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「…ここ、何処?」
いつの間にか気を失っていた。
気づけば黒い汚泥のようなものが広がる気味が悪い場所に倒れていたからびっくりだ。
幸いその汚泥から害意が感じられたらしく結界が発動していたようでその汚泥で体が汚れる事はなかった。
「ダンジョンに入った瞬間なんか声が聞こえて―――」
そこから記憶がない。
聞こえた声に何か嫌なものを感じたのは覚えているのだけれど―――。

「で、ここはどこなのさ」
【魔法の地図】で確認するけれど何も表示されない。
魔力感知や気配察知でも自分以外の生き物の気配が感じられない。
ならばとこの空間を魔眼で視てみれば――。


【かつて女神が管理していた世界の慣れの果て…女神の嫉妬の末に滅ぼされた世界の慣れの果て。広がる汚泥はかつて女神だったモノ・・で残骸】


なんかすごい情報が出てきた。
まずここは地球でも日本でもダンジョンでもないと。
「転移…できるかなぁ…」
出来ませんでした。
「う~ん、ここでじっとしておくのもアレだし、一応どこかしらに進んでみようかな…」
足元は真っ暗なのに青空が広がっているちぐはぐな光景が薄気味悪い。
家に転移することは出来ないけれど、どうやらこの世界を移動する分には転移できるようなのでパッパッパッと移動を開始する。
「何にもないな~」
一時間ほど転移であちこち移動してみたけれど相変わらず黒い汚泥と青空が広がっているだけだった。
風邪なんて吹いていないし空には雲一つ浮かんでいない。
あるのは空の青と太陽の白と汚泥の黒のみ。
「嫉妬で世界を滅ぼすとかどんなヤンデレなのか…。そんなのに好かれてた対象可哀そう…」
鑑定した結果を思い出しポツリと呟く。
移動しても変化がないので椅子と机を出して休憩することにしたのだ。
正直食欲なんてわかない環境だけどいざとなった時に力が出ないとかないようにしたい。
サンドイッチとお茶を出して食べる。

「****ってこの世界を滅ぼした女神なんだろうなぁ」
状況からしてそうとしか考えられない。
じゃあなんでその女神とやらは私にちょっかいをかけてくるのか――は考えても分からなかった。
サンドイッチを食べてぽけーっと青一色な空を見る。
此処で目を覚ました時から太陽に位置が変わっている気がしない。
「もしかしたら時間っていう概念も壊れてるのかも?」
だとしたらヤバいのかもしれない。
もし無事に元の世界に帰れたとして浦島太郎状態になるのはごめんである。
「もう自重とか言ってられないよねぇ…」
言いながら幾本かのスクロールを取り出す。
多分生半可な力ではこの空間から出る事が出来ないと思ったのだ。


「戦闘系スキルを出来るだけ全部取ってランク上げられるだけ挙げて、魔術スクロールも使えるだけ使って…」
つけられるだけアクセサリー類もつけて能力の底上げをする。
「あとはこのステータス値を地味に上げてくれる木の実も食べて…」
アーモンドやらカシューナッツやらピスタチオ的な見た目の木の実もカリカリモクモク食べる。
まるでげっ歯類になった気分だと遠い目をしながらしまっていた瓶に入っていた木の実を全て平らげた。
「最後はこれ……」

言いながら取り出したのは一本の長剣。

『私が居ないときに何かあったらこの剣を使ってくださいね』とユリウスさんから押し付けられた聖剣の一振りである。
私と同じ背丈程ある長くて白い剣を片手に使っていた椅子やテーブルを収納にしまう。

「じゃあ早速ここから脱出しますか…」
言って剣を振り上げる。

「そんな事させるわけないじゃん!」
いきなり横手に気配が生まれた。
同時に魔力が濃縮されていることに気付く。
一気に転移で距離をとれば今しがた私が居た場所に黒い稲光が落ちる。
「ちょっと~、なんで避けるわけ?アタシの最高な魔法だったのに~」
そんな事を言いながらもにやにやとした顔をこちらに向けるのは――愛莉だった。
髪の色がピンクに変わり、そのこめかみ部分から黒い角を生やした。
「愛莉さん、勝手な行動は駄目よ」
そこにもう一人分の気配が生まれる。
「そんなの早い者勝ちに決まってるでしょ!年増は黙っててよ!」
「愛莉さん!」
愛莉と言いあっているのは堀北先生だった。
堀北先生の髪は紫色になっており、やはり先生のこめかみからも黒い角が生えている。
「二人がどうしてここに?」
「そんなのアンタを始末するために決まってるでしょ~?」
「ごめんなさいね?でもそれが私たちのご主人様の命令だから―――死んでちょうだい」
堀北先生は言葉を言い終わった瞬間に私に向かって細いレイピアみたいなものを向けて突進してきた。
「ずる!そいつを殺すのはアタシよ!」
続き両の手に黒いプラズマをまとわせて愛莉も向かってくる。
「あは!防戦一方じゃん!どうしたの?アンタ色々とチート能力持ってるんでしょ?」
「愛莉さん、油断してはいけませんよ!」
「うっさいなぁ、今のアタシはこいつより強いし可愛いんだから問題ないわよ!」
2人は言いあいながらも私を殺すための攻撃を繰り出してくる。

どうしたものか。

元のスペックが高かったというのもあるけれど先程アイテムチートで色々と底上げしたので全然余裕があるのが正直なところだ。
だからこの二人を倒すのならば全然問題なく一瞬で終わらせることが出来る。
今困っているのはこの二人に関してだ。
どうやら人をやめてしまっているらしい。
角がその証拠である。
よく見ればスカートの裾から細い尻尾のような物が出ているので悪魔かなんかになってしまっているのかもしれない。
人って種族変えられるのか…と思ったけれど一応親玉女神だったな…と思い出す。

もしもこのまま二人を相手にすれば人外相手にちゃんと相手をしないといけない。
中途半端な攻撃ではこちらの身が危ういのできっちり無力化するか倒してしまわないといけないのだけれど…、本当に倒していいのか?というのが迷いのポイントである。

ユリウスさんや先生は私に人相手に戦ってほしくないと言っていた。
それは白尾さんや桜子さん、田淵さん達も同じだと言っていた。
色々と煩わしいことに巻き込まれて平穏な日常から離れてしまっているのだからこれ以上は背負わなくていいと。
でもさ、この世界がこのままダンジョンありきな世界だったら遅かれ早かれスキルを使った犯罪も起きると思うんだよね。
現に最近のニュースで少しづつ報道されるようになったし。

そんな世界でいつまでも綺麗事で生きていけると思うのかと言えば答えはNoである。
今じゃなくてもきっとそう遠くない未来で私は誰かと戦って誰かの命を奪うかもしれない。
…正直それが今か後かなだけなのだ。

(まぁ、その前に鑑定で元に戻せるのかは確認するけどさ…)

言って二人を見る。


堀北ほりきた 舞香まいか:魅了 洗脳:その身にサキュバスの魔石を埋め込まれた事で種族変化している。わずかに残ったりせいで同課に抵抗中】

山科やましな 愛莉あいり:その身にサキュバスの魔石を埋め込まれた事で種族変化している。心から魔石の能力受け入れている為完全同一化済み。もとに戻すことは不可】

愛莉がアウトで先生はギリセーフだった。

「あは★死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
頭上から愛莉が黒い雷を降らせる。
「はい、《リフレクト》」
「ぎゃああああぁぁぁぁぁ!!」
自分が放った黒い雷が倍返しされてその身を焼く愛莉をしり目に、私は護りの体勢から攻めの体勢に切り替える。
「なっ!」
「先生、帰ろう!」
「っ!?」
言いながら先生の腕をつかみ体内にあるサキュバスの魔石を私の手に『転移』させる。
触れていれば一緒に転移できる。
という事は一部分だけと意識すればいけるのではないかと出たとこ勝負だったけれど何とかうまく言ったようだ。
「あぐっ!」
「先生、あとでね。《スタン》《バインド》」
魔石の消失で体がうまく動かなくなった堀北先生を気絶させて拘束しておく。

「…さない…」
掠れた声が離れた場所から聞こえてくる。
「許さない!なんでいつもアンタばっかが!」
「知らないよ。ほとんどがあんたが勝手にやって自滅してるだけじゃん」
「知らない!アタシはただ自由に楽しく生きてるだけじゃない!」
「そのために他人を傷つけるのはどうかと思うよ」
「うるさい!アタシが幸せだったら他のやつの事なんてどうでもいいのよ!!」
言いながら黒いプラズマを放ってくる。
それを剣で払い消すと初めて焦ったような顔になる。
「嘘よ…、だって零はこの力であんたを殺せるって言ってたのに…」
「あんな怪しい男の言葉に踊らされるなんてね…」
「う、うるさい!零は凄く格好良くて優しいのよ!先生よりもアタシの事を毎晩愛してくれたし!」
「あ、そういう情報は結構ですので」
言って私は愛莉の背中から生えた蝙蝠の羽根のような物を背後に転移して剣で切り落とす。
「ぎゃああぁぁぁ!」
「逃がすわけないでしょ。先生共々引っ付構えて帰るよ」
面倒かけさせるなという風に言えば、愛莉から憎悪が籠った目を向けられる。
「うるさい、ウルサイウルサイウルサイ!!!」
愛莉の声に応えるように汚泥が波立つ。

「なんでいつもアンタが!」

「なんでアタシじゃないのよ!」

「なんで誰もアタシを愛さないの!!!?」

「ナンデ…ナンデ…ナンデェェェェェェ!!!!」

瞬間、愛莉がドロリと汚泥に溶け込むように体を崩し消えた。
「これはなかなかヤバいかもしれない…」
気絶して縛られた堀北先生を抱え一気に転移で距離をとる。

『アダジィィィ アンダヲォォォ コロズゥゥゥゥ!!!』

一気の盛り上がった汚泥の山には愛莉の顔が浮かんでいた。
ムンクの叫びのような悲痛な表情を浮かべる愛莉はただひたすら『憎イ』と声をだす。
「軽くホラーなんだけど…」
怖いものがそこそこ大丈夫な私でも少し冷や汗をかいてしまう。

「さてどうしたものか」

堀北先生を抱えて愛莉の攻撃を避けながら打開策を探し始めた。
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