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「レオがいなくなった…?」
衝撃だった。
眩暈がする。気を失いそうになるのを堪え、従者達にレオを徹底的に探させる。
レオがいくらかの金銭と馬を一頭持って逃げたこと、下町でローブを購入していたとの情報はすぐに集まった。
ヨアヒムがレオに与えたもの、デートでの下町視察が裏目に出てしまった。
レオが家に留まるよう、居心地の良い状態を作ったつもりが、彼が逃げやすい環境を作ったらしい。
「実家に帰った…のか」
ヨアヒムが嫌になって。
それならば、逃げた彼を捕まえてしまうのは簡単だ。ヨアヒムを愛さなくてもいいから側にいろと願ったが、それさえ負担だったのかもしれない。
「心を開いて来てくれたと思ったのは、全部僕の思い違いだったのか」
「旦那様……報告が」
ハンネスが落胆しているヨアヒムに耳打ちする。
「伯爵の訃報……」
ならば。
「レオはもしや、父親の死に動転してすぐに帰っただけなのか」
「それが、レオ様は伯爵家にいないようなのです」
「なんだと?」
目的地は伯爵家ではなかった?
それとも、実家に帰ろうとしたレオを狙った──
「これは誘拐事件なのか?」
「レオ様はお美しい方ですが、ローブを目深に被り、良い馬に乗っておられます。その上武器にもなり得る弓矢をお持ちになっていたそうなので、可能性は低い…というのが国王軍の見解です」
レオの乗馬技術は一級品だ。彼を評価し、たとえ誘拐犯がいたとして痕跡もなく攫えるほどヤワではないと。
「それから、国王陛下が旦那様と話したいとおっしゃっています」
「陛下が?」
痴話喧嘩めいた出来事に国王陛下が話がしたいと言うのは驚きである。
「陛下は近くにいらっしゃるのか?」
「はい。それが…隣のバルシュミーデ伯爵領にいらっしゃいます。領地の内情が複雑なこと、現在すぐ継承できる者がいないことを鑑みてご自分で動かれるそうです」
「すぐ向かおう」
現在の国王陛下のフットワークが軽いのは有名だが、もうバルシュミーデ伯爵家にいるのか。今頃遠く王宮にいる家臣達は振り回されて大忙しだろう。
半日馬車を走らせ、バルシュミーデ邸に着いた頃にはとっぷり日は暮れていた。
国王陛下は応接間を我が物顔で陣取っており、大柄な体で目一杯ソファに座り込んでいた。年は二十代後半ほど、どことなく胡散臭い笑みを浮かべている。
「よく来たな」
まるで当主のような出立ちに呆れる。
まぁ、継承者がいない以上、一度陛下の管轄になるから間違ってはいないが。
「国王陛下にお目にかかれて光栄です。僕は…」
「ああ、そういう堅苦しいのは良い。一刻を争う事態だ、早く話そう」
ばさりと広げられた書類は、伯爵家の税金に関するものだった。
「バルシュミーデ伯爵が生前、金に糸目をつけず遊んでいたのは有名な話だ。しかし、金には限りがある。あれはすぐ、『金欠伯爵』と呼ばれるほど落ちぶれた」
書類にさっと目を通す。
一見問題のないように見えるが、ほんの一箇所だけ計算の狂いがあった。
「……この税率は」
「そう。すぐに見破るのはさすがだな、いくら改竄工作をしていたとしても、辻褄を完璧に合わせるとことはできないものだ。伯爵は一度税率を大幅に上げ、また第三者の手によって戻されている」
「ついでに伯爵家執事の給料が上がっています。その第三者というのは執事でしょうか」
「よく見てみろ、二回目の改竄があり、執事の給料は元に戻されている。これは唯の目眩しに過ぎない。もしくは本当についでだ」
あくまで本質は税率だという。
「……陛下が何故僕をお呼びになったのかわかりました」
聡明な王は、ヨアヒムの愛する人を疑っている。
「余が伯爵領を治めることになった途端、彼の息子が逃亡したんだ。実父の葬儀に出ようともせず……まぁ、この点は金欠伯爵と子供達の不仲を考えればおかしいことでもないがな」
黙りこくるヨアヒムに、王は笑いかけた。
「愛とは押し付けるものでしかない。相手が受け取りを拒めばそれまでだ。伯爵はもしかしたら子供達を愛していたかもしれないし、そうじゃないかもしれない。受け取られなかった物はあったかどうかさえわからなくなる」
「のう、ヨアヒム。お前の愛する人はとっくに国外にいるかもしれんし、もう二度とお前を思い出さないかもしれない。……お前の愛はもう受け取られんかもしれぬが、お前が結婚相手のためにできることがまだある。やるか?」
答えは、決まっていた。
衝撃だった。
眩暈がする。気を失いそうになるのを堪え、従者達にレオを徹底的に探させる。
レオがいくらかの金銭と馬を一頭持って逃げたこと、下町でローブを購入していたとの情報はすぐに集まった。
ヨアヒムがレオに与えたもの、デートでの下町視察が裏目に出てしまった。
レオが家に留まるよう、居心地の良い状態を作ったつもりが、彼が逃げやすい環境を作ったらしい。
「実家に帰った…のか」
ヨアヒムが嫌になって。
それならば、逃げた彼を捕まえてしまうのは簡単だ。ヨアヒムを愛さなくてもいいから側にいろと願ったが、それさえ負担だったのかもしれない。
「心を開いて来てくれたと思ったのは、全部僕の思い違いだったのか」
「旦那様……報告が」
ハンネスが落胆しているヨアヒムに耳打ちする。
「伯爵の訃報……」
ならば。
「レオはもしや、父親の死に動転してすぐに帰っただけなのか」
「それが、レオ様は伯爵家にいないようなのです」
「なんだと?」
目的地は伯爵家ではなかった?
それとも、実家に帰ろうとしたレオを狙った──
「これは誘拐事件なのか?」
「レオ様はお美しい方ですが、ローブを目深に被り、良い馬に乗っておられます。その上武器にもなり得る弓矢をお持ちになっていたそうなので、可能性は低い…というのが国王軍の見解です」
レオの乗馬技術は一級品だ。彼を評価し、たとえ誘拐犯がいたとして痕跡もなく攫えるほどヤワではないと。
「それから、国王陛下が旦那様と話したいとおっしゃっています」
「陛下が?」
痴話喧嘩めいた出来事に国王陛下が話がしたいと言うのは驚きである。
「陛下は近くにいらっしゃるのか?」
「はい。それが…隣のバルシュミーデ伯爵領にいらっしゃいます。領地の内情が複雑なこと、現在すぐ継承できる者がいないことを鑑みてご自分で動かれるそうです」
「すぐ向かおう」
現在の国王陛下のフットワークが軽いのは有名だが、もうバルシュミーデ伯爵家にいるのか。今頃遠く王宮にいる家臣達は振り回されて大忙しだろう。
半日馬車を走らせ、バルシュミーデ邸に着いた頃にはとっぷり日は暮れていた。
国王陛下は応接間を我が物顔で陣取っており、大柄な体で目一杯ソファに座り込んでいた。年は二十代後半ほど、どことなく胡散臭い笑みを浮かべている。
「よく来たな」
まるで当主のような出立ちに呆れる。
まぁ、継承者がいない以上、一度陛下の管轄になるから間違ってはいないが。
「国王陛下にお目にかかれて光栄です。僕は…」
「ああ、そういう堅苦しいのは良い。一刻を争う事態だ、早く話そう」
ばさりと広げられた書類は、伯爵家の税金に関するものだった。
「バルシュミーデ伯爵が生前、金に糸目をつけず遊んでいたのは有名な話だ。しかし、金には限りがある。あれはすぐ、『金欠伯爵』と呼ばれるほど落ちぶれた」
書類にさっと目を通す。
一見問題のないように見えるが、ほんの一箇所だけ計算の狂いがあった。
「……この税率は」
「そう。すぐに見破るのはさすがだな、いくら改竄工作をしていたとしても、辻褄を完璧に合わせるとことはできないものだ。伯爵は一度税率を大幅に上げ、また第三者の手によって戻されている」
「ついでに伯爵家執事の給料が上がっています。その第三者というのは執事でしょうか」
「よく見てみろ、二回目の改竄があり、執事の給料は元に戻されている。これは唯の目眩しに過ぎない。もしくは本当についでだ」
あくまで本質は税率だという。
「……陛下が何故僕をお呼びになったのかわかりました」
聡明な王は、ヨアヒムの愛する人を疑っている。
「余が伯爵領を治めることになった途端、彼の息子が逃亡したんだ。実父の葬儀に出ようともせず……まぁ、この点は金欠伯爵と子供達の不仲を考えればおかしいことでもないがな」
黙りこくるヨアヒムに、王は笑いかけた。
「愛とは押し付けるものでしかない。相手が受け取りを拒めばそれまでだ。伯爵はもしかしたら子供達を愛していたかもしれないし、そうじゃないかもしれない。受け取られなかった物はあったかどうかさえわからなくなる」
「のう、ヨアヒム。お前の愛する人はとっくに国外にいるかもしれんし、もう二度とお前を思い出さないかもしれない。……お前の愛はもう受け取られんかもしれぬが、お前が結婚相手のためにできることがまだある。やるか?」
答えは、決まっていた。
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