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しおりを挟むあの人は…
拓にいのおじさんとおばさんが亡くなってから現れるようになった。
ひとりぼっちになってしまった拓にいの傍に、ずっと居てくれたそうだ。
「…なにをそんなに悲観してたんだって、今なら思えるけど…。あの時の俺は、本当に絶望しか感じていなくて…」
少しだけ拓にいは俯くと、ぎゅっと拳を握った。
「こんな性癖持ってて。こんな田舎で誰にも理解されないで、一生ひとりで…生きて行くことに、絶望しか感じなかったんだ…」
こんな性癖…
拓にいは、もともと男の人しか好きになれなかったんだ。
女の人とも付き合ったことはある。
でもどうしても、最後の一線は超えられなかった。
自分には無理だったと、拓にいは泣いた。
まだ両親が生きてるうちに、故郷を出ることも考えたことがある。
でも、拓にいは臆病で。それに、自分の性癖も認めることができなかったから、どうしても出ることができなかったと。
そんなときに、拓にいの両親は事故で亡くなった。
家を出て都会や外国で一人暮らしすることも考えた。
でも、両親が眠るこの地を離れるのも、どうしようもなく怖い。
「…誰かに拒絶されたらって思うと、怖くて…」
今まで性癖以外はなんの障害もなく、順調に流れた人生。
ここからはみ出るのも怖かった。
どうして自分はひとりなんだろう
どうして親は自分のこと連れて行ってくれなかったんだろう
そう思うようになった時、あの人は拓にいの前に現れた。
「ただ…そばに居てくれたんだ…」
触れようとしても、触れられない。
実態のない、人間。
「でもそれだけで…俺、生きていけるって…あの時はそう思えたのに…」
数年前、仕事で東南アジアの国に行った。
そこで、拓にいはアヘンを知る。
「全部…忘れられたんだ…」
「うん…」
「後に来る怠さは酷かったけど…でも、あれを吸ってる時だけは、全部忘れられて……」
最初のうちは、長期休みに入るとその国に行ってた。
でも、職場で役職がつくようになると、そんな暇もなくなってくる。
「種を……偶然なんだけど、手に入れて…」
そこからはもう、のめり込んだ。
抽出から精製まですべて一人でやった。
やり方なんて、その気になればいくらでも調べられる。
最初は失敗ばかりだったけど、ここ2年。
真面目な拓にいは、アヘンを作り出すことに成功してしまったんだ。
「…あれを吸うとね…」
「ん…」
「征一郎に会えたんだ…」
それまで、いつ現れるかもわからなくて。
待ってるばかりだったけど、アヘンを吸うとすぐに会えるようになった。
「…それは幻覚だったのかもしれないけど…」
「そうじゃないよ」
「え…?」
「あの人、ずっと拓にいの傍に、居たよ…?」
声が、少し掠れてしまった。
でも拓にいにはちゃんと伝わったみたいだった。
「そ…っか…」
魂の抜けたような顔を俺に向けて、拓にいはまたぽろりと涙を零した。
「悠人にはずっと見えてたのか……」
「まあ…時々。ずっとじゃないよ」
拓にいの頬に触れて、涙を拭いた。
「凄く…心配そうな顔して…俺に、拓にいを頼むって」
「え…?」
「夢の中だったけどね……拓にいのこと抱きしめながら、そう言ってたよ…?」
涙を拭った手を、拓にいは握った。
「征一郎…が、そんなこと…」
あの人は…詳しいことはわからないけど、学徒出陣で出征して。
東京の大学に行ってたんだけど、早い段階で出征させられた。
中国各地を転戦して途中までは連絡があったんだが、戦況の悪化とともに消息は途絶えた。
そしてそのまま終戦を迎えたということだった。
拓にいの家に残っていたのは、戦地からのはがきが数枚と出征前に撮った額に入っていたあの写真。
それと大ばあちゃんが持っていたスナップ1枚だけだったということだった。
どういう状況で戦死したのか…。
おじさんに聞いてみたけど、おじさんの生まれる前のことだから、やっぱりよくわからないんだそうだ。
なんとなく。
水辺で亡くなったんだろうと、思った。
「もしかしたら……」
「え…?」
「あの人も、拓にいと同じだったのかもしれないね」
孤独で…淋しくて…。
でも、どこにも逃げ出すこともできない。
そんな状況だったのかもしれない。
「拓にい…?」
「ん…?」
また俯いてしまった拓にいの頬に触れた。
怯えた子供みたいに、俺の顔を見上げた。
「まだ…怖い…?」
拓にいは答えず、目を逸らした。
「…俺、傍にいるから…」
拓にいが口をきつく引き結んだ。
何かを堪えるように、遠くを見た。
その目は、赤くて。
でも、とても美しくて。
外の明るい陽の光を、キラキラと反射してた。
少し肉付きの戻った頬は、涙で火照って熱くなってた。
その熱が、心地いい。
「…まだ大学生のくせに、何いってんだよ」
「だからあ。もう来年から社会人だってば」
「お前のこれからを、奪うつもりはない。だから、東京に帰れ……」
そうは言ってるけど、拓にいの言葉には力が入ってなくて。
ちょっと強い風が吹いたら、その細い体は倒れてしまうだろうと思う。
だから傍に
「…市内に、アパートを借りるよ」
「悠人…」
「拓にいも元気になったら、復職してね?そんで一緒に暮らして、お金貯めよう」
「だめだ…」
「お金貯めたら、またここに…家を、建てよう」
そっと拓にいの肩を引き寄せた。
ぎゅっと抱きしめると、体から力が抜けて……
俺に身を任せてくれた
それが…
震えるほど、嬉しい
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