青春短編

こたろう

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バレーの神様に土下座します

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フェンスにテニスボールが直撃し、ガシャンと大きな音が鳴り響く。
「きゃああ」
フェンスの側を歩いている薫子が悲鳴を上げる。
遠くから男子テニス部員二人が「すみません」とにやけながらお辞儀し、謝る声が聞こえる。
前を歩いている由美が振り返り、薫子を気遣う。
「大丈夫だ、フェンス越しだ、取って食われることはないよ」
怯える薫子、少し前方で立っている由美に駆け寄る。
「そ、そうだけど」
「全くスポーツを何だと思っているのやら」
男子テニス部員達を鬼の形相で睨み、フェンスを両手で勢いよく掴みかかる。
ガシャンと大きな音が鳴り響くと同時に男子テニス部員は怯え、どこかへ逃げていく。
「薫は可愛いだけど、どこか抜けているから、変な男に狙われるんだよ」
そう言いながら、由美は先程逃げていった男子部員達を親指で指す。
「ゆーちゃんみたいに、ウチ、強くないもん」
すると風が吹き、薫子の長く伸びた髪は靡く。靡く前髪の隙間から左顬に貼られている絆創膏が覗かせた。
それを見て、由美は薫子を抱き寄せ、後頭部を髪がくしゃくしゃになるくらい撫でる。
「よしよし、今度から私が守ってあげるからね」
薫子、髪がくしゃくしゃになるのを嫌がり、抵抗する。
「あぁー髪が!そうゆう所だよ、強い所は尊敬するよ、でも、ガサツというか、野性的というか。見た目は美人さんなんだから、もうちょっと、女の子らしくなろうよ」
くしゃくしゃになった髪を手櫛で整えながら話をする薫子。
「ごめんごめん。そう、女の子らしくなるため、恋の一つや二つしなくちゃね」
由美、目を輝かさせながら大袈裟にステップするが、何事もなかったかのようにピタッと静止する。すると、小声で「その前にケジメつけてもらわなくちゃ」と発する。
戸惑う薫子に対して、笑顔で振り返る由美。
「さぁー、獲物を狩りに体育館へGo!」
拳を上げて、軽い足取りで歩く由美に対して、どこか重い足取りの薫子。
由美の通学カバンに付いてる火の鳥ちゃんキーホルダーが歩くたび、チリーンと鳴る。

体育館で中央をネットで仕切って、バレー部員が練習中である。
半分は女子バレー部が使用しもう半分は男子バレー部が使用している。
男子バレー部員の殆どがサーブとレシーブの練習している中、三人が体育館の隅で床に座って、怠そうに休憩している。
「春高の準決勝で負けてから、むしゃくしゃしてならねえ」
琢磨は苛立ちを隠せてない様子。
「前の女が逃げなかったら、もっと発散できたのによ」
栄華も琢磨に同調する。
「薫子ちゃんか?達也がボーとしていたから、取り逃がしただぜ?」
「え?僕のせいかよ。あまりやりすぎると、監督にシバかれないか?僕はもうごめんだぜ」
達也が言い返す。
「心配しすぎなんだよ。だから暗くて弱そうな女を狙ったんだよ。あーゆう女はちょっと強く言ったら、怖くて誰にも言わないから大丈夫だ」
琢磨は鼻高々と答え、達也を宥める。
「そうゆう強気な所、尊敬するわ」
達也は引き気味に嘆声をもらす。
「そう言って、達也も楽しんでたくせに」
栄華が口を挟む。
「最初のナンパはな。部活ばかりで女の子と遊べるのは男としてうれしいじゃん?」
「最後のは、あいつが俺らのことを拒んだため、起きた事故みたいなもんだ。なぁ?それに関しては俺らを怒らせたあいつが悪い」
「……まぁな」
達也、腑に落ちないが無理やり同調しとくことにする。
「それにしても、あの女、次会ったら、続きをお見舞いしてやるからな」
琢磨、拳を握る。
「そんな、都合よく現れるかよ」
と笑う栄華、そして、伸びをしながら立ち上がり、体育館の開いた重々しいドアを開け、外をキョロキョロと見渡す。すると、向こうから女子生徒二人が歩いてくる。
栄華が琢磨を手招きで呼ぶ
「噂をすればなんとやらだぜ」
琢磨、体育館のドアから覗き見し、不敵な笑いをし、バレーボールをワンバウンドする。
「おい、お前ら、準備をしろ」
「任せな」
達也は溜息を吐く。

体育館前で、由美が先頭で不敵な笑みで歩き、その後ろで暗い顔でそわそわしながら付いて行く薫子。
由美は心が踊り、辺りを見回っている。
そして、由美達は体育館に差し掛かると、薫子が由美の前に出て、話しかける。
「ねぇ、本当に行くの?」
「ん?まぁね」
薫子が前に出ても気にせず、由美は歩き続ける。それでも、薫子は後ろ歩きで説得しようとする。
「でも……」
由美と薫子は、開いた体育館の扉の前に差し掛かると、扉向こうから、何か飛んでくる。
由美はそれを横目で気づく。
飛んでくるのはバレーボールだ。
打球は薫子の頭に向かって猛スピードで飛んでくる。
薫子は打球が飛んでくるのに気づくが、遅く避けようしても間に合わないと分かり、ギュッと目を瞑る。
透かさず、薫子と打球の間に由美が一歩前に出る。
由美の横顔に打球が強く当たると、その瞬間、ポーンと軽いようで重い音が鳴り響く。
そして、当たったボールはどこかへ飛んでいった。
薫子はギュッと瞑っていた目をゆっくり開き、目の前に由美がおり、由美が身代わりに打球に当たったことに気づく。
「ゆ、ゆーちゃん!?」
由美は、扉の中に目を向け、睨む。
扉の中から、笑顔で謝りながら走って琢磨が現れる。
「ごめんごめん、あっ、薫子ちゃんだったの?大丈夫だっ…た?」
薫子は琢磨が現れたことで怯え、由美が闘争心丸出しの表情している事に気づき、冷や汗をかく。
琢磨は猛獣のように睨む由美を見て、一瞬尻込みするが、由美が笑顔で猫撫で声を出し、詰め寄る。
「琢磨先輩ですが?初めまして、由美でーす」
由美は目を輝かさせ、顔の前で両手を握り、媚びるように接する。
その姿を見て、琢磨は安堵したのか、カッコつけ、答え始める。
「なーに?俺のファン?綺麗な子だね」
「ファンですファンです。私、バレー好きで、この前の春高の準決勝の試合見ました。惜しかったですね。でもでも、琢磨先輩のスパイクかっこよかったですよ」
「まぁね」
由美の心奪われたのかニヤける琢磨。
すると、笑顔の栄華と仏頂面の達也が体育館の中から現れる。
栄華が琢磨の隣に行き、由美を挟むように立つ。
「琢磨、どうした?おっ、美人さんじゃん、こんな子がまだ学校にいたのか」
琢磨と栄華がニヤニヤと笑いながら、顔を向けあっている。
「そんな、美人だなんて、嬉しいです」
由美は髪を手で靡かせて、目を輝かせて、二人を見つめる。
薫子が由美に慌てて近寄り、小声で話しかける。
「やっばりやめなよ、逃げるなら、今だ……」
由美は口を塞ぐように薫子の口元に人差し指を当てて、シッーと小声で言う。
「ゆーちゃん……」
由美は何事もなかったかのように、琢磨に話しかける。
「そうそう、さっきのってサーブですか?スパイクですか?」
「あっ、さっきの?あれはサーブ、サーブ。サーブの練習してたらさ、勢い余って外に出てしまったよ、ははは」
琢磨は悪げのないような態度で答える。
「受けてみて痺れました。でも、やっぱりサーブよりもスパイクを受けてみたいです」
「ははは、変わった子だね。そうだ、俺らと軽くバレーしない?スパイクもお見せするぜ。なぁ、お前らもいいだろう?」
琢磨は栄華と達也に話しかける。
「おれは問題ない。練習にも飽きてきたからな」
「……あぁ、お好きに……」
栄華は快諾するが、対照的に達也はいやいや承諾する。
琢磨は達也を一瞬睨むが、すぐに薄気味悪い笑顔を由美に向ける。
「さぁどうする?」
「したいしたい、私も混ぜて」
由美は笑顔を崩さない。
「よし、なら中へ行こう。あっ、薫子ちゃんもやるよね?」
「えっ、ウチは……」
琢磨は薫子に矛先を向けるが、由美がすぐ様間に割り込み、助ける。
「薫は、具合が悪いから、私達だけでやろう、ねぇ?」
「具合が悪いって大したことじゃな……」
「さぁ、レッツゴー」
琢磨の言動を遮り、由美は琢磨達を押して、体育館の中に入っていく。
その姿を心配するように見守る薫子。
そして、由美達の少し後に薫子もこそこそと体育館の中に入っていく。

体育館の中は変わらず、男女のバレー部が練習している。
由美と琢磨、栄華、達也の四人は男子バレー部の使用範囲の隅で円になるように集まっている。
琢磨が笑顔でボールを抱えている。
その集団を練習の手が止まっている二人の女子バレー部員達が心配の目で見守っている。
「えーと、君って名前は?」
「はい、私は由美って言います。よろしくでっす」
由美は笑顔でハキハキと答える。
「よし、由美ちゃん、バレーの経験がないと思うから、俺たちでまず見本を見せるね」
そう言うと、琢磨はボールを真上に放り投げ、琢磨の目の前でレシーブをし始める。ボールは綺麗に琢磨の腕に対して垂直にバウンドしている。
「まずはこうやって腕を組んでレシーブをしてみよう」
琢磨は自分の目の前でレシーブしていたボールを、栄華にレシーブをする。
続いて、栄華は達也にレシーブをし、達也は琢磨にレシーブして、ボールを返す。
由美ははしゃいで拍手する。
「すごーい、すごーい」
琢磨と栄華は光悦な表情でレシーブを続ける。達也は相変わらず、仏頂面。
その流れを三週したら、琢磨は由美にレシーブでボールを渡す。
「じゃ、由美ちゃんやってみよう。失敗しても大丈夫だよ」
由美は弧を描いて飛んでくるボールにおどおどするが、綺麗なフォームでレシーブをする。ボールは達也の方へ飛んでいく。
琢磨は由美が綺麗なフォームで返す姿を見て、感心をする。
「おっ、初心者の割にフォーム、綺麗だね」
「へへへ、たまたまですよ。あっでも琢磨先輩のかっこいいフォームを真似しましたね」
「なら、見る目があるね。なんたって、俺はレシーブも完璧だからね」
普通な人は四人はレシーブをして、無邪気に遊んでいるように見えるだろう。
薫子は出入り口近くでその四人がレシーブをしている姿を見て、怯えている。
「ゆーちゃん…」
すると、薫子の後ろから二人の女子バレー部員が心配そうに近づいてき、その中のポニーテールの子が薫子に話しかける。
「あの子の友達?」
薫子は急に話しかけられ、驚き、振り返るもか細い声で答える。
「はい…」
「なら、立ち去らないと…てか、貴方ってこの前彼奴等からいじめられていた子じゃない!いいの?同じ目にあうよ?」
ポニーテールの子が強張った顔で薫子の両肩をガシッと掴む。
薫子はポニーテールの子の顔を直視できず、顔を背け、強ばるように囁く。
「もう止めれないよ、ゆーちゃんを、あの子を」
「どうしてなの?」
傍らにいたもう一人のショートヘアの子が薫子を心配そうに伺う。
薫子は輪になってレシーブをしている由美達を魂が抜けたように呆然と眺める。
「あの人達は、あの子を怒らせたんだよ」
ポニーテールの子が薫子の肩を掴んだまま、前後に揺らす。
「何?あの子は、もしかして貴方の仇を打つため、あそこにいるの?そんなことは無謀だよ…それともあの子、腕っぷしが強い自信でもあるの?」
「揺~ら~さ~な~い~で~」
薫子は前後に揺れながら、間抜けな声を出す。
「あっ、ごめん」
そう言うと、ポニーテールの子は揺らすのを止め、両肩から手を離す。
薫子は少し目を回したように、ふらつく頭を手で押さえる。
「私のためでもあるらしい、けど私から見たら、それ以上に怒っていることがあるの。あの子なら、腕っぷしでも勝てちゃうかもだけど、それだけでは怒りは収まらないと思う」
「え?え?何?」
「何よりもあの人達がバレーを侮辱したことが、一番許せないのよ」
「え?バレー?何かバレーに思入れが…」
ショートヘアの子が由美の顔を見て、何かに気づき、慌てて、ポニーテールの子に由美を指差し、話しかける。
「よく見て、あの顔もしかして…」
ポニーテールの子も由美の顔をジッと見て、ハッと思い出す。
「まさか、何でこの学校に…?」
薫子は深く溜息をつき、そっと呟く。
「ゆーちゃん、無茶はやめてね…」

ボールが拓磨の顔にヒットする。
拓磨は当たった勢いで二三歩後退り、間抜けにも尻餅をつく。
達也と栄華は瞬く間の出来事で何が起こったか分からず、尻餅を着いた拓磨を呆然と見つめる。
由美はレシーブの構えをして、皆に見えないように唇を噛む。
栄華は拓磨に駆け寄る。
「おい、怪我ないか」
「あぁ」
拓磨は何が起こったか分かっていないようだ。
栄華は由美に怒鳴りつける。
「てめぇ、三度もやったら、偶然じゃねえぞ」
「偶然ですよ」
由美は笑いながら、適当に答える。
「素人が拓磨のスパイクをレシーブどころか、打ち返すなんて、有り得ねえ」
「体育の授業でバレーはクラスで下手な方なんですけどね、ははは」
それでも由美は笑いながら適当に答える。
「はぐらかすな」
栄華は依然として引こうとしない。
「まぁ、偶然なんだろう、ははは」
ゆっくりと立ち上がり、琢磨は栄華を制止する。
琢磨の眉間が少しピクピクしているが、平然を装う。
「はぁ?お前もそう言うの…」
琢磨は栄華の言葉に重ねるように話し出す。
「まぁ、なんだ、栄華にスパイクしようとしたが、俺が誤って、由美ちゃんの方に打ってしまったからな。由美ちゃんは由美ちゃんで自分を守るため、やったことだから、俺は気にしないさ」
笑顔の見せているが、拳を力強く握っている。
「そう言ってもらえると有り難いな、ははは」
由美と琢磨は何事もなかったかのように笑い合っているが、傍から見れば、一触即発のようで、重い空気が漂っている。
離れて見ている薫子と女子部員二人は、冷や汗をかいて、愕然と見つめている。
現実では十秒足らずの硬直時間だが、彼女等にとっては体感的に十分以上に感じているだろう。
ポニーテールの子がゆっくりと口を開く。
「ねぇ、あの子、琢磨先輩のスパイクを難なくレシーブで打ち返したよね」
ショートヘアの子がおどおどして、答える。
「ぐ、偶然では……?」
「偶然ではないよ」
ふと、薫子の口からポロッと言葉が零れる。
女子バレー部員の二人は耳を疑い、聞き返す。
「でも、あの子、あそこで、問題児だったのでは…」
「それは誤解よ。ただ、あの子は立ちはかだる障害を怒りに任せて倒してしまっただけなの。それにあの子は、あそこでもトップの実力だったはずよ」
「実力が本当なら、さっきのレシーブはわけはないわね、ははは」
と、呆気にとられる女子バレー部員の二人。
笑い合ってる由美と琢磨の周りには変わらず重い空気が漂いっている。
すると、琢磨は笑うのをやめて、栄華と達也にそれぞれ親指で指す。
「でもさ、俺が許しても、こいつらが許さないてよ」
達也は慌てて訂正しようとするが、栄華が前に出て、言葉を遮る。
「俺の友達の顔に泥を塗るようなことをされたらさ、俺、由美ちゃんでも許さないんだな、これ」
栄華は由美の前に立ち、睨む。
そして、由美も負けじと睨み返す。
「私を許さなかったら、どうするんだ?」
琢磨と栄華が含み笑いでお互いを見て、頷く。
「ならよ…」
栄華はコートを親指で指差す。
「ここでよ、ケジメ付けな」
「ふふふ、いいよ」
と由美は肩を震わせ、笑いをこらえる。
突然、達也が琢磨に掴みかかる。
「おい、もうやめろよ」
「うるさい、お前も参加しろよな、あ?」
琢磨は達也の掴んだ腕を引っ張り、コートへ向かう。
その後ろで栄華はクスクス笑い後に続いて歩く。
「行くぞ、由美ちゃん」
琢磨は由美に声をかける。
「後で恥かいても知らないわよ」
と小声で由美は呟き、琢磨達の後を追う。

傍らで琢磨達のやり取りを見ていた女子バレー部員の二人と薫子が騒然とし始める。
「この流れは初めて見た…」
「私も…」
「普通ならさっきので終わっていたはず…」
「私の時も、最初レシーブで遊んでいたら、途中琢磨先輩がスパイクを見せてあげると言って、栄華先輩にレシーブさせるはずが、私の方へ態と打ってきたわ」
薫子が肩を震わせ、胸の前で両手をギュッと握る。
「琢磨先輩を怒らせたんだわ…」
「ねぇ、どうする?監督、呼んでくる?」
「どうせ、呼んできたってあの監督は揉み消すわ。今までだって、見て見ぬ振りをしてきたんだ、どうせ、今回も…」
女子バレー部員二人があれこれ話していると、薫子が震える身体を両手で抱えて抑えながら、一歩前に出る。
「ゆーちゃん」
前方二十メートルぐらい離れている由美達に聞こえるぐらい、必死に声を発する。
琢磨達はその声に気づき、後ろを振り向くが、鼻で笑い、すぐに前を向き直す。達也を除いて。
由美も同時期に振り向き、そして満面の笑みを薫子に向ける。
由美の後ろで、達也は由美と薫子のやり取りを寂しそうに見つめ、そして申し訳無さそうに薫子に頭を下げる。
薫子は由美と達也の姿を交互に見て、どちらに反応すればよいか分からなくなる。
焦っている薫子の姿にお構いなしに由美は前へ向き直すと、達也は慌てて下げていた頭を上げ、琢磨達の方へ駆け足で向かう。
「待って」
薫子の声は由美の耳にはもう届いていないだろう。

「さぁ、どうするんだ?」
由美は腕を組んで、堂々と仁王立ちしている。
琢磨と栄華は、高く張られたネットの向こう側で不気味に笑っている。
意気揚々な二人と反対に達也は、由美の隣で不安そうに立ち尽くしている。
「レシーブが上手い由美ちゃんでもできることだよ」
「へー、そんなに評価してくれて光栄ですよ」
琢磨は隅で立ち尽くしている男子バレー部員の一人に大きく下から上へ腕を振る。
男子バレー部員はボールを投げ、琢磨はそれを受け取る。
「そこで立っとけ」
その掛け声で栄華はネットの前へ移動すると、直様琢磨は栄華にネットを越えるぐらいの高さにボールを放り投げ、そして同時にハーフラインからネットの方へ駆け出す。
弧を描いたボールは栄華の頭上高く来ると、ボールの動きを見つつ、琢磨のポジションを確認する。
琢磨は放り投げたボールに追いつき、栄華の一歩手前辺りで鳥のように高くジャンプする。
姿勢は左手はボールに向けて、右腕は胸の前に構えている。
栄華は琢磨がジャンプするのを確認して、ボールを琢磨の前にトスをする。
琢磨はナイストスと言わんばかりに満足そうな表情で右手を振り下ろし、ボールをネットの向こうへ叩きつける。
打球は由美の真横を勢いよく通り過ぎ、床に叩きつけられる。
由美は勢いよく飛んできた打球も涼しい顔で仁王立ちしている。
「これを見てもピクリともしないとは、やりごたえあるな」
栄華がネットに近づき、由美を見下ろす。
「それでやることだけど、琢磨のスパイクをレシーブして、セッターに達也を置くから、そいつにボールを渡せることできたら、さっきのこと許してやるわ。まぁ、受けられたらの話だけどな」
体育館の2階にある窓が開いている。
窓からは日差しが入る。
すると、由美は窓の外を眺めて、ゆっくり目を瞑る。
「おっ、今更になって尻込みか。こんな所でやめるって言ったら、わかるよな?」
その姿を見て、栄華は焚き付ける。
栄華の言葉を無視して、由美はその場に正座する。
「なんだ?」
琢磨達の突然の行動に唖然とする。
琢磨達をお構い無しに由美は床に両手を着き、勢いよく頭を下げる。
「バレーの神様、さっきのことも含めて、これからやることも許してください」
「はっ、神頼みか、意味がわからないわ」
琢磨は由美の土下座姿を蔑むように睨む。
琢磨の言葉を無視して、由美は長々と土下座する。
「おい、いつまでやるんだ」
由美は琢磨の怒号を気にせず、ゆっくり立ち上がる。顔には強い意思を感じる。
「待たせたな、さぁ、やろう」
一歩、また一歩コートの真ん中まで歩き、由美はどっしりと構える。
由美の自信たっぷりな目を見て、琢磨は苦笑する。
「どこからその自信が来るのかわからんが、自分の愚かさを呪うがいい」
琢磨と栄華はそれぞれの位置に付き、二人は狩りを楽しむような目付きになる。
「楽しもうぜ」
「あぁ、楽しもう」
達也は深い溜息をつき、位置につく。

「いいか、十球中一球でも受けれたら、許してやる」
そう言いながら栄華は腕を組み仁王立ちし、その後ろで琢磨はボールをバウンドして待っている。
「あっ、そういえば、私が受けれなかった時の話をしていなかったが、それはどうする?」
「そうだな、今後ずっと俺達の練習相手になってもらおうかな。あと土下座して詫びろ。あっ土下座なら得意か、ははは」
「ふっ、わかった。なら、私が受けれた時の条件を変えさせてももらうけど、いいかな?」
「どうぞ」
「許してもらう必要ない、あんた達はバレー部を辞めて、そんでバレーの神様に土下座してもらうわ」
「おい、舐めてるの…」
「いいだろう」
怒った栄華に口を挟み、不敵な笑みで余裕をかます琢磨。
「はい、成立。始めようか」
納得行かない様子の栄華だが、その姿を見て琢磨は栄華を落ち着かせる。
「任せろ、俺の実力を忘れたのか」
「あぁ、そうだな」
自信を取り戻す栄華。
「さて、始めるか、ゲームを」
琢磨は真面目な顔付きに変わり、ボールをまたワンバウンドさせる。
腰を屈め、胸の前に両手を伸ばして、待つ由美。準備万端な様子だ。

「さぁ、一球目だ」
琢磨は前方にいる栄華に目掛けてボールを放り投げると同時に走り出す。
栄華はボールを目で追い、両手を頭上に上げ、構える。
琢磨はボールが栄華の頭上に着たと同時にネット前でジャンプし、スパイクの構えをする。
栄華は琢磨がジャンプしたのを見守ると、ボールを両手で包み、飛んでいる琢磨の前にボールをトスする。
「相変わらず、パーフェクトなトスだ」
琢磨はトスされたボールを先程よりも強く由美目掛けてスパイクする。
「なぁ、早い…」
猛スピードで飛んでくる打球の勢いに気圧され、由美は反応が少し遅れる。
だが、何とかレシーブはできたが、ボールは非ぬ方向へ飛んでいく。
由美は片膝突き、琢磨を睨みつける。
「クソッ、さっきは本気ではなかったのか」
琢磨は悔しそうな顔の由美を鼻で笑う。
「これが全国二位の実力だ」
栄華は偉そうに踏ん反り返る。
男子部員の一人がボールをパスをし、琢磨はそれを受け取る。
「おい、休んでる暇はないぞ」
琢磨は前方にボールを放り投げ、走り出す。
「クソッ」
由美は立ち上がり、レシーブの構えをする。
1球目と同様に、琢磨は力一杯スパイクする。
打球は先程と少し高い軌道で打ち出され、由美の顔に目掛けて飛んでくる。
猛スピードで飛んでくる打球を由美は避ける暇なく、顔に命中し、仰向けに倒れこむ。
薫子は目を開き、驚きのあまり、その場で硬直する。
「おい、大丈夫か」
達也は慌てて由美に駆け寄る。
栄華が腹抱えて笑い、琢磨は高笑いする。
「このまま続けたって、結果は変わらないぜ、続けるか?」
琢磨の言葉に反応し、由美は直様立ち上がる。
「愚問を。結果は最後までやらないとわからないわ」
そう言うと、傍らにいる達也に由美は会釈して、またレシーブの構えをする。
「さぁ、三球目をやろう」
琢磨は男子部員からボールを受けとる。
「ふん、怪我しても、練習相手になってもらうからな」
「ほざいてろ」
由美の状態もお構いなしに琢磨は続けて、スパイクする。
それも由美の顔に。
「クソッ、男子のスパイクを舐めていた」
次は両腕で顔をガードするが、打球の勢いで吹き飛ぶ。
「ははは、見るも無残だな」
「心にもないことを…」
「さぁ、休んでいる暇はないぜ、四球目だ」
琢磨は相も変わらず、由美の顔を狙ってスパイクする。
由美は立ち上がるも、ガードする間もなく、顔に打球が直撃する。
「避けないことは褒めてやるよ」
琢磨は両手を腰に当て、そして栄華と共に高笑いする。
「お前等なんかに、バレーを汚されてたまるか」
由美は唇を噛み締め、血を流す。

――やめて
悲痛な叫びとバチーンと物に当たる音が閑散とした体育館に響き渡る。
身体の至る所に痣がある女子バレー選手にそばかすの女子バレー選手がバレーボールをその子に思いっきりスパイクしている。
そして、その後ろで腹を抱えて笑う眼鏡の女子バレー選手が立っている。
――どうしたよ、私達を押しのけて入った一軍様よ。リベロなら、レシーブしろよ
そばかすの女子バレー選手は痣がある女子バレー選手に何度もスパイクし、ボールを当てまくる。
痣がある女子バレー選手は頭を両手で守り、その場に蹲っている。
すると、由美が体育館の重い扉をガラッと開け、入ってくるなり、そばかすのバレー選手に掴みかかる。
――てめぇら、やめろ
――はぁ?一軍様のあんたには、私達の気持ちなんてわからんのにちゃちゃいれてくるな
――人のこともバレーのことも大事にできん根性だから、落されたのが、わからんのか
そばかすの女子バレー選手は肩を震わせ、由美の手を払い除け、距離を置く。
そして、怒りのあまり卒倒しそうな顔で手に持ったボールを由美目掛けてスパイクする。
――知ったこと言うな
由美はスパイクされたボールを避けずに、顔に受ける。
――謝れ
由美は鼻血を垂らし、両手を強く握る。
――はぁ?
――謝れよ、その子にもバレーにもよ
――うるさい
そばかすのバレー選手が大声で叫び、体育館に響き、反響する。

笑い続ける琢磨と栄華。
由美は肩を震わせ、二人を睨みつける。
すると、由美は大声で、
「負けてたまるか」
と叫びだす。
「なんか吠えてやがる」
「ふんっ、十球と言わず、次で終わらせてやる」
琢磨と栄華は、ポジションに着き、絶妙なコンビネーションでスパイクを打ち出す。
由美はボールが打ち出される直前に、ハーフラインよりも後ろに下がり、レシーブの構えをする。
琢磨は由美のそのポジション移動に驚く。
「いつまでも私を舐めるなよ」
六球目にして、由美の両腕の面が打球を捕える。
だが、ボールはネットを超え、サイドラインの外へ飛んでいく。
「衝撃を吸収しきれなかったか」
由美は地団太を踏んで、悔しがる。
「あいつ、顔を狙った打球を後ろ下がって、受けやがった」
琢磨は唖然とする。
「ヤケクソだろう、現にちゃんと受けきれなかったし」
栄華は冷や汗を掻くが、笑って取り繕う。
「そ、そうだな、次こそ終わりにしてやる」
琢磨はポジションに戻り、栄華にボールを山なりにパスし、走り出す。
栄華がボールを両手で優しく包み込み、琢磨がジャンプし、スパイクする位置に来たのを確認すると、琢磨へボールをトスする。
琢磨は空中で由美を目で捉える。
「これで終わりだ」
琢磨は変わらず由美の顔に向けて、スパイクを打つ。
由美は琢磨がスパイクする直前に後ろへ下り、両腕を前に構え、打球を待ち受ける。
「うらぁ」
打球が両腕で捉え、レシーブし、前方へ飛ぶも、今度は達也の目の前を通過して、ネットに引っかかる。
「また失敗か」
「な、なんだと…」
ネットに引っかかったボールを見て、琢磨は驚愕する。
琢磨は両手を強く握り、歯を食いしばる。
栄華はおどおどして琢磨に話しかけようとするが、琢磨は手を払い除ける。
「次だ」
琢磨の怒声が響き渡る。
そう言って苛立ちながらも直ぐにポジションに戻ると、
「次は高めにトスしろ」
と琢磨は栄華に命令する。
「お、おう」
琢磨は走り出し、そして達也の手前で今まで一番高くジャンプする。
達也も続いて、今まで一番高くトスをすると、琢磨をそれを由美側のネット際に落ちるように叩きつけてスパイクをする。
「これは取れないだろう」
取れないと確信すると思った琢磨だが、由美はいつの間にかネット際におり、ボールの落下位置に両手を伸ばし、打球を受ける。
だが、ボールは達也の頭上を超えて、飛んでいく。
「な、なぜ、あれが取れる」
栄華はその姿に驚愕する。
「女に、女に負けてたまるか」
琢磨は今までになく、怒り狂う。
琢磨は次のスパイクを打つため、ポジションに戻り、栄華にボールを投げるが、栄華は唖然としていて、反応に遅れる。
栄華は気づいた時にはネット際で琢磨がジャンプし、スパイクの構えをしていた。
遅れながらも、栄華は琢磨にトスをするも、琢磨はスパイクを打てたが、タイミングがズレて、明らかにアウトになる打球である。
しかし、それを由美は余裕な表情でレシーブをする。
達也の頭上を超え、琢磨側のネットにボールが落ちるが、段々と達也にレシーブされるボールが近づいてくる。
「大体、勘が戻ってきたな」
琢磨は苛立ちを隠せず、ネットを殴る。
「女なんかに、女なんかに」
栄華が琢磨に慌てて近づく。
「さっきはす、すまん」
「最後だ、次で最後だ。終わらせてやる」
琢磨は栄華の声が耳に入らず、ポジションにつく。
栄華は声を掛けようとするが、琢磨の鬼の形相に気圧され、押し留める。
「最後だ、女、覚悟しろ」
琢磨は栄華にボールを投げ、全力で走り出す。
栄華は落ち着いて、飛んでくるボールを両手で包み込み、琢磨がジャンプするのを刹那で待つ。
力強くジャンプする琢磨。今までにない綺麗なフォームでボールをスパイクしようとする。
「女が調子に乗るなよ」
栄華は空中にいる琢磨にボールをトスをする。

女性監督がバレーアタック台の上に立ち、力強くバレーボールを投げる。
投げたその先にはボロ雑巾のように疲れ切っている琢磨と栄華が中腰で立っている。
その後ろでは至る所に痣がある達也が倒れている。
投げられたボールは琢磨の顔に当たり、仰向けに倒れる。
――そんなボールも受けれないなら、全国制覇なんて夢のまた夢だわ
女性監督は倒れた琢磨にお構いなしにボールをぶつける。
――も、もう…無理です…
栄華が息切れてか細い声で、女性監督に訴えかける。
女性監督は額に青筋を立て、栄華にボールをぶつける。
栄華も琢磨の隣に倒れ込む。
――口答えする暇あるなら、一本でも受けてみろ
そう言うと、女性監督は何度も何度も倒れた琢磨と栄華にボールをぶつける。
すると、倒れていた達也がボロボロの身体を無理やり起こし、立ち上がる。
一歩また一歩、ガクガク震える脚で歩き、ボールが飛び交う琢磨と栄華の前に棒立ちする。
女性監督は達也の方に矛先を向ける。
――根性無しが今更なんだ、そこを退け
――ど、退きません
――退け
女性監督が達也にボールをぶつけるも、達也は一瞬蹌踉けるが、踏ん張り、体勢を持ち直す。
――ふん、根性無し同士、傷を舐め合ってな。今日はここまで
アタック台から女性監督は降り、体育館を出ていく。
達也はその場に崩れ落ちるように座り込む。
琢磨は女性監督が出ていくのがわかると、握り拳で床を叩く。
――クソッ、これ以上女なんかにいいようにされてたまるか
――同感だ。これ以上邪魔されてたまるか
栄華も体力の限界をとうに超えて、声を出すのが必死だ。
達也は息遣いが荒いが、必死に声を出す。
――や、辞めるって選択肢はあるんじゃないか?
琢磨と栄華は同時に「それはない」と声を荒げる。
――俺はトップを取るんだ、逃げ出してたまるか

「女が調子のるなよ」
琢磨がこれまでで一番の力を振り絞り、由美へボールを打ち出す。
打球は吸い込まれるように由美の両腕に勢いよく飛んでくる。
両腕を内側へ絞るようにして打球の勢いを殺す。
「ブランクってダメね、感覚戻すのに十球かかっちゃったわ」
すると、勢いが消えたボールは風船のようにふわふわと山なりに弧を描き、ネット前に立っている達也の頭上へ飛んでいく。
「何だと…」
琢磨と栄華は口を開き、唖然とする。
達也は驚きのあまり、ボールを呆然と見ている。
棒立ちしている達也を無視して、由美はネットまで走り出す。
「へい、トス」
「え?」
由美の呼びかけに我に返り、達也は由美に目を向けるが、由美はもうハーフラインを超えいる。
達也は慌てて、頭上のボールを見て、トスの構えをする。
「うらぁ」
由美は飛んでいったボールに追いつき、ネット前で鳥のように高く飛び立つ。綺麗なスパイクのフォームで。
琢磨と栄華にとって、更に驚くべく光景が広がる。
「あ、あいつ、女なのに、ネットから頭一つ超えていないか」
「男子バレーのネット高さを優に超えてきてやがる」
由美のジャンプ力は凄まじく、ネットから頭を超えている。
「へいへいへい」
由美は達也に声をかける。
驚きながらも笑顔で達也は由美の前へボールをトスをする。
ボールには回転がなく、ふわっとして、ネットを超える。
「いいトスだ」
由美はボール目掛けて、力強く腕を振り下ろし、ネットの向こうへスパイクする。
男性のように猛々しいスパイクを打ち出し、エンドラインギリギリに打球が落ちる。
達也は目を光らせ、立ち尽くす。
琢磨と栄華はスパイクされた瞬間の打球に反応できず、ボールが落ちた音に反応して、後ろを振り返る。
由美は着地すると、達也に向かって親指を立て、ウィンクする。
「いいセッターだったよ。流石全国二位の実力だな」
「あ、あぁ、ありがとう」
由美は達也からネットの上側に目を移し、ネットを見上げる。
「流石に男子のネットは高いな。何とかインしたが、ギリギリだったな」
「いや、普通の女の子はまともにスパイクできなんだけどね…」
達也が透かさずツッコミを入れる。
「現役の時はもっと飛べたんだけどな。まぁブランクがあったからね」
「ははは、やっぱり経験者だったか。動きを見てそうだと思っていたよ。だけど、ただの経験者ではないよね?」
「うーん、そうだね。自慢じゃないけど、元日本代表だったよ、ジュニアのね」
ネットを突き破りそうに琢磨が掴みかかる。
「てめぇ、元日本代表だと!?舐めやがって、こっちが不利じぇねえか」
由美は粘りつくような視線で琢磨を睨む。
「こっちとら、一年もブランクがあるだ、不利じゃないね」
「たった一年じゃねえか、クソっ、やり直せ」
「あーもう、終わったことにグチグチと、何言ったってあんたらはバレー部辞めることに変わりないんだからさ」
由美は琢磨にビシッと指をさす。
「うるせえ、俺はトップを目指してるんだ、バレーなんてやめねえぞ」
「何か勘違いしてるけど、バレー部をやめろって言ったけど、バレーまでやめろとは言ってないわ」
「はぁ?」
「あんたは強い、もっと練習すれば、日本代表にも選ばれると思うわ。だけどね、あの女監督の元でバレーやっても、ダメ。精々全国二位止まりよ、それにバレーを好きになれないわ」
「監督の事知っていたのか…」
「あぁ、バレー界では有名な監督だからな、悪い意味で」
琢磨は地団太を踏むが、直様由美に突っかかる。
「てか、バレー部やめて、どこでバレーやれと」
「視野が狭いね、クラブチームにでも入ればいいのよ、いい監督のいるチームを紹介してもいいわよ」
達也が小声で呟く。
「その考えはなかった…」
琢磨は額に右手を当て、考え込む。
「クラブチームか…」
由美はパンと両手を叩く。
「はい、決まりね、ではクラブチームで頑張って」
由美はその場を立ち去ろうとする。
だが、思い出したかのように手をぽんと叩く。
「あっ、忘れていた、あんたら、もう一個の約束をやってもらおうか」
「もう一個?」
栄華が眉間に皺を寄せる。
由美は床を指差す。
「バレーの神様に、深々と土下座して謝りな」
琢磨達は思い出し、お互いの顔を伺う。
「往生際の悪いな、早くやりなさい」
由美は腕を組み、眉間に皺を寄せ、大声で怒鳴る。
琢磨達はビクッと驚き、嫌そうな顔でゆっくり床に正座する。
すると、由美が達也を指差す。
「あっ、あんたはいい人そうだから、やらなくてもいいよ。まぁ、自分がやりたいと思っているならやってもいいが」
達也は少し考え込むが、「俺もやる」と返事する。
「そう」
由美は軽い口調で声を漏らす。
達也は直様床に両手をつき、頭を深く下げる。
その姿を見ている琢磨と栄華は躊躇うが、諦めた様子で、床に両手をつき、頭を深く下げる。
達也が初めに、「申し訳ございませんでした」と言い、後に続き、琢磨と栄華が「申し訳ございませんでした」と言う。
由美は琢磨達の土下座姿を舐めわすように見つめ、そして、その場を後にする。
琢磨達は由美が去った後でも、土下座のままである。
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