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再会

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「……ここは……アリンの家か?」

 俺は気がつくと、以前訪れたアリンの家のシリルが寝ていたベッドで寝かされていた。そして、ベッドから起き上がろうとすると全身に痛みが走った。布団をめくるとスーツはそのままだったが、やはり魔力で創った鎧は全て吹き飛んでいた。

「ぐっ……ブレイブが神なのは違いないが、この世界を管理しているという『神運営』とは違っていそうだったな……」

 奴は、俺に対して語っていた。


お互い・・・、この世界に閉じ込められている身だろう?』


 奴は俺と違い、誰かにこの世界に連れてこられたという事だろう。そして、奴は俺の事を知っている様だった。しかし、俺には奴と会った記憶・・がない。一先ず、ベッドから起き出そうとするも、思うように身体を動かす事が出来なかった。

「神気による傷は、治りにくいと言う事か」

 じっとしていると自分の身体が治っていく感覚はあるものの、その速度は非常に緩やかであった。そして自分の身体の状態を確認しているとメールが来た事を知らせる音が鳴り、メニューを開いて確認するとソラからだった。そしてサンゴに関しても今来たわけではないが、メールボックスに一緒にまた遊べるかという誘いがあるだけだった。しかし、ソラに関してはまるで感情を文に乗せている様だった。

「……ソラを、大分怒らせてしまったみたいだな」

 メールを開くと、ソラの怒りの言葉が連ねられていた。最初は、勝手にクレナイの方に身代わりとして交換転移した事が書いてあり、あの後相当に話を聞かされたという事や『豪の者達の楽園ストレンシア』にクレナイと共に行ってみると、初心者装備だった為に相当舐められた目線を投げかけられたらしい。幸い紅が一緒に転移門まで付いて来てくれた為に、大きな問題も起きなかったらしい。

 そして毎日律儀に、自分がログインした際とログアウトした際にメールを送ってきていた。先ほどのメールは今日のログアウトした際メールの着信音だった様だ。


『お先に今日もログアウトしますね。私は、魔王様を信じていますよ!』


 俺がブレイブに吹き飛ばされてから、今日で七通来ているということは既にそれだけの時間の間を俺が気を失っていたと言う事だろう。ソラのメールの内容の中に『ネットに晒されている』という言葉があった。書いてある内容から察するに、俺が不正をしている冒険者だと騒がれているという事だろう。ブレイブが、似た様な事を言っていた事を思い出した。

「奴の仕業だろうな。さて、なんにせよ動けるようにならないとな」

 俺はベッドの上で目を瞑り、精神を集中させた。

「『瞑想』」

 そして一言詠唱すると、身体が淡い銀色の魔力で優しく覆われていき、周りに漂う濃密な魔力を吸収し始めた。数分、周囲の魔力を吸収すると神気で傷つけられた傷が癒え始め、数十分後には完全に回復する事が出来た。

「ふぅ、これほどまでに傷つくと言うのも久しぶりだったな」

 遠い昔の鍛錬の日々に想いを馳せながらも、ベッドから降り立った所で部屋の扉が開いた。そこにはアリンが立っており、俺を見た瞬間に驚きの表情を浮かべたが、次の瞬間には満面の笑顔を浮かべていた。

「魔王様! 元気になったんですね! お母さぁあああん!」

 アリンが大声を出すと、シリルが部屋の中に駆け込んできた。

「魔王様! 大丈夫なんですか!」

「あぁ、取り敢えず問題ない。悪かったな、部屋を使わせて貰った様だな」

 俺がそう告げると、シリルは自分の胸に手を当てながらほっと一息ついていた。

「いえいえ、お気になさらずに。私達は、魔王様には返しきれないほどの恩を頂いておりますから。ですが、一体どうされたんですか?」

 シリルは困惑しながらも、俺を発見した時の事を話してくれた。丁度七日前に物凄い轟音が村中に響き、家の外に出ると村外れに俺が落下してくるのが見え、急いで村の者が駆けつけると傷だらけの俺が倒れていたらしい。そして、一先ずシリルの家に運び込まれたという事だった。

 どうやらブレイブの一撃を受けた事で、此処まで吹き飛ばされたらしい。そして、少しでも俺が目覚めた時に驚かない様にと気を利かせ、シリルの家へと運ぶ事にした様だ。流石に吹き飛んできた理由までは分からず困惑していたが、兎に角俺が回復するのを待っていたらしい。

「ブレイブという冒険者に、神気による斬撃で吹き飛ばされてしまったんだ」

「え? 魔王様を吹き飛ばす冒険者が……」

「魔王様、神気って何ですか?」

 シリルは俺が他の冒険者により吹き飛ばされた事実に絶句したが、アリンは驚きつつも興味が勝ったらしく『神気』について尋ねて来た。

「『神気』とは、神の位階にある者が纏う事が出来る『気』の事だ」

「え!? じゃあ、魔王様を吹き飛ばしたのって神様なの!?」

「まぁ、そうなるな」

 流石に、俺の相手が『神成る者』だった事には言葉を失っていた。

「は!? アリン! 私達だけで、惚けている場合じゃないわ! 村長に、魔王様が目覚めた事を知らせてきなさい!」

「あ! そうだね!」

 そう叫ぶとアリンは部屋を飛び出していった。そして数分後に村長とイダイに合わせて、キタレ村のギョクサまでもがシリルの家を訪れたのだった。



「はぁ……今日も魔王様からの返信なかったな……怒り過ぎて嫌われちゃったのかな……てか、返信ないのにメール送ってる時点で、危ない人だと思われて既読スルーされてる!?」

 私はアパートから最寄り駅までの道を歩きながら、ブツブツと独り言を呟いていた。

「いやいや、きっとそんな筈はない筈? あぁ、もう! 他人との距離感が、全く分からない!」

 私が既に手遅れな送信済みメールに悶えていると、気付くとすぐ後ろから声が聞こえてきた。

「何なのよ、メールくらい返しなさいよね。ログインしてるのは分かってるのよ。無視? 無視するの? どれだけ、人を焦らすのよ! あいつも魔王も!」

「魔王?」

 何処か聞き覚えがある声だなと思いながらも、怒っていそうな声だったので、早く歩いて離れようとしたが『魔王』という言葉に思わず振り向いてしまった。

「え?」

 そして、格好よくスーツを着こなしている女性と目が合うと、向こうも思わず驚きの声を出していた。

「あ……宇海うみ……お姉ちゃん?」

美宇宙みそら……ちゃん?」

 目の前に、お兄ちゃんの幼馴染で恋人だった宇海お姉ちゃんが居たのだ。

「「……」」

 まさか、こんな所でお互い会うとは思っていなかった為、見合ったまま無言になってしまった。

「取り敢えず、駅に向かって歩かない? 美宇宙ちゃんも、駅に向かうんでしょ?」

「え!? 何でわかったんですか!」

「そりゃだって、その大事そうに手に持ってる定期入れ、大学の購買で買ったやつでしょ? 私も入学した時に、嬉しくて買ったの覚えてるわ。校章だって入ってるしね」

 私は、昔から忘れ物をよくした為か、絶対に忘れたくないものは手に持つ癖があった。一人暮らしを始めてから、何回か定期入れを忘れた事があり、こうして大事に手に持っていたのだ。

「……ですよね。宇海お姉ちゃんも、お兄ちゃんと大学でしたもんね」

「そゆこと。行こっか」

 そして、私達は駅に向かって歩き出した。宇海お姉ちゃんは、私の性格をよくわかっているので、歩きながら積極的に話をしてくれた。私のアパートから歩いて五分くらいのアパートに一人暮らしをしている事や、今日は最近色々忙しかった事もあり、いつもの道から一本変えて気分転換しようとしていた事など、笑顔で明るく話しをしてくれた。

 私は、気を使われている事を感じながらも、相槌を打つだけだった。駅に着くと乗る電車は反対方向だったらしく、改札で別れることになった。そのまま別れようとしたら、別れる直前に連絡先を聞かれた。

「もし……もし、お兄さんの事が何か分かったら、連絡するね。それに折角近くに住んでるんだし、今度食事に行こ。笹本先輩も同じ会社だしね」

「え!? リク兄ちゃんもいるの!」

「ふふ、そうよ。ちょっと忙しそうにしてるけど、またみんな・・・で遊びたいわね」

 宇海お姉ちゃんは、笑顔でそう私に告げると自分が乗るホームへと歩いて行った。そして私も自分が乗り込む電車のホームへと向かった。

「びっくりしたな……でも、お兄ちゃん……いつの間にか、またみんなが近くに居るみたいだよ」

 私のつぶやきは、時間通りにやって来た電車によって掻き消されたのだった。



「笹本先輩、おはようございます」

「おはようさん。ん? どうした、朝からギルド戦に臨む様な目をして。あいつぐらいだぞ、その目を見て嬉々として笑うのは」

 本社へ出社し、運営本部のフロアに辿り着くと既に笹本先輩がコーヒーを飲みながら、自分のデスクでパソコンを眺めていた。私は、近づき挨拶をすると、いつも通りに軽口を叩かれたが、生憎それに軽口で返すテンションでなかった。

「……今朝、会社へ来るときに美宇宙ちゃんにばったり会いました」

「……は? あぁ、そう言えば確かあの子も今年で18だったか。大学こっちの受けたんだな」

「えぇ、しかも私達と同じ大学でしたよ」

 私がそう言うと、笹本先輩は珍しく驚いた顔をしていた。

「そうなのか……自分で言うのも何だが、よく受かったな。勉強出来たのか、あの子」

「詳しくは聞きませんでしたが、受かったという事はそう言う事でしょうね。初の一人暮らしだそうですよ」

「そうか、なら引っ越し祝いでも持って行こうかな。何処に住んでるんだ?」

 笹本先輩は、普段仕事場では絶対に見せない緩んだ表情を見せていた。

「……ロリコン……」

「あ? なんか言ったか?」

「いえ? 流石に美宇宙ちゃんに確認する前には、住所は教えられないですよ」

「確かにそうか……なら、今から連絡を……」

「仕事中です」

「メールくらいなら……」

「仕事中です」

「ちょっとくらい……」

「仕事しなさいよ、ロリコン!」

 普段の笹本先輩からすると悪い方向でのギャップにイラついて、思わず声を荒げてしまった。

「先輩に対して、堂々と罵る姿は流石『女王様』だな」

「……まさか……現実世界に、二つ名が存在したりする筈が……」

 笹本先輩の言葉に嫌な予感を感じ、後ろを振り返ると一斉に出社していた部員の先輩方が顔を伏せた。

「嘘でしょ……」

「現実を直視し、先ずは自分という存在をきちんと把握する事が新人には大事だ。だがまぁ、新人がいきなり二つ名を獲るとは流石有望株だな。この一週間は特に上井は荒れてたからな」

 笹本先輩は、ニヤつきながら再び目線をパソコンへと戻した。頭をスリッパで叩きたかったが、更なる二つ名が付くことを恐れた私は、グッと右腕を抑えながら自分のデスクへと戻ったのだった。

 そして、毎朝のルーティンである社内メールの確認と発行された公文書をチェックしてから、運営権限を使ってパソコンから自分のアバターへ届いているメールもチェックする。相変わらず元々のアバターの方には、元いたギルドからの復帰を嘆願するメールが届いていた。

「ギルマスもしつこいわね。しつこい男は嫌われるのよ……って、これは……」

 私は、一週間ぶりに目にした名前にメールを開く指が震えた。サンゴ運営アバターに届いたメールを開くと短い文章だったがしっかりと彼からの返信が来ていた。


『返事が遅れてすまない。やっと目が覚めた所だったんだ。 まだ暫くはこの世界にいるから、また誘ってくれ』


 魔王様からの返信に、私は思わず独り言を呟いた。

「本当に……もう、遅刻よ。会ったら、文句くらい言っていいわよね」

 きっと私の顔も、さっきの笹本先輩の事を言えない様な顔をしていた事だろう。

 そして私は席を立ち、笹本先輩の元へと向かった。



 私は再び、魔王様に会いに行く。
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