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『気をつけていってらっしゃい』

それが鈴子と交わした最後の言葉だった。
日々魅了された者の襲撃はあったけれどそんなもの大したことはなく、それ以外きな臭い・・・・事は起こっていたけれどそれも鈴子が気付く前に我々で対処することが出来ていた。
神々もやっと重い腰を上げて対処を始めたのでもはやこちらにちょっかいをかけている問題が解決するのも時間の問題――そう思った時庭先にあったダンジョンと共に鈴子が姿を消した・・・・・

異変にまず気づいたのはリビングで昼寝をしていたオニキスで、突然起きたかと思うとそのまま窓をぶち破り庭に飛んで行ったのだそうだ。
悠司が後を追えばそこには今まであったダンジョンの扉はなく、ダンジョンがの扉があった場所が黒く煤けていたと。
暇を見つけては世話をしていた植物たちも何故か枯れて黒くなっており、明らかにナニカ・・・が起きたのは一目瞭然だった。
すぐさま各関係者に異常は知らされて何が起きたのか調べられる。


「……庭先のダンジョンの消滅を確認しました」
現れたスライム――ダンジョン管理神スイは重い空気の中そう言った。
「消滅…?」
「ええ。…どうやら我々神の中にも【魅了】されている者が居たようで――」
その言葉にダン!と何かを打ち叩く音が響く。
「落ち着け、ユリウス」
「……大丈夫です」
拳を強く握りしめてふーーーーっと深く長い息を吐く騎士の姿にスライムは申し訳なさを抱く。
「その愚か者はもう捕らえられて処置されています。一体どこの誰がかは――これはもう断定できており今主神が対峙しているはずです」
「主神とやらも魅了されてしまうんじゃないのかい?」
「それは大丈夫です。主神様の奥方様や娘様方も行きましたので」
その言葉に妻子が居たのか…と何人かは思った。
「実のところ、今回この世界に試練と救いとしてダンジョンを創ればいいと主神様をそそのかした女神が居りまして、奥様方はその女神と主神様の関係を疑っております」
「神様も浮気ってするのか?」
「……残念ながらしますね。神と言っても心が100%清いわけではないのでそこらへんは人と変わらないかと。――ただし、ばれた時の報復は人以上に末恐ろしい……」
言ったスライムの体が小刻みにブルブルと震えている。
「覚えでもあるのか?」
悠司が聞く。
「私ではなく同僚が…。男神よりも女神の方がどう見ても強い。私はあの地獄のような絵図をみて結婚は良いかな…って思いましたよ…」
スライムの声が物悲しさを感じさせた。

「話が脱線しましたが、今回の首謀者――そちらのユリウスさんは悠司さんの前世の世界を管理していた女神アンリルが今回この世界に異変を起こすきっかけを作った者です」
「女神アンリル……?」
「悠司…。女神アンリルは確か豊穣と愛を司る女神だったはずだ」
そう言われてもあまりピンと来る様子はなかった。
「で、その女神とやらがなんでそんな事を?」
「その女神が『壊れて』しまったからです」
その言葉に皆小首を傾げる。

「ユリウスさん、悠司さん、お二人の最後の瞬間の事を覚えていますか?」
「俺は黒いマンティコアに殺されたな」
「黒いナニか…霧に覆われたところまでしか覚えていません」
「その黒いナニかこそが壊れた女神アンリルだったのです」
その言葉にその場にいたメンバーは息を飲む。
「どういう事だ?」
「そのままです。――女神アンリルは神の身で人に恋をした。それも一方的な本気の恋を。普通の神ならばそのままその気持ちを胸に封じ見守る事を選ぶのでしょうがアンリルが司っていたものが『愛』だった故に――彼女は『嫉妬』を覚え狂った」


女神アンリルが恋したのはとある国の王子だった。
幼い頃は病弱で、でも自分の弱さを嘆くでもなく日々努力を重ねて体を鍛え病気を克服した。
克服後は体を鍛え続け、それと同時に国のやせ細った田畑の改良に力を入れ採取的には食糧難も解決してしまったという偉人。

「…砂の国の第4王子の事ですね」
「砂の国って海渡った向こう側だよな?」
わずかに国交があっただけの国なので詳しい内情は知らないが、どうやら女神の加護を得た王子が居るようだという噂くらいは耳にしたことがあった。
「加護ではなく寵愛ですね。要はマーキングしたわけです。この王子は自分のものだと」
「うわぁ…」
スライムの言葉になんとも言えない声が上がる。
「でも人からすれば神々に見守られているという風にしか思えませんから…。まさか自分が女神の恋愛対象になっているなんて思いません。だからこそその王子も成長しそして恋をする――」
「王子だし婚約者が出来たんだな」
「えぇ、ただし珍しくお互いに想いあっていて周りも祝福していたようです」
ただ――と言葉を続ける。
「女神だけは違いましたが」

神々は普段地上に干渉することは少ない。
干渉するにしても声を届けるかスイのように影響がないように依り代をつくって降りる。

恋した相手に婚約者が出来た。
しかもお互い想いあって仲睦まじく周りも祝福している。
その様を実際に見て女神の胸中に黒いモノが生まれた。
それでもまだその時は理性が勝ち、祝福しよう――そう思っていたのだろう。
だがいざ式が教会で挙げられた時女神は壊れてしまった。
幸せそうにお互いに微笑みあい、手を取り口づけあう姿を見て。

女神は口づけが終わった二人の傍に降臨した。

いきなり現れた女神に王子たちを含む人々は驚いたが、王子が女神に愛されている事は有名だったため祝うために現れたのだと歓喜の声を上げた。
王子は頭を垂れ、貴女のお陰で今日最愛の人と一緒になれると礼を述べた。
王子の横に並ぶ姫も礼の良い、そして二人はお互いに目を見あって幸せそうに微笑み―――。


『憎い―――』


女神は胸中に生まれた『嫉妬』を文字通り胸を張り裂けさせて解き放った。
まずは憎き恋敵である姫に黒い感情は向き、その可愛らしい姿をぐずぐずに溶かした。
悲鳴なんて上げる暇も与えず、かろうじて人の姿を残し、これならば王子はその姿に絶望し自分の元に戻ってくるだろうと思った。
だが女神の思惑は外れ、王子はその身を崩れさせた姫を抱きしめ涙を流す。
そして女神を睨みつけ『この邪神め!よくも私の最愛を!』と敵意を見せた。

女神から上がったのは絶望の声だった。

女神は黒い涙を流し王子に抱き着いた。
王子はそんな女神を振り払い、こと切れた姫を抱き逃げ出した。

『憎い――、憎い―――、私がこんなに想っているのに――、私がこんなに愛しているのに―――』

女神の体は黒く変色し、ぐずぐずと崩れていく。
崩れて残った黒い塵は風もなく空に流れると次々と命を奪い始めた。



「一夜にして砂の国は滅びました。死した者達の魂を食らい、女神だった塵は量を増やし他の大陸へ――」
「私の国を滅ぼしたのは――」
「女神だった塵…ですね」
「俺を襲った黒いマンティコアは?」
「塵が形をとったモノですね」
その言葉に場が静寂する。

「なんでそんな女神さまがウチの世界にちょっかいをかけてきてるのさ」
そこでもっともなことを言った紫苑。
スライムは少し言葉にできないようにフルフルと体を震わせた後にポツリとこぼした。
「……彼女が愛した王子の魂がこの世界に転生を果たしたからです」
「「「はぁ?!」」」
「彼女が管理していた世界は彼女の嫉妬のせいで滅びました。彼女の他の神は他の世界の神々の元に避難したんです。女神が滅ぼした世界の魂の一部、何とか救う事が出来た魂を持って――」
「…俺みたいなのか?」
「はい」
「だが私はダンジョンのボスとして覚醒を果たしました」
ユリウスが自分の事を考えるとおかしいのではないかという。
本当ならばこの世界にダンジョンなんてもの存在していなかったのだから当たり前だ。
「転生と言っても色々と決められているので全ての魂を一気に転生させることは出来ないんですよ。順番が来るまでは魂の保管庫にしまわれていたんです。でもなぜかそこから魂がいくつか消えていてユリウスさんのようにダンジョンの魔物として使われている事が分かり――」
「それが魅了されてた仲間の仕業だったんだな?」
悠司の言葉にスライムボディが頷くように揺れる。
「…で、その王子は今どこの誰に生まれ変わってるんだ?」
そこが重要である。

「……皆さん、会ったことがある人ですよ…」
「会ったことがある…?」
「海外勢の中か?」
「もしかしたらこの間の七光りの中に?」
会ったことがあるメンバーを思い出しながら名を言うが違うと言われる。
「正確には悠司さん、貴方は暫く教師として接していたし鈴子さんは友人として仲良くしています」
その言葉にその場にいるメンバーの顔が強張った。

「…今世は女なのか?」
「はい」
「そういえばなかなか曲がったことが嫌いな方でしたね」
「前世の気質が残っているのかと」
「結構強かったよね…」
「前世で起きた事が起きた事だったので今世は色々と守れるように――と思ったのでしょうね…」

「「「藤森(さん・ちゃん)か!!!」」」
男三人の声が重なった。
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