海鳴り

野瀬 さと

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明希子と行信の話

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──聞きたかったその言葉ことばが、よりによってこんなときに聞けるとは思わなかった


「よし!行くぞ!明希子あきこ!」

明希子を羽交はがめしようとしているじいさんやばあさんを引っぱががそうとしたとき、高木たかぎ白豚しろぶたが俺につかみかかってきた。

「おまえ!明希子ちゃんのなんなんだ!俺の婚約者こんやくしゃなんだぞ!?」
「ああん!?明希子はてめえのよめなんざなりたくないとよ!」

俺と高木が揉み合っていると、じいさんとばあさんが明希子をアパートの部屋に押し込もうとしている。

「おいっ!ドアを開けろっ!」
いやっ…わたし、行きたくないっ…」
「明希子!いい加減にしなさいっ!」

ばあさんが明希子に手を上げた。
バシッと音がひびくが、明希子はまだ暴れている。

「嫌だっ…絶対行かない!」
「まーっ!あの女の娘だけあるわっ…生意気なまいきなっ…」

じいさんが明希子の腕を掴んだままドアを開けようとした瞬間しゅんかん、アパートの中からドアが開いた。
明希子の父親が、外に出て来てじいさんを突き飛ばした。

「いい加減にしてくれよおっ…」

明希子の父親が叫んだ。

「じいさんもばあさんもっ…いい加減にしてくれよおっ…」

何故か、顔を真っ赤にして父親は泣いている。
手には、一升瓶いっしょうびんが握られている。

「あいつが逃げたのは、お前たちのせいだろおっ!?」
「な、何を言ってるんだっ…落ち着け…」
「俺が何も知らないとでも思ってるのかっ!」

ふらりとその一升瓶を振り上げると、じいさんめがけて振り下ろした。

「ひえっ…」

俺のTシャツのえりを握っていた高木が、頓狂とんきょうな声を出したと同時に手が緩んだ。
解放かいほうされた俺は、明希子の父親を止めようと走り出した。

「おじさんっ…やめろっ…」

じいさんは明希子を離すと、すんでのところでかわして地面にへたり込んだ。

「おっ…おまえ…お爺さんに向かってなんてことをっ…!」
「おまえたちさえいなきゃ…あいつは…あいつは…」

ばあさんが離れた場所で怒鳴どなっているのを無視して、父親は更にわめきながら腕を振り上げた。

「お父さんっ…ダメっ…」

明希子が父親の腕にすがるが、そんなもんじゃ止まらない。
なんたってアル中なんだ。

「明希子っ離れろっ…」

間に合わねえっ…
もう一度一升瓶いっしょうびんを振りかぶろうとした父親に目掛めがけて、おもいっきり携帯電話を投げつけた。

「ぐあっ…」

顔面にもろヒットして、父親は後ろに倒れ込んだ。

明希子あきこっ…」
行信ゆきのぶくんっ!」

明希子が飛びついてきた。
その細っこくて小さい体を受け止めた。

「ばかっ…無茶むちゃすんな!」

何も答えないで、明希子はぎゅっと俺に抱きついている。
俺もぎゅっと抱きしめてやると、体が小さくふるえている。

ここで俺は、明確めいかくに怒った。

怒ったったら、怒ったんだ。
頭にカーっと血が登って、わけがわからなくなった。

「てめえらあっ…明希子のことなんだと思ってやがるっ…」
「あ、あなたには関係ないでしょう!?」

ばあさんがギャンギャン喚く。

「てめえらの好きにできる道具どうぐじゃねえんだよっ…明希子は、自分の意志いしを持った人間にんげんなんだよっ」
「行信くんっ…」

明希子がボロ泣きしながら、俺を止める。

「なんだよっ…言わせろよっ…」
「もういいっ、この人達に何言っても通じないっ…」
「まーっ…まーっ…あやしいと思っていたのよ!こんな漁師りょうし乳繰ちちくり合ってたなんてっ…さすがあの女のむすめだわっ」

ばあさんがとんでもないことを言い出した。

「なんだと…?」
「まあっ…何よその目は!警察けいさつ呼ぶわよっ…誘拐ゆうかいだわっ!誘拐っ!!」
「呼べばいいだろ。俺はなんにもやましいことなんざしちゃいねえぜ?」
「まあっ…うちの孫とかげでコソコソ乳繰ちちくり合ってるじゃないのっ。母親とそっくりねっ」
「どこに証拠が?ばあさん欲求不満よっきゅうふまんか?俺は今日まで指一本、こいつに触れてないぞ?」
「あんたみたいな漁師の言うことなんか、信じるわけ無いでしょう!?」
職業差別しょくぎょうさべつかよ。農家のくせによお。何様なんだてめえらは?」
「まあっ…まあっ…なんという口のき方っ…」
「はあ?口の利き方だあ?そんなもんより、明希子のこのほおの言い訳どうするんだよ?これは暴力のはっきりとした証拠だろうが!それにさっき、あんたが殴ったのも、この目でしっかり見たからな!」

にらみつけたら、ばあさんはひるんだ。

「そ、それは……」
「おい、明希子。それ誰にやられたんだ?」
「…おじいちゃん…」

おい。父親じゃなかったのかよ…

「その人と結婚しなきゃいけないって言われて…いやだって言ったら殴られて…家に閉じ込められた」
「なにをそんなうそ言ってるのよっ…あの女のむすめの言うことなんか、誰が聞くもんですかっ…」
「そ、そうだぞ!俺は明希子のことなんか殴っていないからなっ…」
「黙れ!くさ外道げどうが!」

こいつら、人間じゃねえ。

「おい、明希子」
「え?」
「助けてってちゃんと言えたから、これからは俺が守ってやる」
「…行信くん…」
「いいか?こいつらの言うことなんか、絶対聞かないでいいからな?」
「まっ…まあ!何を勝手にっ…!」
「黙れ!因業いんごうババア!」

一喝いっかつすると、高木たかぎがワナワナしだした。

「ちょっと…話が違うじゃないですか。これは父親になぐられたって、僕には説明しましたよね?」
「あ…た、高木さん、こんな子の言うことなんか…」
「こんな子…?そんなものを俺に押し付けようとしたのか!不良物件ふりょうぶっけんじゃないかっ…!」
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