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第一章 学校と洋講堂にて
人形
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二人の間に流れた重苦しい沈黙に、少し言いすぎたと思ったのか、態度を軟化させて、潤は優しく誘ってきた。
「こっちに、きてごらんよ」
潤は、部屋の右手にある、腰程の高さの、楢材の本棚の前に、瑶を連れて行った。木組の丸椅子と、年季の入って飴色になった四角いスツールがあった。どれも自然なワックスの艶があり、よく手入れされていた。
潤は、優雅に椅子の間を歩きながら優しく微笑んで、 瑶に言った。
「いろいろ、綺麗な本があるんだ」
潤が指し示した本棚には、金箔押しや、ノスタルジーを誘う褪めた色合いの、さまざまな布地張りの、凝った装丁の背表紙が並んでいた。
瑶は、その中から適当に、くすんだ薄紫色の布地張りの一冊を抜き出した。写真が多いのか、紙が厚くて、意外に重かったので、本棚の上部に本を置いて広げた。前の方の薄い紙の部分の文字ばかりの解説は飛ばして、厚い紙の写真の頁を開けた。
すると、潤に、冷たい面影や手足の長さがよく似た、綺麗な人形が、目の前の紙面に現れた。ビスクドールと解説にあった。潤は、瑶の手元を覗き込んで言った。
「ああ、その本ね。瑶は、そういうの好き?」
潤は、何度も見て知っているような口ぶりだった。瑶は初めて見た本だから、すぐには答えられなくて、
「潤に似ている」
とだけ言った。
「そうか、嬉しいな。俺、こんな風に見える?」
潤は、顔を寄せてきた。
「うん」
瑶は、紙面に目を落としたまま言った。潤の吐息が耳にかかり、瑶の心臓の鼓動は、高まった。
憂いを含んだ眼差しの、哀愁を帯びた表情の、はかなげな美少年の人形。少女のように愛らしいが少年らしく高慢で、己の所有する移ろいやすい美を、命を犠牲にすることで永遠にとどめることに成功した英雄のように勝利を誇っていた。
「これなんか、瑶みたいだよ」
潤は、甘ったるい口調で言って、ページをめくった。
その人形は、さっきの人形より優しい顔立ちで、少し微笑んでいるように見え、頬は薔薇色だった。
「僕って、こんなに子どもっぽい?」
瑶は少し不満だった。
「え? そう? これ可愛いと思うんだけど」
「でも、さっきの方が、きれいで孤独っぽくて、かっこいい」
「孤独か」
潤は、唇を噛んだ。潤の冷たく無表情な顔が、さらに暗い顔になったので、瑶は、何か悪いことを言ってしまったのかと不安になった。潤が唇を血がにじむんじゃないかと思うほど噛み締めているのは、泣きそうになって、唇が、わなわな震えてしまうのを、抑えて耐えているように見えた。
瑶は心配になって潤の横顔をじっと見ていたが、潤は、見られたくないかのように、顔を背けたので、瑶は、見るのを遠慮して、本の紙面に視線を戻した。
瑶が、また、潤に似た人形を見ていると、ページの下の方に、後ろのページにも、写真解説があると、ページ番号が載っていた。指定のページを開くと、潤に似た人形がテーブルに寝かされている写真があり、瑶は、頁をめくっていった。片側のページには字の解説があった。
次のページでは、人形は、服を脱がされて裸にされていた。
「ふふ」
と、ふいに潤が笑った。まるで、人形が笑ったかのように思えて、ぞくっとした。裸を皆に、さらされているというのに、人形は、さっきと同じ表情をしているのが哀れを誘った。
そして、その、自分に似た人形が、裸にされ、写真にうつされ、人目に晒されているというのに、平気で含み笑いをする潤の神経が、妖しかった。
さらに、人形は、細部が大写しになり、曲げられ、バラバラにされていった。最後は、まるで、バラバラ死体のようだった。
人形なのに、妙になまなましく感じてしまったのは、さっき、潤に似ている、などと言ってしまったせいかもしれなかった。
単に人形の構造を明かすための、写真解説であるのに、興味本位で残酷な、解剖写真のように見えた。瑶は動揺した。 潤は瑶の動揺を知ってか知らずか、
「おもしろいね」
といい、身体を寄せてきた。
「面白い?」
その感想は、狂気じみているように思えた。美少年の、バラバラ死体に対する感想としては。いや、人形なのだけれど。
でも、自分に似ていると言われた人形が、裸にされて、いじくりまわされて、捻じ曲げられて、バラバラにされたというのに、他人事のように、面白いだなんて。
潤の息遣いが間近に感ぜられた。
夕暮れの黄色い光が、窓から差し込んで、室内を染めていた。
瑶は、落ち着かない、そわそわした気持ちで、本を閉じ本棚に戻した。
「こっちに、きてごらんよ」
潤は、部屋の右手にある、腰程の高さの、楢材の本棚の前に、瑶を連れて行った。木組の丸椅子と、年季の入って飴色になった四角いスツールがあった。どれも自然なワックスの艶があり、よく手入れされていた。
潤は、優雅に椅子の間を歩きながら優しく微笑んで、 瑶に言った。
「いろいろ、綺麗な本があるんだ」
潤が指し示した本棚には、金箔押しや、ノスタルジーを誘う褪めた色合いの、さまざまな布地張りの、凝った装丁の背表紙が並んでいた。
瑶は、その中から適当に、くすんだ薄紫色の布地張りの一冊を抜き出した。写真が多いのか、紙が厚くて、意外に重かったので、本棚の上部に本を置いて広げた。前の方の薄い紙の部分の文字ばかりの解説は飛ばして、厚い紙の写真の頁を開けた。
すると、潤に、冷たい面影や手足の長さがよく似た、綺麗な人形が、目の前の紙面に現れた。ビスクドールと解説にあった。潤は、瑶の手元を覗き込んで言った。
「ああ、その本ね。瑶は、そういうの好き?」
潤は、何度も見て知っているような口ぶりだった。瑶は初めて見た本だから、すぐには答えられなくて、
「潤に似ている」
とだけ言った。
「そうか、嬉しいな。俺、こんな風に見える?」
潤は、顔を寄せてきた。
「うん」
瑶は、紙面に目を落としたまま言った。潤の吐息が耳にかかり、瑶の心臓の鼓動は、高まった。
憂いを含んだ眼差しの、哀愁を帯びた表情の、はかなげな美少年の人形。少女のように愛らしいが少年らしく高慢で、己の所有する移ろいやすい美を、命を犠牲にすることで永遠にとどめることに成功した英雄のように勝利を誇っていた。
「これなんか、瑶みたいだよ」
潤は、甘ったるい口調で言って、ページをめくった。
その人形は、さっきの人形より優しい顔立ちで、少し微笑んでいるように見え、頬は薔薇色だった。
「僕って、こんなに子どもっぽい?」
瑶は少し不満だった。
「え? そう? これ可愛いと思うんだけど」
「でも、さっきの方が、きれいで孤独っぽくて、かっこいい」
「孤独か」
潤は、唇を噛んだ。潤の冷たく無表情な顔が、さらに暗い顔になったので、瑶は、何か悪いことを言ってしまったのかと不安になった。潤が唇を血がにじむんじゃないかと思うほど噛み締めているのは、泣きそうになって、唇が、わなわな震えてしまうのを、抑えて耐えているように見えた。
瑶は心配になって潤の横顔をじっと見ていたが、潤は、見られたくないかのように、顔を背けたので、瑶は、見るのを遠慮して、本の紙面に視線を戻した。
瑶が、また、潤に似た人形を見ていると、ページの下の方に、後ろのページにも、写真解説があると、ページ番号が載っていた。指定のページを開くと、潤に似た人形がテーブルに寝かされている写真があり、瑶は、頁をめくっていった。片側のページには字の解説があった。
次のページでは、人形は、服を脱がされて裸にされていた。
「ふふ」
と、ふいに潤が笑った。まるで、人形が笑ったかのように思えて、ぞくっとした。裸を皆に、さらされているというのに、人形は、さっきと同じ表情をしているのが哀れを誘った。
そして、その、自分に似た人形が、裸にされ、写真にうつされ、人目に晒されているというのに、平気で含み笑いをする潤の神経が、妖しかった。
さらに、人形は、細部が大写しになり、曲げられ、バラバラにされていった。最後は、まるで、バラバラ死体のようだった。
人形なのに、妙になまなましく感じてしまったのは、さっき、潤に似ている、などと言ってしまったせいかもしれなかった。
単に人形の構造を明かすための、写真解説であるのに、興味本位で残酷な、解剖写真のように見えた。瑶は動揺した。 潤は瑶の動揺を知ってか知らずか、
「おもしろいね」
といい、身体を寄せてきた。
「面白い?」
その感想は、狂気じみているように思えた。美少年の、バラバラ死体に対する感想としては。いや、人形なのだけれど。
でも、自分に似ていると言われた人形が、裸にされて、いじくりまわされて、捻じ曲げられて、バラバラにされたというのに、他人事のように、面白いだなんて。
潤の息遣いが間近に感ぜられた。
夕暮れの黄色い光が、窓から差し込んで、室内を染めていた。
瑶は、落ち着かない、そわそわした気持ちで、本を閉じ本棚に戻した。
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