底無しポーターは端倪すべからざる

さいわ りゅう

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第五十二話 魔物的判定

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『……まあいい。お前達の番事情に興味はない。あとは当人同士で話し合え』

 自分で話を振っておいて、この言い草。番事情ってなんだ。何を話し合えというのか。

 無言で訴えるものの、そんな事など意に介さず、エレメンタルドラゴンは僕が渡したレッドモメントを、三個一気に咀嚼もせずに呑み込んだ。彼からすれば小さすぎるから仕方ないが、なんて勿体ない食べ方だ。

『王都の西側に人目に触れぬ場所がある。そこに送ってやろう。――ゆくぞ』

 言う同時に、僕達の足元に魔法陣が浮き上がる。そこから放たれる光が一気に広がり、

『せっかく[空間転移トランステラ]を使えるようにしてやったのだ。…たまには土産話でもしに訪ねて来い』

 別れ間際の意外な言葉に一瞬ぽかんとし、

「はい。…また来ます」

 答えるのとほぼ同時に視界が白く塗りつぶされ、身体が僅か浮くような感覚がしたかと思うと、すぐにまた靴の裏が地面の感触を捉えた。 
 光に包まれていた視界が開け、目の前に広がっていたのは先程までいたノスティア大森林とは全く違う景色。
 湿った岩肌は苔が生え、人が歩ける場所はあるものの、足元は所々に水が溜まっている。天井の岩の隙間からは水が流れ落ち、小さな水路を描いて低い方へと流れていく。
 
 一言で言えば、水の洞窟。

 洞窟と言ってもあちこちに岩の柱が立つ広い空洞で、その広さのおかげで圧迫感が無い代わりに水の冷気が肌寒い。
 しかしそれは些細なことで、もっと重要なのはこの空間に満ちた魔素の量。

「ここって……」

 ベルハイトが何か言いたげに視線を巡らせた。
 僕は溜め息混じりに頷く。

魔窟ダンジョンですね……」

 魔素の量が明らかに濃い。これで魔窟ダンジョンでなかったら、完全に異常事態イレギュラーだ。

 エレメンタルドラゴンは人目に触れない場所に送ると言った。確かに人目には触れない。触れないが……。

「違くない?普通、ここじゃなくない?」

「同感です」

 ローガンの疑問に完全同意する。
 まさか初めて踏むバライザの地が魔窟ダンジョンとは…。

 あのエレメンタルドラゴンが、悪意があってこのようなことをするとは思えない。おそらく本当に、人気ひとけが無い場所として選んだだけなのだろう。

 ヘイムゼル魔窟ダンジョンの火竜のように、魔窟ダンジョンに棲むドラゴンもいるくらいだ。彼らにとって魔窟ダンジョンは、他の場所より魔素が濃く、魔物が多いだけという認識なのかもしれない。

 ……今度、土産話ついでに問い詰めよう。

「このひんやりジメっとした洞窟…。ドラゴンさんは王都の西側に送るって言ってたし、サルタメル魔窟ダンジョンだろうねぇ」

 ローガンが顎に手を当てながら周囲を観察している。

「ここに来たことあるんですか?」

「だいぶ前だけどね。その時はパーティーを組んでたから、下層まで下りたんだったかな」

「ここがどの辺りか分かりますか?」

 ローガンは少し先の岩に視線をやる。そこには水色の実をつけた植物が自生していた。

「ソテの実があるから上層なのは確かだよ。あれはこの魔窟ダンジョンでは、上層にしか自生しないんだ。ただ、一口に上層って言っても広いからねぇ…。おじさんもくまなく探索したことはないから、上層のどの辺かまでは……」

「上層だと分かっただけでも充分です」

 上層から出口を目指すのと、中層以下から上がってくるのとでは、ペース配分や探索法もだいぶ変わる。
 とにかくここを出ないことには始まらないので、僕達は出口を求めて歩き出した。

「私、魔窟ダンジョンって初めて来ました……。なんというか、凄いですね……」

「俺も初めてだが、外の自然とは違う迫力があるな……」

 ユリウスとソニアは少し緊張しながらも、好奇心もあるのかそわそわと辺りを見回している。過度に怯えていないようで良かった。

 それからしばらく、途中で何度か小型の魔物に襲われたりもしたが、問題なく倒しながら先へと進んでいた。

「あ、見てください!大きなお花が咲いてますよ!」

 ふいにソニアが声を上げた。
 彼女が指し示した場所には、水面に浮かぶように咲く巨大な紫色の花があった。薄紫から濃い紫へグラデーションになった花弁は美しくも見えるが、如何いかんせん、花全体が直径いちメートルを超えているので安易に近づきたくはない。

「初めて見ました」

「俺もです。あれって植物なんですかね?」

 遠巻きに見ながらベルハイトと話していると、ローガンが説明してくれた。

「ランプドレイプって言う、植物の魔物だよ。こっちから刺激しない限りは襲ってこないから、スルーして大丈夫」

 魔物とは動物系のものだけでない。元は普通の動植物だったものが、魔素によって種別した存在が魔物と呼ばれている。

「基本的には岩に生えた苔を食べるんだってさ。それが足りずに空腹が続いて限界がくると、その辺にいる小さい動物を食べるって聞いたことがあるけど」

 草食から、いきなり肉食になるのか。

「そう聞くと、ちょっと怖いですね……」

 ソニアがなるべくランプドレイプから距離をとりながら呟く。

 僕は改めてその魔物を見た。あの花の周り、苔が全く無いような気がする。
 そう思いながら隣を見れば、ベルハイトもローガンも同じく気づいたようで、

「刺激しないうちに行きましょうか」

「そだね。ネズミとか出てきたら、暴れ出すかもしれないし」

 その場を離れようとした時、それは動き出した。

 水中から飛び出してきた触手のような蔓が、こちらを目がけて勢いよく伸びてくる。
 その数、十数本。

「ユリウスさん、ソニアさん!向こうへ!」

 近くに迫った蔓を短剣で叩き斬りながら、二人を退避させる。蔓は逡巡したように動きを鈍らせたが、じりじりとこちらへにじり寄ってくる。……全ての蔓が、なぜか僕のほうへ。

「ルカさん、狙われてませんか?!」

「え、なんで?!てゆーか、ランプドレイプって人間も食べるんだっけ?!」

 それぞれ声を上げたベルハイトとローガンが、ハッと顔を見合わせ、

「「小さい動物!!」」

 僕を指差して同時に叫んだ。

 ……なるほど。

 人間も確かに動物だ。その点に異議はないし、僕が小さいのも事実だ。けれどなぜか納得したくない。

 そんな心境など知る由もないランプドレイプは、蔓で僕を取り囲むよう展開した。どうやら僕は獲物認定されたらしい。
 ならば遠慮は不要と判断し、魔法を取り出す。

無限保存庫ストレージ開放アンロック

 これだけ水気がある場所なら、心置きなく使える。

 四元魔法・火属性[炎冠の一矢フラム=アロー]。

 空気を燃やすように形を成した弓を大きく引き絞る。狙うは花、ランプドレイプの本体。

 ボンッ!!

 それが咲いていた水辺は浅く、高温の炎の矢は怯むことなく巨大花を燃え上がらせ、蔓も全て呑み込んでいく。
 ほんの数秒後。燃え尽きたその灰が僅かに残った水面に散り、煙が微かに漂って消えた。

「お…、お見事」

 少し引きながら言うローガンのほうをちらりと見ると、何故かぎくりと肩を揺らした。それはベルハイトも同様で、

「いや、その……。誓って悪意は無かったんです…」

 若干震えながら言うベルハイトの横で、ローガンもコクコク頷いている。
 別に「小さい動物」発言を言及するつもりはなかったのだが、二人の様子を見ていたら、なんとなく悪戯心が湧いてきた。

「器も小さいので悪しからず」

 そう言うと、二人が「ひ……っ」と息を呑んだ。
 
 その後、本当は怒っていないと信じてもらうのに時間がかかってしまったのは想定外だったので、普段から無表情の僕が言う冗談は、慎重に選ぶべきだと学んだ。
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