囚われの皇妃の回想【完結】

津籠睦月

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Act7 企みの行方

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 時間は少しさかのぼる。
 ホールを退出したフィオレンジーヌはひかえのに入り、人払ひとばらいをした。そこにしばらくしてハミントンがおとずれる。
 タイミング良くここへベルージュリオを呼び、二人の親密そうな様子を見せつける、というのが今回の作戦だった。
「……本当にやるのですか」
 目の前でニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている男に、フィオレンジーヌは問いかける。
「おや。今頃いまごろになって怖気おじけづかれたのですか?」
「そういうわけでは……」
「それとも、御心おこころれていらっしゃる?このご縁談えんだん自体に疑問をいだいていらっしゃるのでは?」
 フィオレンジーヌは何も答えられずにだまんでしまう。
 そんな彼女にハミントンは、にやけた顔のまま身を寄せていく。
「もっと素直になられた方がいい。あの皇太子殿下に貴女あなたはもったいない。貴女はもっと高みを目指せる方だ。その美しさ、気高けだかさ、教養の深さ……。どれを取ってもこの大陸にそうといない」
「……私をおだてていかがなさるのですか」
 フィオレンジーヌはすげなくあしらうが、声にいつもの覇気はきが無い。ハミントンはふっと笑みを消した。
「貴女は私の言葉が全ていつわりで、たくらみによるものと思っておいでなのですか?」
「……あいにく、甘い言葉に容易たやすまどわされるような教育は受けておりません」
「しかし、男に対する用心は教えられなかったようですね。いけませんよ、私のような男とこんな密室で二人きりになるなど……」
 ハミントンの手がフィオレンジーヌのこしびる。
 ハッと身構みがまえたがすでおそく、フィオレンジーヌはハミントンのうでの中に閉じ込められていた。
「まだ殿下はいらしていない!こんなことをする必要は……っ!」
 抗議し、はなそうとハミントンの胸を押すが、男の身体からだはびくともしなかった。
「必要が無ければしてはいけませんか?貴女は本当にこれっぽっちも気づいていなかったのですね。私の本当の想いに……」
 フッとかすかに笑みをこぼし、ハミントンはフィオレンジーヌの朱色あけいろの髪を指ですくってくちづける。そしてその指を思わせぶりに、耳に、ほおに、首筋にわせた。
 フィオレンジーヌの肌がぞくりと粟立あわだつ。まるで蛇にでもからめ取られ、その冷たいからだで全身をい回られているような感覚だった。
「これは……演技ではないのか……?」
 もはや敬語を使うことも思いつかず、ふるえる声でフィオレンジーヌは問う。ハミントンは耳たぶに触れそうなほどに唇を近づけ、ささやいた。
「私は貴女を何度も我が領地へお誘いしたはずですが?貴女にその気があるなら、今すぐさらって行っても良いのですよ。未来の皇妃にはしてし上げられませんが、それよりももっと素晴すばらしいものを私は用意できる」
わらわはこの国を離れる気は無い……」
「貴女はこんな国ひとつに収まっているべき方ではない。貴女はご存知ぞんじないのだ。この世界には王や皇帝のような世俗せぞくの権力者とは次元のことなる、真の支配者とでも言うべき存在がある。……貴女ならきっと、その高みにのぼる資格がある」
「……貴方あなたはまさか、聖女王猊下せいじょおうげいか叛逆はんぎゃくするつもりなのか……?」
 フィオレンジーヌは先ほどまでとは別の意味で青ざめる。
 世俗の権力者とは異なる "支配者" ――そう言われて彼女が思いつくのは、聖王国の元首げんしゅ、聖女の中の聖女とされるクレッセントノヴァの "聖女王" しかなかった。
「……おっと。口がすべりましたね。しかしご安心を。私にそこまでの野心やしんはありませんよ。今はまだくわしくお話しできませんが……」
「話してもらわなくて結構けっこうだ!やはり貴方は危険だ。そんな男の妻になど、誰がなるものか!」
 フィオレンジーヌは頬をたたこうと手をり上げる。だがその手はハミントンに易々やすやすとらえられてしまった。
「悪いことは言いません、フィオレンジーヌ。私のものにおなりなさい。さもなければ貴女は、自由をうばわれ、後悔こうかい憎悪ぞうお苦悩くのうに満ちた人生を送ることになる」
「何を言っている……!? まるで未来でも知っているかのような……」
 その言葉は途中とちゅうさえぎられた。フィオレンジーヌの唇を人差し指で止め、ハミントンはゆっくりと首を横に振る。
「私は未来を知りません。しかし我が国にはそれを知る方がいる。その方々にとってみれば、この世界の人間など全てあやつり人形と変わらない。フィオレンジーヌ、私は貴女を人形にはしたくないのですよ」
 ハミントンはフィオレンジーヌの唇をそのまま指でなぞり、顔を寄せていく。何をされるのか瞬時にさとったフィオレンジーヌは顔をそむけ、声を上げていた。
「……ッ、離せ!」
 直後、荒々しい足音とともに部屋に飛び込んで来た人物があった。
「フィオ……レンジーヌ!?」
「……リオ……様……っ!」
 当初の計画や思惑おもわくなどすっかり忘れ、フィオレンジーヌはただすがるようにベルージュリオを見る。
 ベルージュリオは呆然ぼうぜんとしているように見えた。
 目の前の光景をどう受け止めて良いのか分からない、という顔だ。
 フィオレンジーヌの胸に不安と焦燥しょうそうが押し寄せた。
 ――やはり、嫉妬しっとなどしてもらないのか……。下手へたをすると不貞ふていうたがわれてしまうのではないか……。
 ただでさえ不安定になっていた彼女の心は、普段なら決してみずかほっすることのない "救い" を求めた。動揺どうようした唇から、つねなら出ることのない気弱な一言がれる。
「たす……けて……」
 途端、ベルージュリオの表情が一変した。
 その目が怒りにり上がり、頬も一気に紅潮こうちょうする。
「ハミントン卿!私の婚約者に何をしている!」
 その声も、普段ふだんからは全く想像のつかない怒気どきに満ちたものだった。
 ハミントンはあわてることも平静を失うこともなく、苦笑してゆっくりとフィオレンジーヌを解放する。
 すぐにハミントンから距離きょりをとったフィオレンジーヌを、ベルージュリオはやや強引に引き寄せ、守るように抱きめた。
「まだご婚約は本決まりではないとうかがっておりましたが……。しかし、そのご様子では私のつけ入るすきは無いようですね。……フィオレンジーヌ様、強引なアプローチになってしまいましたこと、おゆるしください。ベルージュリオ殿下にもおび申し上げます」
 口振くちぶりは丁寧ていねいだが相変あいかわらず真意しんいの見えない表情かおで、ハミントンは深く頭を下げる。
 ベルージュリオはしっかりとフィオレンジーヌを抱いたまま、心を落ち着かせようとするように何度か深呼吸する。だが、その怒りはなかなか引かない様子だった。
「……ハミントンきょう。貴公の使命はクレッセントノヴァと我が国との友好を結ぶことではなかったのか?これはそれとは真逆の行為に見えるが。今回の件、貴国には厳重に抗議させていただく。貴公の大使としての資質についてもあわせて意見させて頂くつもりだ」
「……いたかたありませんね。当分の間は国へ戻り、大人しくしておりましょう」
 フィオレンジーヌは呆然と事のきを見守っていた。
 ベルージュリオがこんなにも怒りをあらわにするとは予想外だったし、ハミントンが思いのほかあっさり身を引いたことにもおどろいていた。
 部屋を出て行こうとする時、ハミントンはフィオレンジーヌにだけ見えるようにウィンクして見せた。それを見てフィオレンジーヌはハッとする。
(まさか……今までのことは、やはり全て演技……?)
 だとしたら、大使を罷免ひめんさせてしまうのは重過ぎる処遇しょぐうだ。
「ハミントン卿……!」
 思わず名を呼ぶフィオレンジーヌに、ハミントンは振り返り、唇に人差し指を当て首を振った。
「しばしのお別れです、フィオレンジーヌ様。またいずれ、お会いしましょう」
 フィオレンジーヌにそれ以上何も言わせず、ハミントンはそのまま部屋を出て行った。
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