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結末

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 そうか、そうだよな。昨日、あんなに優しかったのも、僕をナンパしたいだけのことだったんだ。外国人の旅行者をひっかけて、一夜限りの都合のいい遊びをしたつもりが、まさかの同僚。それは、困るよな。僕は、やっぱり人間関係って難しい、と暗い気持ちに突き落とされた。ああ、やっぱり、人に気をゆるすんじゃなかった。
 知らない人についていっちゃいけないなんて、子どもでも教えられていることだ。なのに僕は、何を浮かれていたんだろう。いくら傷心旅行だって、旅の恥はかき捨てだって、勤務先の近所で、あんなことするんじゃなかった。それも、いつもそういうことをしているならともかくも、あんなことになったのは初めてだったのに。
 しかし、ここから逃げかえるわけにもいかない。せめて事務員に言って、部屋を変えてもらうことはできまいか。
 僕がそこまで思いつめたとき、彼が顔をあげて、僕に言った。
「あなたと同室なんて、仕事にならない」
そう言って僕に近づくと、両腕を広げて僕を抱いた。
「ごめんなさい。とても我慢できそうにない。昨日のことを思い出してしまって」
彼は、僕の身体を抱きしめながら、切なそうに、そう言った。
「でも、我慢します。許してください」
そんな風に言われると、僕まで我慢できなくなりそうだった。
「だめですよ。こんなところで」
僕は彼を押し戻す。自制しなくては。
「そうですね。わかっています」
彼は咳払いした。僕は彼を気の毒に思い、
「今日、仕事が終わったら。ね?」
と、彼をなだめるように言った。
「はい。わかりました」
彼は素直に答えた。
 滞在中に、僕はお尻のバージンを喪失するのだろうか。それはいつのことだろうか。昨日の具合からいって今夜はまだ無理そうだ。でも、時間はあるのだから。と僕は、僕に与えられた机のパソコンを開きながら、上の空で考えた。

(了)
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