クロスオーバーしたようです。

夕霧ハレル

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クロスオーバーしたようです。

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俺の名前は、村山 優太。
何処にでもいる平凡な中学生男子だ。 
俺は今年で15歳になり受験を控えた中学3年生である。 

現在、放課後でただ今帰宅中……なのだが。 

「勝也のばかーー!!」

「はぁ!?」

目の前で繰り広げられる幼馴染み達の痴話喧嘩を前に、俺は巻き込まれまいとそれを傍観中である。

「もう知らない!」

「あっ!おい!」

幼馴染みの少女、西野 桜はそう言うとサイドテールの髪を揺らしながら走り去って行った。俺は溜め息を吐くともう一人の幼馴染の少年、中村 勝也の鳩尾に何の前触れもなく手刀をお見舞いした。

「ぐふぉっ!!」

「なーにやってんだよお前らは」

「だって桜が……」 

「うっせ。さっさと仲直りしろよ。じゃないと俺が面倒被るんだよ!」

俺を間に挟んでの喧嘩は本当に止めて頂きたい限りだ。 

「……じゃあ優太から桜に「俺を巻き込むなよ、俺は関係ないだろーが」

「ちょっ!それでも親友ーーってぇ!」

俺を頼る気満々な発言に呆れつつ尚も何か言ってこようとする勝也にデコピンをして黙らせた。 
そんな俺に勝也は額を押さえながら恨みがましく睨んできたが、そんな視線を無視してさっさと目の前の信号を渡る。俺が渡りきる頃には青信号はパカパカと点滅し始めていた。それを見た勝也は慌てて信号を渡り始めた……のだが 

「置いてくなーー」 

「っ勝也!!!」 

左折してきた車が急に飛び出してきた勝也に反応しきれず思いっきりハンドルを切り、ブレーキをかけた。 
キキーーというけたたましいブレーキ音とタイヤの焼ける匂い。ハンドルを切った車は間一髪で勝也を避けたがハンドルを切ったせいで今度は信号を渡りきった先に居た俺目掛けて突っ込んで来た。 

「っ!!!」 

突然の事に声も出せず心臓がドクンと大きく脈打った。足は地面に縫い付けられたように重く咄嗟には動いてくれない。 


あぁ、またか…… 

(ん?またって??俺は一度だって事故になんてあった事……) 


妙な既視感を感じていると 
ガシャーーン!!!という物凄い破壊音に思考が現実に戻ってくる。目の前に迫っていた車は俺にぶつかることなくあらぬ方向に飛ばされており何故か側面がベッコリと凹んでいた。 

「はぁーー俺……生きてるよ……」 

無意識に止めていた息を深く吐き出し思っていた以上に恐かったのか今になって手足が情けなく震えだし、ドキドキと心臓が忙しなく脈打つ。俺はその場に力なく座り込んだ。 

「っ優太!!!」 

血相を変えて勝也が俺に駆け寄り怪我がないか尋ねてくれる。運が良いことに無傷である。寧ろドライバーの安否の方が心配だ。 

「俺は取り敢えず大丈夫だから救急車と警察、あとドライバーの人を車から逃がしてやんないと……ガソリンが引火とかしたら危ないから……」 

冷静になろうと深く息を吸ったのだか声も情けなく震えていた。そんな俺を見て勝也は「お前は座っとけ」と言うと携帯を取り出しながら車に駆けていった。勝也だって恐い思いをしたと言うのに……。 

「っつーか頭いてー……」 

ドライバーの安否や何故突然、車があらぬ方向に飛ばされたのだとか気になる事は沢山あるがそれよりも先程感じた既視感から頭がかなり痛い。何処かぶつけた訳でもないのに。痛む頭の、こめかみ部分を押さえ出来るだけ痛みが和らぐようにグッと頭を両手で押さえた。 

「貴方、大丈夫?」 

上から凛とした高くもなく低くもない恐らく女だと思われる声が降ってくる。きっとあの大きな音を聞きつけてやって来た野次馬が頭を抱えた俺を心配でもして声をかけたのだろう。 

「……大丈夫っ……」 

「大丈夫には見えないけど?……おかしいわね、貴方にぶつかる寸前に飛ばしたはずなのに……」 

何やらまだ話しているようだが話なんて頭が痛すぎて入ってこない。つーか、顔も上げられない。 
すると女は、俺の目の前で目線を合わせるようにしゃがむと俺が手で押さえている部分と、体全体を観察するように見た。 

「目立った外傷はないようだけど……」 

俺はその時始めてその女の顔を目にした。年の近そうな少女で、整った色白の顔に長い黒髪、赤い瞳が印象的な大人びた綺麗な少女だった。 

そんな美少女を間近にして本来の俺ならきっと緊張してドキドキしていたかもしれない。 
だが、今の俺は走馬灯の如く今だ流れ込む『見知らぬ記憶』に只々困惑するばかりで、その中で見た記憶の一部に別の意味で俺の心臓はドキドキと馬鹿みたいに鳴り続ける。 

そしてあの時感じた既視感の正体であろう似たような場面が流れだした。車の車種や色は違うものの全く同じように、だがかなりスピードを出して歩道に突っ込んでくる車の記憶が流れ込み、そして『見知らぬ記憶』はここでブチリと途切れそれと同時に頭痛が嘘のように消え失せた。 

「優太!大丈夫か、って?」 

「貴方も、怪我はない?」 

スッと立ち上がった少女は恐らく電話とドライバーの安否確認が済んだのだろう此方に駆けて来た勝也にそう問いかけた。 

「はっはい!おっ俺は大丈夫です!」 

「そう、それは良かったわ」 

「!」 

勝也は吃りながらもそう返すと少女は薄く微笑んだ。それを間近で見た勝也は頬を赤く染めた。 

俺はまだ混乱する頭と今だ煩い心音を落ち着かせるため小さく息を吐き出しヨロヨロと立ち上がった。 

「優太、お前本当に大丈夫か?親に連絡入れて迎えに来てもらった方がいいんじゃないか?」
 
「顔、真っ青だぞ」と心底心配そうにする勝也に悪いなぁと思いながら平気だと首を横に振った。納得出来ないと言う風に眉間にシュワを寄せてじっと俺を見たあと諦めたのか視線を反らし溜め息をついた。 


そこからはハッキリ言ってあまり覚えていない。警察やら救急車が来てそれに勝也が受け答えているのを、終始ボーッとしながら眺めていた。何かもう考えがまとまらず頭ん中グチャグチャだった。 

そんな心此所に在らずな俺を何とも言えぬ表情で見ていた勝也に「大丈夫だって」と、今できる精一杯の冷静さを装い笑いかけた。だが、こう言う時だけ鋭い勝也は俺の真似をして額に軽くデコピンを食らわせてきた。
 
「バーカ、無理すんなよ。顔が引きつってるつーの……」 

「ははっ……」 

思わず乾いた笑いが漏れる。 

それから、なんやかんやあって「念のため親に連絡しろ」と勝也に急かされ親に連絡を入れる。 
母さんは専業主婦だから多分この時間には居るだろうと電話をかけ事情を説明すると母さんが俺の返事を聞く前に「迎えに行くから待ってなさい!!」と言って一方的に電話を切ると車ですっ飛んで来てくれた。 
俺の無事を確認した母さんは涙目になりながら安堵の息を漏らした。 

それから母さんは勝也もついでに送ると言うので二人で車に乗り込み家へと帰った。 


◆◇◆◇ 


「疲れた……」 

夕飯を食べる気になれなかった俺は、家に帰るなり自分の部屋に直行して鞄を放りだしてベッドにダイブした。制服が皺になるかも知れないが今はそれどころじゃない。 

「……前世の記憶……なのか?」 

天井を見上げながらポツリと呟きながら今日起きた事を考える。 

酷い頭痛がしてから流れ込んだ『見知らぬ男の記憶』 
今の俺のように何処にでも居るよな平凡な男の一生を俺は思い出した。

アニメや小説、ゲームが好きだったようで、度々記憶の中に出てきていた。年は俺より少し上くらいの少年で名前を斉藤 雅志と言う。死ぬ前も雅志は漫画を読んでいた。そして、夕方に今日発売の小説を買いに自転車で出掛けたのだが、スピードを出しすぎた車が曲がり角を曲がりきれず近くにいた雅志に突っ込んで来てそこで記憶はプツリと途切れた。恐らくこの記憶を最後に前世の俺、斉藤 雅志は死んだ。 

そして俺はその男の生まれ変わり、輪廻転生後の斉藤 雅志なのだろうと俺は思っている。本来あるはずのない前世の記憶。もしかしたら、前世での俺の死の原因になった事故と現世の事故が余りにも似ていた事でふとした瞬間に前世の記憶を思い出してしまったのだろうか? 

「まぁ、前世の記憶を思い出したからって、どうって事ないはず……なんだけどなぁ……はぁー」 

そう、俺にとっちゃ前世がどうだったかなんてハッキリ言って今の俺にはどうだっていい事だ。だが、厄介な事に前世の記憶の中に俄に信じられない、俺の生活に大いに関係する物を見てしまった以上どうでもいいでは片付けられない。 

「……この世界がラノベに酷似した世界とか……」 

非常に頭が痛い。 

斉藤 雅志が生前読んでいたライトノベル、『勇者と6輪の華』がこの世界に酷似しているのだ。 
主人公は代々勇者の家系で育ち長年、人間に害成す魔物や魔王を封印し平和を守ってきた。だが主人公はその事情など知らず高校に入学して暫く経ったある日、封印されていた魔王を解き放ってしまい物語はスタートする。この物語には多数の主人公を守護する美少女の戦士が居る。彼女達もまた勇者に代々仕える守護戦士で、影から何時も主人公を守っていたのだ。 
本作の主人公は何処にでもいる平凡男子で、ある美少女との出合いを切っ掛けに日常が徐々に非日常に変わっていく。戦ったり、恋愛して成長する現代バトルファンタジーだ。 
流石ラノベ主人公と言うのか、何故か平凡な主人公はやたらモテるハーレム物だ。 

なお、この作品の主人公の名を、 中村 勝也と言う。 

そう、俺の幼馴染みの中村 勝也だ。 

同姓同名など探せば幾らでも居そうな物だが如何せん勝也と言う人間と勝也を取り巻く人や環境がラノベの主人公に似すぎているのだ。 

物語の登場人物は、 
本作主人公、中村 勝也。 
平凡な少年で、両親は父が放浪もので殆んど家に居らず気分次第で家に突然帰ってくる自由な人。母親はおっとりした美人な人で料理が壊滅的。なので必然的に主人公の料理スキルはそこら辺の主婦顔負け。 
そして、物語のヒロイン候補で主人公の幼馴染み西野 桜。肩まである髪をサイドテールにした美少女で主人公に好意を持っている。
そしてもう一人のヒロイン候補は、東雲 椿。長い黒髪と赤い瞳が印象的な美少女。主人公の守護戦士で影ながら主人公を守っている。
その他にも登場する美少女は居るが他は主人公が、高校生になってから登場する。 

今現在、俺の知っている人物と容姿や名前、家庭環境までもが一致してしまっている今、ここはラノベの世界と酷似した世界と俺は思っている。

念のためにケータイで『勇者と6輪の華』と検索してみたがそれらしいラノベは見つからなかった。きっとこの世界には存在しない作品なのだろう。他にも前世の俺が見ていたアニメや漫画、ゲームを調べてみたが見つからなかった。

「……俺って一体何者なんだよ……」 

前世の記憶を手繰り寄せ思い出そうと思っても思い出せない 
『村山 優太と言う登場人物の存在』 

「俺は本来居るはずのないキャラクター……なんだよなぁ……」 

そう、俺事、村山 優太は『勇者と6輪の華』には登場しないキャラなのだ。主人公を取り巻く一部のモブキャラに男子生徒は居たのだが、そこに出る名字に村山は居なかった。そもそも、主人公の幼馴染みは西野 桜ただ一人のはずなのだ。 
それと、今回の車の事故は小説の中で登場していた。主人公と東雲 椿が初めて出合うシーンだ。 
守護戦士である東雲は主人公を守るため車を代々伝わる秘技で吹き飛ばすのだ。この時の主人公は幼馴染みと喧嘩し一人で帰宅しているシーンのはずたったのだ。 

そう、一人で、だ。 

「……なんだかなぁ」 

ブーッブーッと言う携帯のバイブが鳴った。未だに折り畳み式の俺のケータイがメールの着信を知らせる。見るとLINKからのメールの通知だった。相手は勝也。

「ラノベの主人公、ね……」 

俺は返信する気も起きず暫く天井を見上げていた。 

◇◆◇◆ 


「俺、地元から離れて東京の高校に行く」

朝起きて早々に俺は親にそう宣言したのだ。両親や兄弟は最初こそ驚いていたが、俺が行きたいのならそうしなさいとお許しが出た。ちょっと拍子抜けしたが俺は俺で昨日一晩中、俺なりに考えた結果で本気だったので何を言われようと引き下がるつもりはなかった為OKがでてひと安心だ。

そして俺はやや学校が億劫になりながら学校に向かった。 


「メール無視か」

俺が登校して教室に入ると俺の席に何故か勝手に座っていた勝也は開口一番そう言って眉間に皺を寄せていた。不機嫌さを隠すことなく頬杖をついて下から俺を睨んでいる。俺はそれに苦笑いしながら「ごめん、寝てて気付かなかった」と謝った。 

「……まぁ、いいけどさ」 

「……折角心配してやったのに」とグチグチ小言を言っている勝也を無視して俺は鞄を机に下ろし容赦なく頬杖にダメージをくらわせてやった。そしたら面白い程カクンとなったので笑ったらまた睨まれた。 
いや、自業自得じゃね?

「……そうだ勝也」

「何だよ」と言う風に俺を横目で見た勝也に俺は今朝の事を話すことにした。

「俺さ……」

これから勝也はいろんな戦いに必然的に巻き込まれていく。時には敵の卑怯な手で親しい人、両親や桜を人質に取られたりする場面に直面する。でも、桜は後に守護戦士の力が覚醒し力を得るし、両親は元勇者と元守護戦士で強い。だから主人公の弱味に成ることはない。 

一方の俺はと言うと物語にすら出てこない平凡で何の力も無い只のモブ。そんな俺は敵の格好の餌になるだろう。それに俺の家族にだって万に一つ巻き込まれる事があってほしくない。このまま勝也の近くに居て足を引っ張って足手纏いに成るぐらいなら遠くから勝也の唯一、『普通の友人』として在る方が良いと思った。

だから俺はここから、この物語から早々に退場したのだった……

◇◆◇◆


来ました東京!! 
俺は無事、第一志望の高校に受かり晴れて高校生になった。今年の春から一人暮らしである。そのため、新幹線に乗り一人でこの地に足を踏み入れた。

俺が東京の高校に進学すると言った時の勝也はかなり驚いていたが、「東京行ってもたまには連絡寄越せよな……離れても俺ら親友だろ」と照れ臭そうに言っていた。
一方の両親や兄弟はかなり心配していたが地元に残る方が死亡率上がって危ない俺にとっちゃここの方が割と安全に思える。そもそも前世の記憶なんて思い出さなければそんな事気にせずに生活出来たんだろうな……。

「あー……こう言う湿っぽい考え俺らしくもない!!さっさと行こう!」

俺は気合いを入れると歩き始めた。
ジーパンに白のTシャツ、その上から黒のパーカー姿に大きな黒のリュックを背負い左手に手提げ鞄、そして右手には今年、高校の合格祝いで買ってもらったスマホを片手にマップアプリを見ながら大きな通りを歩く。

「やっぱ都会、人多!ビルでっけー……」

如何にも田舎者といった発言をしながら人にぶつからないように必死に歩く。
流石都会と言ったところか、奇抜な服装や髪色をした人をちょくちょく見掛ける。

暫く歩くと人が疎らになって都会の喧騒から離れた下町と言った風な場所に出る。そこを暫く歩くと俺がお世話になるアパートが見えてきた。

「……何つーか……やっぱボロ……年期入ってるなぁ」

辿り着く頃には夕方になっていて、それも相成って何だか不気味に見えなくもない目の前のアパート。
今日から俺の住まいになるアパートは、2階建ての古びたアパートだ。駅が近く高校までの通学に便利な上に都会の割には家賃が安いと言う俺にとっての優良物件。学校が始まる前にと両親と共に早めに引っ越しを済ませ部屋やアパートを目にしている。大家さんは優しげな70代のお婆ちゃんだった。

「こっから俺の新生活がスタートすんのかぁ……ん?」

染々とアパートを見上げ呟いていると何やら視線を感じた。視線の先を辿ると一匹の犬がアパートの階段下に座って此方をジっと見詰めていた。

「大家さんのペットか?」

俺は犬の近くまで歩み寄りジっと犬を観察するように眺めた。前来た時には見掛けなかったなぁ……。犬にしては細い体に艶々の白い毛。鋭い深紅の双眼。知的な雰囲気を持った賢そうな犬だ。近寄っても吠えずにジっとしている。警戒しているのか此方を穴が空くほどジっと見詰めてくる。

「って、犬じゃなくて狐かよ!」

そう、遠目からは犬だと思ったこいつは狐だった。こんな都会にペットとして狐を飼う人が居るのか……。それとも野生?いやいや!それこそ無いな。ん?でも実際に目の前に居るよな? 
『ほう……貴様は我が見えるのか』

「は?」

一人で思考に耽っていると近くから声が聞こえてきた。その声は横柄な口調の男の声だった。驚いてキョロキョロと辺りを見回すも誰も居ない。 
 
『何処を見ている此処だ小僧』

今度は呆れた、といった風な口調の声が聞こえてきた。まさかと思い恐る恐る声のした方へ視線を向けると、先程の狐が俺を小馬鹿にしたような顔(見える)で俺をジっと見ていた。 

「まっまさか……お前喋れるのか……?」 

『ふん、我は高位のあやかし、人の言葉など話せて当然だ』 

「えぇ!!きっ狐が喋ってる!!」 

てか今こいつ、自分の事あやかしって言った?えっと……確か妖怪って意味だっけ? 

余りにも非現実的すぎて脳内がパニックになっていると自称妖怪の狐がまた小馬鹿にしたように「ふん」っと俺の事を鼻で笑った。 

「コイツ無茶苦茶偉そうだな……」 

と小さく呟いたのだが、流石動物、耳がいいのか耳聡く聞き取り「聞こえてるぞ、人間」と言われた。俺は狐の態度が偉そうで気に入らないのでせめてもの反抗でジト目で睨んでやった。そしたら『ふん』とまた鼻で笑って、今度は小馬鹿にした感じはなく逆に愉し気な雰囲気だった。
 
『人間の小僧、我に力を貸せ』
 
「……は?何いきなり」

唐突に切り出した狐に俺は訝しげな視線を送る。そんな俺の態度に狐は心なしかまた愉し気である。 

『最近、まともな物を喰っとらん上に忌まわしい陰陽師に力を封印されている。それ故、妖気が足りん。だから本来の姿に戻れなく困っておる』 

「……それで、何で俺?他にもっと適任が居るだろ?そもそも、陰陽師?が封印した物を解くような力、俺みたいな何の力も無い平凡男子じゃ無理だろ……」

『貴様の様にあやかしを見る事のできる者はそうおらん。況してや貴様の様な若造はな……稀にそう言った輩がいるが大抵恐がって逃げ出す』

そう言って狐は目を細めた。 
コイツは一体俺に何を求めているのか。

『それに、あやかしを見る事が出来る者は普通の人間よりも力を持っている……』

「まっマジで?」

俺が驚いていると狐は俺に音もなく近付いた。目を細め口許が怪しく弧を描いた様に見えた。俺は本能的に不味い!と思い距離を取ろうとしたが一歩遅く、狐は俺に飛び付くと俺を地面に押し倒した。階段の下にいて気が付かなかったが、この狐、結構デカイ。

「いって!!」

背負っていたリュックがクッションになって然程痛くはなかったが尻を地面に打ち付けてかなり痛い。

『ククっ……久方ぶりだな、我を見て平然としていた人間は。実に面白い人間だ』

リュックの膨らみで必然的に近くなる狐の顔。今、流行りの床ドン状態で狐は俺にそう言った。深紅の目が何だか不気味に思え背筋が冷えた。失念していたがコイツは封印される程の力を持った妖怪だ、もっと警戒するべきだった。

「っ、十分ビビってたけどな……」

『だが逃げなかった、大体の人間は言葉を話す我を不気味がって逃げるがお前はしなかった。』

普通、言葉を話す狐なんかと会ったら驚いて逃げるのが普通の反応だったのだろう。それをしなかった俺は、どうやら気に入られたらしい。
本来の自分なら不気味がって早々に逃げ出しただろうが俺はそれをしなかった。

理由はやはり『前世の記憶』に少なからず影響を受けているからだ。

俺には前世の記憶があって、そこで見たラノベとこの世界が酷似した世界で、そんな非現実的な力を持つ人達が間近にいた。 
だからこの世界は 
『普通じゃない者が居て当然だ』とそう心の中で思っていた 

今、目の前に居る狐だって前世の俺が知り得なかった物語の先に登場するキャラクターなのかも知れない。だからそう言った非現実的な、『言葉を話す狐』がいたとしても『妖怪と言う存在』が存在したとしても、目の前にすれば驚きはするが普通の人ほど抵抗はない。

『どうだ小僧?貴様には特別に選ばしてやろう。我に協力し封印を解くか、其れとも我の為に喰われるか、さぁ、どっちがいい?』

そんな事を考えていると、背筋が凍るような良い笑顔で狐はそう問いかてきた。

今、絶体絶命のピンチじゃね!?内心パニックになりながらふとあの時と同じ既視感を感じた。 

この台詞、何処かで見たような……

ふと、前世の記憶に似た台詞があった事を思い出した。……でも、そんなのあり得ない。だってこの世界はラノベに酷似した世界だからだ。

『さぁ決めよ、我は余り気が長い方では無いのでな』

俺は提げていた手提げに手を伸ばし駅で買ったお土産の最中を二個掴み取った。

「……こんなヤバイ妖怪、解き放つとか無理だろ……それと喰われるのも困る、だから……」 

『んぐっ!!?』 

俺は狐の口に最中を突っ込んでやった。そしたら俺の行動が予想外だったのか間抜けな顔をして驚いていた狐の隙をついて腕から逃げ出した。そして一目散に逃げ出し念のためにと振り返り声をかけた。

「腹減ってるなら最中でも食っとけ、人間より断然旨いから。それと、俺以上に面白い人間が近い内に現れる。だから俺は諦めな!じゃ!!」

俺は捨て台詞を言うと階段を二段跳ばして駆け上がり部屋に直行した。

◇◆◇◆


俺は鍵を開け、勢いよく扉と鍵を閉めた。今更ながら恐怖心が沸いてきたのか心臓が速く脈打ち、手汗が凄い。
もしかしたらさっきの俺の行動に怒って追いかけて来るかもと思ったが暫く扉に張り付いて待っていたが何時まで経っても追い掛けて来なかった。
追い掛けて来ないと分かり多少は恐怖心が和らいだのか少し落ち着いてきた俺は深く息を吐き出した。
俺は緊張の糸が溶け、扉を背に力なくズルズルと座り込んだ。荒い呼吸と心音を整え膝を抱え意味もなく天を仰いだ。

「こんなん、聞いてねーよ……」 

そもそも、この世界がラノベに酷似した世界だと、世界単位で考えていたのがいけなかった。

俺はもしもの可能性を考えなかったのだ。

『他の漫画や小説のキャラクター』がこの
『同じ世界で生きている』かも知れないと言う可能性を。

さっきの狐は前世の俺が読んでいた、妖怪ファンタジー物の小説の登場キャラだ。

アパートに住み着く大妖怪の妖狐で数百年前に若き陰陽師により封印された妖怪だ。今は力を封印され本来の姿には成れないが、主人公の二階堂光國がこのアパートに引っ越して来て二人は出合い、二階堂の手によりさっきの狐は封印が解かれる。二人は契約を交わし妖怪退場の相棒になる。
妖狐は作中に最中が大好物とあった。何故狐が油揚げではなく最中が好物なのかはよく分からないが、誰かに食べさせられて意外に美味しくて好物になったとか……。最中食べて俺を喰うのを諦めてくれないかなと言う淡い期待と隙を突くためのアイテムに利用したのだが上手くいった。

ラノベ以外の登場キャラが居たと言うことは、だ。どうやらこの世界……


「『クロスオーバーした世界』……だったのか」


本当に頭が痛い……。 
二つの異なる作品が同じ世界に存在していると言うことは他にもそう言った漫画やアニメ、ゲームのキャラクターに酷似した人達がまだ居るかも知れないと言う事だ。

それを考えると平穏な日常は望めないかも知れない。
現にあの狐には嫌でもこのアパートに住む以上避けたとしてもずっとは無理だ。アイツを今更見えない振りもできないし…… 



「……俺の平穏な日常は来るのか……はぁー」


俺は玄関先で暫く頭を抱え項垂れていたのだった。

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