底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

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第三十六話 星を探す夜

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 国立研究院でサムナーに魔石と魔物を預けて宿屋へ戻ると、ベルハイト達もすでに戻ってきていた。
 お互いの状況報告をするために、食堂ではなく部屋で夕食を摂ろうということになり、厨房へ食事を取りに行く。

「合い挽き……」

 用意されていたのはハンバーグだった。ここは日替わりメニューが提供されると聞いていたが、なんという偶然。
 思わずまじまじとハンバーグを見つめていると、

「良かったですねぇ、ルカさん」

 なぜかベルハイトが生温かい目をして溜め息をついた。

 ハンバーグを食べたかったのは貴方では?いや、僕も好きだけど。

 そう思ったが、なぜかそれを言うのは藪をつつく行為のような気がして、

「そうですね…?」

 と曖昧な返事に留めた。



「――で、どうやってマリーちゃんに会うか、って話なんだけど」

 皆でテーブルを囲んでハンバーグを食べながら、サムナーとのやりとりを報告したあと。次に、マリーディアとの接触方法の話に移った。
 
「ぶっちゃけ、難易度高いよねぇ」

 ははは、と笑いながらハンバーグを頬張るローガン。

「学園の警備は当たり前だけど厳重だし、部外者の立ち入りは一切禁止。滞在してる王城は警備云々以前に、押しかけるなんてもってのほか。かと言って、学園や王城からの移動時に突撃しようものなら、間違いなく大騒ぎになる」

 もごもごしながら一息に喋るローガンは、ユリウスに「飲み込んでから話せ」と叱られた。

「リースさんとソニアさんはともかく、僕達は指名手配されますね」

 あくまでも、良くて指名手配。ユリウスも不法入国している身なので、いくらバライザの王子という身分でも、僕達を庇える立場に無い。
 なのでできるだけ内密に事を運ぶ必要がある。

「今日のところはお手上げかな。ま、焦らず明日も探ってみるよ。下手に動くと、事を荒立てて危険だからね」

 ローガンは落ち着いて状況を見ている。経験豊富な頼れる大人を自称していたのは、冗談でもなかったようだ。

「僕も明日は情報収集に回ります。調査結果は夕方に聞きに行くので」

 僕とベルハイトとローガンが散らばり、マリーディアの行動範囲を調べ、接触できる機会、もしくは手段を探す。ユリウスとソニアは三人の誰かについて行く。明日の動きはこんなところだろう。

 ふと、左隣が静かなことに気づいた。見ると、ベルハイトはナイフとフォークは持っているものの、ほとんど食事に手をつけていない状態だった。
 ローガン達も気づいたようで、四人で顔を見合わせた。

 そのままにしておくのも良くない気がして、驚かさないよう、控えめに声をかける。

「…ベルハイトさん。具合、悪いんですか?」

「えっ?」

 ハッとしたようにベルハイトが顔を上げ、そこでようやく、全員が自分を見ていることに気づいたようだ。

「いえ、大丈夫ですよ。少しぼんやりしてました」

 そう言って食事を再開するが、元気がないのは明らかだ。どう見ても無理矢理食べている。

 これは、放っておいたらいけない気がする。

 僕は自分のハンバーグの残りを口に突っ込み、最低限の咀嚼で飲み込んで立ち上がった。

「ローガンさん。二人をお願いします」

「はいはい、任せてちょーだい」

 へらりと笑って返事をするローガン。なにも訊かずに承諾してくれたのは、有り難かった。

「無理に食べると、もたれます。少し散歩しましょう」

「え、いや……、ぉわっ!」

 ベルハイトの手からナイフとフォークをさっと取り上げて皿に置き、今度は両手で彼の腕を掴んで立たせた。

「一時間で戻ります」

 たたらを踏むベルハイトを引っ張り、呆気にとられるユリウスとソニア、ひらひらと手を振るローガンに見送られ、部屋を出た。





 散歩と言いはしたが、あまり遠くへ行くわけにもいかないので、宿屋の脇道へ入った。表の通りはまだ幾分人通りがあるが、少し道逸れてしまえば、王都と言えど途端に静かになる。

 その辺に放置してあった木箱にベルハイトを座らせ、近くに転がっていた別の木箱を持ってきて、自分も腰掛けた。
 
「……すみません、気を遣わせて」

「いえ。……もしかして、話したいと言っていた事についてですか?」

 尋ねると、ベルハイトは力無く笑って夜空を見上げた。

 話を促すこともできず、同じように夜空を見上げれば、月も星も僅かに雲間から覗く程度。街灯のほうがよほど明るい夜の空気が、妙に肌寒く感じた。

 しばらくして、ベルハイトがすっと姿勢を戻して俯くのが横目に見えた。
 
「……ルカさんは…神秘術アルカナって知ってますか?」

 その声がなんとなくか細く聞こえて、僕は壁に預けていた背を起こした。

「知ってます」

 神秘術アルカナとは、数多の魔法のうち、特に適性者の少ない魔法を指す言葉。
 ひとえに魔法適正と言っても、その属性全ての魔法が使えるわけではない。例えば神聖魔法でも、初級の魔法にのみ適正がある場合や、初級から上級まで適正がある者など、その素養や魔力量などで使える魔法が違ってくる。僕も時空魔法のうち、[無限保存庫ストレージ]しか使えない。
 そして同じ属性の魔法でも、極端に適性者の少ない魔法がいくつか存在し、それが神秘術アルカナと言われている。そのうちの一つが――、

「ルカさんの[無限保存庫ストレージ]も、神秘術アルカナに分類されることは?」

「知ってます」

 [無限保存庫ストレージ]のことは、あらかた調べてある。調べた、と言うよりはバージルのマシンガントークで延々と聞かされた知識が大半だが。

 ベルハイトが話したかったこととは、神秘術アルカナについてなのだろうか。だがその事でなぜ、彼が思い悩んでいるのか分からない。
 
「……ロズ家については、どれくらい知ってますか?」

 急にベルハイトの生家の話になり、僕は内心、首を傾げた。

「…………」

 二人とも座っているものの、元々の身長差のため、やはり僕からは見上げるしかない横顔は、珍しく感情が読めない。否、感情が複雑に入り混じっているせいで、何を思っているのか分からない。

 不安や怖れか、躊躇ためらいか、……覚悟か。
 僕がそう見えているだけかもしれないが、それらを内包したベルハイトの気配は、下手に触れれば崩れてしまいそうだった。

 だから今僕にできるのは、彼の話を聞き、その質問に答えることだけ。

「知っていることは特に何も。公爵家ということも、先日の話で知りました」

 王都に来たのも今回で二度目だし、そもそも貴族と関わる機会など無いに等しい。自身が住んでいる街の貴族か、なにかしらで有名な家系でなければ、平民間の貴族の知名度など、そんなものだと思う。

「……そうですか…」

 呟くような声は、ほっとしたようにも、少しがっかりしたようも聞こえた。

 数分間の沈黙のあと、ベルハイトは身体ごとこちらへ向き直り、

「……最初に、伝えておきたいことがあります」

 先程よりも、はっきりとした声で言った。

「俺があの日、貴方に同行を申し出た理由…。あれは、嘘でも偽りでもない、俺の本心です。他の理由は一切ありません」

 ただただ真っ直ぐな言葉に、分かっていることを、疑ってなどいないことを伝えたくて、僕はしっかりと頷いた。

 ベルハイトは一度唇を引き結び、意を決したように口を開く。

「俺の生家であるロズ家は代々、神秘術アルカナの調査と……」

 両膝に置かれたベルハイトの手に、ぐっと力がこもり、

「その適性者のを担っているんです」

 はっきりと、だが掠れた声で言った。
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