そして、静かに牙を剥き

yoshiie

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Chapter 1

5

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5 目が覚めたら、話したい事がある

深夜三時。またあの事が思い出されて、目が覚めてしまった。

何かにぶつかって、それから何があったのか何も覚えていない。

「ちょっと、早く!ちょっと見てないで救急車呼んでください!」

事故に遭って、怪我をした。と知ったのは、意識が戻った時だ─

緊急手術で、なんとか一命は取りとめたものの、術後しばらく経っても、ずっと眠ったままだった。

全身打撲、左足首骨折、右の手首骨折。全治半年の診断結果。
 
痛みでほとんど動けず、一睡も出来ない状態が続いていた。

私の痛々しい姿を見て、妹はそれが私だとは分かってなくて、怖くてずっと泣いていた。まさか妹にこんな形で再会するとは思ってなくて、消え入りそうな声で名前を呼ぶと、ようやくそれが自分の姉なんだと理解して、更に泣いてしまった。いくら自分の姉だと理解しても、こんな姿になってしまったら、怖いはずである。

「ごめんね……怖かったね」唯一動く左手で、頭を撫でた。

「痛いの痛いの飛んでけって言ったら、元気になれるのかな?」

まゆこの何気ない言葉に、私は生きる元気をもらった。
 
「ありがとうまゆこ……早く元気になるから」

涙が止まらない事に、自分がちゃんと生きているんだと実感した。



「斎藤麻莉に関しまして─

当グループのメンバーの斎藤麻莉が、先日不慮の事故に遭い、都内の病院に入院致しました。怪我の状態等は、本人からの意向で公表致しません。また、メンバーへの詮索や、ホームページ等への問い合わせは、ご遠慮いただきたいと思います。

復帰時期等も、今のところ未定となっております。
 
出演予定だったイベント、定期ライブ、テレビ等への出演は収録済みのものを除いて、全て取りやめとなりますので、ご了承ください。

本日の定期ライブでの、メンバーやスタッフへの問い合わせも、ご遠慮いただけますと幸いです」

ホームページに、斎藤麻莉の活動休止のメッセージが掲載された。

「皆さんへ─

突然の事で、びっくりされたと思います。

ホームページにもありました通り、メンバーの斎藤麻莉が事故に遭い、病院にて、長期入院を余儀なくされました。

私達も最初は実感が湧かず、麻莉が事故に遭ったことを信じられませんでした。

病室で痛みに耐える彼女を見た時、言葉を失いました。

ついさっきまで元気だったのに、これが麻莉じゃなくて他の誰かならと、何度も思いました…。

今いるメンバーで、麻莉が帰ってくるまで、麻莉の分まで頑張っていく所存です。

ファンの皆さんも、麻莉が一日でも早く元気に帰って来れるよう、彼女を応援してあげて欲しいと思います」

ホームページにメンバーからのメッセージが掲載された。

「麻莉…どうして、どうしてこんな事に。嘘だって言ってよ」

「いや、絶対人違いだよ。だって、こんな感じじゃないでしょ?」

私と仲の悪いメンバー二人が、自分の事を人違いだの、こんな感じじゃないだのと身勝手な事ばっかり言ってて、心の中で笑いが止まらなかった。それでも自分の事を心配してくれてるんだと思って、心なしか嬉しかった。

仲が悪いと言っても、あくまでも表向きでの事。

「麻莉…もう演技なんてしなくてもいいよね…こんな姿になってまで、嫌がらせとかいじめなんてしたくない。もう終わりにしていいよね」

左手を握るとかすかに指を動かし、頷いたように見えた。

「このまま本当に目を覚まさないなんて事あるのかな…麻酔から目覚めないでそのまま…」

麻酔からは目覚めてるけど、起きていられるだけの体力がないのと、全身打撲の痛みでほとんど眠れていないから、体力温存の為にこの日は眠っていた。指が動いたように見えたのも、頷いたように見えたのも、単なる偶然が重なっただけで、わざと狸寝入りをしていた訳ではない。

「ちゃんと起きてくれるから、大丈夫。だからもう行こう」

そう言って、二人は静かに部屋を出ていった。



三週間後─

「ご心配おかけしました、まだ全然大丈夫じゃないんですが、一応退院したので、ご報告というか、色々とありがとうございましたっていう電話です。メンバーにもよろしくお伝え下さい。失礼します」

病院を退院して、その日に事務所に電話をかけた。

入院中、マネージャーや運営、スタッフにはたくさんお世話になった。

もちろん、メンバーにもたくさん迷惑をかけ、たくさん心配もかけてきた。

入院中、メンバー全員がお見舞いに来てくれたのに、自分が全く反応しないから、皆が毎回のように泣いてしまったらしい。

「麻莉、目が覚めたら話したい事があるんだ………」

話したい事がある── 耳ではちゃんと聞いていた。この感じだと、多分いい話じゃない。

「皆で決めた事だから、麻莉にも話しておきたいと思って」 



右腕のギプスが外れて包帯になり、左脚のギプスも明後日頃に外れる。ずっと固定していたから、急に軽くなると、まだ違和感がある。

体も起こせるようになり、少しずつ痛みから解放されつつある。

ギプスが外れれば、リハビリも始まる。ちゃんと地に足をつけられるのか、本当に歩けるようになるのか、不安でいっぱいだ。

明後日、左脚のギプスが外れた。ずっと固定されていたせいか、右脚よりも細くなった気がする。気がするというか、本当に細くなった。

「これで本当に歩けるようになるんですか?」

「はい。リハビリを頑張れば歩けるようになります」

と言う先生の言葉を信じた。先生が言うのだから、間違いはない。

しばらくしてリハビリが始まって、沢山転びながらもなんとか食らいついて、少しずつでも自分の足で歩けるようになってきた。

完全に自力で歩けるようになるまで、三ヶ月ほど掛かった。

そして、半年後─

「麻莉、お帰り。もう本当に大丈夫なの?もう松葉杖も車椅子も要らないくらい元気になったんだよね?」

「でも、まだダンスは出来ないかも。半年のブランクがあるし、出来たとしてもまずは体力を戻さないといけないから、もう半年は掛かるかも」

「もう半年?じゃあ、来年からって事だよね。まぁそうなるよなぁ」

なんだか残念そうな表情で、全員が私の顔を見た。恒例のクリスマスライブにも私が出られないから残念そうな顔をしてるのか、それとも?

「なんか、私に話したい事あるって、入院中に聞いたんだけど。皆で決めた事だからって」

「覚えててくれたの?寝てたから聞こえてないんじゃないかって思ってたけど」

皆にとりあえず座ってと促して、部屋のドアを閉めた。

「あのね、えっと、何から話せばいいかな─」

〝何から話せばいいかな〟その間に、緊張した。














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