮内に現れた魔族も正体を現すまで完治出来なかったのも……まさか……女神様の力を欺いた?』」

 ユーフュリアは、念話でも表情が分かる程に、驚愕した様子だった。

「『このままでは……っ!?』 障壁が!? 何で!?」

突然ユーフュリアは、大声を出し・・・・・立ち上がり、天井を見上げた。

「障壁が……消えた……」

 ユーフュリアは、床に力なくへたり込み、目からは涙が流れていた。

「大丈夫、大丈夫。ヤナが、お空からわたし達を守ってくれてるもん。ヤナはね、ヒーローなんだよ!」

 ライは、ユーフュリアを抱きしめながら、安心させる様に優しく微笑んだ。

「ヒーロー……」

 そして、二人はアシェリ達がいる外へと向かって歩き出した。



 迷宮都市に住む人々は、絶望の中に沈もうとしていた。

 街を包んでいた女神の加護を受けている障壁が、未だ戦闘中だと言うのに消滅してしまったのだ。

 更には遥か上空より、街に向かって巨大な燃える塊が落下し始めてきた。

 その大きさたるや、このまま地上へと落下したら、そのまま街が消し飛ぶと誰もが想像出来る程だったのだ。

 キョウシロウを始め、街の最高戦力達を持ってしても、空から降り注ぐ瘴気を纏い業火を灯した巨大な塊に対して、己の刻を止めてしまっていた。

 しかし、その中でも戦いをやめる事をしない者達がいた。

 その者達には、迫り来る危機ピンチの中にいても戦いを止めない理由があったのだ。

 それは全員が同じ理由だった。



 彼女達は知っている

 彼は決して諦めないという事を


 彼女達は知っている

 彼は決して屈する事がない事を


 彼女達は知っている

 彼が英雄ヒーローである事を



「ヤナよ、最大の危機と言えるこの状況で、何故お主は笑っておるのじゃ?」

「決まっているだろ?」



"ヒーローの出番だからだよ"
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