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お昼を急ぎ目に食べて職員室に向かえば、先生はまだ食べている途中だった。
「あ、出直しますね」
「んぐっ、大丈夫だ。これとこれとこれを眞守に渡さないといけなくてな?」
言いながら食べかけのサンドイッチを咥えたまま、先生は少し大きめな紙袋を渡してきた。
「…なんですか?これ」
「あのダンジョンの一件で助けられた奴らの親たちからのお礼の品だ」
「え?」
思わぬ言葉に驚いていれば、先生はサンドイッチを飲み込みニヤリと笑う。
「当たり前だろ?下手したら自分の子供が大怪我なり死んでたなりするほどの騒ぎだったんだ。それをお前さんに救われたんだから、お礼を言いたくなるのが親ってもんだ」
普通の親ならそういうものらしい。
「でも…」
「素直に受け取っておけよ?親御さんたちは眞守にあって直接お礼を言いたいとか言ってたのをなんとか抑え込んでこうなったんだから」
「う…!それは感謝しますけど…」
それでもあの件は自分も死にたくなかったし、愛莉のやらかしで他の人が犠牲になることが耐えられずにやったことなのだ。
「言っただろ?ハッちゃけて今後の人生がハードモードになったやつがいるって。もれなくそれ以上の事態になるところだったんだ。それは素直に貰っておけ」
「…分かりました。親御さんたちにお礼をお願いします」
「お礼のお礼か?くっく、わかったよ」
言いながら先生は私の頭をくしゃりとする。
「…なんでいつも頭クシャクシャにするんですか…」
空いている片手で髪を直す。
「悪いな、俺には弟が居てなんとなく眞守に似ているからついな…」
言いながら、先生は少しだけ寂しそうに目を俯かせる。
これは深く聞いちゃだめなやつだと理解した私は紙袋の中を確認する。

「あー、なんか色んなところから美味しいお菓子を取り寄せたらしいぞ?」
「マジですか?!」
「あ?あぁ、話題のチョコサンドとか、行列が絶えないバームクーヘンとか魅惑のチョコレートとか…」
「嬉しいです!この御礼は嬉しいです!」
紙袋の中身を見て鼻息荒めで言えば先生は大笑いする。
「なんか眞守が年頃の女の子に見えるな」
「失礼ですよ先生。女子は甘い物も美味しいものも大好きですよ。しかも予約が半年待ちとかのマカロンとかもあるじゃないですか!」
「え、それってそんなに人気なのか?」
少しばかりしんみりとした空気も美味しい物の前では霧散してしまうらしい。

親御さんたちから頂いたお礼を【万能収納】にしまう。
「不思議だよな―、どこに消えてるんだ?」
私が収納にものをしまうところを見て先生が不思議そうに聞いてくる。
「亜空間?らしいですよ?薄い紙一枚隔てた別次元」
「よくわからないな」
「それでも使えるのはとっても便利なんですよ」
お米とかペットボトルの水とか大量に買うときとかといえば先生に『ファンタジー能力で生活臭させるって凄いな…』と呆れられてしまう。
「ファンタジーだろうとなんだろうと使えるものは使いますよ」
「言い方は格好いいんだがその使用方法がな…?」
そんな話をしていれば昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

「あ、そろそろ戻りますね」
「ああ」
私は踵を返す。
「…なぁ、眞守」
そんなタイミングで先生が話しかけてきた。
「…はい?」
「お前さん、前世っていうもの……あるとおもうか?」
なにやら真剣な目で先生が言ってくる。
「…一応実例的なものは世界各地でありますから、あると思いますよ?」
「その前世っていうのがこの世界のものじゃなかったら?」
「う~ん、今の生活に支障がないのであればどうとも…。そもそもその前世とやらのせいで性格が変わったとか体に異変が起きたとかならなんとかならないかと足掻きますけど…」
そのままで居るのは性に合わないと最近知った。
出来ることをしてだめだったら諦めるけど、諦めるまでは何でもやってやるという所存である。
「そうか…」
「急にどうしたんですか?」
「あ、いやな、なんかこういうご時世になったからネット上で色々と騒がれてるだろ?」
先生が言う通り、最近SNS上で『実は黙っていたけど俺には前世の記憶があって~』なんていう輩が増えてきているらしいのだ。
そもそもの発端は海外のとある青年が発した『このダンジョン騒動で私の前世の記憶が蘇った』というものだった。

青年が言うにはこことは違う世界で剣士として生きた記憶が蘇り、その能力がちゃんと備わっていたということだった。
因みにその青年はインドアな人で今まで一度も剣術の類なんてしたことなんてないし、なんだったら運動の類は苦手だったと。
記憶が戻ってからはそれまでの事が一変し、今ではその地域で一番の探求者となっていいるとか。
とある大企業のクランにスカウトされて結構な地位についているとかいないとか。
それが大バズりして真似をする人が増えたのだ。

「なんかうちの生徒でもそんな事を言い始めるやつが居るらしくてな…」
言葉を濁すように先生は言う。
「…本当ならいいですけど嘘だったら相当痛い人ですよね、それ」
「だよなー」
引き止めて悪いななんて言いながら先生は私を教室に戻す。

「仄かに赤かった」
教室に戻る道すがら呟く。
『なんかうちの生徒で~』と言った時の先生を【看破の魔眼】は嘘だと判断した。
ならどういう意図であんな話をしたのだろうか?
「考えてもわからないものはわからないよね~」
なんとか午後の授業の先生がやって来る前に教室に戻る事ができた。
朝は厄介だったけれどそれ以降は実に穏やかな時間が過ぎ、帰宅後はいつものルーティーンをこなし一日を終えた。



そして翌日、新田先生が行方不明になって学校に来ていないことを知った。
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