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真っ白な空間だった。
白すぎて、どこが入り口でどこが出口なのか、そもそもここに壁があるのかわからないような場所。足を伸ばしても地面に当たるわけでもなく、私はふわふわと漂っていた。
移動できているかもよくわからないのだが、とにかく水泳の要領で泳いでみたりする。えいえい。体に疲れが溜まる様子もない。
代わりに出口も見つからなかった。
私は帰らなくちゃいけないのに。
ずっとここに漂っているわけにはいかないのにな。
「帰るって、どこに?」
ふわり。いつの間に私の側にいたのだろう。
黒い鱗の幼体のドラゴンが、私の周囲を旋回していた。
「ロサル」
彼はいつもより距離を保っている。
私の首に巻きついてくることもない。名前を呼ぶとぴくりと反応し、近寄りたそうに見せるのだが、頑なに一メートルほど離れた場所に漂っている。
「おれ、お前に嫌われるのは嫌だ。だから、近づかない」
宣告された。
もしかして、私が大嫌いと言ったから、悲しんで拗ねているのだろうか。
まるで子供みたい──ああ、子供だった。
「ライナスは大丈夫なの?」
「ああ。怪我もない。お前が庇ったから」
良かった。
「奴はお前が作った隙を見逃さなかった。すぐにおれの母上の首を跳ねた。あの硬い鱗を突き抜けるほどの怪力とはな」
「それなら、もういいよ。私はもう嫌いなんて言わない」
「……本当か? 本当に、本当だな?」
「うん」
ロサルがぴくぴくと耳を揺らして私のところに擦り寄ってきた。
なんだかちょっと、可愛げがあるような……。
「ロサル。ここの出口はわかるかしら? 私はすぐに帰らないといけないの」
「……。なあ、改めて聞くけど。黒色頭、お前はどこに帰るんだ? もしも、おれがお前を……前世の世界、地球に案内いてやれると言ったら、一緒に来てくれるか?」
前世の世界。
ピタリと私の思考が止まった。
「お前、おれにロサルっていう地球由来の名前をつけただろう。だから、おれが地球とこの世界の橋渡しをできるようになったんだ。おれはこれでも、人間たちが発展するはるか昔、神々の時代に生きる古代種だからな。色々なことができるわけだが……ロサルの名の縁を辿って、一度きり、おれは一つの魂だけ連れて、世界を渡れる」
帰れる。
あの場所へ。私の家と呼べるだろう世界へ。
「二人して人間に生まれ変わって暮らそう。きっと楽しい」
心が全く揺れなかったと言えば、嘘になる。
私はドライな風だと思っているけれど、あの世界ではまだ社会人にだってなれていなかったのだ。未練だってないとは言えないだろう。
ロサルと遊ぶのも悪くない。
でも。
「ロサル。ごめんね。私は地球へは行けないの」
ロサルは驚かなかった。
「私は、ライナスの隣を自分の帰る場所にしたい。私は彼を好きなんだと思う……いや、好きなの」
「……それは、頑張った甲斐があったな」
へ?
ここにいないはずの聞き慣れた声に、私はギギギ、と振り向いた。
そこには、赤い巨大なドラゴンと、ライナスが漂っていた。
「ひゃああああああ!」
びっくりして悲鳴を上げ、ひっくり返りそうになったところをライナスに支えられた。
ひっくり返るというか、どっちが上でどっちが下なのか、ここはよくわからないけれど。
「ど、どこから聞いて……」
「俺の隣を帰る場所にしたいってところから……」
「ピンポイント……」
よ、余計な恥を掻いた気がする。
真っ赤になった顔でライナスを見ると、彼も私と同じくらい真っ赤になっていた。
「……。もしお前が目覚めたら、もう、お前の気持ちが追いつくまで待つ必要はないんだな」
う、あ。その。
「お、お手柔らかに……」
それと。
「やっぱりここは夢の中なのかしら? 眠っている、ということは……」
「お前は死にかけているんだ。生死の狭間を彷徨っている……文字通り、そういうことだろうな」
「え! じゃあライナスは!?」
ライナスは視線をドラゴンたちの方にやった。彼らは私たちにはわからない鳴き声で再会を喜び合っているのか、くるくると回って鼻を擦り付けている。
「赤いドラゴンが、俺の夢の中にやってきて、魂を引っ張り出してお前のところに連れて行ってくれたんだ。体から解放してくれた礼だと……」
私たちは今、幽体離脱みたいな状態なのだろうか。
それって危険じゃないか!? 出口、出口は?
慌て始めた私に気づいたロサルがこちらに飛んできてくれた。
「ロサル、お母様は……」
「母上との最後のお別れは済ませたさ。おれはお前たちを無事に送り届けろと。さて、魂の状態は不安定だから、すぐに済ませるとするか」
ロサルは私とライナスの肩に手を置いた。
そのまま、視界がぐにゃりと曲がり始める。
それから私は……。
「──シア、フェリシア!」
自分を呼ぶ声。
重たい瞼をゆったりと開けると、金色の髪が見えた。
「……ライ、ナス?」
彼は私の手を強く握り、自分の目元に押し当てる。
熱いものが伝っているのがわかった。
「………………おかえり、フェリシア」
湿っぽい出迎えの言葉。
「ただいま」
私は、ライナスの隣に帰ってきた。
白すぎて、どこが入り口でどこが出口なのか、そもそもここに壁があるのかわからないような場所。足を伸ばしても地面に当たるわけでもなく、私はふわふわと漂っていた。
移動できているかもよくわからないのだが、とにかく水泳の要領で泳いでみたりする。えいえい。体に疲れが溜まる様子もない。
代わりに出口も見つからなかった。
私は帰らなくちゃいけないのに。
ずっとここに漂っているわけにはいかないのにな。
「帰るって、どこに?」
ふわり。いつの間に私の側にいたのだろう。
黒い鱗の幼体のドラゴンが、私の周囲を旋回していた。
「ロサル」
彼はいつもより距離を保っている。
私の首に巻きついてくることもない。名前を呼ぶとぴくりと反応し、近寄りたそうに見せるのだが、頑なに一メートルほど離れた場所に漂っている。
「おれ、お前に嫌われるのは嫌だ。だから、近づかない」
宣告された。
もしかして、私が大嫌いと言ったから、悲しんで拗ねているのだろうか。
まるで子供みたい──ああ、子供だった。
「ライナスは大丈夫なの?」
「ああ。怪我もない。お前が庇ったから」
良かった。
「奴はお前が作った隙を見逃さなかった。すぐにおれの母上の首を跳ねた。あの硬い鱗を突き抜けるほどの怪力とはな」
「それなら、もういいよ。私はもう嫌いなんて言わない」
「……本当か? 本当に、本当だな?」
「うん」
ロサルがぴくぴくと耳を揺らして私のところに擦り寄ってきた。
なんだかちょっと、可愛げがあるような……。
「ロサル。ここの出口はわかるかしら? 私はすぐに帰らないといけないの」
「……。なあ、改めて聞くけど。黒色頭、お前はどこに帰るんだ? もしも、おれがお前を……前世の世界、地球に案内いてやれると言ったら、一緒に来てくれるか?」
前世の世界。
ピタリと私の思考が止まった。
「お前、おれにロサルっていう地球由来の名前をつけただろう。だから、おれが地球とこの世界の橋渡しをできるようになったんだ。おれはこれでも、人間たちが発展するはるか昔、神々の時代に生きる古代種だからな。色々なことができるわけだが……ロサルの名の縁を辿って、一度きり、おれは一つの魂だけ連れて、世界を渡れる」
帰れる。
あの場所へ。私の家と呼べるだろう世界へ。
「二人して人間に生まれ変わって暮らそう。きっと楽しい」
心が全く揺れなかったと言えば、嘘になる。
私はドライな風だと思っているけれど、あの世界ではまだ社会人にだってなれていなかったのだ。未練だってないとは言えないだろう。
ロサルと遊ぶのも悪くない。
でも。
「ロサル。ごめんね。私は地球へは行けないの」
ロサルは驚かなかった。
「私は、ライナスの隣を自分の帰る場所にしたい。私は彼を好きなんだと思う……いや、好きなの」
「……それは、頑張った甲斐があったな」
へ?
ここにいないはずの聞き慣れた声に、私はギギギ、と振り向いた。
そこには、赤い巨大なドラゴンと、ライナスが漂っていた。
「ひゃああああああ!」
びっくりして悲鳴を上げ、ひっくり返りそうになったところをライナスに支えられた。
ひっくり返るというか、どっちが上でどっちが下なのか、ここはよくわからないけれど。
「ど、どこから聞いて……」
「俺の隣を帰る場所にしたいってところから……」
「ピンポイント……」
よ、余計な恥を掻いた気がする。
真っ赤になった顔でライナスを見ると、彼も私と同じくらい真っ赤になっていた。
「……。もしお前が目覚めたら、もう、お前の気持ちが追いつくまで待つ必要はないんだな」
う、あ。その。
「お、お手柔らかに……」
それと。
「やっぱりここは夢の中なのかしら? 眠っている、ということは……」
「お前は死にかけているんだ。生死の狭間を彷徨っている……文字通り、そういうことだろうな」
「え! じゃあライナスは!?」
ライナスは視線をドラゴンたちの方にやった。彼らは私たちにはわからない鳴き声で再会を喜び合っているのか、くるくると回って鼻を擦り付けている。
「赤いドラゴンが、俺の夢の中にやってきて、魂を引っ張り出してお前のところに連れて行ってくれたんだ。体から解放してくれた礼だと……」
私たちは今、幽体離脱みたいな状態なのだろうか。
それって危険じゃないか!? 出口、出口は?
慌て始めた私に気づいたロサルがこちらに飛んできてくれた。
「ロサル、お母様は……」
「母上との最後のお別れは済ませたさ。おれはお前たちを無事に送り届けろと。さて、魂の状態は不安定だから、すぐに済ませるとするか」
ロサルは私とライナスの肩に手を置いた。
そのまま、視界がぐにゃりと曲がり始める。
それから私は……。
「──シア、フェリシア!」
自分を呼ぶ声。
重たい瞼をゆったりと開けると、金色の髪が見えた。
「……ライ、ナス?」
彼は私の手を強く握り、自分の目元に押し当てる。
熱いものが伝っているのがわかった。
「………………おかえり、フェリシア」
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「ただいま」
私は、ライナスの隣に帰ってきた。
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