傾城屋わたつみ楼

野瀬 さと

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間章 眩る蜉蝣

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目が覚めると、真っ暗だった。

「ああ…」

もう夜が来てしまった。
また、寝たまま一日が終わってしまう。


だけど…
あれほど来て欲しくなかった夜なのに、なぜだかホッとしてしまう自分が居て。

日中に言われなかったから、今日はもう働かなくていい。

仕方ない。
言われなかったから仕方ないんだ。


正直もう、抱かれるのは嫌だ
またあんな乱暴な奴が来たら…

そう思ってしまうと、体が思うように動かない。
すべてのことが億劫で、水を飲むことすら面倒だと思ってしまう。

まだ返す借金はたくさん残っているというのに。



最も、借金を作ったのは自分じゃない。
たった一人の身内の、兄貴が作ったものだ。

両親は俺がまだ小学生の時に事故で亡くなってる。
残された兄貴は俺のこと育てていたけど、途中から道を踏み外した。

大量の借金を作ってできあがったのは、シャブに浸かりきった廃人。

程なくして兄貴は消えた。
残された未成年の俺に借金取りが群がった。

その中のひとりが、祐也さんだった。
そうしていつの間にか、俺はここで働くことになって今に至る。

今頃、どこでどうしているのか…

もうこの世にはいないのかもしれない。



薄暗い部屋の布団からぼんやりと見上げているのは、紫の天井格子だった。
湊の部屋から自分の部屋に帰っていた。

「いつの間に…?」
「紫蘭ちゃん」

びくりと身体がこわばった。

「目が覚めた?」

ゆっくりと布団の隣の闇が動いた。
じっと見ると、それは人の形になっていく。

朽葉だ。
日本人形みたいに小さくて綺麗な朽葉。
薄い黄色の襦袢を着て、布団の隣で寝転がっていた。

「…なんで…」
「今日ね、お客様が急にキャンセルになったの」

他にも予約もないし、朽葉も今日は休みになってしまったってことだった。

「おいらんが二人して休みって、この店終わってるよね」

暗闇の中でもわかるほどその大きな目をくるりと動かして、朽葉はいたずらっぽく笑った。
そのまま俺の額に手を置いた。

ふんわりと朽葉のいつも付けている匂いが漂ってきた。

「熱はないみたいね」
「うん…」
「ねえ、元気なら一緒にお風呂入る?」
「え?」
「身体、洗ってあげるよ」

強引に朽葉の手が襦袢の襟に掛かった。
こう見えて朽葉は力が強い。
抵抗したけど敵わなくて、布団に押し倒された。

「ほら、脱いで」

馬乗りになった朽葉に、襟を大きく広げられた。
肩が露出して少し寒い。

「い、いいよ…そんな…」
「何いってんの。まだお座敷だった時にさ、僕が風邪ひいちゃったときに紫蘭ちゃんがお風呂入れてくれたの忘れてないからね?」

そんなこともあった。

お座敷とは仕事が終わった後に大座敷で雑魚寝する下働き連中のことで、俺と朽葉はなぜかいつも隣で寝てた。
あのときは、何日も寝込んだ朽葉が猛烈に臭くて。
とてもじゃないけど隣で寝ていられなくて、仕方なくやったことだった。

「いつの話だよ…」
「さあ。もう10年くらいになる?」
「そんなことまだ覚えてるの?」
「受けた恩は忘れないの」
「嘘つけ。天邪鬼のくせに」
「それ今、関係ある?」

長い、時間。
こうやって朽葉と過ごしてきた。

他にも出世の早かった朽葉には仲のいいお職がいたけど、俺はあまり人の輪に入れなくて。
そんな俺を気遣ってか朽葉は一人でいる俺になにかと気をかけてくれた。

時には店のトップのおいらんだった蒼乱さんの部屋でこっそりと飲み会をして…

もしも朽葉がいなかったら、俺はここまで働き続けていられただろうか。

「朽葉…」
「ん…紫蘭ちゃん…」

温かい、朽葉のくちびる。




首筋をぬるりと這っていく──



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