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第一章 学校と洋講堂にて
エロース
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瑶には、自分が潤に愛されるための特段の理由が思い当たらなかった。だから、潤の瑶にしかけた行為が、よくても、衝動的な欲望によるものにしか思えなかった。あるいは、興味本位で自分をつけてきた愚かな輩に対する、からかいの反撃か。それならまだしも、不特定な人物への常習性の淫行、という疑いすらあった。
潤が、瑶に対して、以前から何らかの思い入れがあった可能性を期待するほど、瑶は自信がなかった。瑶が、潤に、ひそかに魅かれていたように、潤も瑶のことを前々から気になっていたのだったらいいのに。喫茶室の大正ロマン的雰囲気もあいまって、瑶は年相応のロマンスを望んだ。こんな美少年に愛されるのだったら、むしろ、異性との恋よりも、ずっとストイックゆえに官能的だ。
あまりにもスムーズに誘導されたので、瑶は、潤が、うわさどおり、恋愛行為、というより性的行為に、慣れていると感じた。
「俺は、本当は、セクシャルなことがしたいわけではないのかもしれない」
潤は、学者のように考えこんだ。
「つまり、俺は、恋愛とかなんとかには、うんざりしてるんだ」
潤が、まるで瑶の期待を見透かしたかのように言った。そして、
「ロマンチックな恋愛をご所望なら、ほかをあたって」
潤は、手の平をひらひらと振って、瑶に言った。
「ただ肉の欲求を満たしたいというなら、それはそれで、検討するけど」
潤は、肩ほほをあげて冷笑した。
そんなふうに皮肉を言われても、瑶は、潤をつけねらう上級生たちが、潤に具体的に何を要求しているのかさえも、実は、よくわかっていなかったくらいなので、ピンとこなかった。
「潤は、上級生たちにも、そんな風に言っているの?」
上級生にもこんな失礼な言い方を、してはいないだろうと思うけれど、潤のことだからわからない。
「瑶は、俺のこと、ストーキングでもしてるの?」
潤は、瑶が信頼できる人間かどうか値踏みするかのように、瑶の姿をじっと見た。
日ごろのうわさから、瑶は、潤が情緒不安定だという印象を持っていた。潤に心ひかれている身としては、潤になるべく近づきたかったが、あまり近よらず、遠くから見ているだけのほうが安全だろうと、ふだんは賢明な判断をしているつもりだった。
なのに、なぜ、今日にかぎって、潤の後をつけ、さらに、誘われるまま喫茶室についてきてしまったのだろう。好奇心にあらがえなかったせいもある。潤の誘い方が自然で巧みだったせいもあった。それに密室で、いきなり二人きりになるとは予測していなかった。
潤の方は、計画的に誘ってきた可能性があった。瑶は、潤が、また何かしかけてくるのではないかと不安になった。今までの潤の言動から推しはかっても、うわさどおり、性的に乱れた悪癖の持ち主とも考えられた。
やはり、潤のような面倒な人物と、これ以上かかわらない方がいい、かかわったら、危険なめにあうぞ、と瑶の心で、警鐘が鳴った。
それでも瑶は、なぜか潤を信じていた。自分も信じていた。
潤と、危険に巻き込まれるのなら、いっしょに巻き込まれてやる。そして、乗り越えてみせると思った。それくらい、潤のことを、いつのまにか、愛してしまっていたのかもしれない。単に瑶が若くて愚かで無謀でロマンチストで、英雄的な冒険へのあこがれがあったからかもしれない。あるいは、運命とかカルマとかいうもっと強力な外部からの要因が理由だったのかもしれない。
瑶が潤に心惹かれた、第一の理由は、単純に、ほかの多くの生徒と同様に、潤の美貌と、中性的な、見ているだけでも雰囲気に醸し出される性的な魅力かもしれなかった。
幸か不幸か、これまで、瑶に彼との接点は少なく、自分から近づく勇気もなければ、機会もめぐってくるようには思われなかった。わざわざ危険な香りのする人物に、手痛く傷つけられるようなリスクを負ってまでも、近づこうとは思わなかった。そこまで強い関心はないと、すっぱい葡萄のように思っていたが、いざ二人きりという場面がおとずれると、それまでの、さまざまな冷静な倫理的思考や懸念を吹き飛ばすほどに、ただひきつけられた。それほど、目の前の潤の魅力は、恋愛経験にも性的経験にも免疫のない瑶にとっては圧倒的で、あらがいがたいものだった。魔法にかかったように、瑶は全てに屈服してしまいそうな、おのれを明け渡して征服されそうな危機に直面していた。
「どうしてキスしようなんて、ぼくに言ったの?」
瑶は、湧き上がる期待と、渇求と、そして、しつこく苦い、心を挫くような、錐のように、毒のように、胸を突き刺す、もやもやした疑惑をかかえて問うた。
「瑶が、そう望んでいると思ったから」
「まさか」
瑶は否定した。性的に大胆な行為を、瑶は、意識的には、けして願ってなどいなかった。
「でも、なんらかの好奇心はあったんだろう?」
潤は、否定する瑶に、問いかけた。
「うーん、でも」
瑶の、潤を逃したくない気持ちが、明言するのをはばんだ。なにかつまらないことを言ったら、そっぽをむかれてしまいそうな気がしたから。せっかく潤が瑶に関心を持ってくれた、この機会を逃したくなかった。
「だって、俺に近づくなんて」
潤は、自嘲するように言った。瑶は、潤のさめた表情に、寂しさを感じて、妙に惹かれた。そうだ、瑶は、潤を見ると、切ないような気持ちになるのだった。瑶は、自分の中のわけのわからない切なさと、妙にリンクするような気がして、ここまで潤に引っ張られてきてしまったのだと思った。つまり、そう考えると、少しもロマンチックでなく、つまらないような気もしたが、結局のところ、どこか、精神的に、心理的に引き合うものが、あったのだろう。
なんにせよ、瑶は潤に、身も心も奪い尽くされる予感に、恐れとも期待ともつかず、わなないていた。
潤が、瑶に対して、以前から何らかの思い入れがあった可能性を期待するほど、瑶は自信がなかった。瑶が、潤に、ひそかに魅かれていたように、潤も瑶のことを前々から気になっていたのだったらいいのに。喫茶室の大正ロマン的雰囲気もあいまって、瑶は年相応のロマンスを望んだ。こんな美少年に愛されるのだったら、むしろ、異性との恋よりも、ずっとストイックゆえに官能的だ。
あまりにもスムーズに誘導されたので、瑶は、潤が、うわさどおり、恋愛行為、というより性的行為に、慣れていると感じた。
「俺は、本当は、セクシャルなことがしたいわけではないのかもしれない」
潤は、学者のように考えこんだ。
「つまり、俺は、恋愛とかなんとかには、うんざりしてるんだ」
潤が、まるで瑶の期待を見透かしたかのように言った。そして、
「ロマンチックな恋愛をご所望なら、ほかをあたって」
潤は、手の平をひらひらと振って、瑶に言った。
「ただ肉の欲求を満たしたいというなら、それはそれで、検討するけど」
潤は、肩ほほをあげて冷笑した。
そんなふうに皮肉を言われても、瑶は、潤をつけねらう上級生たちが、潤に具体的に何を要求しているのかさえも、実は、よくわかっていなかったくらいなので、ピンとこなかった。
「潤は、上級生たちにも、そんな風に言っているの?」
上級生にもこんな失礼な言い方を、してはいないだろうと思うけれど、潤のことだからわからない。
「瑶は、俺のこと、ストーキングでもしてるの?」
潤は、瑶が信頼できる人間かどうか値踏みするかのように、瑶の姿をじっと見た。
日ごろのうわさから、瑶は、潤が情緒不安定だという印象を持っていた。潤に心ひかれている身としては、潤になるべく近づきたかったが、あまり近よらず、遠くから見ているだけのほうが安全だろうと、ふだんは賢明な判断をしているつもりだった。
なのに、なぜ、今日にかぎって、潤の後をつけ、さらに、誘われるまま喫茶室についてきてしまったのだろう。好奇心にあらがえなかったせいもある。潤の誘い方が自然で巧みだったせいもあった。それに密室で、いきなり二人きりになるとは予測していなかった。
潤の方は、計画的に誘ってきた可能性があった。瑶は、潤が、また何かしかけてくるのではないかと不安になった。今までの潤の言動から推しはかっても、うわさどおり、性的に乱れた悪癖の持ち主とも考えられた。
やはり、潤のような面倒な人物と、これ以上かかわらない方がいい、かかわったら、危険なめにあうぞ、と瑶の心で、警鐘が鳴った。
それでも瑶は、なぜか潤を信じていた。自分も信じていた。
潤と、危険に巻き込まれるのなら、いっしょに巻き込まれてやる。そして、乗り越えてみせると思った。それくらい、潤のことを、いつのまにか、愛してしまっていたのかもしれない。単に瑶が若くて愚かで無謀でロマンチストで、英雄的な冒険へのあこがれがあったからかもしれない。あるいは、運命とかカルマとかいうもっと強力な外部からの要因が理由だったのかもしれない。
瑶が潤に心惹かれた、第一の理由は、単純に、ほかの多くの生徒と同様に、潤の美貌と、中性的な、見ているだけでも雰囲気に醸し出される性的な魅力かもしれなかった。
幸か不幸か、これまで、瑶に彼との接点は少なく、自分から近づく勇気もなければ、機会もめぐってくるようには思われなかった。わざわざ危険な香りのする人物に、手痛く傷つけられるようなリスクを負ってまでも、近づこうとは思わなかった。そこまで強い関心はないと、すっぱい葡萄のように思っていたが、いざ二人きりという場面がおとずれると、それまでの、さまざまな冷静な倫理的思考や懸念を吹き飛ばすほどに、ただひきつけられた。それほど、目の前の潤の魅力は、恋愛経験にも性的経験にも免疫のない瑶にとっては圧倒的で、あらがいがたいものだった。魔法にかかったように、瑶は全てに屈服してしまいそうな、おのれを明け渡して征服されそうな危機に直面していた。
「どうしてキスしようなんて、ぼくに言ったの?」
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「瑶が、そう望んでいると思ったから」
「まさか」
瑶は否定した。性的に大胆な行為を、瑶は、意識的には、けして願ってなどいなかった。
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