神運営と魔王様〜ゲームのバグは魔王様!? ここが何処であろうと、我は魔王なのである!〜

イチ力ハチ力

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「なに? 一体、なにが起こってるの?」

 私は、直ぐに沼地に向かう巡回馬車がなかった為、高速移動スキルを多用しながら魔王様を追って沼地へと向かって駆けていた。私も魔王様のすぐ後に後を追った筈なのに、既に彼の姿は全く見えなくなっていた。

「『上井! 今度は、同じ沼地にもう一つの異常なステータス上昇が発生した! 全力・・・で急げ! ただし! 現場に到着しても、先ずは遠目からの監視に留めろ』」

 私は笹本先輩の『全力で・・・』の指示の意味汲み取り、見た目装備を全て・・解除した。初心者が余りに早い移動をしていると明らかにおかしいと周りに思われてしまう為、先ほど迄は中級者程度の冒険者であれば取得している移動スキル多用していた。しかし笹本先輩から『許可』が出た為、私は本来の『白銀』に戻った。

「さぁ、待ってなさいよ」

そして、再び今度は全力で・・・で駆け出したのだ。



「あの沼地辺りは、最近では廃れた狩場だったのが幸いしたか。他のプレイヤーは、恐らくいないだろうな」

 俺は、上井に指示を出した後、自分の落ち着かせる様に息を吐いた。そして、イヤホンマイクを付けたまま黒羽本部長の元へと向かった。

「いま、ここに射内の奴がおらんからな、笹本がこの件に関して担当で対応しろ」

「分かりました。丁度、別件で上井をログインさせてましたから、現場に急ぎ向かわせている所です」

「上井か……現場に到着しても、離れた所から監視するだけに留めるように指示を出しておいてくれ」

「勿論、既にその様に指示は出していますが、改めて念を押すという事は何かあるんですか?」

 態々念を押してくる黒羽本部長の様子に違和感を感じ、その事について尋ねると、黒羽本部長は険しい顔をしながら重々しい口調で話し始めた。

「メールに書いた様に、で今回の異常なステータス上昇について協議していてな。最悪緊急メンテを行う事になるだろう。俺はそこまでするとは思っていないが、恐らく当該エリアの空間遮断は行う事になりそうだ。その領域内にいると強制ログアウトされるからな、気をつけろ」

「地形の修正等の軽微なメンテは、今もエリア限定での空間遮断を行ってやってますし、特に騒ぎにならないと言う判断ですか」

「そうだ、しかし全体的な緊急メンテとなると話しは別だ。特に、ウチは緊急での全体メンテナンスはこれまで殆どしてこなかったからな。トラブルでのメンテナンスと言うことで言えば初めてのことだ。出来ればそこまではしたくないものだな。っと、言っているそばから結論が出たみたいだな」

 黒羽本部長は、パソコンに表示されたメールの着信を知らせる表示をクリックすると、其処には先程の黒羽本部長の予想通りの事が書いてあったらしい。

「今からプレイヤー全員に、当該エリアの軽微な修正として部分メンテナンスを行う報せを流す。今から十分後に、空間遮断を行うから上井には、そのエリアに入らない様に伝えろ」

「はい。重々気をつける様に、指示を再度出しておきます。しかし、何でまた今回の異常なステータス上昇に関しては、この様な対応を? 以前の二回の異常なステータス上昇が認められた時は、こんな事なかったですよね」

 俺は、今回に限り黒羽本部長よりも上層部が積極的に動いた事に疑問を抱き、その事について尋ねると黒羽本部長は苦笑していた。

「その事については俺も三上取締役に同じ事を尋ねたが、短期間で三度の異常が認められた為、流石に上でも問題として取り上げられたそうだな。この対応の早さからして、一度目と二度目の異常の時も、ある程度の問題の共有化は、各取締役同士でされていたんだろう」

「そうですか……分かりました。それでは、不正ログインユーザーの調査と合わせて、今回の件も追加でそのまま調査対象とします」

 俺は、黒羽本部長の言葉に若干の違和感を感じながらも、先ずは現場に向かっている上井に指示を出すため黒羽本部長のデスクを後にした。

「三度目だから……か」

 自分のデスクに戻り、椅子に深く腰を下ろすと先程の黒羽本部長の言葉を思い出していた。

 確かに異常なステータス上昇がこの短期間で三度も観測され、過去二回に関しては今も原因が分かっていないのは、問題としては大きい。だが、本当にそれが理由だとは到底思えなかった。



 黒羽本部長から、異常なステータス上昇が認められた事と、緊急の取締役会が開催されていると連絡がメールで送られてきた。そして、その後に異常なステータス上昇がもう一つの同じ場所に発生したと、再度連絡が来たのだ。そして、最初の連絡があった時は、上井と監視対象『魔王様』は一緒におり、そして既に沼地からスターテインに戻ってきていた。

 最初の異常発生時に上井と『魔王様』が一緒にいた事から、『魔王様』はステータス上昇が起きた原因ではこの時は無かった筈だ。しかし、過去二回の異常なステータス上昇が認められた際には、二度とも近くに『魔王様』がいた筈だ。しかし、その際は大事には何故か成らずに、あくまで運営本部内での問題として通常業務の範囲内で対応している。

 それが今回は、取締役会が異常なほど迅速に行われた。

 前回までの異常と今回の異常においては、今回の事案に緊急かつ重大な問題と認識している節がある。それに、エリア限定で空間遮断による対応もおかしい。異常なステータス上昇の原因が、その場から動かないとまるで知っているかのようではないか。対象がその場から離れれば、空間遮断による隔離など全く意味を成さない筈だ。

「これは、色々慎重に動かないと行けなさそうだな」

 そして、イヤホンマイクから上井に話しかける。

「上井、あと十分以内に現場に到着しろ。兎に角、現場の画像を残せ」



「はぁはぁ……落ち着いて……アバターが息切れる訳ないんだから……冷静になるのよ」

 『白銀』となり高速移動スキルの連続使用を続けながら、笹本先輩に言われた制限時間である十分を視界にカウントダウン表示させながら、私は沼地へと移動していた。巡回馬車で数十分の距離にある沼地だが、最短距離でこのまま高速移動する事で十分弱で着くと地図マップのナビ機能で表示されていた。

 私を置いて行った彼の背中が小さくなって行った時に、何故か言い知れぬ不安が私を襲った。そして、それは今も変わらない。


 走りながら気持ちが焦る

 早く速く、もっと疾くと心が急かす

 所詮はゲームであり、何かあったとしても現実に死ぬ訳でもない筈なのに


 私は、これまでで一番焦っていた。


 そして、私は残り時間が一分を切った時に沼地へと辿り着く事ができ、沼地が空間遮断される前に写真を撮るべく目線をその光景に移した瞬間、私は我を忘れ駆け出していた。

 片腕を無くし血を流しながら、蜂のような異形の大型モンスターと一人戦う彼の元へと。

 後から考えてみても、全く意味が分からない自分の行動だった。沼地から這いずりながら逃げようとしているNPC達を守るように、傷付きながら自分を盾にする彼に向かって駆け寄り大声を出していた。

「何が起きているのよ! なんで……何で腕が……血が出てるのよ! そんな設定ない筈よ!」

 失う筈がない片腕を失うという事と、血を流し戦う姿を見て完全に私は混乱していた。片腕を奪った相手が目の前にいると言う事実すら、忘れるほどに。

「な!? 前を見ろ!?」

 彼の怒号が聞こえた瞬間、目の前に彼の大きな広い背中が目の前にあった。そして背広から突き出る血に染まった円錐状の巨大な針が私の顔の目の前で止まっており、彼の生温かい血が私の顔を紅く染めた。

「い……嫌ぁぁああああ!」

 私はそれが自分の声だとわからないほどに、悲鳴を上げていた。



「……落ち着け……と言っても……無理か」

 俺は突然無防備にこちらへ走ってきたサンゴを、バーサーカークイーンホーネットの飛ばした毒針から身体を盾にしてなんとか守った。しかし、当のサンゴ自身が放心してしまっており、その場から動けないでいた。仕方なくサンゴを抱え一度奴から距離をとろうとした瞬間、沼地を丸々囲うように魔法陣が浮かび上がり、既に発動直前の魔力の動きを察知したため、すぐにサンゴの腕を掴み沼の外へと放り投げた。

「きゃ!? 」

 いきなり強引に投げ飛ばされた衝撃で、我に返ったサンゴが地面にギリギリで着地し、すぐさま俺を見ていた。ただ、 まだ目は若干焦点が合っていないような、どこか遠くを見ているような目をしながら、涙を流していた。

「待ってよ! 消えないで! また・・消えるなんてしないでよ! 置いていかないで!」

「泣くな。また逢えるさ」

 そして、魔法陣が作動し俺とバーサーカークイーンホーネットは光の奔流に飲み込まれた。



「何で……どうして……また・・消えちゃった……」

 私の目の前には、空間遮断により沼地すら消え去り、唯の草原フィールドの様になっていた。その光景に呆然としていると、通話の着信が来ている事に気付いた。

「『やっと出たか。お前なぁ、仕事に集中するのは悪くないが、きちんと連絡は取るくらいはしろ』」

「先輩……あいつが……血だらけで……片腕が……私の顔にあいつの血が……あぁああああ!」

「『おい! どうした! 何があった!』」

 笹本先輩の声が聞こえているが、何を言っているかが全く理解出来なかった。そして次の瞬間、私は本社のVRルームで目を覚ました。正直、強制ログアウトを笹本先輩にさせられてから落ち着きを取り戻すまでの間の記憶は余り覚えていない。

 余程取り乱していたらしく、笹本先輩は私を正気に戻す為にかなり苦労をかけたみたいだった。正気を取り戻した際に、笹本先輩から謝られた。どうやら、頬がヒリヒリするのは笹本先輩がやった事らしい。私は、寧ろ迷惑をかけたことを謝罪し、笹本先輩から手渡されたコーヒーを啜った。

「落ち着いたら、第二会議室に来てくれ。先程の件の、詳しい報告を聞きたい」

「分かりました。このコーヒーだけ飲んだらいきます」

 笹本先輩は私の返答に頷き、VRルームを出て行った。

「あれは……夢?……現実?」

 私はコーヒーを飲みながら、心を落ち着かせる事に努めた。それでもゲームの中だとわかっていても、呟かずにはいられなかった。



「死なないで……約束したんだからね」



 そして私もVRルームを出て、笹本先輩の待つ会議室へと向かって歩き出した。
 
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