大嫌いな後輩と結婚することになってしまった

真咲

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 レオが伯爵家に到着したのは、朝の早い時間だった。
 最低限の睡眠とグラウのケアは行ったものの、それまでずっと馬を飛ばして来た。

「あ、レオ様だ!」

 フードを被ることさえ億劫だったためか、領地に入った瞬間村の子供に発見された。

「レオ様、レオ様!」

 あっという間にワイワイ囲まれてしまう。こうなれば、もう馬で行くのは危険だった。グラウが子供を蹴らないよう、少し離れてもらってから降りる。

「あのね、レオ様、ぼくらレオ様のために頑張るから」
「そうそう、絶対負けちゃだめだよ」
「ん……うん?」

 悪いやつ?と疑問を持ったところで、騒ぎを聞きつけた衛兵が寄って来た。子供達はレオを守るように間に立つ。

「でてけ、でてけ、国王陛下の衛兵!」
「そうだそうだ」

 衛兵はちょっと身じろいた。

「……コホン。国王陛下が伯爵家にてお待ちです。ご同行願います」
「うん…わかってる。皆、俺は大丈夫だから」

 不満そうな子供達を宥めすかし、衛兵に囲まれて移動することになった。
 重苦しい雰囲気だが、どちらかというと衛兵達はレオより周りの村人を警戒していた。

「彼らが何か?」

 まさか、国王の兵に立ち塞がったから罰が与えられるのだろうか。

「いえ……大したことはないのですが、矢張り見慣れない人達がいるというのは落ち着かないようです。貴方は彼らに好かれているんですね」
「俺は……ただ、領民にとって、父上よりマシそうな人だからってだけだよ」

 荒んだ父の治め方は決して良心的ではなかった。
 対する息子が積極的にフォローに回っていたのだから、彼らの目にはマシな貴族に見えたことだろう。

 伯爵家に入るのは久しぶりだった。
 一歩一歩が重い。
 通されたのは応接室で、ヨアヒムと国王陛下は椅子に座っていた。ヨアヒムはレオを認めると勢いよく立ち上がり、駆け寄ろうとする。それを陛下は止めた。
 応接室の机には一枚の紙。レオが改竄した税率に関する書である。

「衛兵達の尽力の結果、行方不明のレオ殿が見つかったようだ。めでたいな?」

 国王陛下は威圧感のある人だった。
 年はエーリヒと同じくらいかもしれない。若いのに、彼のオーラは重たかった。許しなしに口を開くのを躊躇われるほど。そのくせ、軽薄そうな表情がアンバランスだ。

 重たくなる口を懸命に動かし、ヨアヒムの無罪を主張する。

「国王陛下、ヨアヒムは何も知りません。ただ、俺に騙されて結婚しただけです。税の改竄は俺一人で全て行いました。罰なら……」
「ふむ……ヨアヒム、お前の集めたものを見せてやれ」

 ヨアヒムが大量の書類を机の上に広げた。
 それらは、それぞれ数字が様々な税率に関する書類……の模写だ。

 高価な紙、しかもこういった報告書は一文字一文字手書きである。ざっと百枚はありそうなそれを用意するのにかかった金と労力を考えれば途方もない。
 その書類が、レオの改竄したものに、混ざる。

「なっ…」
「申し訳ありません陛下、領地の子供達の間で流行っていた領主ごっこで用いた紙が散らばってしまいました」
「おお、そんな遊びが流行っていたのか? 元々あった書類と混ざってしまってどれがどれかわからんのう」

 呆然としながら目の前で繰り広げられる小芝居を眺める。

「元伯爵領引き継ぎにあたりレオ殿に相談したいことがあったのだが、この通り書類は混ざってしまった。折角足を運んでもらって悪いが、もう用はなくなってしまったな」
「では、今日はレオを連れて帰ることにします。彼はずっと行方不明だったんです、きっと家で休みたいはずですから」

 いつの間にか、ヨアヒムがレオの隣にいた。

「ああ、そうするといい。ご苦労だったな」

 理解が追いつかない。

「陛下、俺の書類は……」
「ふむ、なんのことかね?」

 爵位を賜っていない者が、領主が決めなければいけない書類に手を出した。それは爵位を与える陛下を侮辱した罪に問われる。
 が、当の彼がわからないと言うのなら、もうそれ以上レオに言えることはなかった。

「領民はレオ殿に強く感謝していた。それが全てだろう。余はレオ殿を高く評価している。もしも離縁して領地を治めたくなったらいつでも言うと良い」
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