海鳴り

野瀬 さと

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明希子と行信の話

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「今日は当たらなかったなあ…」

親父が操舵そうだしながら、タバコをくゆらせてグチグチ言っている。

まだ暑い、夏の盛り。
海面に太陽が反射して、ギラギラ俺たちを照りつけている。
だが今日は潮風が強いから、灼熱地獄しゃくねつじごくにはなっていない。

船が軽くてかっ飛ばしてるせいで、親父のタバコの煙はあっという間に散っている。
少し波も出てきたから、船は一瞬浮き上がったりもして。

ついでにタバコの灰が、運転席の後方で作業している俺の髪や服についてんだがな。
タオルを捻って頭に巻き付けているんだが、それを取って灰を撒き散らした。

「しょうがねえだろ。沖は時化しけてんだろ?」
「間に合うかと思ったんだがな。俺の勘も当たらなくなったなあ…」
「何言ってやがんだか」

今日の漁はあまり当たらず。
船の生簀いけすには、ほんのちょっとの獲物えものが入ってるだけだ。

沖合が時化しけるという情報で、今日は船を出す奴らも少なかったんだが…
親父が行けるって言うから船を出したら、このざまだ。

坊主とまではいかないものの、今日は船の燃料費のほうが高いんじゃないだろうか。

「そろそろ潮時しおどきじゃねえか?行信ゆきのぶ…」

最近、親父はちょっと漁がうまく行かないとすぐこんな事を言う。
要するに、漁師やめちまうかどうかって話だ。

「また始まった…」

去年、ぎっくり腰をやってからこんな事言うようになってしまった。
海の男が、体壊しちゃだめだとか抜かしやがる。

「…んなこと言ったって…どうやって生活するんだよ?俺一人じゃこの船、無理だぜ?」
「ああ…まあ、そうなんだがな」

もぞもぞと言いながら、火のついたままのタバコを海に捨てようとする。

「てめえ!灰皿に入れろ!くそ親父!」
「む…おめえはうるせえ息子だなあ…」

うるせえ。海は俺達のおまんまの素だろうが。
環境破壊反対!


「あらよっと…」

漁協に預ける魚たちを下ろし終わると、クレーンを収納したりなんだり。
おかに上がって作業していた俺は、船の上の親父が微動だにしていないことに気づいた。
どっかをじっと見てて、作業が止まってやがる。

「あんだ?」

その方向に目を凝らすと、居た。
あいつ…

「おう、行信。ちょっくら行ってこいや」
「ああん?」
「…飯、食わせてやんべ」

そう言うと、被っていたキャップのツバをぐんと下げた。
顔を見られたくないときの親父の癖だ。

「まーたかよ…親父、ええ格好しいだな…」
「うるせー!早く行ってきやがれ!」
「へいへい…」


小さいながらも、漁港には市場の建物と漁協の建物と倉庫やら何やら立ち並んでいる。
その建物の立ち並ぶ一角に食堂があるんだが、この食堂は不定期に営業している。

今日は漁に出ている連中が少ないから、閉まっているようだ。
その食堂の前には、ベンチとテーブルがあって、カーポートのような屋根がついている。
中が人で溢れたらそこで飯を食えるようになっている。

そこにぽつんと、女が座っていた。
ボロボロの文庫本を、テーブルに頬杖を付きながら読んでいる。

「おい。明希子あきこ
「あ、行信くん」

港町には似合わない都会育ちの女。
細っこくてちっこい。
うちのお袋も小さいが、それ以上にこいつは小さかった。
(俺がでかいから小さく見えるのかもしらんが)

そして色が白い。
色素が抜けてるんじゃねえかと思うほど色が白くて。
一向に日に焼ける気配はない。

髪も加工しているわけじゃないのに茶色がかった色だ。
眉の上で切り揃えた髪は汗で額に張り付いていた。
ポニーテールの先端は肩について、汗を吸い込んでいる。

「親父が仕事手伝ってくれってよ」
「わ。ほんと?」
「ああ。バイト代は飯でいいか?」
「もちろん!それで充分だよ!」

どんぐりみたいなくりっとした目を輝かせて、全開の笑顔を見せた。

「なら、決まりだな。頼むわ」
「アイアイサー!」

最初は、標準語を話すいけ好かない女と思ったが…

こいつのTシャツの腕から出ている二の腕と肘。
また新しくあざをこさえている。
デニムのショートパンツのヒョロガリの足にはどうやら新しい痣は見えない。

「またやられたのか?」
「……もう、おっちょこちょいでさ。ぶつけたんだよ」

そう言うと、俺がやったギョサンを履き直して誤魔化すように走り出した。

春田はるたのおじさーん!ありがとう!」

船の上の親父は、明希子に向かってキャップを取って振ってやってる。

「チッ…まったくもう…」

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