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第四章 婚約パーティー

婚約パーティー(中)

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 暗い暗い闇の中。
 ダメだ、はやくはやくはやくーー起きないと。

ーーなんで?

 起きないと、なにかが手遅れになっちゃう気がするの。

ーー復讐したいもんね。

 復讐は、したいよ。でもね、それよりももっと大事なものが、変わっちゃう気がする。

ーーその程度なんだよ。

 え?

ーー復讐は、生きるための糧として、無意識に自分に課しただけ。別に、ジラエスを殺そうだとか思ってないでしょ?

 まぁ、そうね。一度痛い目見ればいいっては思ってるけど。死ねばいいとは思ってないよ。

ーー結局、復讐するには優しすぎるんだよ。

 あたしが優しい? そんなことないわよ。そんなわけがないじゃない。

ーーどうしても復讐したいのなら、はじめっから短剣片手に城に乗り込めばいいもんね。

 そうかもしれないけど。

ーーもう少し、眠っていて。

 どうして?

ーー心のきれいなおねーさんには、見られたくないんだってさ。

 どういうこと? それに、あたしの心は割と汚いわよ?

ーー綺麗だよ。おねーさんの心はとっても綺麗だ。

 ユノみたいなこと言うのね。

ーーわざわざ汚い道をすすまなくていいよ。そういうのは、もとから汚いボクたちが請け負うから。

 あなたは誰? 本当にユノみたい。ユノなら汚くないと思うけど。

ーーユノだもの。

 あたし、夢をみてるのかな。

ーーそうだね。半分、夢だよ。でも、これはホント。

 え?

ーーボクたちは、おねーさんの幸せも、カルシュ兄の幸せも願ってる。

 わけわかんない。起きないと。

ーーもう少し。もう少しだけ、眠っていて。

◆◆◆◆

 浅い睡眠をするリーナにユノが話しかけている。
 寝言も言っているようだ。
 その二人を守るようにレノが立つ。

 カルシュは、急によびだされたことに動揺しているようだった。
 あっちのカップルのほうが、随分と適応するのが早い。

「じゃあ、リーナのこと頼むな」

 そう言って、休憩室を後にする。
 不思議なことに、緊張はしていなかった。

 ずんずんと歩いていき、ジラエスの前に進み出る。
 さっきのように頭は下げない。

 注目されていることをわかっていながら、俺は微笑んだ。

「今から、ジラエス・アンスランの断罪を始める!」

 さあ、リーナを苦しめた相手に鉄槌をくだそう。
 なぁ、バレたらまずいこと、いっぱい抱えてるもんな、ジラエス。

 怯えた瞳でこちらを見るジラエス。
 そんな目で見ても、俺はお前に甘い罰を与えるつもりはない。

「何事だ!」

 騎士や貴族たちが困惑顔でジラエスを見つめ、俺を見つめる。

「まず、ジラエスはここにいる薬屋たちを利用して、自分に都合の悪い人材を殺していた!」

 証拠の依頼の紙と共に、薬屋たちが登場する。
 リーナがいないことに驚いただろうが、出てきてくれて助かった。

 殺していたのは平民だけでなく、貴族も含める。
 俺の言葉に、貴族たちが半信半疑ながらも怒りのこもった視線をジラエスに向けた。
 気に入らないやつは殺すのが貴族社会といえ、公にされればそれは罪だ。バレないようにやってこそ。

「さらに、魔王の国の重鎮を無断で牢に捕らえている! 王は、戦をして国を食い潰すおつもりだ!」

 本当のことと嘘のことをまじえる。
 そんなことはしていない! とジラエスが主張しているが、少なくとも薬屋の一件が真実だと認められれば、王の主張など鼻で笑われる程度のものになる。
 騎士が慌てて牢屋のほうに行くのを確認しながら、さらに声を張り上げる。

「最後にーージラエスには、もっと大きな罪がある!」

 真っ青になった王を一瞥した。

「……やめてくれ、これ以上はっ……やめてくれ!」

 俺の足にすがりつくゴミを蹴飛ばす。
 男にしがみつかれても嬉しくない。

「王位継承権第一位だった兄を殺そうと企んだ!」

 これまでの比ではないざわめき。

「兄って……病気でお亡くなりになったんじゃ」
「でも、不自然な死だったらしいし」
「ご遺体は、似ていなかったそうよ……病気で痩せこけたと言われていたけど」
「さっき企んでいたと言ったよな。もしやーーお逃げになったのでは!」
「それなら、その方はどこへ……?」

「やめてくれ、っ!」

 ジラエスが、叫ぶ。

「俺の名前はエレミヤ。……ジラエスの兄だ」

 ジラエスの俺と同じ翡翠色の瞳には、冷笑する俺が映っていた。
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