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第五章 魔神の洗礼

静かな温もり

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ーー「それとも、冷たい王の俺は嫌い?」ーー

 あたしは。
 何を言えばよかったの?
 嫌いじゃないよって?
 冷たくないよって?

 怖かった。
 意味がわからなかった。
 無意識に後ずさるあたしを見て、一瞬だけバカミヤは悲しそうな顔をして。
 ーーそして。

 あたしたちを城から追い出した。
 サンディ家の別荘である、以前はバカミヤの住みかだったところに、廃墟に住んでいたみんなは移動することになった。病院に顔を出したり、目まぐるしい毎日が少しの間だけ、バカミヤのことを忘れさせてくれた。

「リーナ様」

 ぼんやりと、空を眺めていたあたしの隣に、カルシュが座った。

「カルシュ、どうして『様』なんてつけるの? 前々から思ってたんだけどさー。でも、今はなおさら『様』なんておかしいでしょ? だってあたしたち……その、未来のふーふ、なんだから。ね?」

 ねぇ。
 喋って。
 黙ってないで、口を開いて。

 隣にいるのに、カルシュがすごく遠くに感じるよ。
 バカミヤみたいに遠くに行っちゃいそうで、すごく怖い。

 ぎゅ、とカルシュの袖を掴む。

「いえ、こんな風に『様』をつけるのは……僕なりの、けじめですから」
「そうなの……」

 みんなの声が、遠くに聞こえる。
 歩く人々の話題は、新しい王様のことでもちきりだ。
 その話を聞くたびに、ズキズキと胸が痛む。

「リーナ様、すごく弱ってらっしゃいますね」

「そ、そう? あたしって、ほら。元気なのだけが取り柄だし。弱ってたりするはずがないじゃない。カルシュにはそう見えた?」

 あたしは、元気だよ。
 風邪もひかないし、怪我もしてない。
 どこも痛くないよ。

「……あ」

 ぱらり、と新聞のようなものが地面に落ちる。
 大々的に書かれた新王の文字。
 ーーそして。
 仲良さそうに微笑み合う、バカミヤとフィア。

「……っ」

 痛い。
 痛いよ。
 ーー胸が、痛い。

「リーナ様、胸が痛いですか?」
「え?」

 カルシュの唐突な発言に、あたしは目を丸くする。

「あたしにゃ、痛むような胸がないんだよ。知らなかった? エレンにさえまな板って言われてさぁ」

 何言ってるんだろう。
 わからない。
 でも、もっと会話を続けないと。
 あたしと話すのは楽しいでしょ?
 だから、いなくならないでって。

「ーーふざけないでください」

 そっと、カルシュが頬に触れてくる。

「僕を見てーードキドキ、しますか?」
「え? 土器土器? あたし別に土器コレクターとかじゃないしーー」
「僕が、もしエレミヤさんだったらドキドキ、しますか?」
「ーー」

 あぁ。
 何も言えなかった。

 バカミヤが側にいたらどんなに嬉しいだろうって。
 そんなことばっかり考えてる。

 バカミヤがこんな至近距離にいたら、たぶんあたし。
 心臓の音がうるさいと思うよ。
 想像して、顔が赤くなったあたしを見て、カルシュは軽く微笑んだ。

「リーナ様は、エレミヤさんに恋をしてらっしゃるんですよ」

 恋?
 うんうん、鯉とかベタなボケはしないよ。
 ラブだよね、ラブ。

「ーーあは。うん、そうだね。恋してるんだ、あたし。うー、恋なんてあたしには似合わないのにな」

 あたしに恋されてもーー嬉かないでしょ。

「こんなに、幸せそうなのに。あたしは、バカミヤとフィアの邪魔をしたくてたまらない。……めちゃくちゃ、性格悪すぎて……自分が嫌になる」

 これが嫉妬だって。
 これが恋だって。
 わかってた。
 あたしも、一応精神年齢はそれなりに高いはずだものね?

「恋は似合うとか似合わないとかはないですよ。老若男女恋していいんです。野郎の嫉妬は醜くても、乙女の嫉妬はいじらしいからいいんです」

 まさかカルシュの口から野郎なんて言葉がでるとはねーー。
 うん、長生きはするもんだわ。

「で。その恋に気づいた乙女さんは、いじいじしているのがお好みですか? 王子さまが迎えに来るのを待っていたいですか?」

 ……励まして、くれてるんだ。
 自分の足で、あたしが立てるように。
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