狐時雨

桂葉

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一章

花誘う

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「かったり」
 この上なくもったりとした気分で、誰も聞いていない呟きを落とす。朝起きて早々に言うセリフでもないんだろうけれど、まあ、俺の人生こんなもんだ。
 そんなふうに、過去何度も繰り返してきた冴えない目覚めを今日も一つ重ねる。楠瀬真幸は重い頭を枕から持ち上げ、ベッドの上でまたため息をついた。
 寝相のよろしくないせいでぐしゃぐしゃの髪を更にかき回して乱し、それから雑に手櫛で撫でつけて起床だ。今日からはもう、よれたカッターシャツに袖を通す必要がなくなった。そのことに解放感半分と、情けなさをもう半分噛みしめて彼はクローゼットの扉を開けた。中に閉じ込められた重いものに、少し息が詰まる。
 先月、高校を無事卒業した。しかし四月の始業となるこの時期に、真幸はどこの学生でもない。かといって、社会人にもなれていない。いわゆる浪人生という身分になってしまったわけである。
 昨日はどうにも気分が乗らず、勉強はしなかった。しかし今日は予備校に行かねばならず、気の重いことこの上ないが、バイトも禁止されている身としては家の負担でしかないわけで、せめて次の春からは大学生となるべく、親の指示通りの生活を送るしかない。
 去年は勉強ばかりしてろくに出かけもしなかったから、クローゼットにしまわれている服はほとんど一昨年に買ったものばかりだ。肌触りが気に入っているコットンセーターをハンガーから降ろし、ぼさっと頭からかぶった。外に出る時にコートを羽織るのだが、この時期は実は家の中の方が寒いことが多く、冷え性の真幸は少し薄着すぎるかなと思ったが、着替えるのも面倒でそのままカーゴパンツを履いて部屋を出た。
 この時間、日当たりのいい我が家のダイニングには家族の誰もいない。妹は電車通学のためにとっくに飛び出して行っているし、父はそこそこ大きい地元の私立総合病院の院長、母はその副院長で、少し前に出勤していったはずだ。
 真幸が浪人生になったのは、この家系のせいだ。楠瀬家の長男たるもの、病院を継ぐのは必須事項で、それは生まれる前から決められていることで、抗うという選択肢はもともとない。その大前提として、これまた地元の医科大学を卒業する必要があり、そのための入学に失敗したため、次の春に延期されたということだ。
 箸にも棒にも掛からぬほどの不出来であれば諦められて終わりだったのだろうが、真幸の純粋な努力の結果、合格には及ばなかったがここまではそれなりの成績を修めていて、幸か不幸か希望は損なわれずにいる。実に重いプレッシャーなのだが、抗うほどの何も持ち合わせてこなかった真幸としては、「それでいい」という理由で親の敷いたレールを少し遅れ気味にたどっている。
 高校の友人は、今頃皆大学生だ。中に真幸と同じような境遇の、大学教授の息子がいたのだが、彼は見事教育学部に席を勝ち取った。共に同じ重圧を嘆き合いながら受験戦争に身を投じていたのに、こうしてこちらだけ脱落してしまい、今後連絡を取るのも気後れする仲になった。
「あーあ」
 それを思うと途端に泣きたい気分になる。こんな結末って、あんまりじゃないか。
 電子レンジで牛乳を温めながら、ガラス扉に映る自分の顔があまりにも情けなくて、本当に涙が滲んできた。
 好きだったんだ。馬鹿みたいに、好きだったんだ。
 想われることはないとわかっていた。それでもよかった。ずっと、よく似た人生を歩んでいく親友として、つかず離れずいられればと思って、告白さえしないと決めていた、それがどうだ。告白どころか、これじゃ合わす顔もない。
「なんで俺、こんなんなの……?」
 こういうのは言葉にしては余計に空しいだけだ。しかし込み上げた切なさに耐えかねて口にし、その言葉を聞いた耳が痛んだ。
 幼稚園の頃からここまで、女の子にはモテてきた。それは大病院の息子だからという理由ではたぶんなくて、普通に顔もよくて、背丈もあって、あまり体力はないが学力があって、特に偏った性格もしていないせいで。男友達も何人もいた。そのうちの一人になぜか、恋をした。
 よりによって、親友。
 こっそり古本屋で立ち読みした、いわゆるBL本というやつではあまりにもありふれた設定である、親友に惚れたパターン。アホみたいにまんまで笑えたくらい。女にも簡単に想像できるような、男に惚れた主人公の心情がそのまま自分の心にもあって、情けなさは倍増した。
 だけど、漫画や小説はだいたい、相手がちゃんと主人公に応えてやるか、もしくはもともと両思いだったとかで、わりと簡単に付き合う→エッチまでしてしまう結末で終わる。しかし、現実はそんな単純じゃない。都合よくいかない。
 落ち込んだ主人公を、相手は気遣って慰めるどころか連絡さえ寄越してこねーのよ。俺はもう、腫物なのよ。触ってなんてくれないわけ。
 馬鹿馬鹿しい。これなら告白くらいしておけばよかった。
 こんな空しい失恋じゃなくて、せめて玉砕を決めておけばよかった。
 俺の人生、こんなもん。言い聞かせるように唱えて、電子レンジの扉を開ける。
 しまった。あたためすぎて牛乳に幕が張った。こんなふうに、「こんなもん」の一日は始まったのである。


     ●


 今日から浪人生コースに変わった予備校の講師は、際物揃いだった。特に化学がすごくて、彼の無駄に高いテンションにはついていけないなと早々に結論を出した。しかし、他はまあまあ許容範囲。一人で一年も勉強なんてとてもメンタルが保てないと考え、特別コースまで選択して通っているんだから、サボらず続けるしかないのだろう。
 予備校の自習室は開いていたが、なんとなく入りづらくて、授業が終わると早々に出てきてしまった。通う生徒同士で友達のできることもあるのだろうが、真幸は彼らと慣れ合うつもりにはなれない。
 新しい環境は、少し苦手だ。慣れたものがいい。慣れたもの、予想できるものの中で、できるなら生きていたい。人間関係もそうであったのに……、失ったすぐにまた新しく作るだけの逞しさは、まだとてもみつかりそうになかった。
 参考書のぎっしり入ったリュックを背負ったまま、自転車で自宅までの三十分を走っていた真幸だったが、いつも立ち漕ぎになる坂の途中で、今日は気まぐれに自転車を降りた。
 坂の途中に細い小道があって、その先にこれまた細い階段が伸びている。昔から変わらない風景で、いつもなら当たり前のように素通りするところを今日に限って目が留まったのは、階段の脇にふっさりと咲く八重桜があまりにも美しかったからだ。
 入学式を終える今頃、寒い年はソメイヨシノが残っていることもあるが、今年は先日の雨で散らされてしまった。しかし、ここは八重桜なせいですこし開花が遅く、今がやっと満開という風情だった。
 どうせ、家に帰っても誰もいない。付き合ってくれる友達もだ。ならば、しばらくここで時間をつぶして行くのも悪くない。ちょうど、さっき駅前で買った炭酸水があるから、それをあてに花見気分で寄って行こうかという気になったのだ。
 階段の手前には、背の低い石造りの鳥居がある。その柱に自転車をもたれかせて、真幸は階段を昇って行った。
 神社の階段は、一体誰の歩幅に合わせて作られているんだか、低くて広くて実に昇りにくい。しかし真幸は昔から不思議とこれが好きだった。駆け上ったり、飛んで昇ったりと、小さい頃には友達とここだけで一時間は遊んだものだった。
 ああ、あれもあいつだった。
 思い出が苦くにじんで、振り払うように駆け上る。一段飛ばしも楽にできるようになった、今は彼は隣にいない。
 タンっと最後の一段を登りきる。眼前に押し寄せるように広がった光景に、真幸は軽く目をしばたかせた。
 極彩。
無彩色の階段の途切れた向こうには、あまりにも鮮やかな色たちがひしめいていた。
 八重桜の薄紅が迫る、その向こうに朱もあでやかな鳥居が幾重にも重なっていた。それらを包むのは芽吹いたばかりの深緑、そして雲ひとつない空の淡い青。すべてがそれぞれの色を誇りながら、ひとつの画として見事に調和していた。
 ああ、ここは神域。そう、感覚が悟った気がした。世間から隔離され、俗に汚されることなく静かにそこにある、特別な空間なのだと。
 昔から、この稲荷神社の鳥居には独特の雰囲気を感じていた。確か数えたところ十二本並ぶこの鳥居のひとつひとつをくぐるたびに、自分がどこか別の場所に誘われていくような不思議な気分になる。今もそうだ。景色を見上げながら一本一本鳥居を通り過ぎていくごとに、やはり何かを感じずにはいられない。
 ―――この世に、不思議なものなどないはずなのに。
 実際、鳥居を超えるとその奥に見えるのは、ごく普通の祠である。社を持つほど大きい神社ではなく、境内は広いのに祠は小ぢんまりしたものだ。お稲荷様なので、祠の前のひな壇に白い狐の置物が並んでいるくらいで、それにも特別感はない。
 ないはずが、真幸はそこで異変に気が付いた。
 葉の繁る後ろの木が倒れ、祠を傾けている。枝にひっかかり倒れてしまうことはないが危うい角度に傾き、そのせいで神具が倒れそうになっていた。
 先日、春の嵐といえそうな風雨が吹き荒れた。前夜からの雨は強く吹きすさぶ風を伴い、時折雷さえ轟かせながら、一晩中周囲をかき乱した。それのせいで、祠はこうなったのだろう。
 さて、どうしたものか。
 傾きを直すだけなら簡単だ。しかし、真幸にできることは応急処置程度でしかなく、この祠を管理している町内会の奉賛会に任せてもう少し安定させるべく補強が必要なのかもしれない。このまま倒れでもして物理的に壊れてしまうと、いささか後味が悪いような気がして見捨てられず、まずは手を貸すことにした。
「ま、とりあえず、だけどな」
 短く呟き、肩にかけていた鞄をおろすと、寄りかかっていた木を横に退け、慎重に祠を起こして立て直した。倒れた神具も扉を開いて並べ直し、元あったように位置を整えた。
「こんなもんかな」
 真っ直ぐに建てられたことを確かめたくて祠の前に立ったとき、ふと近くに人の気配を感じた。もし偶然様子を見に来た神社の関係者ならば都合がいい。誰だろうかと振り返ると、そこにはおよそ想像していなかったような人物が、立って真幸の様子を見ていたようだった。いつからそこにいたのかはわからない。
「神主さん?」
 そう問いかけたのは、相手がそのような雰囲気の格好をしていたからだ。白い着物に、白い袴を履いて、その上から薄い着物をもう一枚重ねている。まあ、こういうのは普通神職とみなしていいのだろう。しかしそうは言いながら、また別物だとは微かに感づいていた。他の要素がどうにも現実離れしているのだ。



 透けるように白い肌に、切れ長の目。しかし瞳は色が薄い。白金の絹のような髪は長く、背を腰あたりまで覆っていた。そもそもの長身に加え、ちょっと真幸を威圧するような、神秘的な濃い気をまとっているように感じられて……、つまりこれは、人ではないなと直感が訴えてきた。
 俺、今ここにいても大丈夫なのか?
 異世界の空気に触れている実感が、身に迫る危険を訴えた。しかし、ここで逃げてしまうとしても、その行動が正しいという自信もない。
「二度までもそなたに助けられるとはな」
 声までどこか神秘的に響き、いよいよとんでもないものに出くわしたのかと固唾をのんだが、相手の言葉にふと気づくことがあった。
「え?」
「いや。我は神主ではない」
「……でしょうね。じゃあ、ナニ?」
「何だと思う?」
 どこか含み笑いを見せて、問い返してくる口調はゆったりとしていた。それが、本人の纏う気配の特別さを引き立てるようだった。
「やめてよ、これ間違ったら黄泉の国とか行くやつじゃない?」
「黄泉とは面妖な。ここは神域ぞ」
「じゃあ、あんたに喰われる?」
 恐る恐る、まるで昔話に出てくる妖怪にでも出会ったような緊張で尋ねると、しかし相手は、くくくと小さく笑った。少しうつむいた「彼」の髪の間から、白い毛をまとった……獣の耳が見て取れた。
「お狐様……?」
「正解。驚いたろう」
「いや、驚きとかのレベルじゃねえよ、これ」
 稲荷神社に狐男。まあ、不思議ではないと言えばそうなのだが、このような非科学的なものがまさに今目の前に立っているという状況は、やはりなかなか受け入れられるものではない。
「礼を、言いに来た」
 戸惑う真幸を気にした様子もなく、狐男は言った。そもそも理解されようという気はないのだろう。
「礼?」
「祠が傾いたのを直してくれたろう。我はそなたには見えるだろうが、実体がないゆえにな、こういうものを動かす力がないのだ。どうしたものかと思っておった。このまま傾いて倒れては……、我ら壊れてここにいるための力を失うのだよ」
 ああ来た、許容範囲外。頭がクラっとした。
 実体がないとか、力を失うとか。普段使いの感覚では絶対に受け入れられないはずの概念で話され、完全に常識が壊れた。
「……ファンタジー。これ、和風ファンタジーってやつね。転生したら和風ファンタジーのモブになってました、ってやつ。俺理解した」
 とりあえず、よく見かけるライトノベルのタイトル風にこの状況をまとめてみた。そう遠くはないだろう。俺一回でも死んだ自覚ないけど。
「大丈夫か」
「ああ、こっちの話。あんたにゃわかんないと思う」
 と言ってみて、ふと思った。もしこれが現実で、目の前の狐男が神様なら、タメ口はまずいのだろう。かなりの失礼に当たるはずだ。下手をすると罰が当たる。
 どうしたものかわからず、真幸はとりあえず柏手を打ってみた。パンパンと、二回。しかし、相手は露骨に怪訝な顔をした。
「何の真似だ」
「だって、あなた、神様でしょ。とりあえず、パンパンするもんでしょ」
 思えばなんとも阿呆な言い分だった。案の定、その稚拙さにだか見当違いにだか分からないが、狐は薄く笑って見せた。少し開いた唇の隙間に、犬歯のようなものが見える。
「なるほどな。残念ながら、我はここの神……宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)ではない。ただの狐。眷属……つまりお仕えする者だ」
「お稲荷さんって、狐じゃないの」
「違う。我らも歳を経れば多少なり神格化するが、稲荷神社において真正の神は宇迦様だ」
 そうなのか。昔から、このへんの人は皆ここを「お稲荷様」「お狐様」と呼んで親しみ、夏には祭りも催されるのだが、そういえばご神体の正式な名前なんて真幸も知らずにいた。ここには謂れを書いた立札さえないのだ。
「だから俺みたいな庶民の前にも出てきてくれたんだ?」
「必要あらば神も顕現なさる。しかし今は、その使者として我が遣わされただけだ」
「……そっか」
 神様でないから安心というものではないが、こうして話をしていてもいい相手なのだろうというところにだけは、とりあえず少しだけほっとする。
「礼を申す。もしそなたに願いがあらば、言ってみよ。よほどの無理でなければ叶えようぞ」
「え?」
「願いを言えと申した」
「嘘?」
 また都合の良すぎる展開を、真幸はあっさりと疑った。
 少し祠を動かしただけでこんなラッキー、あっていいもんじゃないだろう? いっそ何の罠かと疑いたくもなるが、その展開も現実味がない。全部夢だったら馬鹿みたいだなとは思うが、今この世界観でここにいる狐は、ふふんと得意顔である。
「嘘はつかぬよ。ただし、そなたの努力次第で叶うことに限る」
「えー。億万長者とか駄目なのかよ」
「そうなる素質を与えることはできても、今ここでそれだけの金品を与えることはできぬ。そういう話だ」
 涼しげな声で言う狐の言葉が、少しずつ具体的になる。それにつられてか、真幸の方もだんだんとこの状況に手応えを覚えるようになってきた。
「素質、与えてくれんの? まじ? ちょっとそれすごすぎない? もしかして交換条件隠してるとかない?」
「ない。恩には礼で返すものだ。人を豊かにするのは稲荷神の本懐だからな。豊穣と繁栄の神だ。それくらい知っておろう。その力をお借りする」
「ごめん、今年の正月合格祈願しちゃった」
「……まあいい。その合格祈願とやらでよいのか」
「や、ちょっと待って決められないよそんなの」
 真幸は慌てて両手を振り、狐を止めた。
 合格はしたい。けれど自分が本心から望む願いかと言えば、少し違う。
じゃあ、恋愛成就? それって男同士じゃ子孫繁栄にはならないし、そもそももう始まりもせずに終わったものにこんなレアなラッキー使えない。
 いや、でもこれたぶん夢か何かだから。あてにするんじゃない。とは思いながら、ダメモトで夢見るくらいいいじゃない? 言ってみても損することはないだろう。で、何を願うべきだ? ああ、頭の中が忙しい。
「どうした?」
「ちょっと時間くんないかな」
 焦って無駄遣いはしたくなくて、真幸はそう提案した。狐は面倒だとでも思ったが、少しだけ考えてから言った。
「……、ある程度なら待ってやるが」
「なら、ちょっとだけ待って。そのかわり、俺ここの奉賛会に言って、祠ちゃんと固定する工事してもらってやるよ。また傾いたんじゃ次はまずいだろうし、壊れててもこんな人の来ない神社、なかなか直してもらえないだろ」
「……よいのか」
「いつも願い聞いてもらってるだけじゃ悪いしね。それくらい、俺が工事するわけじゃないし、いいよ。商店街に事務所があるの知ってる」
「それはありがたい」
「じゃあ、決まったらまた来るよ。待ってて」
 もちろんこの状況を全て受け入れられたわけではないが、真幸はとりあえずこれに乗ってしまおうと思った。どうせ夢か何かでも、今以上に悪いことが起きなければ問題ない。ただの日常に戻ってすべてがご破算になるまでは、そのつもりでいたほうが楽しいじゃないか。真面目に勉強ばかりしてきてさえうまく行っていない毎日には、これくらいの刺激があっても悪くない。
「神がかったものとの約束は絶対だ。それでもよいか」
 忠告めいた念押しに緊張はしたが、それもすぐ守る約束なら怖いものではない。真幸はクイと顎を上げた。
「今から行ってくるから大丈夫」
「そなたはやはり、変わらぬな」
「ん?」
「いや。忘れずに願いを決めて来るのだぞ」
 でなければ礼ができないからなと、狐は言った。こちらが忘れてしまったならそれでおしまい、というつもりはないらしいところは、律儀だ。神のようなものの価値観ではそうなのだろう。
「わかった。じゃ。あ、あんたのことはなんて呼べばいい? お狐様でいい?」
 とりあえず、狐がいつも姿を現してくれるとは思えず、呼び出すために名前は知っておきたくて言った。
「我に名乗れとな。妻問いか」
「え、何それ」
 また、突拍子もない反応が返ってきた。相手に名前を聞くということがプロポーズになるという話は、古典の勉強で知った。それのことを言ったのだろうが、ものすごい時代感覚に驚く。まさか、この狐はそれくらいの時代には存在していたということなんだろうか?
「まあよい。狐はここに二十体おるのでな。我のことは、九重と」
「ここのえ? 九つ重なるって書く九重?」
「ああ。それでよい」
「雅な名前だな。オッケー。俺は、真幸って呼んで。あんたが呼ぶことはないかもだけど」
 踵を返し、真幸は狐に背を向けた。階段を二段飛ばしに駆け下り、勢いよく自転車を駆った。

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