夏の終り

野瀬 さと

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「何言ってるんだ…おまえ、そんなこと今まで一回も…」
「もう何社か面接行ってるんだよ。結果は芳しくなかったけど」
「何をバカなこと言ってるんだ!」

枕元にあった文庫本を投げつけてきた。

「…まあまあ…。拓ちゃん、落ち着いて」

柊二さんが拓にいの肩に手を置いて宥めようとしてる。

「柊二、悠人を連れて帰って」
「拓ちゃん…」
「こんなところ、来ちゃだめなんだっ…」

柊二さんは困った顔をして、俺を見た。

「柊二さん、ちょっと出てて貰ってもいい?」
「え?」
「拓にいとちょっと、話しがしたいから」
「でも悠人くん…」
「興奮させないよう、気をつけるから」
「…わかった…」

柊二さんは病室をそっと出て行った。
しばらく、拓にいが黙って項垂れてるのを眺めてた。

肩が震えてる

「帰れ…帰ってくれ…」
「……拓にいと暮らすためだよ」

拓にいのベッドに近づくと、肩に触れた。

「…駄目だ…東京に、帰れ…」
「拓にいの家も、建て直す。その家でふたりで暮らそう?」
「何言ってるんだ…おまえみたいな若いやつが、何を考えてるんだっ…」

怒鳴りつけるように言うと、俺の手を払い除けた。

「拓にいのこと」

まっすぐ、目を逸らさないで言ってやった。

「え…?」
「拓にいのことしか、考えられないんだよ」

驚いて見上げた顔を、じっと見つめた。


あの日から、窶れたまま。
更に細くなった顎に指で触れた。

「去年の夏、拓にいが俺にしたこと……」

拓にいは、さっと目を逸した。

「忘れることなんてできない」

こんな言い方をして、ずるいとは思う。
でも、拓にいだってずるかったと思う。

ただ、寂しさを埋めるための行為だったのかもしれない。
誰でも良かったのかもしれない。


あの人の…
拓にいには触れることができないあの人の、身代わりだったかもしれない。


「傍に…居たいんだ」


それでも、いいんだ。
俺のこと好きじゃなくても。
なんでもいい。


俺が、拓にいの傍に居たいんだ


「バカ…一体いくつ離れてると思ってんだ…」
「十個と…あとわかんねーや」
「男同士だぞ……」
「男同士なのにあんなことしたの、拓にいじゃん」
「それは……」
「言っちゃおうかな…親戚のおじさんおばさんたちに」
「悠人っ…!」
「それが嫌だったら」

拓にいの顔を両手で掴んで上げさせた。

「俺と一緒に暮らして?」

じっと見ていると、潤んでくる瞳。
真っ赤になった鼻の頭に、キスをした。

「悠人……」

ぽろりと溢れた涙を見て、唇にキスした。






この日から、拓にいはめきめき回復した。
リハビリも頑張って、薬物中毒の克服のための会にも入った。

俺も、就職活動を頑張って、夏休み中に内定を取り付けることができた。








夏が、終わる───








9月の終わり。
夏休みが終わるから、おじさんの家から引き上げることになった。

拓にいはだいぶ元気になって、隔離病棟から一般病棟に移ることができた。

こっちで過ごす最後の日、外出許可を申請してみたら、なんとか通ったから外に連れ出した。

オンボロの中古車で迎えに行くと、拓にいは複雑な顔をして車に乗ってくれた。

「おまえ、これ…買ったの?」
「うん。拓にいの車は、おじさんとこの真くんが乗ってるし。就職したらどうせ買わなきゃいけなかったしね」
「そんな金、どこから……」
「ん?すげえバイト頑張ったもん」
「自分で買ったのか!?」
「だって俺、もともと趣味が貯金だし」

また複雑な顔をして押し黙ると、車窓から外を見た。

「…無理してんじゃねーよ…大学生のくせに…」
「拓にいこそ…おっさんの癖に、口うるさいんだから…」
「おまえ、生意気」
「もう社会人だもん」

ぶすっとしてしまった拓にいが、なんだか可愛かった。

「…家、行ってみる?」

拓にいは暫く黙っていたけど、外に顔を向けたまま小さく頷いた。


病院から、拓にいの家だった所までは一時間ほどかかった。

家の前の広場だったとこに車を入れると、拓にいはじっと家だった場所を見ていた。

シートベルトを外して、ハンドルに体を凭れさせながら俺もその場所を見つめた。

「…焼け跡は、おじさんたちが手配して片付けたよ」
「うん…」

その場所には、今はもう草が生い繁っていて。
時々、おじさんが来て除草するんだけど、どうにも間に合わないみたいだった。

「…なにも…残ってなかったって…」
「…そっか…」

母屋にあったものは、尽く焼け落ちて。
残ったのは納屋と車庫だけ。

あの火事の後、拓にいは暫く会話をすることもできなくて。
通帳やいろんな諸手続きは、おじさんやうちのかあちゃんが来て代行した。

だから、なんとか失ったものは最小限にはできたと思うんだけど…

「悠人…」
「ん…?」
「悠人はその…知って、た?征一郎のこと…」

前を見たまま、拓にいは俺を見ないで質問してきた。

「…うん…知ってた…」
「…そっか…見えてたのか…やっぱり…」

この家で過ごした日以来、拓にいとふたりきりでちゃんと話すのは初めてだった。

なんだか、怖い。
でも、ちゃんと話しておかないといけない気がした。

「聞いても、いい…?征一郎さんのこと…」

拓にいはゆっくりと俺の方を見た。

「ああ…」

少しだけ諦めたように、息を吐き出した。


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