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「ぐぬぬ…!だがあの気持ち悪いのをどうにかしたかったらからしょうがない!では行くぞ!」
「え?今から??!」
「善は急げというだろう!」
驚く白尾さんの声を笑って流し、黒狐がパン!と平手を打つ。
瞬間景色が変わり、そこは見慣れぬダンジョンの中で―――。

「お前は馬鹿なのか?!!何の準備もしないでいきなりっ!!!」
白尾さんは怒りでそう言いながらも慌てて武器を取り出す。
先生やユリウスさん、田淵さんや桜子さんも同様に。
私は皆に結界を張ってから武器を取り出す。

【禍の種…****がこの世界に災いを起こし破壊する為に世界各地のダンジョンに送り込んだ魔物の種。近くに存在する生き物の生命エネルギーを吸収して成長する。吸収エネルギー率:88%】

「あ、結構養分…生命エネルギーすってますね。今88%らしいです。それとこれ誰かが送り込んだみたいですね」
「ん?わかるのか?」
看破・・の魔眼持ちなので」
偽装を解いて見せれば納得したようにうなずく黒狐。
「今のうちに叩く方がよさそうだな…」
「ですね」
言って先生とユリウスさんが各々武器を振りかぶる。

ピシッ!と禍の種から亀裂が入ったような音がするのと二人の振るった武器が接触するのはほぼ同時だった。

「これはいかん!」
焦った様子の黒狐が己の影を伸ばし二人を禍の種から遠ざける。
「結界張ります!」
「張れるだけ張れ!」
瞬時に幾重もの結界を張る。
数十枚は張っただろう。
でもその結界もバリバリっと連続で音を立てて割られていく。
亀裂が走った種から黒い霧が漏れ出ている。
瞬時に張る結界では硬さが足りない。それでも割れる端から結界を張り続け――
「なんだよ、あれ…」
呆然と呟く白尾さんの言葉に私も心の中で同意する。

禍の種があったその場所に、黒い魔物が鎮座していた。
黒い靄を固めたようなソレは狐の形を成していた。
その尾は6つ。
その姿を見て黒狐は大きく舌打ちし、先生とユリウスさんは凄い形相で睨みつけている。
「よりにもよってその姿をとるか、小賢しい!」
言って黒狐が歯を剥き出しにし爪で斬りかかる。
「よせ!それに攻撃は通用しない!」
先生が声をあげるうが黒狐は聞く耳を持たず斬撃を見舞う。
「っく、感触が…?」
怒りの形相が瞬時に困惑に変わる。
「黒狐、手が黒くなってるぞ!」
「む?」
言われて見れば、今しがた攻撃をした右手が黒い靄に侵されていた。
「穢れか…」
言って黒狐は手を払う。
右手についていた黒い穢れ・・・・が霧散し、元の色味を取り戻す。
「やっかいな…」
黒狐はその鼻っ面に深い皺をつくりソレを睨みつける。

「…気をつけろよ?アレは前の俺が死ぬ原因となった黒いマンティコアとおんなじだ」
「…攻撃も魔術も効かなかったアレの事かい…?」
「それだ」
「お手上げじゃないか…」
先生の言葉に白尾さんが深いため息をつく。
「鈴さん、魔眼で何かわかりませんか?」
「ん~、ないね。でも不完全な状態で孵化・・したから吸収したエネルギーが抜けていってるみたいですよ」
「だったら時間をかければ…」
「どれくらいの時間がかかるのかは謎ですけどね…」
「打つ手がありませんね…」
ユリウスさんと二人遠い目をしてしまうのも無理はない。

【瘴獣…禍の種から生まれた不完全な穢れた獣。不完全な状態で生まれた為吸収した生命エネルギーが漏れてしまっている。抜けていくエネルギーを補うためになおもダンジョンからエネルギーを吸収している為その場所から移動することが不可能な状態になっている】

「不完全な状態で生まれたらしいのでエネルギーが出てしまっている状態です。それを補うために今もダンジョンから吸収している状態で動けないっていうのが救いと言っていいのか…」
「このダンジョンから出られたら日本どころか世界がおわりますね」
「今此処でどうにかしないといけません」
桜子さんと田淵さんも武器を降ろさずに距離を取りつつ警戒は怠らない。

「ダンジョンから吸収しているエネルギーを吸えないようにして、漏れ出てるエネルギーを強制的にこちらが吸収したらどうにかなりませんかね」
物理も魔術も聞かないのでとれる方法はそれだけのように思える。
「だがどうやってやるんだ?」
私の言葉に黒狐が小首を傾げる。
「動いたらエネルギーが吸えなくなるというのでまず動かします」
言ってソレが鎮座する床を魔術で爆発させる。
爆発でよろけたところに結界を張りソレを閉じ込める。
まずはこれでダンジョンとの接触は絶たれた。
強固な結界を幾重にも重ねて張ったので先程のように容易に割られることはない。
ソレは焦ったように結界内で暴れ始めるけれど、割れても再び張るので問題はなかった。
「あいつの中のエネルギーはどうやって出すんだ?」
「これを使おうかと」
言って収納の中から出したのは大きなエメラルドが付いたネックレス。
「この間隠し部屋で見つけたんですけど…、これ呪われてるんですよね…」
「あぁ、呪具がでたのか」
「大丈夫ですか?鈴さん」
心配するユリウスさんに私は問題ないと言う。
「効果は?」
「着用者の命を吸い上げます」
五百円玉よりも大きなエメラルドが綺麗で、それを加工用にダイヤも散りばめられているのでこういうのが好きそうな人ならば何の疑いもなくつけて、そして命を奪われて死んでしまうのだろうと思う。
「…お誂え向きそうだけどさ、どうやってそれをアレに着けさせるかだよね…」
白尾さんがネックレスと対象を見比べて言う。
「よし、俺がやってやろう」
「え?」
横から黒狐にネックレスを盗られたと思った次の瞬間には、既に彼女は私が張った結界の中に居た。
6本生えた尻尾付近の場所に。
尻尾?と思った次の瞬間、ソレから凄い悲鳴が発せられた。
次いでのたうち回るように暴れ始め、何度か自分の尻尾に噛みつく仕草をする。
「うまくいったようだな」
「尻尾につけたんですか?」
「あぁ、首だとすぐに外されると思ったからな!6本ある尻尾の一番下側の根っこ部分につけてきてやったわ!」
言ってかっか!と笑う。

「しかしあの呪具はえげつないな…」
先生がどういう顔をすればいいのか分からないと言ったような顔で言う。
呪具に生命エネルギーを凄い勢いで吸われてのたうちまわる様を黙ってみている私達。
ソレは徐々に小さくなっていき、10分もかからずにポン!と栓を抜いたような音を立てて消えてしまう。
あとには生命エネルギーを多く吸って満足げな呪具だけが残されていた。
「…俺、アレに成す術なく殺されたんだがな…」
先生が遠い目をして呟く。
「私もあの黒い霧に…」
ユリウスさんも一緒に遠い目をしている。
「かっか!感謝するぞ鈴子!」
「うひゃあ!」
私は私で問題が片付きテンションが上がった黒狐に高い高いされた状態でぐるぐると回られて目を回している。

「…黒狐、それ以上やると吐いてしまうよ」
「っは!白狐!」
急に聞こえた見知らぬ声に黒狐がやっと止まって降ろしてくれた。
「大丈夫ですか!?」
「うぅ~、三半規管は強化されな…うぇ…」
目を回して若干気分が悪くなった私の背中を桜子さんが擦ってくれる。
田淵さんが自前のコップに水を入れてくれたのでそれをちびりちびりと飲みつつ様子を伺えば、黒狐と――何故か白尾さんがダンジョンの硬い床の上で正座をさせられているのが見える。
「なんで僕が…」
「良いですか、紫苑。貴方も白尾の者なのですからコレに好き勝手させてはいけません」
「好き勝手も何もいきなり来ていきなり転移で此処に連れてこられたんだから凡人・・の僕にどうにかできるわけないじゃないか。それこそ蒼兄さんとか碧姉さんに言ってよ。あっち・・・が僕を捨てたんだし」
「む…?まだあの人たちはくだらない事に拘っているのですか?」
「母さんと僕は凡人・・だととっくの昔にお山から追い出されたよ…」
そういう白尾さんの顔がどこか寂しそうだった。
「…その件は後でこちらから聞いておきましょう。…で?黒狐、貴女は一体何をしているのですか?」
「お、俺はダンジョンの危機をどうにかしようと思ってて…!!」
自分に話が振られて慌て始める黒狐。
力関係は白狐の方が上のようだ。
「ほぅ…?」
「あわわわ…」
黒狐の言葉に白狐の目がす…と細められる。
「ごめんなさい」
「最初から胡麻化さず謝っていればよかったのです」
見事な土下座が目の前で披露されている。
「ビックリだろ?あれ、昔日本を震撼させた九尾の狐なんだぜ?」
白尾さんが白けた目を黒狐に向けて言う。
「「「え?」」」
その言葉に驚いたのは私と先生と田淵さん。
桜子さんは口元に手を当てて少し目を見開いているようだ。
「あんなのに日本落とされるところだったんだよね…」
ご先祖様には感謝だわ…と呟く姿をみて、今度美味しいご飯を差し入れしようと思った。
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