底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

文字の大きさ
69 / 73

〈別視点〉 ベルハイトと繋いだ手

しおりを挟む
 メルビアに戻ったその日の夕食時。
 「用事があるので」と一人別行動となったルカさんを見送ると、ローガンさんがぼそりと言った。

「なんだろね、用って。…気にならない?」

 俺にだけ耳打ちするような、含みのある言い方。しかし俺は目を合わせずに、

「……いえ、別に。ルカさんにだって、個人的な用事の一つや二つあるんじゃないですか?」

 全く気にならないわけではないが、詮索するものでもない。
 しかしローガンはニヤニヤしながら、聞き流し難い言葉を口にする。

「男だったらどうするの?」

「……え?」

「男に会いに行ったのかもしれないよ?」

「!そ……っ」

 そんなわけない、などと言い切れるだろうか。
 でも恋人がいるなら、ヘディさんが把握してる気がする。いや、恋人じゃないにしても、好きな人とか……?

 その可能性を考えて無かった……。
 
 明日はまた早い時間にここを立つのだ。もし、もしそういう相手がいるとしたら、会いに行かないわけがない。

 メルビアにはルカさんの自宅があるが、ユリウス殿下達の護衛のため、ローガンさんはユリウス殿下と、ルカさんはソニアさんと宿屋に泊まることになっている。単独行動が可能な貴重な時間をわざわざ割くということは、それだけ大事な用だということだ。

「いや、あのね?たとえば、の話だよ?そんな死にそうな顔しなくても…」

 ルカさんが去った方向を見たまま固まった俺にローガンは気まずそうに声をかけ、それでも反応が無いのを見ると、
 
「ベルくんがショックで死んじゃいそう!!」

「貴方が余計なことを言うからだろう…」

 俺の肩を揺さぶるローガンさんに、ユリウス殿下が呆れたように溜め息をつく。

「ベルハイト。ローガンの相手は俺達に任せて、行ってくるといい」

「あれ?おじさんが相手される側?」

「ローガン様は私達と夕飯を食べましょうね」

 そう言ってローガンさんを引っ張っていく二人の言葉に甘えて、俺はルカさんの後を追った。





 途中で声をかければよかったのに、後ろめたさから尾行するような形でついて行くと、そこは静かな集合墓地だった。

 ルカさんの足が二つの墓標の前で止まる。
 
「父さん、母さん。ただいま」

 静かな声で発せられた言葉に、俺は一瞬息を詰めた。

 “父さん”、“母さん”。

 ルカさんの家族に関する話は、今まで一度も聞いたことはなかった。そもそもお互い、仕事に同行するだけの関係で、尋ねる機会自体が無かったのだが。
 ……男に会いに行くのでは、なんて思った自分を殴りたい。

 結局尾行はバレていて、芝生に座るルカさんの隣に腰を下ろした。

 墓標に刻まれた没年はどちらも十三年前。ということは、ルカさんが五歳の頃に亡くなったということか。

「ルカさん、きょうだいは?」

「いないです」

 彼女に近しい親類か、親代わりとなってくれるような人はいたのだろうか。
 踏み込んでいいのか分からずにいると、ルカさんはいつもよりほんの少しだけ高いトーンで、

「僕、お姉さん要素も妹要素も無いでしょう?」

 そう言ってこちらを見た。

 姉らしさとか、妹らしさという意味だろうが、ルカさんの思う“らしい”要素とは何だろうか。

「どんな要素ですか、それ」

「どんな……?…包容力とか、甘え上手とか……?」

 それは個人差があると思うが、ルカさんに備わっているかという点では、俺の考えは少し違った。

「甘え上手は……今のところ無いかもですね。……包容力は、あるかもしれませんけど」

「本気で言ってます?」

 信じられないものを見るように、金の瞳が瞬いた。

「……本気ですよ。俺の主観ですけど」

 メルビアに来た時、同行することを改めて肯定してくれた時も、実家の話をした時も。俺は彼女の懐の深さに救われている。気恥ずかしいので、今改めて言いはしないが。

 夕闇が近づき、そろそろ戻ろうと立ち上がる際、手を差し出した。その手と俺の顔を不思議そうに交互に見て、ルカさんはきょとんとしている。

「………………どうぞ」

 促せば素直に重ねられた手は、白くて細くて、当たり前だが俺の手より小さい。

 本当は立ち上がった時点で、手は離すべきだったのだろう。それをしなかったのは彼女の手が、心細さにえてきたように感じたから。

 だから少しの間だけ。

 せめて今だけは、夕暮れに吹く風にその手が凍えてしまわないように。





 我ながら大胆なことをしたという自覚はある。

 適当なタイミングで離すつもりだったのに、そのタイミングが分からず、結局宿屋に着くまでルカさんの手を握ったままだった。

「……で。それをオレに報告するとか、正気か?」

 冒険者ギルドに併設された宿舎の一階。出入り口横のスペースに置かれたソファーに座り、ニールは俺の気が触れたのではと疑った。

 ルカさんを宿屋まで送り宿舎に戻った俺は、タイミングよく出くわしたニールを捕まえ、頼まれてもいないのに洗いざらい話した。

 お墓参りのことは言わなかったが、ルカさんの後をけた事、手をとった事、その手を離さなかった事を全て。

「他に話せるような相手がいないんだよ……」

 ユリウス殿下やソニアさんに聞いてもらうのは恥ずかしすぎるし、ローガンさんは論外だ。ヘディさんは怖いし、ヴィクトルさんはあり得ない。ともすれば、失礼な選択法ではあるが、消去法でニールしかいなかった。

「話くらいは聞くって言っただろ」

「言ったなぁ。まさか本当に相談されるとは思ってなかったけどな」

 ニールはソファーの背もたれに寄りかかり、

「で?なんでそんなに落ち込んでんだよ?別に嫌がられたわけでも、振りほどかれたわけでもないんだろ?」

 なんだかんだ言いながら、聞いてくれるらしい。

「詳細は言えないけど、あの時はただ……、ルカさんが独りにならないようにって、なんかこう……目に見える繋がりを作らないといけないような気がして…。なのに最終的に何故かやましいことしただけのような気が……」

「考え過ぎだろ。好きな女の手ェ触れてラッキー、くらいに思っとけよ」

「それがやましいんだろ……」

 俺が顔を覆って溜め息を漏らすと、ニールは一段低い声で、

「めんどくせぇな、アンタ」

「自覚はある……」

 分かりやすいうえに面倒くさい。ただの知人でしかないニール相手に、色恋の相談をしているのだ。相当面倒なのは自覚している。

 ニールは組んだ片足をふらふら揺らしながら、

「向こうはそのやましさにも気づいてねえんだ。悩むだけ損だろ。……まぁ、その鈍感娘に惚れたのが、アンタみたいなヤツで良かったとは思うけどな」

 それは褒められているのだろうか、と思うと同時に、気になっていたことが口をついた。

「君はなんで、そんなにルカさんのことを気にかけてるんだ?」

 ぴたりと、揺れていた足が止まった。

「……そう見えるか?」

「見える」

 俺の即答にニールは肩をすくめ、

「心配しなくても、オレの好みじゃねえよ」

「その心配はしてないけど…。ヘディさんも君も、俺に探りを入れてきたのは、ルカさんを案じてだろ?」

 ほとんどカマをかけただけだが、ヘディさんやニールが、ルカさんに関わる事で俺に接触してきたのは事実だ。

「じゃあ、こうしようぜ」

 ニールはおもむろにソファーから立ち上がった。
 
「アンタら、またどっか行くんだろ?今度メルビアに帰ってくるまでに、アンタがルカと今よりなれてたら、教えてやるよ」

「仲良く……?」

 ずいぶん曖昧な条件だ。仲良くと言ったって、何を基準に判断するのか。

「なんでもいいぜ?ハグでもキスでも、それ以外でも」

「は…………、はあ?!!」

 思わず抗議するような声を上げるが、

「じゃーな」

 ニールはひらひらと手を振り、上階へ去って行った。

 これは結局、はぐらかされたのだろうか。だが提示された条件を満たせば、訊く権利は発生するわけで……。

「なかよく……」

 しかしその条件を達成するのは、俺にとって魔物討伐よりも難しいことであるのは確かだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

美化係の聖女様

しずもり
ファンタジー
毒親の仕打ち、親友と恋人の裏切り、人生最悪のどん底でやけ酒を煽り何を思ったのか深夜に突然掃除を始めたら床がドンドンって大きく鳴った。 ゴメン、五月蝿かった? 掃除は止めにしよう、そう思った瞬間、床に現れた円のようなものが光りだした。 気づいたらゴミと掃除道具と一緒に何故か森の中。 地面には気を失う前に見た円が直径3メートルぐらいの大きさで光ってる。 何コレ、どうすればいい? 一方、魔王復活の兆しに聖女を召喚した王城では召喚された筈の聖女の姿が見当たらない。 召喚した手応えはあったものの目の前の床に描かれた魔法陣には誰も居ない。 もしかして召喚先を間違えた? 魔力の残滓で聖女が召喚された場所に辿り着いてみれば聖女はおらず。 それでも魔王復活は待ってはくれない。 それならば聖女を探しながら魔王討伐の旅へ見切り発車で旅する第二王子一行。 「もしかしたら聖女様はいきなり召喚された事にお怒りなのかも知れない、、、、。」 「いや、もしかしたら健気な聖女様は我らの足手まといにならぬ様に一人で浄化の旅をしているのかも知れません。」 「己の使命を理解し果敢に試練に立ち向かう聖女様を早く見つけださねばなりません。」 「もしかして聖女様、自分が聖女って気づいて無いんじゃない?」 「「「・・・・・・・・。」」」 何だかよく分からない状況下で主人公が聖女の自覚が無いまま『異世界に来てしまった理由』を探してフラリと旅をする。 ここ、結構汚れていません?ちょっと掃除しますから待ってて下さいね。掃除好きの聖女は無自覚浄化の旅になっている事にいつ気付くのか? そして聖女を追って旅する第二王子一行と果たして出会う事はあるのか!? 魔王はどこに? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 不定期更新になります。 主人公は自分が聖女だとは気づいていません。 恋愛要素薄めです。 なんちゃって異世界の独自設定になります。 誤字脱字は見つけ次第修正する予定です。 R指定は無しの予定です。

World of Fantasia(ワールド・オブ・ファンタジア)

緋色牡丹
ファンタジー
生きる意味を見出せない三十二歳の男・山田緋色。 夏の夜、光の渦に呑まれ、彼が目を覚ましたのは――幻想の森だった。 壊れた愛車、知らない空、そして湖に浮かぶ青髪の少女。 異世界での出会いが、“止まった人生”を再び動かしていく。 異世界叙情ファンタジー、開幕── ※この小説は、小説家になろう、カクヨムにも同時掲載しています。 挿絵はAIイラストを使ったイメージ画像です。

事故に遭いました~俺って全身不随?でも異世界では元気ハツラツ?

サクラ近衛将監
ファンタジー
 会社員の俺が交通事故に遭いました。二か月後、病院で目覚めた時、ほぼ全身不随。瞼と瞳が動かせるものの、手足も首も動かない。でも、病院で寝ると異世界の別人の身体で憑依し、五体満足で生活している。また、異世界で寝ると現代世界に目が覚めるが体の自由は利かない。  睡眠の度に異世界と現代世界を行ったり来たり、果たして、現代社会の俺は、元の身体に戻れる方法があるのだろうか?  そんな男の二重生活の冒険譚です。  毎週水曜日午後8時に投稿予定です。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

転生小説家の華麗なる円満離婚計画

鈴木かなえ
ファンタジー
キルステン伯爵家の令嬢として生を受けたクラリッサには、日本人だった前世の記憶がある。 両親と弟には疎まれているクラリッサだが、異母妹マリアンネとその兄エルヴィンと三人で仲良く育ち、前世の記憶を利用して小説家として密かに活躍していた。 ある時、夜会に連れ出されたクラリッサは、弟にハメられて見知らぬ男に襲われそうになる。 その男を返り討ちにして、逃げ出そうとしたところで美貌の貴公子ヘンリックと出会った。 逞しく想像力豊かなクラリッサと、その家族三人の物語です。

追放王子の気ままなクラフト旅

九頭七尾
ファンタジー
前世の記憶を持って生まれたロデス王国の第五王子、セリウス。赤子時代から魔法にのめり込んだ彼は、前世の知識を活かしながら便利な魔道具を次々と作り出していた。しかしそんな彼の存在を脅威に感じた兄の謀略で、僅か十歳のときに王宮から追放されてしまう。「むしろありがたい。世界中をのんびり旅しよう」お陰で自由の身になったセリウスは、様々な魔道具をクラフトしながら気ままな旅を満喫するのだった。

王女の夢見た世界への旅路

ライ
ファンタジー
侍女を助けるために幼い王女は、己が全てをかけて回復魔術を使用した。 無茶な魔術の使用による代償で魔力の成長が阻害されるが、代わりに前世の記憶を思い出す。 王族でありながら貴族の中でも少ない魔力しか持てず、王族の中で孤立した王女は、理想と夢をかなえるために行動を起こしていく。 これは、彼女が夢と理想を求めて自由に生きる旅路の物語。 ※小説家になろう様にも投稿しています。

八百万の神から祝福をもらいました!この力で異世界を生きていきます!

トリガー
ファンタジー
神様のミスで死んでしまったリオ。 女神から代償に八百万の神の祝福をもらった。 転生した異世界で無双する。

処理中です...