傾城屋わたつみ楼

野瀬 さと

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第一章 蒼乱

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「いいえ…成田様はきっと、龍王様です」
「そう…?」
「だからわたくし、こんなに緊張している…」

そう言うと、俺の顔を見上げた。


きっと、俺以外の男にも…


教養があるから話題豊富なんだろう。
どんな客とも、話のいとぐちを見つけて。
こうやってリラックスさせて。


そして──


そこまで考えたら、なぜか胸が苦しい。

蒼乱の顔を見ながら、なるべく深く考えないようにした。
今は、まずい気がした。

この胸の苦しさを、追求したら…


手を握り返した。
まだ、冷たい。

「成田様…」

蒼乱が顔を上げた。
無心で俺を見つめている。

その目の奥に、何かが灯った。

圭一郎けいいちろう…って呼んで…?」

ひとつ頷くと、俺の手を引き寄せた。
手を胸に抱くと、噛みしめるように呟いた。

「…圭…さま…」
「蒼乱…」

襦袢越しに、蒼乱のぬくもりが手に染みてくる。


…なんでこんな商売してるんだろ…

こんなに頭も良くて、教養もある。
愛想もあるし、見た目だっていい。

なのになんでこんな場所で…

「君のこと、聞いてもいい…?」

ゆっくりと蒼乱は首を横に振った。

「ここは…浮世を忘れる場所。私も忘れました…ですから…」
「うん…ごめん…」

やっぱり何か事情があるんだよな…
じゃなきゃ、こんな商売してるわけない。

一体、どんな人生を送ってきたんだろう。


そこまで思って気づいた。


この人に、惹かれてる

もしかして…惚れたのかな…?

この胸の苦しさ
顔を見ていると感じる高揚

ふと漂ってくる匂い

もっと感じたい


まだ唇も重ねてないのに


暫く、青い部屋の中には沈黙が落ちた。
でもそれは嫌な沈黙ではなく。
心地よい無音の時間だった。

何にも邪魔されない
海の底に、ふたりきり


このまま
このままふたりきりで
ずっと居たい

ぬくもりを感じながら
ただこうやって


「え…?」

急に蒼乱の体が重くなって。
少し体をずらして顔を見たら、眠っているようだった。

すごい。こんな一瞬で、人って寝られるんだ。

自分はいつも寝るまでに苦労する質だから、妙に感心してしまった。
羨ましいとも感じた。

「ふふ…」

子供みたいに無防備な寝顔は、俺よりも幼く見えて。
なんだか少し…こんな顔を初会で見られて嬉しい気がした。


疲れてるのかな…

おそらく毎晩。
体を使う仕事をしていたら、そりゃ疲れるだろうなと思った。


そっと肩を抱いて、蒼乱の寝息を感じた。

今日は、このまま…休ませてやりたい。

周りを見渡すと、部屋の奥に襖が見える。
そこにもしかして布団が敷いてあるんだろうか。

見たところ、この部屋は居間で。
寝具の類は見えなかった。

でも蒼乱を起こすこともできず、なんとか膝枕をしてやることに成功して。
そのまま俺は身動きが取れなくなった。

「…俺って、バカなのかな…」

こういう場所に…そういうことをわざわざしに来ているのに。

疲れているから寝かせてやりたいなんて…
国岡さんに言ったら、馬鹿にされるな。

部屋の中は暖かかったけど、丹前を脱いで蒼乱の体に掛けた。
気休めにしかならないけどね。

そっと髪に触れると、案外髪は柔らかくて。
猫っ毛なのかな。

そうっと撫でると、蒼乱が身動ぎした。

起きるかと思ってヒヤッとしたけど、

「…にゅ…」

っと妙な寝言が出てきただけで、また眠りに戻っていった。

「ふふ…へへ…」

こんな寝言、聞ける男なんて。
間抜けな俺くらいじゃないのかなと思うと、また嬉しくなった。


「可愛いな……蒼乱…」
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