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第九章 群雄凶戦譜
望郷のラゼム=エルド〈後編〉
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「はあ…たしかそのはずですが。
それが何か…?」
主旨は理解しているくせに空とぼける反応は予想済みなのか、事実だけを確認した詠斗は「いや、別に…」とだけ答えて口を噤む。
そしてしばらく続いた沈黙を太鬼真護が静かに破った。
「…今度は私に質問させて頂けますか?」
一瞬怯んだかに見えたラゼム=エルドが気を取り直して頷く。
「ああ、いいぜ…オレに答えられるお題ならな…」
「ありがとうございます。
それではお伺いしますが、何故カイツは腹心のウィラードだけでなくもう一隻の、しかも遥かに性能が劣る宇宙戦艦を遠征に帯同させたのでしょうかね…?」
この質問は文字通り相手の意表を衝いたと見え、うっと呻いた詠斗が咎めるような視線を助手席に向ける。
「何だよ?何でそんなことを訊く?
想像すりゃあ分かるじゃねえか、イザという時、ウィラーク艦の矢面に立って敵を殲滅するために決まってんだろが…!?」
「──果たしてそうでしょうかね?
ならば重ねてお訊ねしますが、何故ジェン=ギルガ氏がこの損な役回りを押し付けられているのでしょう…?」
「……」
沈黙する相手の返答を待つまでもなく、怪少年は自己の見解を披歴する。
「つまり、これは罰なのです。
実はギルガ氏は本来ならば死刑になっても不思議はないほどの重罪を犯したにもかかわらず、身柄を拘束されることもなくこの奇妙な地球遠征の責任者の一人に任命されたのです──おかしいと思われませんか?」
「あの准星将が、死罪に値する人物だとッ!?
バッ、バカなッ!一体何の証拠があってそんな戯言をッ…」
よほどのショックを受けたものか、防衛軍における役職を叫んだエルドにあくまで冷静な真護が説明する。
「──イルージェ=カイツ暗殺計画の首謀者と申し上げれば納得して頂けますかね?
もちろん計画は(残念ながら)実行寸前に察知されて未遂に終わり、標的であるカイツ自身によって悪魔的な刑罰が案出されたのでした…」
「そこがどうにも分からねえ…何で小型戦艦の艦長になって地球まで遠征して来るのが死刑に匹敵する刑罰なんだよ?」
「それが二度と故郷の土を踏むことの叶わぬ帰らざる旅路であるからです──しかも、ギルガ氏はある仕掛けによって自殺することすら禁じられている…」
「……!?」
「そう…まさに艦長にとって最大の心理的圧迫となっているのが、もし自死した場合…いや試みてすらペティグロスに残した肉親に累が及ぶということでしょう…!」
「ぐッ…何て陰険な仕掛けを…。
まさにあの鬼畜野郎ならではの非道なやり方だぜ…。
だ、だがよ、たかがと言っちゃなんだが、准星将一人に地獄を味わわせるのにあの吝嗇なカイツがそれだけのコストをかけるもんか?
今さらキミの情報収集力を疑うつもりはねえが、何か裏があるような気がするんだがな…?」
「鋭いですね…そうなのです。
実はあの艦にはカイツが送り込んだおそるべき人物が搭乗している。
エルドさんならむろんご存知でしょう、
“黒蛇星爵”ジェスラ=ルギオムを…!」
「なッ、何ィッ!?
あ、あの黒蛇がギルガ艦に乗ってるだとォッッ!?
そんなはずはねえ…何故ならアイツは無二の相棒且つ最強の用心棒として常に影のごとくカイツに寄り添っているからだッ!」
「その通りです──たしかにこれまでは。
ですが、長過ぎた蜜月の反動か、二人の間には最近意見の相違が目立ってきているようでしてね…」
「…意見の相違?」
「はい。中でも特筆されるトピックが綻びの見えはじめた星主制への対応策とカイツにとって最愛の存在であろう【聖紋石の巨神】完成後の運用に関してなのですが…」
「……」
「要するにルギオムにとって最大の懸念点を一言で表せば、盟友の考えがあまりに性急で過激にすぎるということなのですね。
そもそも大教帝追放後、一気に深刻の度合いを増した負極界の不安定化に拍車をかけるカイツの政策への違和感に由来する不信感が、以前であれば瞬時に感知し潰滅させたはずのギルガの計画への対応の遅れに如実に現れたと赫怒されたようです…」
「なるほど…だが信じられねえな、あの二人が仲違いかよ…。
よく軍仲間の冗談で、たとえ全星民を皆殺しにしても召使いとして黒蛇だけは残すんじゃねえかって嗤い合ったモンだが…。
しかし銀魔星の脅威に曝されてる今、傍にアイツがいなくてもカイツの野郎は心細くねえのかな?」
「…現在のカイツは文字通り蟻の子も這い込めぬ星霊道院総本山地下の天晶核に入り浸り、間近に迫った聖紋石の巨神の完成に向けて技術陣を追い立てる日々のようですから、身の危険など感じるヒマもないと思いますよ。
むしろそれを痛感しているのはルギオムの方でしょう。
わざわざこの地獄ツアーに組み込まれたということは、課されたミッションが反逆者の監視のみとは到底思えませんからねえ…例えばD‐EYESが返り討ちにされた場合、われわれを仕留めるために地上に降りてくることは十分考えられるではありませんか…?」
「…まさか、あの黒蛇星爵と地球くんだりまで来てやり合うことになろうとは夢にも思わなかったぜ。
しっかし、これでいっぺんに気が重くなりやがった…。
何故ならアイツの強さは尋常じゃねえ…もしババイヴとタイマン張ったってヘタしたら勝つんじゃねえかってオレはマジで思ってる。
人によっちゃこのラゼム=エルドを“ペティグロス最強戦士”なんてな~んにも出ねえのに持ち上げちゃってくれてる奇特な御仁もいるらしいが冗談じゃねえ…真の最強はあの猛毒野郎だよ──まあニュアンスは“最凶”の方かもしれんが…。
なあ、太鬼君…もちろんレイガルにも伝えるつもりだが、装備ばっか一丁前で中身空っぽのガキ戦隊なんざサッサと血祭りに上げて、強力トリオで黒蛇狩りに臨もうや…!
…だが、あの温厚なギルガ准星将がそれほどまでの愛星心溢れる熱い正義漢だとは思わなかったぜ…。
ということは、まだまだペティグロスも捨てたもんじゃねえのかもしれねえな…!!」
それが何か…?」
主旨は理解しているくせに空とぼける反応は予想済みなのか、事実だけを確認した詠斗は「いや、別に…」とだけ答えて口を噤む。
そしてしばらく続いた沈黙を太鬼真護が静かに破った。
「…今度は私に質問させて頂けますか?」
一瞬怯んだかに見えたラゼム=エルドが気を取り直して頷く。
「ああ、いいぜ…オレに答えられるお題ならな…」
「ありがとうございます。
それではお伺いしますが、何故カイツは腹心のウィラードだけでなくもう一隻の、しかも遥かに性能が劣る宇宙戦艦を遠征に帯同させたのでしょうかね…?」
この質問は文字通り相手の意表を衝いたと見え、うっと呻いた詠斗が咎めるような視線を助手席に向ける。
「何だよ?何でそんなことを訊く?
想像すりゃあ分かるじゃねえか、イザという時、ウィラーク艦の矢面に立って敵を殲滅するために決まってんだろが…!?」
「──果たしてそうでしょうかね?
ならば重ねてお訊ねしますが、何故ジェン=ギルガ氏がこの損な役回りを押し付けられているのでしょう…?」
「……」
沈黙する相手の返答を待つまでもなく、怪少年は自己の見解を披歴する。
「つまり、これは罰なのです。
実はギルガ氏は本来ならば死刑になっても不思議はないほどの重罪を犯したにもかかわらず、身柄を拘束されることもなくこの奇妙な地球遠征の責任者の一人に任命されたのです──おかしいと思われませんか?」
「あの准星将が、死罪に値する人物だとッ!?
バッ、バカなッ!一体何の証拠があってそんな戯言をッ…」
よほどのショックを受けたものか、防衛軍における役職を叫んだエルドにあくまで冷静な真護が説明する。
「──イルージェ=カイツ暗殺計画の首謀者と申し上げれば納得して頂けますかね?
もちろん計画は(残念ながら)実行寸前に察知されて未遂に終わり、標的であるカイツ自身によって悪魔的な刑罰が案出されたのでした…」
「そこがどうにも分からねえ…何で小型戦艦の艦長になって地球まで遠征して来るのが死刑に匹敵する刑罰なんだよ?」
「それが二度と故郷の土を踏むことの叶わぬ帰らざる旅路であるからです──しかも、ギルガ氏はある仕掛けによって自殺することすら禁じられている…」
「……!?」
「そう…まさに艦長にとって最大の心理的圧迫となっているのが、もし自死した場合…いや試みてすらペティグロスに残した肉親に累が及ぶということでしょう…!」
「ぐッ…何て陰険な仕掛けを…。
まさにあの鬼畜野郎ならではの非道なやり方だぜ…。
だ、だがよ、たかがと言っちゃなんだが、准星将一人に地獄を味わわせるのにあの吝嗇なカイツがそれだけのコストをかけるもんか?
今さらキミの情報収集力を疑うつもりはねえが、何か裏があるような気がするんだがな…?」
「鋭いですね…そうなのです。
実はあの艦にはカイツが送り込んだおそるべき人物が搭乗している。
エルドさんならむろんご存知でしょう、
“黒蛇星爵”ジェスラ=ルギオムを…!」
「なッ、何ィッ!?
あ、あの黒蛇がギルガ艦に乗ってるだとォッッ!?
そんなはずはねえ…何故ならアイツは無二の相棒且つ最強の用心棒として常に影のごとくカイツに寄り添っているからだッ!」
「その通りです──たしかにこれまでは。
ですが、長過ぎた蜜月の反動か、二人の間には最近意見の相違が目立ってきているようでしてね…」
「…意見の相違?」
「はい。中でも特筆されるトピックが綻びの見えはじめた星主制への対応策とカイツにとって最愛の存在であろう【聖紋石の巨神】完成後の運用に関してなのですが…」
「……」
「要するにルギオムにとって最大の懸念点を一言で表せば、盟友の考えがあまりに性急で過激にすぎるということなのですね。
そもそも大教帝追放後、一気に深刻の度合いを増した負極界の不安定化に拍車をかけるカイツの政策への違和感に由来する不信感が、以前であれば瞬時に感知し潰滅させたはずのギルガの計画への対応の遅れに如実に現れたと赫怒されたようです…」
「なるほど…だが信じられねえな、あの二人が仲違いかよ…。
よく軍仲間の冗談で、たとえ全星民を皆殺しにしても召使いとして黒蛇だけは残すんじゃねえかって嗤い合ったモンだが…。
しかし銀魔星の脅威に曝されてる今、傍にアイツがいなくてもカイツの野郎は心細くねえのかな?」
「…現在のカイツは文字通り蟻の子も這い込めぬ星霊道院総本山地下の天晶核に入り浸り、間近に迫った聖紋石の巨神の完成に向けて技術陣を追い立てる日々のようですから、身の危険など感じるヒマもないと思いますよ。
むしろそれを痛感しているのはルギオムの方でしょう。
わざわざこの地獄ツアーに組み込まれたということは、課されたミッションが反逆者の監視のみとは到底思えませんからねえ…例えばD‐EYESが返り討ちにされた場合、われわれを仕留めるために地上に降りてくることは十分考えられるではありませんか…?」
「…まさか、あの黒蛇星爵と地球くんだりまで来てやり合うことになろうとは夢にも思わなかったぜ。
しっかし、これでいっぺんに気が重くなりやがった…。
何故ならアイツの強さは尋常じゃねえ…もしババイヴとタイマン張ったってヘタしたら勝つんじゃねえかってオレはマジで思ってる。
人によっちゃこのラゼム=エルドを“ペティグロス最強戦士”なんてな~んにも出ねえのに持ち上げちゃってくれてる奇特な御仁もいるらしいが冗談じゃねえ…真の最強はあの猛毒野郎だよ──まあニュアンスは“最凶”の方かもしれんが…。
なあ、太鬼君…もちろんレイガルにも伝えるつもりだが、装備ばっか一丁前で中身空っぽのガキ戦隊なんざサッサと血祭りに上げて、強力トリオで黒蛇狩りに臨もうや…!
…だが、あの温厚なギルガ准星将がそれほどまでの愛星心溢れる熱い正義漢だとは思わなかったぜ…。
ということは、まだまだペティグロスも捨てたもんじゃねえのかもしれねえな…!!」
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