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何か

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「ここに来て、空間遮断陣の発動か……それにアイツは、大丈夫だっただろうか」

 俺の姿に狼狽していた銀髪銀目の冒険者を思い出しながらも、目の前のバーサーカークイーンホーネットから視線を外す事はない。奴の十本ある腕のうち三本程は俺が先ほど迄に切り落としていた。ギョクサ達を守りながらも、此方も防戦一方となる訳にも行かず切り落としたのだ。しかし、奴は叫び声を上げると三本中二本から切断面から新しい腕を生やしていた。

「そうだろうな。『自己再生』ぐらいは、お前持っているよな……ぐ……ぬぁあ!」

 俺は、彼女を守る為に腹に受けた奴の針を力任せに引き抜いた。その瞬間、血が噴き出たが目の前を警戒しながら回復を図る。

「『再生』」

 俺が言葉を発すると、先ほど食いちぎられた右腕と穴を開けられた腹の穴が服ごと再生していく。先程は、ギョクサ達を守りながらだった為、片腕を再生する隙がなかったが、今はもう守る者がいない為、欠損部位をしっかり回復することが出来た。

 一人になった為、余裕持ってバーサーカークイーンホーネットの溶解液や爪や針を避けながら、改めて今の状況を把握する事に努めた。周りに被害が及ばないこの状況というのは、その点だけを考えれば好都合だった。

「鎖か……神運営とやらも、結界が破られた時のことも一応は考えていたということか」

 通常の目では見ることが出来なかったが、空間遮断陣が固定設置されていた事から疑問に思い、『凝視』でバーサーカークイーンホーネットの周りを観察すると、地中から鎖が何本も伸びているのが観てとる事が出来た。それらは奴の身体に巻きついており、その場から大きく移動出来ないようにしていた。

「自由に動けるようになれば、ここまで大規模な空間遮断陣で隔離をするなど到底無理だろうからな。当然の措置といえばそうだが、何故態々捕縛鎖を『不可視』にしていたのかが、いまいちよく理解できんな」

 地中に封印しておきながら、誰に対してその鎖を隠すというのか意図が読めなかった。更に鎖は、ギチギチに動けないようにしているわけではなく丁度沼地の範囲は動き回る程の余裕をもたせてあったのだ。しかし、その鎖もバーサーカークイーンホーネットが俺と戦いながらも自分の血を鎖に垂れ流すと、その箇所の鎖は見るからにボロボロに腐り出している様に見えた。

「その為に、一本は敢えて腕を切れたままにしたのか。毒針程度なら問題なかったが、アレは厄介そうだな」

  腹に受けた針からは、身体を硬直させる様な毒が侵入してきたが、あの程度であれば俺の身体に効くことはない。しかし、あの鎖を腐らせるほどの腐食力は死なないまでも、俺の身体を持ってしても食らったらある程度は覚悟しないといけないだろう。

 そして気になるのは、この後どうするつもりなのかという事だ。再度封印するつもりなのか滅ぼすつもりなのか、神運営の意図を考えていると突如バーサーカークイーンホーネットの頭上に魔法陣が浮かび上がった。

「あれは……空気中の魔力が固定し始めただと?……まずい! 空間時間停止か!」

 魔法陣が光り出し作動し始めると同時に、空気中に漂う魔力がその場に固定し始めたのを感じた。あの魔法陣が限定された空間を時間停止させる系統の術だと見切りをつけ、発動までの僅かな時間でこの空間からの脱出を試みた。

「何処に飛ぶか分からんが仕方ない……『空間転移』『転移目印アンカー未設定』『起動』!」

 本来であれば、転移目印アンカーを自身の魔力を用いて設定しておくか、『検索転移魔法陣』を用いてある程度の条件を満たした場所へ転移する様にしておかないと、転移魔法は何処へ飛ぶか分からない。しかし『検索転移魔法陣』は条件を探し出す為に発動から起動まで時間がかかり、今の状況では間に合わないだろう。何処に飛ぶか分からないと言っても、空間転移では世界を超える事は出来ない為、この世界の何処かに転移するというだけであり問題無いと判断し、即座に俺は術式を起動したのだった。

「俺の腕を喰ったお前は、もう何処に行こうが分かる。暫しの別れだ、さらばだ」

 俺の言葉に応える様に、バーサーカークイーンホーネットの咆哮が空間に響き渡る中、俺はその空間から完全に姿を消したのだった。



「どうだ、仕事出来そうか? 無理そうなら斜内統轄Mgr.にフレックスタイムの許可を得て、これから帰っても良いんだぞ」

「いえ……身体的には全く問題無いので平気です。それに、寧ろ帰って今日のことを一人で考えるくらいなら、笹本先輩とディスカッションした方が良いです」

「わかった、だが無理はするなよ。それじゃ取り敢えず、何があったか報告を聞こうか」

 笹本先輩は、私を気遣いながらも何があったのかの報告を私に促した。私は、ゆっくり深呼吸をすると、努めて冷静に見たままの事をそのまま報告した。私の言葉に口を挟むことなく、笹本先輩は静かに黙って聞いていた。そして全てを報告し終わると、笹本先輩は深く息を吐き出しながら眉間に皺を寄せていた。

「片腕の欠損、リアルな血飛沫と身体を貫通させる物理攻撃か……俄には信じがたいが、上井の取り乱し方を見ても、嘘を言っている様には見えんな。ここまで画像データの事を口に出していないと言う事は、撮らなかったということで良いか?」

「はい……完全に取り乱してパニックになってしまい、そこまで気が回りませんでした。申し訳ありません」

 私は、『魔王様』が片腕を無くし血を流している様を見た瞬間、自分でも不思議なほどに恐怖が心を支配した。そして、『運営のサンゴ』でもなく、『白銀のウル』でもなく、きっと『宇海うみ』としてあの場に居たんじゃ無いだろうか。笹本先輩への報告も、気を抜くと心が悲鳴を上げそうになってしまっていた。

 だから私は、『運営本部員』の上井として無理やりその役に今はなっているのだ。きっと笹本先輩も、その事は分かっているのだろう。あいつと同じく長い付き合いになる為、きっと分かってて何も言わなかったに違いなかった。

「まぁ考え様によっては、都合が良かったと思えばいいか……」

「都合が良い……ですか?」

「最後の上井が取り乱している際の通話記録は残っちまったが、逆にあそこ迄取り乱してると正直何言ってるかよくわからん」

 笹本先輩は悪そうな顔で笑っていたが、完全に私は貶されている感覚で半眼で睨みつけた。

「そんな怖い顔するな、レイドボスも逃げ出すぞ?」

「……それで、結局何で都合が良いんですか」

「うちの会社は、絶対にナニかある。そして、上井の話から『the Creation Online』にもナニかある」

 笹本先輩は、一転して眼光鋭く私を射抜いていた。笹本先輩こそ、レイドボスを視線だけで討伐しそうな勢いだ。

「勘……ですか?」

「いや、勘じゃない。ここまで来ると、確信だ。上井が先程休んでいる際に、今回の『異常ステータス上昇及び限定的空間遮断』の件について、黒羽本部長から連絡が入ってな」

「報告の指示ですか?」

「いや、違う。『今回の件は、本部長預かりになった』という事だ。不正ログインユーザーの件については、引き続き俺と上井が担当だがな」

 笹本先輩は、これまでそんなことは聞いたことも無いと呟いていた。

「上井はこれまで通りに、業務をこなせば良い。だが、魔王様の片腕欠損と血飛沫に関しては誰にも言うな。そして、これからログイン中の俺との会話に関しても、当たり障りの無い事以外は頭の中に全部記憶して、帰ってきてから口頭で報告しろ。そこで、公文書に挙げるものを選んでから報告する」

「笹本先輩は……何を考えているんですか?」

 一気に会議室の空気が肌を刺す様な張り詰めた空気なり、私は声を抑えながら問いかけた。

「俺は……」

 笹本先輩が口を開いたその時、会社携帯の着信音が鳴り響いた。笹本先輩が胸元から携帯を取り出し、携帯の着信を取ると、どうやら誰かに呼ばれたらしい事が短い会話からも分かった。

「悪い、別件での呼び出しだ。取り敢えず今日は、『不正ログインユーザー候補と接触した後、対象が空間隔離に巻き込まれた為、その時点でログアウトした』と射内統轄Mgr.にはメールで報告しておけ。その後は、俺の現在進行形のプロジェクトの資料がグループ共有ファイルに入っているから、それを見てプロジェクトの課題を考えておけ。帰ってきたら聞くからな」

「分かりました」

 笹本先輩は、私に指示を出すと急ぎ会議室を出て行った。

「さてと、一旦頭の中を仕事で一杯にしちゃおう」

 余計な事を考えない様に、私はデスクに戻ると一心不乱にプロジェクト資料を読み漁り、進捗における課題や改善点をメモして行くのであった。



「よぉし! 今日も元気にログイン完了!」

 私は、バイトを終えて帰ってくると食事と家事を済ませ、急いでシャワーを浴びるとベッドに横になり『the Creation Online』へとログインしたのだ。

「魔王様、もうログインしてるかなぁ……お、やった! 今日もログインしてる!」

 私はメニューのフレンドリストから魔王様を見ると『ログイン中』の表示が付いている事を見つけて思わず声をあげてしまった。そして私もログインした旨をフレンドメールで送ったが、十分程待っても返信が返ってこなかった。

「……うぅ……返信が来ない……きっと、狩り夢中気付かないんだよね? だよね!……うぅ」

 私が気持ちを沈ませながら、トボトボと今日のクエストを受けに歩き出すと、メールの着信音が鳴り、慌ててメニューを開いて確認すると差出人は魔王様だった。

「魔王様からだ! 嫌われたわけじゃなかった……よかったぁ……ん? 文面が変?」

 魔王様からのメールを開くと、そこには一文だけが書いてあった。



『オレ ケットウ シバシ マテ』



「何故、電報的な? しかもケットウって『決闘』?……うえぇええええ!?」

 私の声は雲ひとつない澄み切った『the Creation Online』の青空に吸い込まれていったのだった。
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