GROUND ZERO

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Act.6 記憶をなぞる者達(後編)

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「ッ…これじゃねぇかよォッ!」
山猫が件のメモリーを掲げて、そう叫んだ.。その瞬間だった― 
突如、夜の闇を裂く白い輝きが広がり、それを追う様にして激しい轟音が響いた。
山猫と腕がねぐらとしていた建物は瞬く間に崩れ落ち、瓦礫の海と同化してしまった。
その有様を遠くから眺める請負人、ワンホイールと白服の教団の信者達の姿。
「やりましたね!流石は殺し専門の請負人、こんな装備も持ち合わせているとは…」
「マーケットの一点物さ。どういう仕組みなのかはアタシにも分からねえがね」
先程の閃光と破壊を作り出したのは彼女の手に収まる程度の小型の爆弾だった。
「さて、と― お前ら、ボサッと突っ立っていねえで情報にあった野郎のスケを連れて来な。それと、例の黒塗りの長剣もだ」
彼女の勢いに気圧された信者達は散らばった砕片を引っくり返しては、辺りを物色する。
「姐御ォッ!」
異変に気付いた一人の信者から御利益とはあまり縁の無さそうな荒々しい声が上がる。
「何だい何だい?喧しいねえッ!」
胸倉を掴み上げて、ワンホイールが男から言葉を引き摺り出そうとする。
「せっ…生体兵器、腕型は見た通りこうして意識を失っているし、長剣も此処に確かに在るんですが、奴の…山猫の姿が見当たらねえ!」
「ハッ…ハハハッ…!」
期待通りだと言わんばかりに彼女の口元は大きく歪んだ。
「…姉御?何がそんなに可笑しいんです?」
請負人、山猫に復讐する。その一心で動いている信者達にはワンホイールの、彼女の根底に有る感情を理解出来る筈も無く、皆で顔を合わせてはその数だけ首を傾げた。
「…そうか。まあ、そうだろうな― こんな事で死ぬ様なタマなら、アタシの耳にまで噂が届くなんて事は無い…」
請負人殺しワンホイールは、辺りの瓦礫には目もくれずに遠くを見据えた。
そして、彼女の口から振り下ろされる、軽薄な請負人へと向けられた言葉― 
「奴は来るさ。必ず来るさ― 」
〝ソレハ人々ヲ漏レナク堕落サセル〟
この世界を起こしたデザイナーが居たとすれば、さぞ悪趣味だと指を差される事だろう。
この地上では追い求める者ほど、探し物には辿り着けない様に出来ている。
件のメモリーは、連中を嘲笑うかの様に人から人の手を渡り歩いていた― 
区画を跨いで展開される、回収業者や請負人の小競り合いが収まる気配は未だに無い。
夜明けは遠い― いや、全てが一度崩壊を起こしてしまってからこの世界に光が差し込んだ事など唯の一度も有りはしない。

………

「オーケイ、オーケイ…良い子ちゃんだから、動くのは悪い子ちゃん。そのままそのまま…」
独り言を吐き散らかしながら、細かな精度が要求される作業に打ち込む中年の男。
すると其処に、小さい音が一つ。
(やれやれ、せっかく気分がノッて来た所だってのに…)
手に握り締めた工具の電源を切るのと共に自身の昂った気持ちもパワーオフ。
突然の来訪者に初めは腹を立てたが、独特のリズムが小刻みに続くノックの音。
これは用心の為にと両者の間で合図として取り決め、使用しているものだ。
回収業者の熊には、ドアの前に誰が立っているのかが直ぐに分かった。
「おお!猫さん、やっぱり無事だったんだな!」
「お固くなるほど逃げ場を失う。身軽で柔軟。これがタフさの秘訣さね」
請負人、山猫のヤサが襲撃された事は既に此処らで噂となっていた。
話は必要以上に膨らみ、山猫が死亡したとまでされるデマも回って来たのだが、熊はそれを信じようとはしなかった。
山猫の持つしぶとさ、生き残ろうとする力を信頼していたからだ。
「へへっ…熊さんに頼んでおいたエロ画像の継ぎ接ぎが上がって来るまでは死ねないね」
「いやあ、心も身体も元気な何時もの猫さんで何よりさ」
「ははっ…所でさ、突然で悪ィんだけど、頼みがあって来たんだ」
「俺達の間で事前に話をして物事を決めた事なんてあったかい?他ならねえ猫さんの頼みとあれば、何でもやるぜ」
「助かる。そうさな― 先ずは代わりの武器と、これと、こんなん― 集められるかい?」
山猫は懐から取り出した数枚のメモ書きをテンポ良く机の上に並べて見せた。
熊はそれを手に取り、目を走らせ、一通り眺め終わると最後にニヤリと笑った。
「こんなモン俺の周りの大馬鹿野郎共に声を掛けりゃあ直ぐよ」
「そいつは良かった。持つべきものは回収業者のオトモダチってね」
「ただ、猫さん。あまり出歩かねえ方が良い。アンタが長剣を失ったって情報が広まってる」
「へえ、俺から恨みをお買い上げになった連中にお返しされるって事かい?」
「そうさ。ほとぼりが冷めるまで此処は大人しくして― 」
「そうは行かねえ。奴の目当ては俺だ。御指名にはきっちり応えてやらねえとなァ…!」

………

「無様だな首攫い」
上から見下ろす形で山猫に向けて、シェフが言う。
「…やっぱそう見える?」
「何処からどう見てもだ。随分派手にやられたそうじゃないか」
ざかっと見ても山猫の容姿はひどく乱れており、衣服と肌の所々は裂傷していた。
そして、無造作に顔に散りばめられた煤のメイクが嫌でも目を引く。
また、彼の力の象徴であった筈の黒塗りの長剣が見当たらないのだ。
シェフの言う通り、無様だと言う以外にこの状態を表す言葉は見当たらない。
「いやね、俺もここまで吹き飛ばされたのは初めてだ。人生何でも経験とはいえ、正直な気持ちを打ち明けるなら、そう― ムカついたよ」
相変わらず良く喋る、と呆れた様子のシェフ。
人工皮膚とマスクに覆われた彼の表情を読み取る事は出来ないが、察する事は出来た。
「俺宛の依頼が出ていると聞いて来てみれば、二度と見たくもないと思っていた貴様と顔を突き合わせる事になるとはな…」
「ああね、だってその依頼出したの俺だもの」
「あ…?」
軽薄な請負人のふざけた態度に対して、シェフの声色には怒りが籠る。
「なあ、料理長殿よ」
シェフにとって面白くもない調子を維持しながらも山猫は続ける。
「ごっこ遊びなら身内だけでやれ」
「…猫が手を借りたいって時もあるんだが、一口乗らねえか?」
「俺はレディースサイズはやってない。注文は大口からだ」
馴れ馴れしい口調で擦り寄る薄汚い猫を彼はシャットアウトする。
「へえ、報酬は噂のメモリーなんだが…こいつがモーニングに摂る軽食に見えるかい?」
「それはそれは…俄かに信じ難い話だ。お前の口から出た情報ともなれば尚更だ」
シェフは山猫の口から出た言葉だけは信じないようにと心に決めていた。
実益が無ければ動くつもり等更々無い。
「相変わらず信用無えのなァ…」
「例のメモリー、完全に破壊しようと途中までは追っていたがな…妙な力を持った銀髪の女に出し抜かれて諦めた所だ」
(妙な力を持った銀髪の女…?ああ、なるほど。そういう事か)
山猫は握り締めていた手をゆっくりと開いて、電子記憶媒体をシェフに向けて差し出す。
「それはッ…もしや、例の?何故、貴様の所に…?」
「その女は俺の相棒でよ。口が寂しがるから奪り返してえんだ」
そう言い放つ山猫の表情は正とも邪とも取れる力強い意志を秘めていた。
「…貴様に使われるのは癪だが面白い。さっさと注文を寄越せ」
ガギンッガギンッ― と、マーケットの路地裏であの騒々しい駆動音が二度鳴った。

………

回収業者の熊を伝って手に入れた黒塗りの長剣と丁度尺が同じぐらいの簡素な得物を引っ提げて、山猫は第七区画の空洞近くにまで来ていた。
辺りには所々に世界の砕片が散らばるも、目立った隔たり等は特に見当たらない。
請負人同士が互いの力を存分に引き出して戦うには絶好の場所だと言えた。
「来たな― アタシの見込んだ通りだよ。生き残る事が好きな奴だとは思っていた」
女の声。この戦いを仕掛けた殺し専門の請負人、ワンホイール。
「そいつァどうも…死にたがりばかりで退屈してたんだろ?」

「気を遣わせてすまないねえ…そら、麗しのお姫様はあそこだ」
ワンホイールが指差すその先には、教団の信者に囲まれた腕の姿が在った。
「意識があるとノーリョク?だか、ヌキテ?なんかが厄介らしいんでな、クスリに漬け込んで眠らせてある」
「意識があると厄介なのには兼ね同意だ。けど、白馬の騎士なんてガラじゃ無えんだなァ…」
「そうさ。お互い下層の請負人だ。それらしく戦う前にコインでも投げて運試しでもやればいい。裏でも表でもお前は死ぬがね― 」
「成程。アンタの軽口も中々切れるじゃないの。戦う前に良く喋るって流布してやるよ」
「はんっ、何時までその調子が持つか、見物だねえ…!」
「出演料はきっちり頂くぜ?今朝アンタの夢に出て来てやったのも込みだ」
その言葉を皮切りに、額に血管を浮かせたワンホイールが武器を構える。
山猫もそれに合わせる様に得物を引き抜く。
場は二人の請負人が作り上げた張り詰めた空気で完全に塗り潰された。
「手前ェの身体、連れて帰れると思うなよッ!」
敷かれた緊迫を突き破る様にしてワンホイールが飛び込む。
間合いを一気に詰め、容赦無く山猫に斬り掛かる形― 
「…ッ!」
ワンホイール、彼女を〝人間崩れ〟たらしめるその体躯に不釣合いな巨大な義手。
体組織には変異生物の物を使用し、接続系統には反応に優れる三八式義手のメインフレーム部分を使用する。
機械と生体の理想的な調和から振り下ろされる大剣のスピードとパワーは常人のソレを大きく飛び越えている。
咄嗟に剣筋を読む事で躱せたから良いものの、こんな一撃を種も仕掛けも無いごくありふれた簡素な得物で受けようものなら、おそらく完全に破砕されてしまうだろう。
掠めていった巨大な剣圧から推測するに、山猫の中で防御という選択肢は完全に殺された。
矢継ぎ早に繰り出される彼女の大剣を自身の読みだけを頼りに躱していく。
この短い間に放たれた幾つもの剣撃だけでその結論に辿り着く事はそう難しくは無かった。
請負人殺しワンホイールは、正面からぶつかり合ってまともに勝てる相手では無い。
(まあ、ハナっから真っ向勝負なんてする気も無えがな― !)
山猫は後ろに飛び退いて何とか間合いを外し、時間を稼ごうとした。
しかし、ワンホイールはその勢いを決して殺す事無く、ひたすら突進だけを繰り返す。
やり取りを放棄する事によって、相手にもやり取りを放棄させる、速攻型の戦闘スタイル。
「チッ、軽口叩く間もくれねえってか!」
ひたすら真っ直ぐに自身へと向かって来る赤の弾丸。
それを迎え撃つ形で山猫は懐に手をやる― すると、大きな爆発音。
山猫が使用したのは回収業者の熊に頼んでおいた目眩しの爆薬。
突如広がった閃光の後に立ち上った煙幕が辺りを包んでいく。
互いのスペックの差を文字通り煙に巻いて誤魔化そうとする彼の狙いが透けて見えた。
視覚と聴覚に揺さぶりを掛けてやる事で、相手の勢いは大きく殺せる。
どんな生物でもその瞬間を狙い撃てば仕留める事は容易い。
ワンホイールがいかに殺し専門の請負人だとしてもその例外では無い筈だ。
必ず、攻めあぐねる― 
「…なッ!」
その筈だった。姑息な策を振り払う様に、横に薙がれた大剣が彼に襲い掛かったのだ。
幸い、間合いを把握せずに放たれた一撃だった為、切り口としては浅いのだが、胸部に傷を受ける形で山猫は体勢を崩してしまう。
(何故だッ…何故、俺のやり方でこいつを揺さぶれない…!)
「請負人、山猫よ…テメエの剣ってヤツは、随分と柔なモンだねえ」
「…な…に?」
煙の中から現れたワンホイールが山猫を剣先で指して嘲笑う。
「お前は頭の中で色々考えているみたいだが― アタシは一つだ。生きるとか死ぬなんて事は放っぽって殺す事だけを考えている」
戦いの流儀を語りながら、彼女が死をもたらす為に一歩、そしてまた一歩と近付いて来る。
「……」
「こんな小細工で張り合えると本気で思ってんのか?お前が息抜きに〝人助け〟を請け負っている間にアタシは〝殺し〟だけをやって来たんだよ― 」
この戦いを表すならば、理で握り締めた剣と本能で振り回す剣の戦いだった― 
山猫とワンホイール、二人の請負人の明確な差が結果となって今、明らかになろうとしていた。
「戦いはいいぞ。相手の心が分かる様になる― 優しくはなれねえけどなッ!」
山猫のその首筋に大剣を叩き付けようとワンホイールが義手に力を篭める。
「…ッ!」
しかし、下りてきたのは大剣ではなく彼女の口から出た言葉だった。
「これで、本当に終わりか…?」
何処か惜しむ様に、残念がる様にワンホイールが言う。
「…今更、命乞いとか聞いてくれんの?そうは見えねえンだけど」
「アタシはね、殺しの依頼をこなしながら請負人、首攫いの噂をずっと追っていたんだよ」
「……」
「だがね、ある日を境に野郎の足跡は途絶えた。そして、それは何時の間にか請負人、山猫の噂について回る様になっていた…!」
山猫は、ワンホイールのその言葉に不思議と返す事が出来なかった。
その話は出鱈目な様にも聞こえるのだが、彼女は真剣に怒り狂っていたからだ。
「スケを攫ったのも、黒塗りの長剣を奪ったのも、手前ェの本気を引き出す為だ…出せよ!お前の中に居る首攫いを…山猫なんかじゃあ、アタシは物足りねえッ!」
そう言い放ち、彼女は握り締めた大剣を真っ直ぐに振り下ろす― 
静寂。人は死の淵に立った瞬間を長く感じると言うが、そう言ったものともまた違う。
予期せずに設けられた純粋な間。
(なっ、何…?何だ?これは、アタシの義手が― )
力を篭める事が出来ずに、緩み切った彼女の義手から大剣が滑り落ちる。
ガランという情けない金属音だけが虚しく響いた。
「へっ…へははっ、効かねえのかと肝を冷やしたが…間一髪の所で間に合ったみてえだな」
「テメエ…!」
「繋げる技術が発達してるって事は遮断する技術だって追っかける様に発展するものさ」
「一体、何をしやがった…!」
「俺もあんまり詳しい事は分からねえんだけどさ、電波妨害とでも言うのかね?熊が作ったこの装置が義手の接続系統に影響を及ぼしてるって訳さ」
「……」
「昔助けた奴に助けられる。殺しだけやってたお前さんにはこんな真似出来無いだろう?」
彼女の大剣はその手を離れ、利き腕の義手はまるで使い物にならない。
これまでに幾多もの場数を踏み潰して来た彼女も、この様な形で挫かれた事等無かった。
「形勢逆転…ってワケさ。長々と想いの丈を打ち明けてくれてありがとうよ」
先程とは対になる形で、山猫が得物を握り締めてワンホイールに向ける。その瞬間だった― 
「おっと請負人、山猫。彼女がどうなってもいいのですか?」
腕に黒塗りの長剣を突き付けて教団の信者が山猫にそう告げる。
「クククッ…ご自慢の長剣で、自分の女を切り刻まれる所を見たくはないでしょう?」
剣を下しながらも、山猫は精神を逆撫でする言葉を並べ立てる信者を睨め付ける。
「手前ェら…余計な真似を!これはアタシと首攫いの戦いだ!戦わねえ奴らが戦いの邪魔をするんじゃねえよッ!」
自分の流儀を踏みにじるやり方を前にしてワンホイールは叫んだ。
「ふん、貴方の下らない拘りに付き合うのは此処までです。殺しの請負人として役に立たなくなったとあれば尚更だ。我々は請負人、山猫に復讐出来ればそれで良いのです」
「万事窮す…と言やあ、満足かね?」
「こんな状況に陥ってもその余裕、その態度を大きく崩さないのは流石と言いたい所ですが」
「悪かったなあ、態度だけじゃなくってよォ!」
山猫がそう叫ぶのと同時に信者達の足元が大きく揺らいだ。
「なっ…」
突然、何かが目を覚ましたかの様に埋もれていた廃材が沸き立ち踊る。
生き物の如く縦横無尽に動き回る無数のコード、それらはある一点を目指して収束し、人の形を象っていく…瞬く間に生成されたのは二体の従僕。
発現したのは人工進化促進研究機関の生体兵器第四号、旋毛型の能力。
「今度は…私がお姉ちゃんを助ける番だよ!」
彼女の従僕であるローラとアンジェーリカが戸惑う教団の信者達から腕と黒塗りの長剣を強引に引き剥がす。
「山猫さんっ!」
「おうさっ!」
旋毛のその声を受けて、ローラが奪り返した黒塗りの長剣を山猫に向けて放る。
大概のモノに対して始末をつける凶悪な出土品が本来の所有者である彼に再び収まる形― 
「そんな馬鹿なッ…教主様と皆で話し合ってこれならいける!って立てた作戦が…」
先代の教主が二つに斬り離されたあの時と同じだ。
長剣を手にしてゆっくりと詰め寄る請負人、山猫を前にして信者達の顔が青褪めていく。
「さて、と― 此処いらは確か手前ぇらの庭だったな。俺はガーデニングが得意でよォ…!」

………

「えへへー、旋毛役に立った?いっぱい役に立った?」
「ははっ、お姉ちゃんと取り替えたいくらいには素直で良い子だなァ…」
山猫が旋毛と直接顔を合わせたのは今回が初めてだったが、話だけは腕から聞かされていた。
生体兵器としての能力の事、二人の間にある意識の海の中で通じ合えるという事。
今回、捕えられた腕の正確な位置を把握する為に、彼女は必要不可欠な存在だった。
「お姉ちゃんには、何時も助けられているから― 」
と、旋毛自身も惜しみ無く協力してくれた。
「旦那にこの子を探し出して貰って最後の最後で助かったさ」
「全く、三日三晩走り回ったぞ。最も、俺に睡眠等必要無いがな」
そう言いながら差し出された旋毛の写真をシェフから受け取る。
映っているのは腕と旋毛のツーショット。
露店を開いていた写真売りが撮ってくれたのだと、以前腕が話してくれたものだ。
「…チッ」
舌打ちのする方に目をやると事態の急変と場の雰囲気に置き去りにされたワンホイールが何とも居心地悪そうに突っ立っている。
「アンタ…まだ戦うつもりなのかい?」
山猫はそんな彼女に向けて問いを投げ掛ける。
「要らん邪魔が入ってすっかり興が削がれちまったよ。それに、やる事が出来ちまった」
熊の作った急ごしらえの装置だが、その効力は長持ちしないようだった。
大分温まって煙まで吹き出す有様だったので、のびた信者の口に突っ込んで処理する。
投げ出された大剣を拾い上げて、彼女はその足で第七区画の地下空洞へと向かう。
その様子を見るに、電波妨害による義手の使用制限は既に解かれた様だった。
「さて、大団円のハッピーエンドと行きたい所だが、俺は決して丁稚じゃない。請負人、山猫。約束の報酬を渡して貰おうか」
〝ソレハ人々ヲ漏レナク堕落サセル〟と銘打たれた件のメモリーと引き換えにシェフは旋毛を捜し出す依頼を請けた。
それが無ければ、こうして腕を救い出す事も、長剣を取り戻す事も出来なかった。
「こいつの中身には少し、興味もあったんだが…」
手元にある記憶媒体と未だに眠りから覚めない同居人に目をやる。
「まあ、仕方が無えわな…」
こうして、件のメモリーの所有者は軽薄な請負人から厳格なる請負人へと移った。

………

白服の教団の拠点である、第七区画の地下空洞に存在する祭壇。
其処に信者を失った教主と一人の女請負人が居た。
「…ワンホイール!お前には請負人、山猫の始末を依頼した筈だ。何故、こうして私の目の前に現れるのだ?」
教主のその焦りの表情から、ワンホイールはおおよその事を感じ取り理解する。
「アタシの始末のつけ方はお前が指示していたんだろう?でなきゃあんな連中にあそこまで思い切った事が出来るものかね― ?」
「なッ…何の事だッ?」
教主はシラを切るが、ワンホイールの意志は決して、変わりはしない。
「要らん助平心で女一人を弄びやがって…」
彼女が詰め寄りながら、身の丈を超える巨大な得物を引き抜く― 
その大剣を保持する為に力が凝縮され、ギチギチと軋む音を立てる義手。
肉の鼓動と金属の駆動音とが教主の耳に嫌でも入り込んで来る。
「やっ…やめろーッ…!」
「手前ェも身体で払っていきなッ!」
殺し専門の請負人から一点の曇りも無い純粋な死が下りる。
神無き祭壇に、命が絶たれた事を報せる鈍い音が再び響いた。
それは、彼女の手によって完全に息の根を止められた白服の教団の断末魔の様だった。
彼女の目的は唯一つ。そして、彼女の戦いを穢した連中の向かう先は唯一つ― 

………

ワンホイールによって破壊されたヤサが元通りに使える様になるまで時間を要する。
山猫は腕を抱えて、ひとまず回収業者の熊の所に転がり込む事にした。
その道中で、意識を取り戻した腕が山猫に向けて呟く。
「…どうやら、私が眠らされている間に事は済んでいたようね」
「眠り姫のロールプレイとしちゃあ完璧だったぜ?」
「そう、今日は貴方が騎士の役回りだったのね」
腕は、少しばかり残念な表情を浮かべながら、山猫の背中をじっと見つめる。
「…借りは返さないわよ。この前のとで、相殺だもの」
「ああ、あの時は俺がお姫様だったっけか。これできっちり返済だ…利息ついてねえよな?」
山猫は何時ぞやの依頼の最中で腕に助けられた事を思い出す。
崩壊後の世界に生きる二人の間では今回の様な事はさして、珍しい事でもなかった。
「それで、その、山猫…」
「あン?」
「…例のメモリー、一体どうなったの?」
自分に非がある事を何処かで感じたのか、腕の声には普段の鋭さが無かった。
「手放しちまったけど気にすんな。クスリが抜けるまではゆっくり休めよ」
彼女の気持ちを察してか、山猫は支える様に優しい言葉を掛けた。
「ねえ、山猫― 」
「…今度は何だ?」
「今でもこうして、メモリーに残っているからこそ、その中身は実は大した事の無いモノなんだって思った事は無い― ?」
「詩人ぶる訳じゃあ無いが、忘れられない大切な思い出は…此処か?」
気恥ずかしさを醸し出しながら、彼はそう言って左の胸を指差した。

………

「第三世代の記憶媒体だ。此処なら読み取れると気持ちの悪い店主に案内された。読み取り装置に掛けてくれ」
「どれどれ、確かに第三世代の物だ。聞く所によると黒が人気モデルだったそうでな」
「そうだ。初期ロットの物は内部の構造が窺えるスケルトンカラーだったが、不具合が絶えなくてな。多く出回っているものが後期に生産された装いを新たにしたこのタイプだ」
「…お前さん、随分と詳しいのう?そのナリからとても同業には見えないが…?」
「埃被った古い男だからな」
「かっかっかっ…なんじゃ?儂と同じ古代文明人の家電マニアか?」
店主はそう言ってこれ見よがしに電気ポットを使ってみせて二人分の茶を入れる。
「余計な事はいい。俺に御託は必要無い」
店主はシェフから手渡されたメモリーを読み取り装置に掛ける。
キリキリと音を立てながら展開されたデータがモニターに表示された。
「ふむ、見た所、これは…何かの図面だの」
「設計図となると穏やかでは無いな…大量殺戮兵器か?それとも人間の精神に作用する大掛かりな装置か?」
「むう、そんなものにはとても分類出来んぞ?」
「爺さん、勿体つけないで何なのか教えてくれッ!」
「待て待て、まあ茶でも飲んで少しは落ち着かんか…」
「…生憎と、味覚は無い」
「そうか。では良く聞け。先ず電力を掛けて本体の中央にある熱源を作動させる。そして科学繊維等で全体を包み込む事によって、熱を逃がさずに暖を取る事が出来る装置の様だ」
「ええと…つまり、何だ?それは?」
「つまりの、日本という古代文明人の王国に普及した良く出来た暖房器具、炬燵(KOTATSU)の図面じゃな!その心地良い暖かさから、やる事を放り投げて堕落する者達が沢山居たと此処に表記されて…」
「ッ…ふざけるなッ!」
彼の怒りに感応し、ひとりでに動いた右腕が読み取り装置ごと電子記憶媒体を完全に破壊した。
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