THUNDER⚡️ANGELS

幾橋テツミ

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第九章 群雄凶戦譜

望郷のラゼム=エルド〈前編〉

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「…オマエがどうして星主様の名を…!?

 そ、そうだったな…こと負極界の情報に関する限り、何物もその目を逃れることはできねえってか…。

 だ…だがよ、キミはあくまで地球人──い、いや半分異世界ペトゥルナワスの血が流れてるらしいが…なんだから、あくまで恋のお相手はそっちで見つけるのがスジってもんじゃねえのかい…!?」

 これまでの磊落らいらくな態度とは真逆の狼狽ぶりを見せるラゼム=エルドに一瞬驚いたような視線を向けたものの、すぐに合点がいった表情になった太鬼真護は腕組みしながら申し訳なさそうに応える。

「そうか…ズバリとご指摘されてはじめて気付きましたがたしかにそうですね…。

 もちろん地上ここにも異世界あそこにも魅力的な女性はたくさんおられ、私自身心どころか魂を奪われ方々も数多くいらっしゃることは事実なんですが、私とほぼ同年齢という若年でありながら一つの惑星の〈主〉という、いわば最も神に近い位置に堂々と鎮座しておられる高貴な精神性と美麗なる御姿にはやはり魅了されずにおられませんでしたね…」

「……」

「しかも…これはここで口外すべきことではないのかもしれませんが、あなたが抱いているであろう一つの誤解を解くためにも、やはり申し上げておくべきでしょう…。

 ──実は、既にわたくし太鬼真護は誠に畏れ多いことながらティリス星主様と一種の〈精神的接触〉を持たせて頂いております…いや、正確には…」

「──な、何だとッ!?

 オ、オイッ、まさかオレが何も知らねえと高ァ括って大フカシこいてんじゃねえだろうなッ!?

 そもそも今自分が何を喋ってんのかホントに理解してんのかよッ!?

 当たり前の話だが、生粋のペティグロスの星民であってもあのお方と言葉を交わすことなんざ、たとえ千年代を重ねたってあり得ることじゃねえんだぜッ!?

 しかもテメエは完全な〈外星人〉で、しかも十何光年も星の海を隔てた地球っていう辺境惑星で暮らしてるんだろうがッ!

 いッ、一体どんな魔法を使ったらそんなオマエが星主様と接点が持てるっていうんだよッ!?

 ──なあそうだろうがッ!?

 天地に誓って嘘じゃねえって言い張るんなら、どんな方法で成し遂げたのか今すぐ言ってみろよッッ!?」

 殆ど恐怖に近い決定的な戦慄に凍り付いた“ペトゥルナワス最強戦士”にがっしりとした左手で右肩を掴まれ激しく揺すぶられる真護であったが、あくまで冷静な表情を保ち丁寧な口ぶりで宥めるかのように説明する。

「方法と言われましても困ってしまいますが、事実のみを申し上げると致しましょうか…。

 …!

 現在は休止中とはいえ、通例上定期的な異世界遠征参加という特異な環境下にあるわれわれ星渕特抜生にとっていわば常態化した慣習なのですが、私とて例外ではなく就寝前の瞑想それは一日を締めくくるにあたり欠かせぬルーティンなのですが…」

「……」

「あえて心当たりがあるとすれば、あくまでも仲間の意識の矢印ベクトル異世界ペトゥルナワスに向けられているのに対し、松神理事長ですらご存じない負極界を常にフォーカスしていたということなのですが…」

「いやちょっと待て…その前にキミが負極界を認知した経緯を知りたいね…!」

「なるほど、そこをスキップしていきなり核心に入るのは片手落ちというものですね…分かりました──ならば物心ついた時から、と申し上げれば信じて頂けますか?

 実は私の母親は絵画彫刻何でもござれの奇妙奇天烈な幻想芸術を生業にしているのですが、その題材の殆どを彼の地の風物から拝借しているらしく、幼い私にも四惑星の物語を子守唄代わりに聞かせてくれたものなのですけれど、何より幼いわが子に接する母親にはふさわしからざるというしかない取り憑かれたような口調と相俟って、私にはただただ恐ろしく、未だトラウマになっているほどなのですよ…」

「──奇妙奇天烈とは聞き捨てならねえが、たしかに地球人目線だとそのフシはあるな…。
 
 特に第一惑星ガズムオル第四惑星アクメピア地球こことは似ても似つかぬ、それこそ異世界としか形容のしようがねえからなあ…いや、そんな生易しいモンじゃねえか。

 もしTVで中継でもしようものなら、それこそ地獄か魔界にしか見えずにショック死する奴が大量に出るんじゃねえの…?」

「──それは全く同感ですね。

 だからこそ第二惑星リュザーンド第三惑星ペティグロスがあたかも“未来の地球世界”を先取りしているかのごとき絢爛たる様相を呈しているのにより一層深い感銘を覚えるわけですが…」

「別に疑ってたワケじゃねえが、どうやらほんとうに負極界あそこが視えてるようだな…」

「痛み入ります」

「…ではいよいよ、星主様との交流の内容とやらを聞かせてもらうとしようか…!?

 だがその前に一つだけ確かめておきたいことがある…。

 ──…!?」

 詠斗エルドらしからぬ探りを入れるような視線と物言いに真護が「ああ、そういえば…」と思い当たるような表情を示した時、その彫りの深い精悍な表情は一気に絶望の翳りを帯びた!

「い…いたのかッ?子供がッ!?」

「ええ…

 ──あれはどこだったかな?

 ああ、そうか…ちょっと憚られますが、たしか星主宮のプールサイドじゃなかったかな…。

 尤もお恥ずかしながら、その時はかなり露出過多の星主様の水着姿に目を奪われてしまい、その坊やにまで注意を向けきれなかったというのが正直なところなのですが…」

 ここで怪少年がはじめて見せたといっていいはにかんだ表情に明瞭な殺意を抱きつつも、どうしても究明せねばならぬ事情がラゼム=エルドにはあったのだ──何故ならば、出来心というには余りにも邪な淫欲によって星主宮にバラ撒いた50数個もの超高性能の【飛翔式諜報監視装置】は、例のを盗撮した直後──即ち地球時間にして4ヶ月も以前に受信不能となっていたからである──むろん十中八九イルージェ=カイツの手の者によって発見・没収され、そして犯人が自分エルドであることが即座に特定されているであろうことを確信するがゆえに母星への帰還はむしろ恐怖を伴わずして想像すらできぬ心境にまで追いやられていたのである…。

「──マジかよ…!?

 じゃあ、その子の名を耳にすることはなかったってか…。

 なら、何でもいいから肉体的な特徴で印象に残ってるものはないかッ!?

 ムリは百も承知だが、思い出してくれればほんとうに助かるッ!

 頼むッ、どうか記憶の中から探し出してくれッッ!!」

 この異様な熱意が途轍もなく滑稽なものであり、もし真護が無慈悲で冷笑的な性格であればここで爆笑してもおかしくはなかったが、幸いにも期待に応えるべく瞑目し、記憶の倉庫をまさぐる表情はあくまで真摯なものであった。

「そうですね…あの時真っ先に思ったのは、随分年の離れた弟がいるんだな、ということだったんですが…。

 たしかに肉親同士とは微妙に異なるよそよそしさ…この表現は些か不謹慎ですが、──…」

「……」

「それで星主様もすっかり動揺されてしまい、丁重過ぎるほどの謝罪の言葉を賜ってその日の交信は打ち切られたのですが…ああ、あの子の容貌が鮮やかに瞼の裏に蘇ってきた──そう…プラチナブロンドの柔らかな髪、エメラルドを彷彿とさせる円らな瞳、そして搾りたてのミルクのような白い肌…この上なく可憐でまさに生ける天使とはこの子のことを言うのだろうと大いに感じ入ったものでしたっけ…」

「……」

「それで名前は…そうだ、思い出した──

 …」

 顔面を紅潮させて奥歯をギリギリと噛みしめるに留まらず、はっきり窺えるほど全身を細かく震わせていた網崎詠斗が聴き終わった瞬間、何もかも失った絶望者のごとき重いため息を吐いた──どうやらこの〈報告〉は彼にとって苛烈極まる拷問そのものであったのであろう…。

 そして長い沈黙の後、発せられた声音は病者のようにか細かった。

「ありがとう…感謝するよ。

 これで全てスッキリした。

 それじゃ…誠に勝手で恐縮しきりだが、星主様がキミに何を求めてきたのかを聞かせてもらっていいかな…!?」

 傍目にも無残なほどに打ちのめされた“ペティグロス最強戦士”を気遣ってか一旦間を置いた真護であったが、どの道語らずに済まぬのだからと思い直して話しはじめる。

「正確にありのまま申し上げますと、史上最大のにあるペティグロスを立て直すために力を貸してほしいということでしたね…」

「バカな…どうして母星の危機を救うのによりにもよって外星人よそものを頼らなきゃならねえんだよ…!」

「……」

「…で、当然それに返事したんだよな?

 一体どう答えた?

 どこまで厚かましい野郎だと内心閉口してるんだろうが、ペティグロスの防衛に命を張ってきた軍人としてどうしても確認しておく必要があるんだ──悪く思わねえでくれ…」

 されど首肯した相手の返しはまるでラゼム=エルドの気負いを霧散させるかのように不可解なものであった。

「こうなった以上一切隠し立てせず申し上げますと、仮にOKした場合はわざわざ私向けにペティグロス行きの小型宇宙艇を差し向けて下さるということもあり、そしてむろん星主様ご自身の美しさに魅了されたこともあって軽率にもその気になってしまったんですが、いわば帝界聖衛軍に籍を置く身として血迷ったとしか思えぬこの軽挙妄動を聖剣皇に厳しく咎められまして…断腸の思いでお断りしました」

「……」

 事実はむろんこれとは異なり、今朝早く魔霊バアル=シェザードと一体化したことによって星主ティリスのために粉骨砕身する覚悟であった昨日までとは太鬼真護が弄した虚言に過ぎなかったのだが、事情を知らぬ防衛軍々人は単純にも鵜呑みにしてほっと安堵した様子であった。

「…しかし、あの星主様にそれほど強力な精神感応テレパシー力が備わっていたとはな…。

 やはり全星民の頂点に立つ存在として、母星が存続の危機に追い詰められた場合は並外れた特殊能力が発現するってことなのか…?

 しかしオレたち誇り高き戦士にしてみりゃ、これは恥辱以外の何物でもない…星主様にとって、防衛軍われわれはそこまで頼りない存在だったのかよ…!?

 だがまあそれは今後の反省材料とするとして、どうしても解せんのは、は失礼ながらキミよりも上司の聖剣皇に送るのが順当だと思うんだが…」

「…それは全くその通りだと思います。

 ですがひょっとすると…。

 ああ、それから言い忘れてましたが、つい先日第四惑星アクメピアが負極界からの独立を宣言したようです。

 ちなみにレイガル氏とは真逆の施政方針である彼の惑星は先見の明あってか帝界聖衛軍われわれと同盟関係にありますから、ここでの歴史的決断には本格的に負極界の動乱に楔を打ち込むべく立ち上がった聖剣皇の強力な後押しがあったと見て間違いないでしょう…!」

「アクメピアが…独立しただとッ…!?」

 大教帝ババイヴ時代には考えられもしなかったこの衝撃事態に呆然となるエルドであったが、それよりも歴戦の勇者である彼の危機本能を刺激したのは別の危険性であった。

 されどさすがにそれを口にするのにはためらいがあったと見え、こう訊ねるのにたっぷり1分弱を要したのである…。

「──つかぬことをお伺いするがよ、…?」




 


 

 

 

 

 

 



 
 

 
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