私の運命は高嶺の花【完結】

小夜時雨

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序章・運命の世界

私の決断

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 運命に出会った場合、どうするべきか。
ほぼ全ての人々は運命に突撃するのが当然である、という認識だ。
 ただ、問題はお相手に誰かがいる場合である。

(すでにご婚約済み、と)

 新聞をきちんと読まなかった私が悪かったのかもしれない。
けれども、私の運命がまさしく王子様だったと、誰が信じられよう?
警備や様々な面から、結婚適齢期前の王族情報は下々には流れはしないのだ。
噂はあったが、あくまで噂。目撃談もあったにしろ成人前はかなり厳しい情報管理下にあり、こうして絵姿がお披露目されるのは彼が成人してからの話だ。それもごく最近のこと。
そのせいで、私は運命に気づけなかった。
 彼との出会いさえ、あれば……。

(いや、おそらく)

 動かなかっただろう。たとえ遭遇したとしても。
きっかけがあったとしても。
 鏡の前の私は、とてもじゃないが人に自慢できるようなものはなかった。
ごくごく一般的な庶民の女。何を夢見ているのか。
 きっと、遠くからでも見かけてしまえば眠れず、もやもやとしたままでいただろう。

 運命の相手がここまで奔放なんて。
私の初めての口付けは彼には与えられても、私には与えられないのだ。
彼の指は誰かの女性の指先と絡められている。他の女性に、すでに彼のすべてが奪われている。何気ない会話や逢瀬も。数多くの浮名がそれを証明していた。立場も身分も違う女性たちばかりだが、どれもこれもが煌びやかな美女ばかり。

愛の話題にはとびきり反応を示す我がアネモネス国の国民の間では、王子については話題にはなっていたものの、あまりにも遠い存在であったので私にだけは関係ないとばかり思っていた。
 経験豊富な運命。誰かを愛した運命。
 ズキリとした痛みが胸にくる。
 
(……ただでさえ、苦しいのに)

 確かに心臓は鷲掴みにされた。
されすぎて、毎朝起きるたびに息苦しい。

 彼のことは考えるだけ無駄だというのに、どうしても考えてしまう。
 もし、万が一があれば、と。
 嗚呼、これは。喉の乾き。飢えのようなもの。カラっからの砂漠に降り注ぐかのような、灼熱の熱波。
 晒される私はとんでもない魔女のような形相だろう。ドン引きされるだろうこと間違いなく。

(嫉妬、なのだろうか?)

運命に出会えばわかるという。
そして、それは相手にも言えた。

けれど、それがどうだというのだろう。
今更。
こんなにも、国をあげて成し遂げている催し物に私は分け入ることなど。

ああ。
ひと目でいい、私を見てくれてさえいたなら。

(……無理だ)

噛み締める。
日々、新聞もご近所の話題も、この派手な催しものでいっぱいだ。

 運命はあちこちを遊び歩いていたが、いや、たら、ればを考えても仕方ない。辛い。でも仕方ない。こうなってしまったんだもの。これは諦め、なんだろうか。私はどうして彼のことを知ってしまったんだろう。このまま知らなければ良かった、運命なんて。
 
 涙は出てこない。
あまりにも衝撃的すぎて。
現実を、受け入れられないのかもしれない。いや、やっぱり溺れているんだろう、
 
(これが、私の、初恋か)

 彼はあと数日で、アネモネス国からいなくなる。
隣国へ、婿入りするために旅立つのだ。
祖国にはもうよっぽどのことでない限り戻らない。

新聞に、そう書いてある。
ならば。
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