底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

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第十五話 火の粉

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 立ち止まって振り向くと、予想どおりの顔が並んでいた。
 往来のど真ん中、大声で人の名前を叫んだ人物――ティモンは、パーティーメンバーを引き連れてこちらへ大股で歩いて来る。

 ベルハイトは小さな声で、

「知り合いですか?」

「まぁ、一応。不本意な知り合いですけど」

 僕の答えを聞き、ほんのつかの間考えたあと、 

「あー、彼らが例の?」

 ほとんど確信して問いかけてきたので、僕は小さく頷いた。

 あと二メートルといったところまで距離を詰めたティモンは、腕組みと仁王立ちという、相変わらずの自信の塊といったていで口を開く。

「よくのこのこと俺達の前に姿を現せたな、ルカ・!!」

「…………」

 名前は……うん。もういいか。訂正したところで、「名前を偽っていたな?!」とか言われそうだし。
 
 僕はベルハイトを見上げ、

「人違いでした。オブライエンさんをお探しのようです」

 ティモンらに背を向けて歩き出す。あわよくば、これでさよならしたい。

「な…っ!おい待て!!俺を無視するとは何様だ!!」

 止められた。駄目か。

 仕方がないので、さっさと用事を済ませてもらうに限る。きっとろくな話ではないが。
 
「なにかご用ですか?」
 
「とぼけるな!!お前が戻って来なかったせいで、散々な目に遭ったんだぞ!どう責任を取るつもりだ?!」

 なぜ僕が戻ると思っていたのか甚だ疑問だが、「散々な目」に関しては、興味本位で詳しく聞きたい。

「そーよ!あんたのせいで[ソムニクロサス]の新作、買えなかったんだから!」

 貴方の懐事情に僕を巻き込まないでほしい。
 
 ちなみに[ソムニクロサス]は知っている。中央街にある貴族も利用する高級靴店で、何度か皮を届けに行ったり、仕入れに同行したこともある。
 そう言えば世話になったお礼にと、報酬とは別に靴を貰ったことがあった。ヘディさんに見せたら、「アンタがそれを履く日はくるのかしらねぇ」と遠い目をして言われた。ドレスと合わせるような靴らしい。

「貴方のせいで大恥をかかされたのよ!報酬は出せないなんて言われるし、クソガキだのなんだの怒鳴られるし!!」
 
 僕のせいではないけれど、キレたのはヘディさんだと分かる。

「今この場で土下座して謝るなら、水に流してやってもいいんだぞ」

 ふんっ、と鼻を鳴らして僕を見下ろすティモン。

 せめて絡まれたのが、こんな人通りの多い場所じゃなければ、目立たずに済んだのに。
 冒険者ギルドがある大きな通りだけに、多くの人が行き交っており、既に人集りと言っていいほどの人数が、遠巻きに僕達を見ている。

 僕には謝る理由も必要もない。しかし事を荒立てるのも後々面倒なので、適当にやり過ごそう。

 そう思って、長くなりそうではあったがに徹っしようと決めた時だった。

「――貴方達が[真なる栄光]ですか?」

 ベルハイトが唐突に口を開いた。驚いて隣を見上げると、その顔は笑顔だった。ただ、目が笑っていないが。

「なんだ?お前は」

 急に話しだした見知らぬ相手に訝しむティモン。しかし、

「え、ヤダ…カッコよくない?タイプかも…」

 ティモンのすぐ横で、ベロニカがそんな事を呟きながら、ベルハイトを見つめている。というか今、ベルハイトの存在に気づいたのか。

 だが当然、ベロニカの反応はティモンとしては面白くないようで、

「おい!!関係ないやつは引っ込んでろ!!」

 ベロニカを問い詰めるのではなく、ベルハイトに噛みついた。
 それに構わず、ベルハイトは続ける。

「俺は他所から来たばかりの冒険者なんですけど、貴方達の話は何度も耳にしてますよ。有名なんですね」

 冒険者ギルドでも運送ギルドでも、彼らの話は聞いているから嘘ではない。有名…というのも、悪名という意味では間違いない。

 いや、それよりどうしたのだろう。ベルハイトは一応笑顔なのに、空気が……黒い。

「そんなに話題になるなんて、を為されたんでしょうね」

 そう。かなりの不始末を為されている。
 
「な、なんだ。よく分かってるじゃないか」

 表面上、称賛しているように聞こえるベルハイトの言葉をそのまま受け取り、ティモンもベロニカもカミラも、満更でもなさそうだ。――ただ一人、ゲイルだけは下を向いて笑いを堪えているが。

「そうだ。俺、貴方達に会ったら、お礼を言おうと思ってたんです」

「お礼?」

 ティモンは首を傾げた。

「実は俺、つい最近死にかけたんですよ。ルカさんが助けてくれなかったら、今頃ここにいなかったでしょうね」

「「「……え?」」」

 ルカが助けた?と顔に疑問が書いてある。

「彼女がその場に居合わせた理由を聞いたら、なんでも、同行していた冒険者パーティーから難癖つけられて不当に解雇されたところだって話じゃないですか」

「は…、何言って……」

 ティモンが反論しようとしたが、ベルハイトの顔を見て、びくりと震えた。
 ベルハイトは一歩、ティモンへ近づく。

「そのパーティー、お前ら[真なる栄光]なんだって?」

 事の成り行きを見ていた人々が、ざわつき始めた。

「ルカさんにしてみれば災難だけど、俺からすれば、天から降った幸運だったよ。お前らが馬鹿なことしてくれなかったら、俺は今頃死んでたからな」

 先程までの作った笑顔とは打って変わった、はっきりとした敵意のある笑みと口調。
 そして一言一言を刻み込むように、
 
「お前らがあの人を見誤って、手放してくれたおかげだ。本当にありがとう」

 そう告げたベルハイトの横顔は、普段の彼とは真逆の強い怒りを称えていた。

「な、ななな…っ」

 ティモンはわなわなと震えて言葉が出ていない。すると、周囲からぽつぽつと話す声が聞こえてくる。

「聞いた?不当解雇ですって。本当かしら」

「あいつらならあり得るな。なんか、よく問題起こしてるって聞くぜ」

「じゃあ、有名なのも悪い意味で?」

「言われてみれば、さっき言ってたこともめちゃくちゃよね」

「私、あのルカって子、知ってるわ。何度か仕入れに同行してもらったけど、とても良い子よ」

 ベルハイトの言葉やティモン達の言動を見ていた人達は、こちらを擁護する声が多いようだった。

「~~~っ!馬鹿馬鹿しい!やってられるか!!」

 次第に刺さるような視線に晒されたティモン達は、吐き捨てるように言うと足早に去っていった。――またしてもゲイルだけは、僕に視線をやると不敵に笑っていたが。





 人集りが散り散りになり、通りに普段通りの活気が戻る。中には去り際に「大変だったな」とか「またお仕事お願いするわね」など声をかけてくれる人もいた。

 ぽつんとその場に立ち尽くしていると、

「………………はぁーーーーーー……」

 斜め前から特大の溜め息が聞こえてきた。
 その主はくるりと振り返ると、

「行きますよ」

 そう言って歩き出してしまった。

 これは…、もしかしなくも。

「……ベルハイトさん、怒ってます?」

「…………」

 返事はない。これは間違いなく、僕に怒っている。無理もない。いざ魔窟ダンジョンへというところで、あんな揉め事に巻き込んでしまったのだ。しかも駆除……もとい、対処までさせてしまった。

 ベルハイトの少し後ろを少し早足で歩く。初めて脚の長さの差を感じた。分かっていたが、今までは僕に無理がないよう、ベルハイトが合わせてくれていた。

 そのまま黙々と歩き、西門で手続きをして街の外へ出た。
 メルビアの西側は、しばらく平地が続いたあと、起伏が激しい地形が広がる。

 ベルハイトは程無く行った街道の脇に立ち止まり、僕が追いつくと、やっとこちらを見た。

「……すみません。歩くの速かったですよね…」

 振り返った顔は、申し訳なさそうに沈んでいた。それになんと返せばいいか分からず、僕はただ首を横に振る。

 ベルハイトは静かに話し出す。

「ルカさん、さっき……話を聞き流して済ますつもりだったでしょ?」

 なぜバレている。

 僕が視線を逸らして黙っていると、ベルハイトはそれを肯定と受け取ったようだ。

「あのですね、ルカさん」

 呼びかけられて、しぶしぶ、逸らしていた視線を戻す。

「ルカさんが周囲との関わりを極力避けたいのも、ああいった場で目立ちたくないのも、一応分かっているつもりです」

 言葉を選ぶように、一つ一つ丁寧に伝えようといているのが分かる。

「どう関わるか関わらないかなんて、ルカさんの自由ですし……、他人の俺がどうこう言うことじゃないのも分かってます」

 話している今も、言おうかどうか迷っているのが感じ取れた。

「だけど……だけど俺には、貴方が自分の事を蔑ろにしているように見えてしまって…」

 ベルハイトは表情は哀しそうだった。

 彼の指摘は間違っていない。事実僕は、あまり自分のことに興味がない。馬鹿にされようが、不当に扱われようが、どこか他人事のように感じるのだ。
 
「あの場で反論しなくても、それはそれで事は治まったかもしれません。でもそれは、貴方の名誉や評価とか…そういったものと引き換えになります。知らない人には、あの場で聞いた事だけが事実になる。でっち上げられた悪評で、他でもない貴方が誤解されることになる。俺は……そんなの嫌です」

 ベルハイトははっきりと告げた。

「積極的に面倒事に関われとは言いません。むしろ避けられるものは避けるべきです。でも、降りかかる火の粉は払わなければ、貴方自身が怪我をすることになる」

 僕は今、怒られているのだろう。
 自分に無頓着だったり、自分に対する横暴を、ただやり過ごすことを。

 怒られて、諭されている。
 だと言うのに、なぜか胸の辺りが温かい、不思議な感覚。
 僕は今――嬉しいと、そう思っている。
 
「だからもう少し…あと少しでいいです。貴方は貴方の為に、貴方自身を守る選択をしてください」

 ベルハイトは僕の目を真っ直ぐ見つめた。

「いいですね?」
 
 その深緑の目は、やはりどこまでも純粋で。

「…………」

 返事をしない僕に、ベルハイトは少しムッとしたように、もう一度言う。

「いいですね?!」

「あ、はい」

 僕の間の抜けた返事に、ベルハイトは「本当に分かってます?」と呆れたようにため息をついた。
 僕はもう一度、慎重に返事をする。

「…気をつけ、ます」

「言いましたからね?」

 その長身を屈めて顔を覗き込んでくるベルハイトに、僕はこくこくと頷く。

 それを見たベルハイトは、満足そうに笑った。
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