大嫌いな後輩と結婚することになってしまった

真咲

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 がつん、と頭を強かに打ち付け、呻いた。
 どうやら昨夜、レオは姉からの手紙を抱いたままベッドで眠っていたらしい。母にそっくりの美貌を持つレオだが、母と違って寝相は最悪である、
 ベッドから落ちて目覚めるのも今月三回目だった。

「懐かしい夢を見ていた気がする…」

 二人の姉が出てきて、母と、穏やかだった頃の父が出てきて。
 そして…?

「うう」

 考えようとしたところで先程打った頭が痛んだ。結婚式にたんこぶつけた嫁がやって来たら台無しだ。なるべく冷やしておきたい。

「レオ様、おはようございます。冷水とタオルをお持ちしました」

 執事の声がして、部屋のドアがノックされる。

「ありがとうエーリヒ」

 流石レオたちの世話を長年してきただけのことはある。
 彼はレオの寝相もよく理解していた。

「酷い音がしましたので。また悪夢をご覧になっていたのですか?」
「うーん、そうかも?」

 エーリヒ曰く、レオの寝相は悪い夢を見ると特に悪いらしい。

「無理もありません。昨夜、あのようなことがあったのですから…」
「まあ、そうなんだけど。いずれ来ることだってわかってたし、そのためにたくさん準備もしてきただろ?」

 エーリヒはレオにとって、今この家で唯一信頼できる存在だ。平民出身でまだ年若いが、優秀で出世欲があり、何よりも金にがめつい男。レオが税収の改竄を決意した時、成功率を上げる為、執事のエーリヒを巻き込んだ。
 初めは渋っていたものの、税収改竄のついでにエーリヒの給料も少し上げるよう調整すると交渉すればすぐに落ちた。金が絡むと途端に手のひらを返すのがエーリヒという男だった。

 父は最低限の政務しか行わなくなり、書類管理はエーリヒの仕事になっていたので作業自体は難しくなかった。もし父が書類を見てもすぐにはわからないよう、偽物の書類を作ることに苦労した。

「それはそうですが」
「俺がいなくなったら、あとのことはエーリヒに気をつけてもらう他ない。もしもバレそうになったらすぐに逃げて、姉上か俺のところに来ると良い。責任は俺が負うつもりだ」
「ま、レオ様とこの私が全力でやったことです。そう簡単にはバレませんよ。それよりも、寂しくなる、と言いたかったのです」

 エーリヒは良い奴だ。
 彼は、殆ど売られるようにして行く主人の息子を惜しみ、送り出してくれようとしている。ここにはもう、エーリヒ以外にレオを惜しんでくれる人がいないから。
 給料がまた増えるわけじゃなくとも、エーリヒはレオに優しくしてくれた。

「うん。俺も、寂しくなる」
「今日の馬車で出て、到着したらすぐに結婚式だそうですよ」
「あちらはそんなに急かしているのか」

 姉達でも、結婚が決まって数週間は準備をしていたというのに。

「必要なものはこちらで揃えるから身ひとつで来て構わない、だそうです。これはまた、熱烈ですね」
「物好きだな」

 父が即決するほどだ。
 かなりの大金を払ったと思われるのだし、この程度の要求は可愛いものかもしれない。

「先方の肖像画がありますが、ご覧になりますか?」
「いや、いい。まだ希望を持っていたいんだ。今から絶望したくない」

 十中八九、父より年上のオッサンだろうが、肖像画を見ないうちは想像の自由が許されている。

「左様ですか? むしろ心構えを作っていた方が良いと思ったんですが」
「もうとっくにできてるからいいんだよ」

 エーリヒとトランクに荷物を詰める。金目のものは売り払ってしまったせいで、そこまで時間がかからないのが悲しいところだ。
 昼頃、屋敷前に迎えに来た馬車に乗り込む。
 少しだけ期待していたが、ついに父は息子を見送ることさえしなかった。

 エーリヒだけが、玄関横で手を振っていた。
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