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「眞守 鈴子様、あれはどういうことですの~~~~!!!」
「ちょっと!なんでアンタにあんなイケメンの彼氏が居んのよ!!!」
うるさいのが2人セットでやってきた。
帰りのHRが終わるといったタイミング、正確にはまだギリ終わっていないタイミングである。
「眞守さん、頑張れ…!」
堀北先生がそんな無慈悲なセリフを残して教室から出ていく。
こういう事からは守ってくれないらしい。

「聞いてるの?!」
「あの殿方はどこのどなたなのでしょうか、わたくしに紹介を…!」
「何言ってるのよ、あのイケメンはアタシのよ!」
ギャーギャー喚く女子二人に私の眉根に深い皺ができ始める。
「ヴァイオレット様、そこまでです」
そこに声をかけたのは官女の侍女のエマさんだ。
「ヴァイオレット様、眞守様に関して今は接触は禁じられております」
「それはそれ、これはこれですわ!わたくしは素敵なお婿様をGetするために日本に来たのですわよ!」
「…それは初耳でございます」
ヴァイオレットの言葉に侍女のエマさんだけではなく同じ留学組のメンバーも驚いてる様子だ。
「力ある者が集まるクランに所属してみましたが皆様考えが幼稚!欲まみれ!下心あり!お話になりませんわ!」
どうやらクラン内に彼女のお眼鏡に叶う人は居なかったらしい。
「だからこそ日本にメンバー勧誘をしに行くと聞いた時に一番に立候補しましたのよ!わたくしの興味は眞守 鈴子様ではなく…」
言って拳を強く握り天に掲げる。
「先程のとても素敵な殿方だけですわぁぁぁぁ!!」
声が大きすぎて廊下に反響していった。
「ちょっと!だからあのイケメンはアタシが貰うって言ってるじゃない!」
ここで負けじと出てきた連れ子愛莉。
あんなに脅したのにそんな事まるでおぼえていないというように口を開く。
「そもそもこんな地味なやつにあんなイケメンもったいないじゃない!アタシのほうが100倍も可愛いのよ?イケメンはアタシのような可愛い子の横に立ってこそでしょ?」
その言葉に一体何人のクラスメイトが『意味わからん』と思っただろうか。
「そもそもアタシ、アンタに迷惑かけられっぱなしなんだからそこらへんを考慮して紹介してくれても良いと思うんだけど」
むしろ迷惑をかけたのはお前だろうとクラスメイト達の心は一つになった。

「「で、あの素敵な殿方イケメンをいつ紹介してくれるの(ですわ)?!」」

二人の声が綺麗に重なり勢いよく目当ての人物に顔を向ける。

「眞守さんならあんた達のくだらない茶番が始まった瞬間に帰ったけど?」
クラスメイトの一人がそういえば2人は一瞬固まり、そしてその顔を見る見る赤く染め上げていった。
「んまあぁぁぁぁぁ!なんて品彙の欠片もない方なのでしょう!幻滅ですわ!そんな方にあんなに素敵な殿方はもったいないですわ!」
「そうよ!なんなのアイツ!あのイケメンが可哀そう!アタシがもらってあげなくちゃ!」
そんな言葉を聞いてクラスメイトは思った。
あ、こいつら言葉が全く通じない異常者だと。
留年組は思った。
これ以上騒ぎを大きくしたら自分たちの身もヤバいと。



「ヴァイオレット、君は本日付でイギリスの取るダンジョンの攻略メンバーに任命されたよ。荷物を早急にまとめて向かってくれ」
「そんな!わたくしやっと素敵なお婿様を…!」
「相手の意思を確認もせずに勝手なことを言うものじゃないよ?…君、過去にそれで色々とやらかしてご実家を出されてしまったんだろう?」
その日の夜、日本で借りたクランハウス内でそんなやり取りがされていた。
話を切り出したのはクランリーダーであるジーンで、呼び出されたヴァイオレットは抵抗する。
「…はぁ、次に同じことをやらかした時、君はどうなるんだったかな?」
「そ、それは…、強制的に父の知り合いの後妻に……、いやぁぁぁ!!」
言いながら顔を青くして床にへたり込む。

以前ヴァイオレットはやらかしていた。
自分の好みだった青年を薬を使い攫って自分の夫にしようとしたことがあったのだ。
拒絶されないように彼の家族を人質にして、彼の婚約者だった女性を事故に見せかけて殺そうとして――大きく動いたことで親に知られて激しく叱られた。
それまでは蝶よ花よと育てられていたのに。
なまじ裕福な家に生まれた事で世界は自分の思いがままだと思っていた。
親は同じようなことをまた仕出かすと危惧し、次に同じことをやったら父の知り合いである52歳の男性の後妻とさせる事を契約書に書かせていた。
その事を思い出したのであろうヴァイオレットは『あんな醜い豚の妻になんてなりたくありませんわ…』と泣き出した。
性格は自他ともに認めるほど良い人なのだが見た目が――。
面食いなヴァイオレットにとっては耐えられないものだった。
「では荷物をまとめ次第向かってくれ」
ジーンはそう言い残し部屋を出ていった。
「では準備を始めます」
シクシクと泣く主であるはずの少女を放置して侍女は無駄のない動きで荷物をまとめていく。
(こんなこと…あんまりですわ…!やっと、やっと運命の相手に出会えたというのに…!)
バイオレットは奥歯を強く噛み、己の不運を呪ったのだった。



同時刻、連れ子愛莉の家でも同じようなやり取りがなされていた。
但し、こちらにはさほどの厳しさはなかった。
「愛莉、次に君が何かをやらかしたらパパ、本当にクビになっちゃうんだよ」
「なんでパパがクビになるの?アタシに素敵な彼氏ができるだけじゃない」
「あの家に手をだす時点でヤバいんだ」
「何言ってるの?一応アレでも家族なのよ?家族のモノをどうしようと勝手じゃない」
「そうじゃないんだ。…お願いだから騒ぎを起こさないでくれ…」
力なくやつれた顔で父親が言うが愛莉には何も響かない。
そもそも説得する側にもなんの情もないのだからただの建前だけの言葉なんて響くはずもないのだ。
「そんなにイケメンだったの?」
「うん、すっごく!海外の俳優さんも真っ青なイケメンだった。マジ王子様」
「へ~、それはママも見てみたいかも~」
「ママは駄目よ?もうおばさんなんだから」
「ひどくない?これでもママまだ20代で通るのよ?」
言いながらポーズを取って見せる。
そんな母子を見て父親は言葉が出なかった。
これはまたこの2人がやらかし、その被害を自分がかぶると。
(もう二人は捨てたほうが良いのかもしれない…)
前妻を病気で亡くし男手1つで娘を育てていた。
だがそれも限界に近づき娘ともども命をたとうかと本気で考えている時に今の妻に出会った。
自分のことを心配し、娘のことを気にかけてくれる様に前の妻の面影を見て再婚を決意した。
まさかその妻にも娘と同じ年の子供が居るとは思わなかった。
何故言ってくれなかったのかと言えば少々問題が有る子だからと言葉を濁された。
祖父母がつきっきりで面倒を見てくれないと母親である自分に危害を加えてくるのだと。
彼女も色々と苦労をしていたのだと知り、再婚後もその子供と距離を取り続けた。
だがそれも彼女の嘘だったことを知るのは数年後。
彼女の祖父が亡くなった際葬式に行かなくて良いのかと聞けば『勘当されているから』と笑っていた。
詳しいことは聞けず、でも気になったからこっそりと探偵を雇い調べてみれば彼女が言っていたこと全てが嘘だったことを知る。
子供に問題があったのではなく彼女に問題があったこと。
子育てなんてせずに放置していたこと。
自分との再婚に邪魔だという理由だけで子供を祖父母の家に置いてきたこと。
自分の子供は既に彼女にどっぷりと染まっていてもう矯正不可能であること。
仕事にかまけて、彼女たちに良い暮らしをさせるべく汚いこともやったというのにこの仕打である。

もう、開放されても良いのではないかと思ってしまう。
「もしもし、眞守鈴子さんの事でお話が――」
仕事部屋にしている部屋でとある番号に電話をかける。
自分の居場所を守るためにはもうこうするしかなかった。
電話が終わると手早く荷物をまとめる。
翌日『出張に行くことになった』と妻子に言って家を出た。

出張ではなく逃げ出したといつ気づくだろうか。
銀行で預金も出しておかなければならない。
全部ではなく一部は残さないといけないがそれはしょうがない。
恨むのならば自分勝手な自分たちの性格を恨んでくれと思いながら男は街から姿を消した。
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