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童話パロ:シンデレラ

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 結論から言えば、目が覚めた時には天国にはいませんでした。
 だが地獄でもなかった。
 あたしが目を覚ましたのは天蓋付きのベッドの上だった。
 いつの間にかメイド服でなく寝巻きのようなものに着替えさせられている。
 手触りの良い布地に一体これ幾らするんだろうと、妙に値段のことを考えてしまった。
 周囲の状況を探る。
 豪華な寝台と薄暗い室内。
 見える範囲の調度品は品の良いものだが、一見して高そうなものばかり。
 寝る前の状況を考えれば、どうやら城の一室だと思うのだが、それにしては客室より豪奢なのが気になった。
 どうしてこんな姿でこんなところに寝かされているのかわからない。

 分かることは、どうやら死ななかったことだけだ。
 どうしてあの状況で助かったのかはわからないが、生きていることはいいことだ。
 だが周囲の状況を考えれば、状況は最悪だ。

 見たところ豪奢な部屋で高そうな寝巻きで寝かされているという優遇されている状況にみえるが、それは今の所でしかない。
 国王の暗殺犯と対峙して撃退した故の配慮だろうが、それでもあたしが不法侵入した上でメイドを偽証したことがバレりゃ、待遇は一変するだろう。
 しかも王族とか貴族しか入っちゃいけないところに入り込んでいたらしいし。
 こんなのがバレれば、平民であらばその場で殺されても文句はいえない。
 なんとなく犯人を撃退した功績とかで帳消しにしてくれないか、交渉しようかとも考えるがそれはそれで侵入経路とかなんだかんだと取り調べがありそうで面倒くさい。

 それに貴族に関わって昔ひどい目にあった過去があるので、あまりここにいる人間に関わりたくないのだ。
 そう思い至ったと同時にあたしはここから逃げ出すことを決めた。
 ここに飛ばされた時と違って、国王暗殺などという物騒極まりない話も解決しているし、今度は脱出だけを考えていられる。
 あたしは寝台から立ち上がった。
 すけたりはしないが、薄い絹を重ねた締め付けるデザインのない寝間着だけというちょっと不安な服装を改めたかったが、部屋を探しても見つかったのは上掛けだけで仕方なくそれを羽織って、そっと部屋の外を探る。

 どうやらここは続き部屋の一室らしい。
 そっと扉を開けると、そこは豪奢な机の置かれた執務室のような空間が広がっていた。
 室内は暗く人の気配はない。
 …大きな窓のある昼間は明るそうな室内。
 なんだか妙な既視感を覚えた。

(……?なんであたしはこんなところを知って…)

 疑問に思ったが、すぐにそれに思い至り、苦い思いが胸に去来した。
 見覚えがあったのはここに来たことがあったからだ。
 それも一回きりのことだが。

 幼い頃あたしは一度だけ王城に忍び込んだことがあった。
 まだ先王が生きていた時代。
 この国は荒れていた。
 現在の王と違い先王は贅沢の限りを尽くし、戦争を起こし、国を疲弊させていた。
 民衆のほとんどが貧困と飢饉に喘ぎ、国は滅ぶ寸前だった。
 そんな中あたしの父親は失業、明日のパンにも事欠く有様となった。
 食べるものもなくお腹を空かせたあたしは道端の草を食べることを思いついた。

 かつて王城の司書をしていた下級貴族の母親がその知識で道端の草でも食べられるものがあると教えてくれいていたからだ。
 しかし、どの草が食べられるかわからない。
 そこであたしは食べられる草を探すため、王城の図書室に忍び込んだのだ。
 もともと王城の図書室は一般には公開されていない。
 母の存命中であれば、こっそりそこで働く彼女に手引きされて入れたが、今はいない人の伝を頼るわけにも行かず、あたしは見つかれば死罪覚悟で王城に忍び込んだ。
 そこで出会ったのだ。
 あの最悪な貴族の子供に。

 そいつは偉そうにも図鑑を必死で覚えようとしていたあたしをバカにした。
 その挙句、食べられる草を教えてやると言って、図書室から通じる秘密の抜け穴を通じてあたしを自分の部屋まで連れて行き、そこにあった本を使ってわざわざ教えてくれたのだ。

 これだけ聞いていれば、まあ偉そうなのを差し引いても美談だと思わなくもない。
 ただその貴族の子供が教えたのがまともに食べられる草だったのならば、だ。
 あろうことかそいつは痩せこけて死にそうになった貧民の子供に食べられる草だと言って毒草を教えたのだ。
 あたしはそれを信じて草を口にし、危うく死にかけた。

 思い出しただけでも腸煮えくり返る。
 ここはあの時嘘を教えた貴族の部屋に間違いはなかった。
 なぜこの部屋に寝かされていたのかわからないが、好都合だと思った。
 ここからなら図書室へ抜けてそこから外に逃げられる。
 顔は、割れてしまっているので最早王都にはいられないだろう。
 だが、見たところ外はまだ薄暗く、どこか遠く楽の音が聞こえる。
 あんな騒動があったというのにまったく優雅なものだと呆れるが、まああんな城の奥の片隅で起こった出来事など外に漏らすわけないか。
 まだ舞踏会が開かれているならおそらくそう時間は経っていないだろう。
 ならば今のうちに家に戻って荷物をまとめて王都から逃げるべきだ。
 家族には迷惑をかける可能性はあるが、本人がいなければはっきりしたこともわからないだろうし、早々疑いもかけられまい。

 あたしはかつて貴族の男の子に教えてもらった通りに壁の一部を押し込んだ。
 すると微かな音とともにポッカリと暖炉の奥に暗い扉が現れる。
 あたしは迷うことなくそれを開け、その中に飛び込んだ。

 (つ、ついた…)

 ようやくたどり着いた場所に来たときあたしは正直疲れ果てていた。
 暗い通路は予想以上に何も見えず、壁を伝って恐る恐る進んだためか、想像以上に時間が掛かり、ついでに精神をもすり減らした。
 幼いころは広く感じた通路だったが、大人の体で入ればかなり窮屈ではたして無事に抜けられるか心配だったが何とかたどりつくことができた。
 月明かりの差し込む図書館の懐かしい風景に思わず、涙が出そうになった。

 周囲を見渡せば開けた視界の先には古い紙がはなつ独特の香りが満ちている。
 高く積まれた棚にビッシリと並べられた本は記憶にあるとおりでなんだかほっとした。
 そこは王立の図書室。
 そびえる本の群れを目にしてあたしはようやく安堵の息を吐く。

 ここまでくれば安心か。
 ここからなら外に出られるのは簡単で、その方法をあたしは知っていた。
 あたしの母は生前ここの司書をしていた。
 その時に母からここに通じる秘密の抜け道を教えてもらっていたのだ。
 本棚の裏の壁に一部切れ込みがあり、本棚をどけるとそこから外に出られるのだ。
 幼い頃は母が何度も連れてきてくれていたからここには何度となく来たことがあった。
 だが母が死んで以降は一度きりで、二度と足を踏み入れることはないと思っていたのだが。

 なんとなく懐かしくなって、本棚に近づいた。
 本当は急がなくてはいけないと思うが、これが王都での最後の夜かと思うとなんとなく去りがたかった。
 一冊を抜き出し開くと、それは植物図鑑だった。
 そう言えば、最後にここで見たのも植物図鑑だと言うことを思い出す。
 あの男の子にだまされ死にかけた。
 あれ以来あたしは貴族というものが嫌いになったし、ついでに人を疑うことも覚えた。
 考えてみれば、あれはあれでいい教訓になったのではないかと思う。
 生きているから言えることだが。
 それにしてもどうしてあの子はあたしにあんな嘘をついたのだろう。
 その理由がわからない。貧民の小汚い子供なんて死ねばいいと思ったのだろうか。
 それならどうして、あの時大人に言いつけなかったのだろう。
 あの時のあたしも今と一緒で王城へ不法侵入だったのだ。
 目障りだったら、自分の部屋などに連れて行く必要もないし、その場で大人に言いつければあたしなどその場で殺されただけだろう。
 それとも、血を見たくなかったのか?
 そんな馬鹿な。それなら他で殺せと言えば済むことだ。

 そもそもなぜあの子はあたしに嘘を教えて殺そうとした?
 あの時あたしたちは間違いなく初対面で、これからも接点があるとは思えなかった。
 殺したいと思われるようなことは何一つなかったと思うのだが。

 そんな思い出をぐるぐる反芻しながら本を眺めていたのが悪かったのか。
 あたしは背後から近づく存在に気付かなかった。
 気づいたときは既に遅かった。

 突然背後から伸びてきた腕に体を持っていかれる。
 背中全体を覆う体温にあたしは硬直した。

「……ようやく見つけた」

 突然の声に冷や汗が全身を包む。
 突然のことに本を取り落としたが、そんなことは些細なことだった。
 痛いくらいの…拘束。
 顔は見えない。だが声の主は先ほどの仮面の男だ。
 ぎゃー!捕まったーーー!

「は、離してーーー!」

 あたしは逃げ出してしまった罪悪感と死にたくない一心で男の腕の中で暴れた。
 だが男の力は女のあたしで叶うはずもなく一向に外れない。
 だんだんバタバタしているのもきつくなってきた。
 ああ、もうなんだかどうでも良くなってきたな。
 どうにでもなれ、といった気持ちであたしは暴れるのをやめた。

「…もう暴れないのか?」
 男の言葉が癪に触るが、最早ここで捕まったのなら年貢の納め時なのだろう。
 これ以上逃げることはかなわないならいっそここで死にたいとなんとなく思った。
 ここは母が生きていた頃の思い出の場所だ。
 ここで死ねるなら悪い気はしなかった。

 ああ、でもお姉様がたには悪いことをした。
 ちゃんと帰ってきたら出迎えるって約束したのに。
 不出来な妹を許してください。
 でもそろそろ、いい加減家事ぐらいできるようなってください。
 あたしに家事を全部押し付けるのやめてください、マジで。
 でもやらせると何かしら失敗するからなあの人たち。
 いや、やっぱり台所使わせるの心配だからやっぱりやめて…。

「……何を考えているんだ?」
「…いや、やっぱり台所は譲れないなと」
「は?台所?」

 男の不思議そうな声に、現状を思い出す。
 いかんいかん。

「いや、なんでもないです」
「…お前は状況分かってるのか?」

 男のどこか呆れた声に自分でも緊張感がないとは思うが、状況がわかっていないわけじゃない。
 どうせこの後取り調べの上で不法侵入の縛り首とかでしょうよ。
 あ、それともメイド服着てたし身分詐称か?
 何はともあれどうせ、刑罰は免れないだろう。
 うう、今までのクリーンで地味なあたしの経歴がなぜこんなことに。
 ああもう、なんかどうでもいいや!

「わかってますよ。もう、暴れません。好きにすれば?」

 なかばやけになって言えば、どこか驚いたような雰囲気が背後からした。
 何を驚くことがあるのか、不思議に思っていたら男の声が聞こえた。

「好きにって?してもいいのか?」

 男の言葉になんだかちぐはぐな印象を受ける。
 ん?なんか変だな。
 そう言えばなんでこの人一人なんだろう。
 普通罪人を捉えるのなんて衛兵とかの仕事でしょ?
 なのに身分高そうなこの人が一人でいるんだろう。
 しかもさっきから羽交い絞めされてんですけど、外れないけど苦しくないし。
 あれ?なんか変?

「は?…貴方何を言って…っ!」

 突然顎を固定され上向かされる。
 驚いていると唇になにか柔らかくて温かい何かでふさがれる。
 それが、男の唇だとわかって混乱する。
 うええええ!?
 何が起こってんの?

 混乱しても現実は変わらない。
 角度を変えて押し付けられる柔らかいそれに翻弄される。
 飲み込むことができずに口端から唾液がこぼれた。
 呼吸ができずにだんだん意識が朦朧としてくる。
 そうしてよくわからない現実と酸欠であたしは再びあっさりと意識を飛ばした。
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