悪役令嬢だけど、男主人公の様子がおかしい

真咲

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「行きたいところが下町にあるんだ。もし行っても良いと思っていたら、目立たない平民服で来てくれないか」

 ある休日。
 私はライナスが育った下町へ、ここにきて初めて降りることになった。
 アスカム王国の中央、王城のある都市をまとめて王都と呼ぶ。王都はぐるりと大きな塀によって円を描くように囲まれており、東西南北の四方に門扉が開かれている。
 貴族たちの領土は王都の外にあるが、社交の季節、または王城勤めのレンテリア公爵などは王都に住むこととなる。学園寮で暮らす生徒たちも同様だ。

 そうした王城や貴族街から降りる──つまり、塀の方に、円の外側に向かって行くと商人たちが建てた店が立ち並び、それをさらに超えた、最も外側の層に平民たちの暮らす街がある。
 ライナスは数年前までそこの孤児院で暮らしていた。

 自分が行ってもいいものかと迷ったが、わざと汚したローブと質素な服装でライナスと会うことにした。彼は私を一目見て、泣きそうな顔をしていた。

「フェリシアが一緒に帰ってくれるなんて、思いもしなかった」

 ──帰る。
 無意識に漏らしたのだろうその言葉は、きっとライナスが押し込めていた本心のカケラに違いない。ライナスにとって、きっと孤児院はまだ彼の家なのだろう。
 私はどうだろう。
 私の家は……。

「フェリシアの容姿じゃ平民で通すのは難しい。お忍びの下級貴族、そのあたりで手を打とうと思っているんだ」

 私とライナスは貴族が乗るにはギリギリのランクだろう馬車に乗り、街に降りることにした。貴族街である間はまだよかったが、道の整備が追いついていない商人街に入るとガタガタと酷い上下運動を繰り返し、私のお尻は必死にクッションを所望し始めた。
 公爵令嬢として甘やかされた贅沢な体なのだ。

「ライナスはどうするの? 私の騎士?」

 現在のライナスは、質素な服に装飾の少ないながら立派な剣を帯剣している。ぐんと伸びた背丈と鍛えられた体格も相まって、騎士にしか見えない。

「っ……ま、まあ、そういう……ところ。かな」

 自分でそのつもりで来ておいて、少し恥ずかしくなってしまったらしい。
 照れた調子で窓の外に目をやる彼につられ、下町の街並みに目を向けた。

 王都は塀の中にできる。つまり土地をそれ以上広げることはできない。必然的に安全性を無視してまで背の高い建物が乱立し、それら同士の密集度もすこぶる上がっていた。見晴らしは良いとは言えない薄暗い道を進んでいくと、ぽかりと開けた場所に出た。
 広場らしいところの中央に、古いながらも綺麗な教会があった。
 教会の小さな庭で子どもたちとシスターが洗濯物を干している。

 ライナスの視線がそこに吸い寄せられているようだった。
 懐かしさに目を細めた彼に、私は思わず触れてしまった。

 手と手の微かな触れ合いだったが、ライナスが意識を私に移すには十分だったらしい。彼の頬が瞬間的に染まり、口元がもごもごとまごついた後深呼吸をする。

「あれが、俺の住んでいた孤児院だよ。教会としての役割もあって、近所の人がお祈りに来ることもある」

 変な感じだ。
 自分でも何故ライナスに触れたくなったのかわからない。
 彼が、私の知らない顔をして、私の知らない思い出に浸っていたから寂しくなったのだろうか。自分の内心を振り返るのは恥ずかしいな。

「楽しそうなところね」
「うん……挨拶してくるよ。一緒に来てくれる?」

 ライナスが、自分の心の最も柔らかいところを私に見せようとしているのがなんとなくわかった。笑顔を装っているが、緊張が隠しきれていない。それとも、恐れだろうか。
 きっと今、私が悪役令嬢よろしく心ない言葉を吐けば、彼は再起不能なほどずたずたに傷ついてしまうのだろうという予感がある。

 だから言葉を誤らないよう、私も気をつける必要があった。

「ええ。あなたのご家族に、挨拶をしたいわ」

 安心した顔のライナスを見て、私も心にじわりと温かいものが起こる。
 新しい発見だ。
 ライナスが笑ってくれると、私も嬉しい。

 シスターはふくよかな可愛らしいおばあさまだった。ライナスが大きくなったらことを大いに喜んでくれている。

「あなたが孤児院の玄関で一人ぽつんと立っていたことはよく覚えているわ。苦労させたと思うけど、こんなに立派に成長して……」
「シスターにはたくさんお世話になったよ」

 少し涙ぐんだシスターは、そこでライナスの後ろにいる私に目を止めたかと思うと、目をまんまるにさせた。

「んまあ。こんな別嬪さんを連れてくるなんて。あなたのお嫁さん? もう、言ってくれればすぐにお茶を……」

 よ、嫁。

「シスター! フェリシアは……」
「そうやって照れてたって何も始まらないわよ。シスターをあまり舐めるんじゃありません。あなたがここに連れてきたってことは、そういうことでしょう? それじゃあ私があんまりお節介を焼くのもおかしな話よねえ。そうだわ、子供たちには裏手に行かないようさせるから、今のうちに行ってらっしゃい」

 どの世界でもこういったタイプには敵わないものだ。
 ニコニコと私とライナスを裏手に押し出したシスターが柔らかく笑って扉を閉めた。誤解は解かれないままだ。

「ごめん……ああいう人なんだ」
「気にしてないわ」

 嘘。流石に動揺した。
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